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不本意でも権力に屈服しましょう!



「秋だね!」

「は・・・はい。そうでございますね」

「硬いわよ。カム。そこは「そうね、レイシィ!」でいいのよ」


 私の向かいで何やら一生懸命描いていたレイチェル様が、急に顔を上げたと思ったら突然、無茶を言い始めました。私は皺が寄りそうになる眉間の力を意識して抜き、曖昧に笑います。


 強引なレイチェル様に押し切られ、夏のイベント「森で1泊遠足」への同行を強制的に承諾させられた上に、強行されたことはまだ記憶に新しい事ですよ。今回は幸いなことに何の問題もなく、あっさり終了することができましたが。

 しかし問題はそこではなく。さらに私とクラウドだけだった癒しのクラブ「裁縫部」へ、彼女が入部してしまい、ほぼ毎日のように顔を合わせることになってしまってから、早2か月。

 ほぼ毎日のようにクラブ活動をしているのは、さすがに最後の砦である別館へ彼女を招き入れたくはなかったからで。こうして裁縫部の部室にてできる限りお相手しているのでございます。


 彼女のお相手を1人でするのは手に余りますので、私は仕方なく悪魔に魂を売りました。

 なぜか夕食を「ヘンリー殿下とりまき隊」と共にとるという、どこにメリットがあるのだかわからないことを条件に、生徒会のお仕事がない時は教室でヘンリー殿下たちと共に対応してもらってはいるのですが・・・。

 そろそろ次のイベント「武闘大会」へ向けて、忙しくなっていくだろう彼らとの時間が減っていくことは必至です。そして私の胃痛の頻度が増していくことも。


 ここ最近・・・っていうほど最近でもありませんが、良いことと言えば、チェリが無事に出産を終えた事くらいですよ。

 父親であるドード君と似たような黄色の髪に茜色の瞳をもった、褐色の肌の女の子です。そろそろ4ヶ月くらいですかね。子供って成長が早いですよね。ずっと寝てばかりだった赤ちゃんが、もう寝返りするんですよ。ぐうかわ。


 しかしぷりちーベイビーに癒された心を差し引いても余りあるストレス! それを溜めながら、ずっとこんな感じで抑圧された毎日を送っているのですよ。

 そんなこんなを嘆きながらなんとなく遠くを見つめていた私の前へ、レイチェル様がピラリと紙をぶら下げました。


「私の芸術が爆発したわ! カム! 今度の武闘大会はこれを着てみて! この魔王の如き妖艶さに、きっと誰も手も足も出せないわ!!」

「・・・」


 それはお触り禁止案件として、視界に入れず避けて通るの間違いだと思うのです。


 私の絵姿が、ゲームバージョンですが非常にお上手なことは認めましょう。

 しかしですね、背面はともかく前面が胸の先端と要モザイクな部分のみ覆ってある防御力皆無の衣装を着る勇気は、いくら女色の噂が貴女とほぼ毎日一緒にいるせいで、さらに濃厚になった私であってもございません。ショーガールのようなお尻上部だけ覆う全く肌色面積を下げる気のないバッスル風のフリルの存在意義も不明です。ついでに悪魔の翼的なものも描かれていますが、どういった素材で作るおつもりなのでしょうか。


 こんなに露出度が高い衣装は、たとえクラウドに勝つためだとしても・・・そこでちらりと隣のクラウドを見れば、両手で顔を覆い肩を震わせていました。

 無いな。無しですな。

 クラウドさんが声を殺して爆笑してますよ。笑いを取るだけでは彼には勝てませんので却下です。


「では、レイチェル様はこちらで」

「っ?!」


 目には目を。こちらも彼女がぎょっとするデザイン画を差し出します。


 全体的な印象はいわゆるゴスロリですね。精神が高年齢な転生者にはきつい、これでもか! と言う具合にレースとリボンが多用されており、さらに下からアングルの撮影は禁止よん! という長さのパニエ乱用がっつり膨らんだミニスカで左右の柄が異なるソックス着用、もちろん上げ底ブーツ込み。しかし上部はデコルテ、肩を露出、背面はこれでもかとざっくり空いていて、細いリボンで吊るホルターネックになっております。

 そして、ここが重要! 明らかにノーブラりんなのでこざいます。ガン見せの肩甲骨からギリギリ腰、お尻じゃないのよ。までのラインがきっとセクシーでしょうな。

 残念ながら露出度と言う面においては、レイチェル様のデザイン画に完敗ですわ。

 

 あんなデザインをお考えになったくせに、どうやらそれなりに羞恥心はおありのようです。頬を紅潮させたレイチェル様が私のデザイン画をひったくるように手に取りました。

 私は聞かず目にしなかったことにしますが、大公令嬢ともあろうお方が鼻息荒くよだれを垂らすのはどうかと思うのです。


「これよ!」

「はい?」

「色違いのお揃いにしましょ。早速、オーダーしてくるわ!」

「え、ちょっ! レイチェル様?!」

 

 言うが早いか、あっという間に部室から去っていくレイチェル様。

 肩を掴んで止めようとはしたのですが、殺気を向けられて反射的に距離をとってしまいました。おそらくと言うか、確実に彼女の精霊が発生源でしょう。

 あれ、私にだけかと思っていたのですが、どうやら誰にでもやっているようでして。


 そのせいで、ハイパー毒舌死にたがり精霊レグルスが寄生していた頃のレオンのごとく、精霊の不快から生まれた忌避感のせいで彼女へ近づく人間がほとんどいないのですよ。いても彼女の護衛兼世話係の戦闘メイドな双子と、彼女の大公令嬢といった地位に惹かれた権力欲のある強者のみです。

