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真白について語っていただきましょう!


「つまり。光の精霊・・・真白の本来の能力は治癒ではなく、漂白もしくは消去という事ですか?」

『そうだ。奴らはその力の一端を治癒として周知し、多能な力の発動を制限しながら人に寄生しているに過ぎない』

 

 オアシスを囲う巨石の上、私は膝に乗せられた黒いオオカミ犬の頭を撫でながら、一体何があったのかという報告を聞いているところです。


 クラウドはというと、いろいろあって疲れたらしく、始めは座っている私の後ろに項垂うなだれる様にして立っていました。しかしその、あまりにもおどろおどろしい雰囲気に私が落ち着かなかったため、隣へ腰かけてもらいまして。今はなんとなく距離が近すぎる気もしますが、落ち着いているようなので触れないことにしています。

 闇を背負うような疲れを醸し出してはいても、ドレス姿の私へちゃんとケープをかけてくれた気遣いが、さすが仕事だけは完璧従者というところでしょうか。夜の砂漠は冷えますからね。


 オニキスによると、私たちを逃がした後、ちょっと油断した隙に名前やら記憶やらいろいろ消されてしまったそうです。その話の途中で「治癒術師である真白に記憶やらなにやら消されるものなのか」という疑問を呈した私へ、彼は真白の本来の能力を説明してくれました。

 まさかのチートさに鳥肌が立っていますよ。

 

「力の発動を制限することに理由があるのですか?」

 

 オニキスは淡々と答えてはくれるものの、やはり元の世界にあまりいい思い出が無いようで、眉間に皺が寄っています。それをほぐすように頭を撫でると、私のお腹へ後頭部を擦り付けてきました。

 以前でしたらこの求めに応じて、気軽に額へキスを落としていました。まぁ、最近はちょっと躊躇したりしていたような記憶がありますが、拒否したことはありません。


 で、す、が。この膝の上にいる黒い犬が先程までケモ耳イケメンだったのだと思うと、鼓動が痛いほどに早くなってしまって、そんな気軽にキスなんてできません。

 さっきできたのは、ほら。あれです。

 意識を失うような激痛を感じたり、気分が落ちたり上がったりで、アドレナリンが全開だったせいです。超ハイテンションのなせるわざです。


 気付かなかったふりをして流すと、オニキスがふんすと不満げに息を吐きました。

 

『・・・奴らはカーラの世界で言うところの「消しごむ」の様なものだ。自身をすり減らしながら対象を消す。我らのように胎児に寄生するのではなく、ある程度人が成長してから降りてくるのも、そのためだ。奴らも人に寄生することで活力を得て欠けた部分を補えるが、その加算を超えて消費されたのでは、いずれ消滅してしまうからな』

「へぇ・・・でもオニキスやモリオンは力を使いすぎても休眠はしますが、小さくはなりませんよね? オニキスたちは真白とは違うのですか?」

『あぁ。真白を除く我ら色彩は、染色を得意とする。対象を染色し、塗り潰せば一時的に力が減るが、真白のように大きさが減ることはない。入れ物のような概形があり、それを満たす力があるといった感じだな。そしてその纏う色によってこの世界へ干渉し得る事象が違い、それが属性へと変換されるらしい』

「はぁ。真白とその他の精霊には、明確な違いがあるのですね」

 

 なるほどなぁと感心してたら、オニキスが今度は無視できない程に強く後頭部を私のお腹へ押し付けてきました。ちらっと盗み見ると、闇色の瞳がウルウルとこちらを見上げています。


「うぅっ」

 

 そうですよね。先程は押し倒してまでしたくせに、姿が変わったら態度も変わったりなんかしたら、傷つきますよね。わかっています。

 私は目を閉じ、えいやっとばかりにオニキスの額がある場所へ目掛けてキスを落としました。


『あ"ぁ"?』

 

 なんか記憶にある感触と違うな、と思うのと、オニキスの不機嫌な声は同時でした。

 そしてすぐに膝の上と、体の側面が寒くなったのを感じます。頭を上げてから目を開ければ、膝の上にいたはずのオニキスと、隣に座っていたはずのクラウドが、巨石の下で対峙していました。


