悪だくみを阻止しましょう!
話し合いの末。
とりあえず学園へと戻ってきたわけですが、砂漠より生暖かいような感じの風が吹く講堂前に人影はなく、閑散としています。そろそろお開きっぽい空気を感じますから、この辺りで寛いでいた方々も参加していた事を印象付ける為に皆、会場へと戻ったのだと思われます。
なにせ国王陛下が恩師である学園長と、いつも同じ昔話で花を咲かせた挙げ句、最後まで会場に残るというのが毎年恒例らしいですからねぇ。帰りたくとも、参加した以上は、この国の最高権力者より先に帰ることなどできないのですよ。
しかし夕刻から、こんな良い子はとっくに寝ているお時間までパーティーとか、拷問に感じるのは私だけなのでしょうか。無礼講で「飲めや騒げ」ならともかく、お行儀よく「おほほうふふ」ですのよ。私には苦痛以外の何物でもございません。
嫌われ者万歳! フェードアウトしても寧ろ喜ばれる私最高!
さて。
方針は決めたものの、私たちの前にはすぐ、監視対象をどう探すかと言う問題が浮上しました。見知った人物であればオニキスさんに探し出してもらうのですが、残念ながら面識がないため不可能です。
どうしたものかと思案する私たちからそっと遠ざかったレオンは、いつの間にか手駒へ何かしらの指示を出していたようです。音もなく現れた梟を腕に乗せ、再び夜空へ放つと難しい顔で告げました。
「まずいね。普段ならこの時間は側妃様の腹ごなしに付き合っている頃なんだけど、もう王宮を出たって。行先は分からない」
その発言から、私の中でシスコン認定がなされている探し人の日常が垣間見えました。きっと毎日のように、嬉々として側妃様と食後のお散歩をしてみえるのだろうと思うと、同族意識で胸熱になります。
殿下の「あれは腹ごなしの範囲を超えていると思うのは、私だけなのか?」という呟きに、若干腹ごなし内容に興味を持ちましたが、そこは重要ではないので流すとします。
再び「どうしよう」と言った空気に包まれかけた時、私の足元にいたオニキスが遠慮がちに口を開きました。
『・・・お前ほど大きくはなくとも、目立つ真白を探せばいいのだろう? 少し待て』
嫌そうにちらりとレイチェル様の背後・・・に確実にいるのであろうメディオディアを見たオニキスは、気配を探るためでしょう。ゆっくりと視線を下げます。しかしすぐに眉間に皺を寄せながら、顔を上げました。
『うん? 近い―――あれか?!』
オニキスが目を向けた先、学園の正門の内側に、顔の判別はできなくとも明らかな銀髪の持ち主がいました。軍人らしい逆三角な体躯の人物は、まだ距離があるので月明かりを反射する短く刈った頭髪以外は影のようであるものの、その使徒の証拠である銀髪を隠すことなく晒し、肩で風を切るようにしてこちらへ悠々と近づいてきます。
『「月華」!』
私たちへ警戒を促すためなのでしょう。
姿を消しているにも関わらず聞こえた、メディオディアの焦りを含んだ声に反応して、クラウド、レオン、ツヴァイク様の護衛組が前へ出ます。
オニキスとモリオンが、私とクラウドの影に溶け込みました。きっと同様に他の精霊たちも、契約を隠すために姿を空気などに溶かしていると思われます。もうバレてしまっているかもしれませんけれども、そうでなければ切り札になりますから、念のためです。
私は殿下とレイチェル様を背に庇い、苦無を握ろうとして躊躇しました。
説得の余地があるのならば、武器を向けてあちらの警戒心を煽るのは得策ではありません。
「あーあ。彼はやっぱり契約しているよ。仮だか本契約だかはわからないけど。でないとここへ来る意味なんてないし。しかも単身で乗り込んでくるなんて。王都の住民という人質があるとは言え、随分と舐められたものだね」
「いやいや。話し合う気があるのかもしれないではないですか」
「どうかなぁ・・・確かに妙な正義感があって、正々堂々とかいう正面突破が好きな人物ではあるけど」
軽い口調に反して険しい表情をしたレオンが、自分の胸元へ手をやりました。まだ武器を構える気はなくとも、いつでも出せるようにという行動なのでしょう。
背筋を伸ばして真直ぐに立ち、敵意など無いといった姿勢のクラウドも、同じようにして左手首の異空間収納が付与された腕輪を確認しています。
ツヴァイク様はというと、自らの腰を探って・・・「はっ! 接近戦は危険とかなんとか言ってなかったか?!」というようなお顔で血の気を無くしてみえます。彼は髪が緋色ですので火属性魔法を扱えるはずですが、精霊と契約しているわけではありませんので詠唱が必要となります。普通でしたら十分戦力になるツヴァイク様も、普通でない相手と戦闘になった場合、逆に足手まといになりかねません。そんな不憫な彼が護衛組センターで大丈夫なのでしょうか?
