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約束を果たしましょう! その3



 イングリッド様と共に戻ってきた、ルーカスの口角は上がっていても目は笑っていなくて、さらにほんのり冷気を感じました。

 ゲーム主人公であるレイチェル様が全く攻略する様子がない事に油断していましたが、やはり取扱注意の札を外すべきではないようです。思わぬきっかけで、ゲームのように刺されたくはありませんからね。そもそも今、彼が何にイラついているのかが全くわかりませんし。


 あの優しくて可愛らしかったルーカスも、やはり貴族社会の荒波に揉まれてしまうと黒くならざるを得なかったという事でしょうか。

 もしくは悪魔の影響か・・・うん。そんな気がします。おのれ金茶の悪魔め。

 アレクシス様を微かにびくつかせたルーカスの横に、イングリッド様は菩薩の笑みを浮かべて平然と立ってみえます。この方も案外と大物ですよね。他のご令嬢たちのように私を怖れませんし。


「そろそろ帰らないと殿下をお待たせしてしまいそうです。遅刻すると後日、埋め合わせを請求されそうですから、急いで向かいましょう」


 ほわーっと笑う、ルーカス。かわゆす。

 ぎりぃっと歯ぎしりが聞こえたのは気のせいに決まっていますよね。そうですよね。さあ、悪魔に難癖をつけられる前に帰りましょう。

 

 帰りの馬車の中では劇中のあれこれに妄そ・・・空想を膨らませて暴走する、イングリッド様のお話を楽しく拝聴させていただきまして。おかげさまで気まずく感じることもなく別館へと帰ってまいりました。

 アレクシス様も気まずいのでしたら、適当な理由を付けて途中でフェードアウトすればいいのに。最後までエスコートしてくださるなんて、律儀ですな。


 イングリッド様まで私を送ってくださったのは、確実に気をつかっていただいたからだと思います。きっと、ふった者とふられた者の間にある微妙な空気を感じ取ってしまわれたのでしょう。

 こちらの様子を窺うような視線が心なしか楽しそうなのは、この際目をつむることにします。




「カム、お帰り。観劇は楽しかったかい?」


 イングリッド様をお送りするというルーカスと、なんとなく寂しそうなアレクシス様と別館の玄関でお別れし、一息つこうと談話室の扉を開けたらこれですよ。

 見なかった事にして扉を閉めるのが間に合わなかったところまで、割と記憶に新しい既視感デジャヴを覚えました。

 次回は室内の気配を念入りに探ってから、慎重に扉を開ける事にいたしましょう。


 私の持ち物ではありませんが、一応この別館を整備し、維持しているのは主にクラウドです。つまり我が父、テトラディル侯爵が雇用している私の従者でして。

 なぜヘンリー殿下が我がもの顔でくつろいでいらっしゃるのですかね。


 お待たせしたことに難癖をつけられるかと身構えましたが、そんなことはなく。

 機嫌のよさそうな殿下はいつもの定位置へ腰かけています。その背後に、こちらも機嫌のよさそうなレオンと、「勝手に入ったんじゃないぞ! 弟君の許可を得ているんだからな!」というお顔のツヴァイク様が立っていました。

 なるほど。またしてもルーカスに謀られてしまったようです。私の外出許可も取得済みでしたし。

 陥れた相手が姉である私であったとしても、なんて有能な弟なんでしょう。かわゆす。


「ごきげんよう。殿下」

 

 とりあえず。言いたいことを全部飲み込んで余所行きスマイルで淑女の礼をしました。余所行き仕様なのは午前中の心労のせいでツヴァイク様のように、本音が顔にだだ洩れてしまう事を予防した結果です。

 ゆっくり優雅に礼をして顔を上げたら、先ほどまでにこにこしていた殿下のお顔が渋面になっていました。

 

「カム。どうしてそんな顔をするんだい? まさかまた、アレクに何かされた?」

「・・・いいえ」


 まあ、されたと言えばされましたが、ダメージを負ったのは私ではなくアレクシス様ですからね。

 笑顔を張り付けたまま否定すると、殿下の眉間の皺が1本増えました。


「君はまた・・・私たちだけの時は飾らない君でいて欲しいって、以前もそう言っただろう」


 「私たち」って・・・この場合、私と付き合いの長いレオンはいいとして、ツヴァイク様は大丈夫なのでしょうか。明らかに「こっち見るな! 俺に構わないでくれ!」というお顔のツヴァイク様へと問答無用で視線を向ければ、殿下が小さくため息をつきました。


「この「私たち(・・)」は私とカムの事だから。護衛を数に入れてはいけないよ」


 本日のレオンは護衛枠のようです。

 確かに、柔らかな笑みを浮かべてはいますがずっと黙ったまま、ツヴァイク様と共に殿下の背後に控えていました。ツヴァイク様の表情が豊かなのはいつもの事なので、気にするところではありません。


「わかりました。それで? 殿下は私の休日をどう使うおつもりですか?」


 即座に笑みを消して真顔で訊ねると、殿下が嬉しそうに破顔しました。真顔を向けられて喜ぶなんて、不思議な人ですね。


 ―――はっ! まさか、虐げられることに快感を感じるというマゾ属性なの?

 いやいやいや! そんなはずはありません。だって、乙女ゲームの攻略対象、しかもメインヒーローですよ! さらに悪魔・・・じゃなくて王族なんですから、どちらかというとサドでしょう。

 そうだ。そうに決まっています! だって武闘大会で私に噛みついた時、かなり嬉しそうにしていましたし!