『ク~ラ~ウ~ド~!!!』

「不可抗力です。カーラ様が触れられる前に、オニキス様に付いていた砂を払おうとしただけです」

 

 鼻息荒く前足で砂を掻くオニキスと、ツーンとすまし顔で手の甲を撫でているクラウド。


『たとえ落ち込んでいようとも、手加減などしないからな!』

「同情するくらいなら、譲ってください」

駄阿呆だあほうが! やっと手に入ったのに手放すものか!』


 すぐさま勃発した大乱闘を観戦しながら、きっかけはどうあれ、仲良きことは良きかなと、彼らを放置して私の横でため息をついていたモリオンを手招きしました。


「モリオン」

『はいっす』


 トテトテと近付いてきたモリオンは、当たり前のように私の膝へ乗り、愛らしい体を差し出してきます。

 そういうつもりで呼んだわけではないのですが、据え膳は残さず頂かねばデ・・・ぽっちゃりの名が廃れますので、しっかり癒しの毛並みを堪能させていただきます。毛の流れに沿ってゆっくり撫でながら、私は当初の目的を果たすことにしました。


「モリオンは転移目的地周囲の気配を探れますか?」

『はいっす。今は別館の近くに真白の気配はないっす。でも僕は広範囲を同時に探れないっすから、ちょっとずつ目的地を移動させながらしか、わかんないっす。戻るっすか? 危なくないっすか?』


 実は明日から学園が新年度準備のための長期休暇に入りますので、そう急いで戻る必要はありません。

 卒業生を含めた生徒たちはだいたい、今日の卒業パーティー後そのまま王都の邸へ帰ったり、翌日に領地まで帰ったりする事がほとんどです。もう試験は済んでいますから、入試のため関係者以外の学園内侵入不可と、強制的に学園寮より追い出されることもなく。まあ、つまり新学期が始まるまで学園内にいようが、領地へ帰ろうが自由だという事です。


 あ。ちなみに夏休みはありません。

 なぜなのかはわかりませんが、シナリオ的に必要なかったとか、そこの設定がされていなかったとか、そんな理由でしょう。実際、南のテトラディル領と思えば王都は夏であってもそう茹だるほど暑くはなりませんので、必要ないせいかもしれませんね。


 今後の指示を父に仰ごうと思って気配を探ったのですが、残念なのか夫婦仲の良さを喜ぶべきなのか。その側近くに母の気配を感じるため、さして差し迫った危険に今現在もさらされているわけでもなく。自身の安全が確保されているのに、態々(わざわざ)精神的なダメージを負いに行く気にはなりません。


 とりあえず。

 状況的に学園所属の治癒術師の姿が何処にもなく、また別館の前庭には血溜まりがある。そしてその建物、または学園内のどこかにいるはずの私がいないというのは不味まずいと思うのです。

 私が誘拐、または殺害されたと心配されるのはいい方だとして。最悪、逆に殺害犯扱いされてしまう可能性があります。


『待て。我に任せよ。痕跡ごと遺体を他の場所へ転移させておく。今、分体たちに周囲を探らせている最中だ。学園内の安全が明確になるまで、もう少し時間をくれないか』


 そう姿に見合わない硬い口調で告げたのは、唐突に現れた可愛らしい黒い毛並みの子犬でした。

 おそらく、これがオニキスの言う分体なのでしょう。クラウドを相手にしながらとか、かなりすごいですね。

 そんな彼がしてやられたと言う真白は、やはり物凄く厄介な相手なのでしょう。


 チョイチョイと手招けば、子犬姿のオニキスは素直に寄ってきて、モリオンが気を利かせて退いた私の膝の上へ寝そべりました。遠慮なく先程より柔らかい毛並みを堪能します。子犬特有の産毛感を出すとか、芸が細かいですね。


『真白に接近戦は悪手だ。宿主の体を即死させられれば有効かもしれんが、体を乗っ取る。または契約が成されていると、傷付けたそばから傷そのものを無かったことにされてしまうだろうからな。逆にこちらが消されかねない。もちろん魔法も消される』