まあ、いざとなったらオニキスの強制転移で逃がしてもらいますけれども。
どことなく哀愁を感じさせるツヴァイク様の背中を、殿下は面白そうに見ています。
さすが悪魔。切羽詰まった状況であっても楽しみを見出すことがお出来になるようです。
殿下のニヤニヤ笑いに、長い付き合いのツヴァイク様は悪寒を感じたようで、恐る恐るこちらを振り返りました。「やはり面白がっていらっしゃる!」というお顔でややびくついた彼を、殿下が手招きします。
「ちょっと伝言を頼まれてくれるかな?」
殿下が耳元で何事か囁き、頷いたツヴァイク様が気配を消して後ろへさがりました。そのまま講堂の影へと消えていきます。
おそらく講堂内の人々の、待機指示なり避難指示なりをしたのだと思います。何も知らない人達にふいに出てこられても困りますし、事情を知ってパニックになられても困りますからね。
この場合、殿下の護衛として面が割れているツヴァイク様が適任であり、またこれから戦闘になったとして苦戦するだろう彼を遠ざけておく意味も含まれているのでしょう。こういう配慮ができるところは、純粋に尊敬できるのですがねぇ。
「アリエスクラート卿の目的は、陛下だろうね」
ようやく判別できるようになった、嵐の海のような鉛色の瞳が、私の後ろにいる殿下へと向けられました。私が直接睨まれたわけではないというのに、背筋が凍ります。
「ふふ。私は正妃そっくりらしいから、見れば見るほど苛立ってきていると思うよ」
「殿下。そんな他人事のように言っていらっしゃらないで、何とかしてください」
監視してこっそり妨害する予定が、乗り込んでこられたせいで根底から崩れ去っています。
私たちを無視して押し通ろうとされたらどう声をかけようかとドキドキしていましたが、とりあえず足を止めていただけたのでほっと胸を撫で下ろしまして。小声で殿下に指示を要求します。
殿下は胸下で腕を組んで、可愛らしく首を傾げました。
「うーん・・・彼の望み通り陛下を連れてきて、腹を割って話をさせてもいいんだけど、その前に一方的な怒りを向けられて終わりそうだしなぁ。エリスリーナ妃を交渉相手にするのが一番安全なんだけど、不完全燃焼して別の日に爆発されても困るし。油断を誘いつつ発散させるには、フランツ兄上が適任なんだけど・・・仕方がないね。煽るだけの可能性が高いけど、私が話をしてみるよ」
そう言って前へ出ようとする殿下を押し止めます。すでにいろいろやらかしているのに、今更能力を隠したところで何の意味もありません。
私は手の内をさらすことに決めました。
「・・・フランツ王子殿下がいらっしゃればいいのですね?」
「連れてきてくれるの?」
殿下の口調は疑問形ですが、お顔は当然といったご様子で満足気でございます。
悪魔の思惑通りに行動する事へ苦々しく思いつつ、急に転移させればフランツ王子殿下を驚かせてしまいますので、オニキスへあちらの状況を探ると共に、王子の精霊であるフレイへ簡単に説明して伝言を頼むよう意識下でお願いをします。しばらくしてオニキスから準備完了の意思が伝わってきて、私はアリエスクラート卿と睨み合ったままのヘンリー殿下をチラ見しました。
「あっ!!」
「え?」
突然、殿下が遠くに見える林の方を指さしまして、ついそちらへ視線を向けます。「しまった。古典的な引っかけに嵌った」と苦々しく思うと同時に、オニキスが私の影の中でふんすと息を吐きました。
「フランツ・・・殿下。どうしてここに?」
「叔父上こそ、どうしてこちらに?」
皆が目を離した瞬間に連れてこられたフランツ王子殿下と、彼に対峙する位置へ立っているアリアスクラート卿が、静かに睨み合います。そのまま緊迫した空気が辺りを支配・・・する前に。
『あたいの第一候補!! お前の仕業か! 混ざりものの分際で、何してくれてんのさ!!』
『うっさいな~。早い者勝ちでしょ~。そんなに大事だったなら、うろうろしてないでさっさと降りてこればよかったんじゃないの?』
互いの出方を窺うような宿主たちの前へ突然、胸筋をアピールする姿勢の銀色アマゾネス系美女と、不良座りをした朱金の天使が現れました。
朱金の天使、フランツ王子殿下の精霊であるフレイは、怒髪天を衝く勢いのアマゾネス系美女をちらりとも見ずに、そちらに近い方の耳を必要もないのに小指でほじっています。その姿勢が怒りの火に油を注いだらしく、アマゾネス系美女がギャピーンと目を光らせながら吠えました。
『絶対、消すぅぅぅぅ!!!』
『いや~ん。恐~い』
やめて。私を巻き込まないで。
ふよ~っと飛んできたフレイが何故か宿主であるフランツ王子殿下ではなく、私の方へやってきまして。
自分の腰元で目を潤ませる天使に心和む暇もなく、背筋の凍るような殺気を向けられました。そして私の頭の中で、開戦のゴングの幻聴が鳴り響いたのでした。
補足:仮であっても契約している時に宿主を殺されると、精霊も終わります。でも死ぬ寸前にでも契約を解除すれば、逃げることは可能です。




