表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/154

優雅に踊りましょう!

 

 モーゼごっこが楽しい。

 そう思えたのは初めてかもしれません。確実に、私の隣で楽しそうにしていらっしゃるレイチェル様のおかげでしょうね。

 せっかくなので、ついでに私の女色の噂を確定的にしておこうと、私は唇を薄く開け、目元を和らげ、揺れる視線に恥じらいを演出しながらレイチェル様を見下ろしてみました。テーマは「恋人を見つめるユリ」で。彼女の事情に巻き込んでくださったのですから、こちらもしっかり利用させていただきます。

 そんな私の視線を、レイチェル様が満足気な笑みで受け止めてくれました。しかし空いている方の手で力強い握りこぶしを作るのは、やめた方がいいと思うのです。


「パーフェクトな縁談避けですわ!」


 おや。畏怖の対象である私を縁談避けにしようなんて、いい度胸ですね。薄々感じてはいましたが、心にとどめておいて欲しかったですよ。


 驚いたことにレイチェル様はどうやら超劇嫉妬深いヤンデレ精霊、メディオディアに好意を抱いていらっしゃるようでして。というか、両思いだから正式契約に至っているの方が正しいのかもしれませんね。

 ゲームで隠しルートを攻略した以上、彼女の精霊がヤンデレさんであることは承知しているはずなのですが。かと言って、放置した挙句に「みんな死んじゃえ!」されても困ります。よって、人の趣味をとやかく言う気もありませんし、こちらに迷惑が掛からなければ問題なしですよ。


 とにかく、そんなわけでレイチェル様は婚約を避けたいらしく、今現在も周囲を威圧しまわって不快を蔓延させている彼女の精霊を止める気が全く無いようです。でもせめて、協力者である私へ向けるのを止めさせてはくれませんか。

 微かに震え、怯えながらも私へ触れる様子から、勝手に精霊の方が警戒しているのかもしれませんけれども。


 互いに転生者であることを明かしてからずっと、この調子です。怖れを大公令嬢としての仮面に隠してでも、私と積極的に関わろうとする理由が、私を利用するほかにもある気がするのです。

 というのも、彼女から感じる怖れは他の人々が私へ向ける怖れと、なんとなく違うからです。私自身に怯えているわけではないというか・・・上手く表現できませんが、強いて言えば、親が許容してくれる範囲を探るために悪戯をしている子供のような。

 面倒に巻き込まれないよう、そろそろ真意を確かめるべきでしょうか。


 勝手に割れていく人波の直中をホール中央付近まで進んだ頃、宣言の後に帝国組とヘンリー殿下が入場されました。

 見目麗しい王族たちのお姿に、令嬢がたから漏れたため息が聞こえます。


 凛とした立ち姿が美しいダリア様は、赤みがかったピンクのほっそりしたシルエットのAラインドレスに身を包み、堂々とパートナーであるゼノベルト皇子の甘やかな視線を受けながら微笑んでみえます。

 逆に余裕なさげに周囲を威嚇しつつデレデレとダリア様をエスコートするゼノベルト皇子殿下は、シンプルな白のシャツにグレーのタイとベスト、光沢のあるダークグレーのドレススーツと、服装だけは皇子然としていらっしゃいますね。

 感嘆ものの麗しい一幕はずが、ゼノベルト皇子殿下の表情のせいで台無しですな。


 甘々カップルに隠れるようにして会場入りされたヘンリー殿下は、意外なことに武闘大会でもお召しだった軍服姿です。その服装のチョイスとパートナー無しでお1人であるというところから、かなりやる気がない様がありありと感じられました。

 それでも表情だけは対外用の天使モードで、可愛らしい微笑を浮かべつつ何かを探しているようです。会場を見渡すように動いていた碧眼が、私を捕らえた途端に見開かれ、その後すうっと細められました。


 おぉ・・・。全身に鳥肌が立ちましたよ。

 あの一件から、できる限りヘンリー殿下と2人きりにならないよう、私は気を付けて行動しております。

 しかし彼にとっては、護衛であるツヴァイク様が他者の目という枠に入らないようでして。もう1人の護衛であるレオンの目を盗んでは、「カムは何人欲しい?」とか「初めてが私でなくてもかまわないよ」とか「私に任せてくれるなら最高のひと時を約束するよ」等、返答に困るようなことを言ってきました。

 私と同じように鳥肌を立てている「私は貝。私は貝。」というようなお顔のツヴァイク様の横で。


 おかしい! 「バル恋」は18禁乙女ゲームではないのですよ! なんでメインヒーローが下ネタ吐いてるんですか?! レオンも聞こえているのでしたら助けてくださいよ!!