 本人はあまり気にしていないようですが。


「・・・ま、いいか」


 武闘大会は5人までの団体戦ですが、彼女と組まないようにして後は逃げ回ればいい事です。

 私は静かになった部室で、途中になっていたハンカチへの刺繍を始めます。これで何枚目だったかな。これもクラウドか、ルーカスが貰ってくれればいいのですけれど。


「ちょっと、クラウド。いつまで笑っているのですか?」


 考えが甘かったことを思い知るのに、そう時間はかかりませんでした。




「いい天気ね、カム。戦闘日和だわ!」


 普通にレイチェル様を大将とし、双子の戦闘メイドの名が書かれたメンバー用紙を手渡され、普通に署名した私とクラウドの行動は普通なのだと断言できます。

 権力に屈服するしかないのは、力ない者の定石なのでございます。


「・・・はあ。さようでございますね」

「あら、元気がないわね。昨晩、興奮しすぎて眠れなかったのかしら。いいわ。ちょっとここで待っていらして」


 気のない返事をした私を置いて、レイチェル様は双子の戦闘メイドたちと共に大会本部の方へと行ってしまわれました。どうして彼女たちはああも堂々としていられるのだろうか・・・。

 ぐう。視線が痛い! 誰だ?! こんな衣装を考えたのは?! もちろん、私だ!!

 頭の中でノリ突っ込みをして現実逃避を計りましたが、現実は逃がしてくれませんでした。


「カム・・・背中触ってもいい?」

「僕に力があれば姉上にこんな・・・くっ」

 

 まず現れたのは大将が身に付ける赤いたすきを大会本部でもらってきたらしい、レオンとルーカスでした。武闘大会は5対5のチーム戦で、この襷を大将から奪った方が勝ちとなります。

 ちなみにたすき掛けしようが、ハチマキのように頭に巻こうが、リボンのように髪をまとめようが身に付けさえすれば自由でございます。


「ルーカス・・・」


 姉想いな弟の発言に感動しつつ、気配を殺して私の背後に立とうとしたレオンの右手をクラウドが捻りあげた事を、横目で確認しました。

 問題の背中ですが、下着未装着では戦い辛いと苦情を入れまして。コルセットの上部ぎりぎり、肩甲骨が見える程度になっています。ただし当初のデザイン通りにデコルテは全開。お胸様たちの狂気が制服の時よりも増しております。

 ちゃんとコルセットを着けていますしね。もちろん強調するために、ですよ。ぐふふ。

 どうせ目立つのだからそちらへ目線を集中させることによって、この明らかに似合っていないリボン満載、無駄にフリフリしているレースいっぱいの衣装から目をそらさせる寸法です。


 それにしても悪目立ちしている狂気たちではなく背中へ興味を示すあたり、レオンの趣味は少々変わっているようですな。


「・・・カム。随分か、可愛らしいな」

「そんな髪型をしているの初めて見たよ。意外に似合っているねぇ」


 そんな私の心情をばっさり無視して、しっかり羞恥心をえぐってくださったのは私たちの後ろから現れました、アレクシス様とヘンリー殿下です。なんとなく目元を染めつつ、聞きたくなかった賛辞を送ってくださったアレクシス様はともかく・・・。

 さすが悪魔。容赦なく触れて欲しくなかった髪型に注目してくださいました。


 ・・・そう。見たことが無くて当たり前でございますよ。だって私、ツインテールにしたのは初めてですから。しかも縦ロール。

 戦闘メイド2人組に捕獲されて着せられて髪をいじられた後に鏡を見て、自分でも「悪役令嬢キタコレ!」って思いましたよ。ゲームのカーラは黒髪ストレートがデフォでしたけどね。


 あぁ。普通に軍服姿の彼らが羨ましい。

 レオンはペンタクロム伯爵領軍の色である臙脂えんじの軍服で、ルーカスはテトラディル侯爵領軍の色である紫紺。

 トリステン公爵家の嫡子であるアレクシス様の軍服は黒地に水色の縁取りがされています。王都守護の公爵御3家と大公家は、黒地の軍服にそれぞれの家色で縁取りされたものを身にまといますからね。


 で、ヘンリー殿下は白地に金の縁取りがされたこれぞ王族! と言った出で立ちです。

 そんなただでさえ制服マジック発動中のせいでキラキラしく見えるにもかかわらず、ふわっと天使のような微笑みを浮かべられるものだから、私の中の萌えがぶち抜かれて危うく勝手に髪に触れていることを許すところでしたよ。匂いでも嗅ぐつもりだったのか口元へ持って行かれた髪を、すんでのところで回収します。

 ちなみにヘンリー殿下の後ろで「なにも見てない。なにも見ていない!」と暗示をかけているようなお顔のツヴァイク様は、黒の軍服に金の縁取りの近衛騎士隊の制服を着ていらっしゃいますよ。


「ごきげんよう。ヘンリー王子殿下、アレクシス様」


 自然な感じで距離を取りながら、ご挨拶がまだでしたので淑女の礼をしました。もったいぶってゆっくり顔を上げると、すっとお二人が目をそらします。

 ふふ。そう来なくては。やはり後ろから来られたせいで狂気たちの存在感が薄れただけのようですね。

 

「どうかされましたか?」

 

 必殺! 狂気乱舞!!

 なーんて心の中で唱えながら、二の腕で胸を寄せて前屈みになります。 

 するとちら、とこちらを見たお2人が目を泳がせました。それでも止めずにいたら、またちら見して、お2人ともが後ずさります。

 けけけ。私の羞恥心を抉った罰ですよ。


「姉上・・・」

 

 弟ルーカスの呆れ返った声が、青少年たちをからかって楽しんでいた私を現実へ引き戻したのでした。

 



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