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約束を果たしましょう!



 いつも通りの早朝鍛錬を終え、いつも通りギリ貴族の令嬢のお出かけ着範囲な質素なワンピースを着て、いつも通りの休日を過ごそうと朝食をとるために談話室へ向かいます。食堂を利用するとレイチェル様に見つかることが多々ありましたので、ダラダラと朝食をとりたいがために新学期からは休日のみ別館の談話室で食事を頂いているのでございます。

 何気なく談話室の扉を開けると、そこにはいつも通りの従者服を身に着けたクラウドと、彼に給仕されているルーカス・・・まではいつも通りで、なぜかアレクシス様とイングリッド様がいらっしゃいました。

 見なかったことにして扉を閉めかけると、気付いてしまったらしいアレクシス様が立ち上がります。いつも通りの完璧な礼をされて、反射的に淑女の礼を返しました。この身に染みついた習慣が恨めしい。


「カム、おはよう」

「お早うございます。アレクシス様」


 ええ。本当に。お早い時間からのお越しでございますね。

 心の中で毒づき、見つかってしまった以上は仕方がないので談話室へ足を踏み入れます。健康的な笑みを浮かべたルーカスと、後光が射すかのような慈悲深い笑みを浮かべたイングリッド様が立ち上がりました。

 どちらも、てらかわゆす。


「おはようございます。姉上」

「ごきげんよう。カーラ様」


 淑女の礼で返しつつ、私も朝の挨拶をいたします。


「イングリッド様、ルーカス。おはようございます」


 ソファで朝食をお召し上がりだった3人の、イングリッド様の横に、当然のように私の席が用意してありましたから渋々腰を下ろしました。クラウドがすかさずテーブルへ置いてくれた紅茶に、手を伸ばします。

 昨日までの武闘大会のお話をしながら優雅に朝食をいただいていると、もう皆が食べ終わったというタイミングでどことなく黒く感じる笑顔のルーカスが私を見ました。


「姉上。約束を覚えていらっしゃいますか?」


 最近ルーカスとした約束と言えば、昨日の試合前にしたものに違いありません。にっこり笑い返しました。


「もちろんです。一緒に出掛ける約束でしたね」

「はい、姉上。早速ですが、これから観劇へ出かけませんか?」

「ええ。いいですよ」

「楽しみですわね。カーラ様」

「軽食を摘まみながら観劇する変わった劇場だ。し、心配しなくても個室を用意したから、カムが行っても混乱は起きないぞ」


 おぉ! 夕食ディナー・・・ではないから、ランチショーと言うのですかね。・・・ううむ。なんだか転生者の気配がするような。


 って、あれ? お2人もご一緒されるのですか?

 いつまでも逸らされる様子のないアレクシス様の視線から逃れるようにルーカスを見れば、やっぱりなんとなく黒く見える笑顔のままで言いました。


「くじ引きの結果。僕が午前中、アレクシス様が昼食、殿下が午後、レオンが夕食でしたので、アレクシス様と手を組むことにしました」

「・・・くじ引き?」

「そうですよ。だって姉上。「僕たちが勝ったら、僕たち(・・)に姉上の休日をいただける」というお約束だったでしょう?」

「・・・・・・・・・ん?」


 私の記憶の中では、ルーカスが遠慮がちに「僕たちが勝ったら、僕―――に姉上の休日をいただけませんか?」と言っ・・・・・・・・・・・・。

 はっ! 「僕・・・」は言い淀んだのではなく、わざと小さく言ったという事ですかね?!


 可愛い弟に謀られたと気付き、茫然と見つめているとルーカスが部屋のすみまで移動して手招きをしました。警戒しつつ招きに応じます。

 ちらりとアレクシス様を見たルーカスは、こちらへ視線を戻すと、気のせいでなく黒い笑顔を浮かべて小声で言いました。


「姉上は最近、レイチェル様にかかりきりで僕たちと話す時間が少なくなっていたでしょう? 大分、こちらも鬱憤が溜まってきていまして、生徒会の仕事効率ががた落ちなのです。それに姉上の真意を伝え、引導を渡すいい機会ではないですか。はっきりぐっさり容赦なく希望をへし折られたら、彼らは仕事に打ち込むしかなくなると思いませんか?」


 私の存在が生徒会の作業効率のどこに影響があるのかはわかりませんが、つまり。はっきりぐっさり男どもをふってこいと。そういう意味でございますね?

 お主。なかなかに黒いな。

 確かに他へ気を取られて、告白めいた発言に対する答えを保留にしたままでした。皆が揃っているのだからいいかと夕食中等に発言しようとすると、いつもヘンリー殿下に邪魔をされてしまい言えず仕舞いでしたし。


 了解したというようにルーカスをまっすぐに見て頷けば、弟は満足そうに私と同じ紫紺の瞳を目を細めて口角を吊り上げました。殿下のようなニヤニヤではなく、ニタリって感じで。

 冷気を感じて思わず身震いをすると、いつものほわーっとした笑顔に戻ったルーカスが扉の方を指し示しました。か・・・こわゆす・・・?