 

 げんなりしながら回想している間に、最後に入場してみえた国王陛下のありがたーい御言葉が終了してしまったようです。

 ファーストダンスの曲が始まりました。

 

 卒業パーティーは卒業生やその関係者への慰労の意味合いが濃く、夜会というくくりから外れるため、誰が最初に踊るといったルールはありません。それでも位が高い者が参加している以上、先にその他が踊り辛いのも確かでして。

 モーゼごっこの延長で空いたままだったスペースを利用し、私はダンスの体勢に入ることにします。ホール中央に近い位置でもありますから、迷惑にはならないと思いますし。


「レイチェル様。私と踊っていただけますか?」

「えぇ。よろしくてよ」


 王族に次ぐ位であるジスティリア大公のご令嬢へ、ひざまずきゆったりと微笑みながら手を差し出します。ややお顔が強張りかけているレイチェル様が、コクリと唾を飲んでから震える手を重ねてきました。

 レッツ! しゃるうぃーだんす?


 練習の成果か、滑り出しは順調です。

 しかし練習の時もそうでしたが、どうしても視線が下がりがちな、レイチェル様。よろめきかけた彼女の細い腰を抱き寄せ、丸く可愛らしいお耳へ口を寄せてささやきました。


「お顔が下がっていますよ。多少の失敗はフォローできます。最悪、足をお踏みになられても大丈夫。笑顔で踊りきってみせますから」


 顔を離して微笑みかけると、レイチェル様が口元をひきつらせながら大公令嬢の仮面を被り直しました。まだ完全には強張りが解けていませんが、ダンスにおける表情の点数としては大丈夫な範囲でしょう。


「ちょっと、カム! あまりヘンリー王子殿下を煽らないでくださいませ! 最近、ライバル認定されたようで、当たりがきつくて困っていますのよ!」


 ん? どういう意味でしょうか?

 苦情の内容がいまいち理解できなくて首をかしげたら、張り付けた笑顔のまま深いため息をつかれてしまいました。


「今の、角度によっては口付けているように見えたと思いますわ。ひぃっ・・・恐い顔で笑ってる!」


 レイチェル様、言葉遣いが崩れています。それにあの方の外面は天使様ですから、いつでもたいがい笑っていらっしゃいますよ。

 大袈裟な・・・と思いながらヘンリー殿下をちらりと見れば、やはり外面感満載の微笑を浮かべていらっしゃいました。

 うん。私も恐いわ。


「レイチェル様、もう少しです。お気を確かに、頑張ってください」

「えぇ。そうね!」


 足を踏まれかけて、彼女の腰へ添えていた右手で柔らかい体を少し持ち上げました。レイチェル様は私より背が低くて体重も軽いため、ドレスの重みを足したとしても、こうして一瞬でしたら片腕でも持ち上げることができます。筋肉痛は確実でしょうけれども。

 足を踏まれるダメージを最小限に抑えながら、時折ふらつく彼女を支え、優雅に踊り続けます。右腕がだるくなってきた頃にやっと曲が終わり、何とか無事、踊り切ることができました。息が上がっているレイチェル様のお顔も達成感にあふれています。

 そのままさりげなく・・・のつもりで、かなり目立っていますが押し切って外へ出ようとしたところを、金茶の頭が遮りました。


「1曲目は譲ったのだから、2曲目はお付き合いしてくれるよね?」


 そう言って悪魔が手を差し出したのは、もちろんレイチェル様の方へです。

 私はにっこり笑って彼女から離れました。売られていく子牛のような目で縋られても、私には彼女を救い出す力もなければ、理由もありません。


「では、私はこれで失礼いたします」


 皆の興味がヘンリー殿下とレイチェル様へ移ったのをこれ幸いと、気配を消しつつ外へ通じる扉へと向かいます。壁を伝うようにしてクラウドも別の扉へ到達したことを確認し、私はパーティー会場を後にしました。





 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