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残滓の戒

オニキス視点のゲームイベントのお話です



 カーラがあれほど警戒していた大公令嬢は、あっさりと全く敵対する気がない事を告げ、あまつさえ友人になって欲しいと懇願してきた。その言葉に裏はなく、全く敵意がないことは「鴻大こうだい」に睨まれつつもじっくり確認したのだから間違いない。

 不安げに私へ確認するカーラへそう告げたが、やはり疑念が急に晴れるわけでもなく。さらに私が「鴻大」を警戒していることを、カーラに感じ取られたのもあると思う。

 こちらも敵対する気はないが、信用しきれないと伝えるにとどまった。


 あちらもカーラが「げぇむ」通りに断罪された場合の末路を知っているようだ。急には無理だろうとその場は引き下がった。

 その場は、な。


 カーラと大公令嬢は学年が違うし、唯一全学年合同の武術の授業を大公令嬢が履修していないため、接点はほとんどない。

 それでも大公令嬢はよほどカーラに興味を持っているのか、選択した授業によっては暇になる時間にカーラを探してうろついていた。しかし私があの目立つ真白を見落とすことなどないし、それ以前に過保護なクラウドがその超人的な気配察知力をもって徹底的に避けていた。よって遭遇することはなかった。


 そうしてカーラも私も落ち着きを取り戻しかけた頃・・・大公令嬢は方針を変えたらしい。

 カーラではなく、王子たちへ接触するようになったのだ。


 そうなると父君より言いつけられている手前、できる限り王子と共に行動するカーラと大公令嬢は顔を合わせざるを得ない。

 内心びくびくしながらもにこやかに対応するカーラに気を良くしたのか、大公令嬢は初夏の「げぇむいべんと」である1泊2日の遠足へ同行してもいいかと尋ねてきた。それはしくも、帝国組に隠れて人員を書き込んだ用紙を提出するため、王子の護衛が走っていった直後の事だった。

 笑顔のまま凍り付くカーラ。

 おそらく自分たちの精霊から、「鴻大の真白」の主である大公令嬢に近付くなと言われているのだろう。王子たちも何とも言えない表情をする。

 そこへやってきた帝国組の護衛の方が、大公令嬢へひょいと紙を差し出した。


「ツヴァイク様から失敬・・・いや、先程お預かりしたのだけど、まだ提出前でよかった。貴女できっかり10人になります」


 王子たちも凍り付く中、大公令嬢が満面の笑みで礼を言って受け取る。その場で記名を終えた時、ぜいぜいと息を切らし涙目かつ真っ青な顔で王子の護衛が現れた。どうやら奪われた用紙を追ってきたようだ。


 また帝国組が一緒で、さらに大公令嬢まで加わったのかと渋面になるカーラと、王子たち。

 王族に次いで位の高い大公令嬢が用紙を持っているために手が出せない、王子の護衛。

 結局、用紙はそのまま提出されてしまった。




 カーラがげっそりしながら迎えた「いべんと」当日。

 またしてもくじを引きたがった皇子によって、今度は真っ先に出発することとなった。開始の合図とともに森に分け入る王族、皇族、大公家、公爵家、侯爵家、さらに伯爵家の令息令嬢たち。

 錚々(そうそう)たる面々のために同行する教師がかなり警戒していたが、「禁食きんじき」であったトゥバーンがいるため魔物が襲ってくることはない。ただ真白への怨念を漏らしながら、遠巻きにこちらを窺っているだけだ。きっと大公令嬢がはぐれてしまったならば、たちまちにそちらを目掛けて襲ってくる事だろう。


 だがそんな傾向は微塵もなく。大公令嬢はカーラの横を陣取り大人しくついてくる。

 私はカーラの影に潜み静かにしているが、大公令嬢の精霊である「鴻大」はそうではない。その性質的に光へ溶け込めるはずだというのに、そうすることはなく。堂々と姿をさらしながら大公令嬢の背後にべったりと張り付いている。実体化はしていないので、私たち精霊と宿主には見えていてもその他の人間には見えていないが。


 さらに質の悪い事に私やモリオン、王子たちの精霊を分け隔てなく威圧してくれるものだから、その主たちへも忌避感が伝わり、気狂いの深紅が寄生していた頃の伯爵令息のような状態に陥っている。

 鬱陶しい事この上ない。


「ね、カム。カムは生徒会に属していらっしゃらないわね。どこのクラブに入られましたの?」


 欠片かけらも空気を読むことなく、大公令嬢がカーラへ親し気に話しかけてくる。すでに愛称呼びなのは、大公令嬢よりも身分の低いカーラにそれを拒否することができなかったからだ。

