父と対峙しましょう!
私はこの、テトラディル侯爵が苦手です。菖蒲色の髪に、カーラと同じ紫紺の瞳。先代が魔物討伐時に亡くなったため、25歳の時に若くして侯爵を継いだ爽やか系イケメンです。オニキスによると、私を全く怖れていない唯一の屋敷の人間だとか。もちろんセバス族兄妹を除いて。仕事人間で、めったに屋敷にいませんけど。
私は転生者で前世の記憶があるせいか、実の父なのに他人感があるのです。なんというか、義理の父のような。だいたい、このテトラディル侯爵は今、トータル年齢31歳の私と同じ歳なんですよ。父親として認めるには無理があります。カーラ固有の意識は一歳半まででしたから、実父と認識できないのは仕方がないのかもしれません。
「カーライル殿は、この砂漠が出来た理由をご存知か?」
大人しく付いて歩いていると、唐突に父に話しかけられました。知りませんので、首を横に振りながら答えます。
「いいえ。残念ながら」
父は考えるように顎を撫でると話し始めました。
むかしむかし、モノクロード国はまだ存在せず、ガンガーラ国が若い国だった時代。ここは緑あふれる深い森でした。
森の南に位置するガンガーラは農業国家として成り立ち、とても豊かで飢えることもありませんでした。また国のまわりに少数民族がいるものの、大きな国はなく、平和が続いていました。
平和が当たり前になった頃、ガンガーラの一貴族に黒髪を持つ女の子が生まれました。彼女は美しく育ち、その黒髪と美貌から夜の女神と呼ばれました。
夜の女神に求婚する者は尽きず、平和に飽いていた彼らは、次第に小さな諍いを起こすようになっていきました。
彼女はそれを嘆き、全ての求婚を断り、ガンガーラの隣にできたばかりだった、森の中の小国へと嫁いだのです。自分がいなくなることで、祖国に平和が戻ることを願って。
しかし小さな火種は消える事なく、逆に人々の欲望が油を注いでしまいました。間の悪いことに、小国に金の鉱脈が見つかったのです。
大国となっていたガンガーラは、小国ごときと侮り、侵略を始めました。それは一方的な戦いでした。
夜の女神の夫たる王と、その子である王子たちを殺すまでは。
一瞬で、全てが消え失せました。ガンガーラの軍も、小国の民も、建物も、森も、山も、たくさんの亡骸も全て。ガンガーラの国の半分までも、こつぜんと消えてしまいました。
嘆き続ける夜の女神を残して。
彼女はその命が尽きるまで、すべてが消え失せた中心で嘆き続けました。
「だからここは嘆きの砂漠と呼ばれているのだよ」
父は話の間中、チラチラとこちらを伺っていました。注意深くこちらの様子を観察しているところと、話にいくつかの地名、地形がでてきたところからして、カーライルの出身を探っているようですね。メンタリストか。
しかしこの夜の女神の話が、黒髪のカーラを怖れる理由のひとつだとすると、少なくともテトラディル領民にはメジャーな話ですよね。あと甚大な被害を被った、ガンガーラ国民にも。
黒髪を持つ私に誰も語らなかったのは、「だからお前が怖いんだよ」と言っているようなものだからかな。
知らなかったのは本当ですから、知らないと嘘をついていると疑われてはいないでしょう。モノクロード国には反応してしまったでしょうから、「カーライル」はモノクロード国民ではあっても、テトラディル領民ではなく、ガンガーラ国民でもないと判断されたみたいです。他にも絞り込まれたかもしれませんが、テトラディル領出身でないと思われたなら、結果オーライです。
『カーライルが、ガンガーラ国出身でないか疑っていたようだ』
おかえりなさい、オニキス。
なるほど。もしガンガーラにこの便利なポーションを作る薬剤技術があったなら、戦の用意があるかもと警戒しているようですね。携帯できて、効果も即効性も確かなポーションがあれば、戦を有利に進められるでしょうから。ちなみに光教会は戦争には加担しないと表向きには宣言しているので、戦場に治癒術師が同行することはありません。
『クラウドがここで待つと、ごねて遅くなった。モリオンに妨害までさせて・・・手こずってしまった』
いいですよ。侯爵さまの物理的な領域に入る前に間に合いましたから。
しかしクラウドには、もう少し私から距離を置いてもらいたいものです。チェリは常識的な主従関係を築けそうなのですが、クラウドにはやや妄信的な気配を感じるのです。仕え始めて数日でこれでは、先が思いやられます。手放すことも視野に入れるべきでしょうか。
オニキスが何か言いたそうに、こちらを見上げました。
どうかしましたか?