 あの屈辱の証。実は、口惜しい事にまだしっかり私の鎖骨の上辺りについています。なにせ大勢の観客の前で実行された暴挙ですからね。気軽に闇魔法を使って消すこともできず・・・。

 おのれ。悪魔、改め吸血鬼と呼んでくれようか!


 ん? という事は、やはり悪魔がSというのは紛れもない事実ですよね。よって先程の笑顔には裏があるという事で・・・ひぃっ! なんでしょう?! 私はいったい何の罠にかかってしまったのでしょうか?!


「・・・また何か失礼なことを考えているね? まあ、いいけど。そろそろ行こうか」


 しまった。動揺が顔に出ていたようです。これではツヴァイク様を笑えませんね。


 たぶん少し前の殿下のような渋面になっている私へ、近付いてきた殿下が手を差し出しました。どちらへ向かわれるつもりなのか知りませんが、エスコートしてくださるようです。

 素直に殿下の手へ自分のそれを重ねて談話室を出るところで、護衛であるレオンとツヴァイク様が付いてこないことに気が付きました。これはクラウドの同行も断られるのだろうかと殿下を見上げれば、こちらを振り返った殿下が苦笑します。


「クラウドはそのままついておいで。彼を連れて行く条件で私の護衛を外すのだし。彼なら問題なく付いてこられるだろうしね」


 どういうつもりかは分かりませんが、殿下の護衛2人は談話室でお留守番のようです。なんとなく嫌な予感がし始めた私を、殿下がせかし気味に誘導してくれます。その足が向かったのは、別館の階上へとつながる階段でした。


「殿下。この上には各自の私室と浴室しかないのですが、どちらに御用なのですか?」

「それはもちろん、君の部屋だよ」


 にやにやしながらそう告げた殿下に、嫌な予感が一気に高まります。重ねていた手を離そうとしたら、その前に握りこまれてしまいました。またしてもデジャヴ・・・。

 ますます深まった殿下の笑みに鳥肌が立ちます。


「ひぃっ?!」

「くくく・・・いやだなぁ。カム。私が君に無体を働くわけないだろう? 空を飛びたいから、バルコニーを貸して欲しいだけだよ」

 

 不快を思いっきり顔で表現した私に、殿下が声を出して笑いつつ言いました。からかわれてしまったようです。

 私の反応に満足したらしい殿下は、その後も時折肩を振るわせて笑いながら階段を上っていきます。彼のエスコートに素直に従って階段を上る私は、笑いの合間に呟かれた言葉を聞き逃してしまいました。

 

「・・・君を抑え込めるものなら既成事実を作るんだけどね」


 私が反応しなくても言い直したりされませんでしたから、きっと大したことではないのだろうと聞き返しはしませんでした。

 再び機嫌が良くなったらしい殿下は、時折こちらを振り返って悪・・・偽天使の笑顔を浮かべながら階段を上っていきます。


「ここから南へ行った王領の端に、君が好きそうな静かで清涼な水を湛えた湖があってね。そこまで馬車で行くと半日かかってしまうから、飛んでいこうと思うんだ」


 私の部屋をあっさり横切ってバルコニーへ出たヘンリー殿下が、やっと行先を教えてくれました。

 え。いや、別に「好きな子の部屋ドキドキ」なんてラブコメ的な展開があるなんて、露ほども思っていませんよ。あっても反応に困りますし。中性的な美青年の恥じらう様子が見たいとか、そんなまさか!

 ・・・ごめんなさい。喪女のちょっとした妄想です。見逃してください。


「また・・・何を考えているんだい?」

「いいえ。なにも。」


 勝手に気まずくなって顔を逸らしたら、殿下にため息をつかれてしまいました。妄想はこのくらいにして、ちょっと面倒くさい現実に戻るとしましょう。


 目的地まで飛んで行くのは構いませんが、今から夕食までの間に馬車で半日かかる距離を往復しようと思ったら結構な速度で飛ぶ必要があります。こんなところで砂漠で密かに行った戦闘民族ごっこが役に立つとは思いませんでした。風を上手く操れば自分自身は風圧を感じることなく、髪もスカートも乱れずに快適に飛ぶことができます。

 オニキスさんにお願いして転移してもらえば一瞬ですが、別に殿下と湖畔でゆっくり過ごす時間が欲しいわけではありませんので、却下。それに飛んで移動している間はお互いをそれぞれ風が包んでいますから、会話ができません。好都合ではないですか。

 ちなみにクラウドとは遠話ができますので、そこらへんは問題なしです。


「かなりとばすよ。君とクラウドならついてこられると思うけど、辛かったら速度を落としてね」


 そう言った殿下が私の手を離す前に、こっそり闇魔法を使って「認識阻害」を付与します。ついでに上品な紫色の石が嵌った金のカフスボタンへも触れて、勝手に「身に着けている者は傷害無効」も付与しました。

 これで安全対策は万全です。もし殿下がまた狙われたりしても、心置きなく放置して戦うことができるでしょう。


「じゃあ、行こうか」


 殿下がふわりと音もなく宙へ浮かびます。私はクラウドが差し出してきたつばの広い帽子を目深にかぶり、クラウドと自分へも「認識阻害」を付与してから風魔法を使用しました。



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