「では、皆様。そろそろ劇場へ向かいましょうか」




 ことあるごとにエスコートしてくれるアレクシス様の手を恐る恐るとり、なんとなくいい雰囲気なのではないかというルーカスとイングリッド様を観察しつつ馬車で劇場へ向かいまして。ルーカスが用意してくれていた鍔の広い帽子を被り、そそくさと個室の観客席へ入ってほっと一息。

 無事、阿鼻叫喚の事態になることは避けられましたな。


 アレクシス様がご用意くださったという個室は、バルコニー席になっていました。舞台へ向けて張り出した半円形のバルコニーにカウンターのようなテーブルが設置してあり、椅子が4脚用意してあります。

 4人とも未婚の婚約もしていない男女ですからね。劇場といえど個室なため、2人きりというのはかなり外聞が悪いのです。だからこそ、このダブルデート状態なのでしょう。つまり私とアレクシス様は、ルーカスとイングリッド様のデートのための、カモフラージュ要員という事でございます。


 メンバーに不満はあるものの、カーラの人生で初めての観劇にかなりわくわくしております。

 1階席の丸テーブルで飲食しながら歓談している人々を見下ろしていた私は、アレクシス様がエスコートしてくださった席へ素直に腰かけました。その私の右隣にアレクシス様が。左隣の席にルーカスが着きます。イングリッド様はルーカスの向こう、左手側へすでに腰を下ろしていらっしゃいました。


「面白い劇場ですね」


 相変わらず1階席を見下ろしながら、身分も年齢もバラバラな観客たちを眺めていると、イングリッド様が後光を発しながらおっとりと発言されました。


「この劇場の支配人は帝国のチティリ領出身ですの。何でもこのような形態の庶民向けの小規模な劇場がチティリで流行っているらしいですわ。父が領都の飲み屋で意気投合して連れてきまして、所有者権限で支配人にすえたのですけれども、これだけこの国でも流行っているのなら前支配人の恨みを買っても余りある恩恵でしてよ」


 おぉ。ここのオーナーはイングリッド様のお父上である、テスラ侯爵様なのですね。

 北の守りテスラ侯爵領は、北西の守りテクスノズと共に北の隣国グレイジャーランド帝国に接しています。その帝国の人間、しかも急発展しているチティリ領出身とは・・・もしかしたらそこに、私やレイチェル様のような転生者がいるのかもしれません。2人いるのですから3人目がいても不思議ではありませんし。確かめようがないですけれども。


「イギー。恨まれている自覚があるなら、護衛の人数を増やしてはどうですか?」

「私、仰々しいのは好きではありませんの。それにもし襲われても、またルークが助けてくださるのでしょう?」

「それはもちろん! しかし僕が毎回おそばにいるとは限りません。心配する僕の身にもなってください」


 少し眉尻をさげたルーカスが、イングリッド様に苦言を呈しています。

 というかですね。いつの間にお互い愛称呼びなのですか?!

 それにまたイングリッド様は危険に晒されたみたいですよ。だからイングリッド様にいつもよりごつい護衛が付いているのですね。そのごつい護衛と、クラウド、アレクシス様の護衛らしき方の3名が現在、扉付近に立っています。ついでに外にも2名いたはずですよ。


 うむ。これは姉である私が一肌脱いで、「身に着けている者は傷害無効」アイテムを進呈いたしましょうか。

 何に闇魔法を付与しようか考えを巡らせている間に、食事が運ばれてきました。


「あら。美味しそう」


 オードブルの定番、カナッペですな。しかし肉やチーズといったおかず的なものから、フルーツやジャムといったデザート系まで多岐にわたっています。どうやらワゴンに乗せて運ばれてきた中から、自分で選ぶ方式のようです。


 元をとろうと奮闘した、前世の食べ放題を思い出してしまいました。大幅に得をしていないとしても、きっと損はしていないくらいには毎回食べてましたね。デ・・・ぽっちゃりの食への執念は永久に不滅です。

 が、このカーラの身体は、前世の完全制覇どころか3周は余裕だった身体のようには食べられません。私は泣く泣くお薦めを7つ取り分けてもらいました。


 お残しは元デ・・・私のポリシーに反しますから、いたしません。そう無理やり自分を納得させた私の横で、アレクシス様が大量に取り分けてもらっています。左隣のルーカスも負けてはいません。

 たぁんとお食べ。青少年たちよ!

 羨望の眼差しで男子2人を見ていたら、イングリッド様に苦笑されてしまいました。


「また暫くしたら別の料理が運ばれてきますわ。少しずつお取りいただいた方がいろいろお楽しみ頂けますわよ」

「なるほど」


 それでしたら、次を楽しみにさせていただきましょう。光神へ祈りを捧げるアレクシス様の横で、私は手を合わせて「いただきます」と心の中で唱えました。


 

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