『なんでもない』
父の護衛たちに周りを固められながら、エンディアにある侯爵の屋敷へ案内されました。テトラディル侯爵領都にある屋敷より殺風景ですが、観光地ではなく国境の要なのですから当然でしょう。
「昼食を一緒にどうだ? 貴殿もまだであろう?」
父が気さくに話しかけてくれますが、私に選択権はありません。常時張り付いたままになっている営業スマイルのまま、ゆっくりと頷きました。
「はい。ぜひ」
あぁ。帰りたい。しかしここまで来たのですから、もう少し頑張るとしましょう。
「ここは見ての通り砂漠が近いために食材が少ない。口に合うといいが」
示された席に座り、手を合わせてからいただきます。昼食は固そうなパンと、あっさりした野菜のスープでした。美味しそうではありませんが、どうせ緊張で味を感じていないので問題ありません。
父が食事をしながらいろいろ聞き出そうとするのを、のらりくらりとかわします。会話から総合すると、やはり「カーライル」をモノクロード国民だと思っているようですが、隣国ガンガーラへ行くのを警戒しているようですね。
「カーライル殿は薬師だと聞いたが、本当か?」
食後の紅茶をいただいていると、やっと本題に入る気になった父に問われました。難民にそう言いまわっていましたからね。ここで否定はしない方がいいでしょう。
「はい。そうでございます」
「では私専属の薬師となる気はないか?」
何を言うんですかこの人は! 危うく紅茶を吹くところでした。
そういえば父は、能力があれば奴隷であろうと重用する、変わり者でしたね。今、彼の後ろに控える従者も、元奴隷だったはずです。
そうなんですよ。ここは乙女ゲームの世界だというのに、奴隷制度が存在するのです。勿論、ゲームの中には奴隷の「ど」の字も出てきませんでした。
とはいっても、奴隷の子は奴隷といった、隣国ガンガーラ程の厳しい差別があるわけではなく。我がモノクロード国では犯罪奴隷と呼ばれる、罪を償うための制度に則った存在になります。つまり刑務所の代わりですね。
罪の種類や刑期によった焼き印を押されますので、一生付き纏うものであることに変わりはありませんけれども。
「とても魅力的なお誘いですが・・・侯爵様ともなれば、光教会より治癒術師を借り受けることも、お出来になるのでは?」
やんわりと断ります。侯爵の権力と財力を使えば、嫌々でも治癒術師は来るでしょう。戦争が始まっているわけではありませんし。
父が考え込んでいます。光教会に怯えることがなく、安定した収入のある役職に、食いつくと思っていたのでしょう。確かに魅力的ですが、自由がなくなるのは嫌です。それに父と一緒にいる時間が長ければ長いほど、いろいろばれる確率も上がりますし。
「ガンガーラへ行くなとおっしゃるのでしたら、そういたしましょう。侯爵様の領地で薬師として活動してもよいのでしたら、ですが」
探り合いは面倒なので、ずばり本音でいきます。軽い脅しに、護衛たちが殺気立ちました。私の足元でオニキスが緊張している気配を感じます。
父は護衛たちを手で制すると、ため息をつきました。
「場所をこちらで用意し、監視させてもらうがよろしいか?」
「かまいません」
やりました。タダで店ゲットです! あ、テナント式かしら。後で詳しく聞くとしましょう。
うきうきと紅茶を口にすると、オニキスが唸りました。
『監視というか、軟禁に近い待遇だと思うぞ』
でしょうね。でも私はポーション販売ができればいいのです。私はまだ3歳、追放まで時間がたっぷりあるのですから、細々とお金を貯めていきましょう。