 どうやら先程の独白へ答えをくれるようです。

 思った以上に厄介だった真白の、その鉄壁な能力からすると、逃がされた私たちはともかく、足止めしてくれたオニキスが逃げられたのは非常に幸運な事であるとわかります。本当に良かったと、子犬を両手で持ち上げて胸元へそっと抱きました。


『特に、今回の真白どもは大きかった。カーラが国境の町で店を開いていた時に襲ってきた真白ほど小さければ、あしらうこともできたがな』

『あいつら「華」の名を冠する真白はめっちゃやばいっす! あっちでも「狂乱の華」って呼ばれていて、目的の為には手段を選ばないって噂っす。実は手っ取り早く力を回復する為に、同じ真白を食ってるなんて話もあるんっすよ!』

「え! 精霊って共食いするのですか?!」


 驚きのあまり大声を上げてしまい、不意打ちだったのか子犬オニキスの毛が逆立ちます。モリオンの毛も同様に。

 あ。分体に引きずられたらしい本体に、クラウドの斬撃がかすりました。ダメージは無いようですが、ごめんなさい。


『・・・普通はしない。まともな精神の持ち主ならば、同族を食ってまで強くなろうとはしない。ただ技能として、精霊同士はトゥバーンが「禁食」であった頃のように、相手を塗り潰して食うことが出来るし、食っただけ体が大きくなり、力が増す。しかしその時に相手方精神の影響を受ける為、自身も負荷を負いやすい。強靭な精神を持たねば、逆に乗っ取られてしまうしな。それに精霊は自身にない色を食うと激痛を伴う。カーラが感じてしまった、あれだ。真白は消去の際に痛みを感じないらしいが』


 なるほど。あの身を絞られるような痛みは、今までの話から推測するに、おそらく真白をオニキスが塗り潰した為なのでしょう。

 私は子犬オニキスを抱く力を少し強め、小さな頭へ頬擦りしました。


「ごめんなさい。オニキス」

『何故謝る?』

「だって・・・オニキスは元の世界の話をしたがらないでしょう?」


 いつも、今だって、元の世界を語るオニキスは淡々と、しかし不快げに眉間へ皺を寄せながら話します。彼の体へ私が触れていない所などないように、包み込むように抱くと、オニキスがふんすと息を吐きました。


『あぁ・・・そんなことか。カーラとは意識を覗き合ったのだから、もう知っているだろう? あちらでの我を』


 元の世界でのオニキスは、拒絶され、怖れられ、嫌悪されていました。そしてあの、永く、深く、暗い孤独に耐えていた。

 無意識に身震いした私を、子犬特有の大きく丸い瞳でオニキスが見上げます。


『向こうでの日々が苦痛だったのは確かだが、今となっては最早もはやどうだっていい。ただ・・・』

「ただ?」


 先を促すように言葉尻を繰り返すと、オニキスが視線を彷徨さまよわせた後にひとつ、ため息を吐きました。


『・・・・・・・・・・・・・・・・カーラに「ぼっち」だった事を悟られたくなかっただけだ』

「・・・ぶっ・・・くっくくくっ・・・ごめっ・・・なさっい」


 思っていたより可愛らしい理由だったので、笑いを堪えきれなくて、つい吹き出してしまいました。一瞬ぽかんとしたオニキスが小さな牙を向き、私の腕の中で鼻息荒く暴れ始めます。


『っ! っ!! カーラなんて! カーラなんてっ!』


 まるでフラフープをしているように体を捻り、私の手から逃れようとしている子犬の額へキスを落とします。動きが止まった隙に何度も鼻先へキスすれば、子犬の耳がへにょっとなり、尾もくたりとしました。

 好みどストライクなイケメンや、それを連想させる格好いいオオカミ犬の姿ではなく。愛らしい子犬へキスをするのに、大した抵抗はありません。

 とどめとばかりにもう一度キスをすると、瞳がとろんとなりました。


『・・・愛してるぅ』



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