 私の不快を感じ取っているのだろう。カーラが引きつりそうになる口角を苦労しながらも不自然でない程度にゆっくりと上げて、言いたくないという気持ちを隠しきって答えた。


「・・・裁縫部です」


 すぐに思い浮かばなかったのか、大公令嬢が人差し指を顎に当てて考え込んだ。嫌な予感がするようで、カーラの口元が引きつりかけている。


「・・・ああ、部員数2名の最小クラブですわね。実は私、まだクラブが決まっていなくて・・・先生にせかされていますの。是非、入部させてくださいな」


 予感が当たってしまったらしく「ひっ」と小さく息を飲んで目を彷徨わせる、カーラ。対して大公令嬢はいい事を思いついたとばかりに、上機嫌で質問を重ねる。


「部長はカムかしら? もう1人の部員はやはりカムの従者? いつ部室へお邪魔したらよろしいかしら?」


 カーラが私へ「大丈夫か」と精神下で問うてきたので、大丈夫だと『声』に乗せずにこちらも精神下で返す。

 好き好んで真白と関りたくはないが、人間たちの世界には身分と言った面倒な階級があるのも承知している。カーラが大公令嬢の提案を真っ向から断ることなどできはしないのだ。私の私的な感情でカーラの人間関係をこじれさせる気はない。

 よってカーラが許容できるのならば応じるよう、すすめた。


「部長はクラウド・・・私の従者です。活動は不定期で、活動内容は自由となっています。レイチェル様。入部されるのでしたら、明後日の午後に部室へいらしてください」


 観念したらしいカーラが、ため息を飲み込んでからそう告げる。大公令嬢がそんなカーラの力なく垂れていた手を取り、親指で撫でさするようにして軽く握った。


「嫌だわ。そんな他人行儀に。レイシィと呼んでくださいな」

「は・・・いえ。そんな恐れ多いことは―――」


 ご満悦な大公令嬢の背後から「鴻大」が、影の中の私をじっとりと睨んでくる。それを感じ取ってしまったカーラの背筋が凍りついた。私は影の中から「鴻大」を威圧し返す。

 こちらは好き好んで付き合っているわけではない。嫌なら自分で主を説得しろ。




 順調に歩を進め、予定より出口に近い野営地まで来ることができた。

 すぐに音を上げると思っていた大公令嬢が付いてこれたのは、ここ数か月、暇があればカーラを探して学園内を歩き回っていたからかもしれない。


 しかし疲れていないわけではないようだ。天幕設営後、大公令嬢は簡単な夕食を摂ると早朝の見張りを志願して、早々に眠りについてしまった。

 その後の話し合いでまず帝国組が。次いでクラウドとカーラ、王子の護衛たち、王子たちの順で見張りをすることに。大公令嬢は見張りに起こすより、しっかり眠ってもらって早めに出発した方がいいと、満場一致で決まった。


 天幕へ横になったカーラは始め、帝国組の会話に耳をそばだてていたようだ。しかし残念ながら色めいた会話へ差し掛かる前に眠りについてしまった。

 精霊に眠りは必要ないので私は聞こえていたが、カーラの世界のことわざのように馬に蹴られたくはない。カーラに訊ねられたら、意外なことに帝国組の護衛の方が大胆だったと言うにとどめよう。


『おい。・・・おい、オニキス! ちょっといいか?』


 カーラの隣に大公令嬢が眠っていて、こちらを「鴻大」が警戒しながらずっと睨みつけてくるために、私はいつも通りカーラの枕もとへ寝そべってその寝顔を眺めることができずにいた。歯がゆく思いながら見張りの交代を待っていた私を、トゥバーンが離れた所から呼んでくる。

 「鴻大」が信用しきれなくてカーラの側を離れたくない私は、以前トゥバーンがやっていたように分体を作ってそちらへ転移させた。


『何の用だ』

『・・・ずいぶん可愛らしくなったな』


 普段の10分の1程度にしたら人の頭ほどの大きさになったので、いつかカーラに愛でてもらおうと愛らしい子犬の形態をとってみた。同じ精霊から見ても可愛らしいようなので、出来に満足する。


『とっとと要件を言え』


 そう言うと、こちらも普段よりかなり小さい蛇程の大きさのトゥバーンが、困ったように髭を揺らめかせた。

 どうやら私の愛らしい姿に違和感を覚え、言葉がつっかえてしまっているようだ。失礼な。


『いや・・・うん。あのな、オニキス。大丈夫なのか? あいつ「鴻大の真白」だぞ? 「狂乱の真白」の腰巾着だった奴だからな?』

『知っている。だから何だと言うんだ?』


 何を今更と思いつつ、質問を返す。トゥバーンが再び髭を揺らめかせた。


『いや・・・あの「狂乱」だぞ? お前、ずいぶん執着されていただろう? 大丈夫なのか?』


 質問が多い奴だな。それに「狂乱」が粘着していたのは私ではなく、私の中の「悲嘆の黒」の記憶の方だ。

 だがそれを教えてやる義理もないので、黙っておく。


『「鴻大」は私が「深淵」だとは気付いていない。それに宿主と契約する事は「狂乱」を裏切るも同然の行為だ。自ら「狂乱」へ接触することはないだろう。お前だってそうだろうに』


 「狂乱」は死を悪しきものと考え、それを魂の安寧として求める者を許さない。その思想と行動が「狂乱」と呼ばれる所以である。

 賛同する者は少なくないし、狂信者も多い。すでに狂っている者も含まれていることが怖ろしい所だな。

 まあ、死を忌避する陰でトゥバーンに「禁食」の役目を与え、狂いきった者だけは処分させていたようであるが。あちらではなくこちらの世界で行わせていたのは、やはり奴の教義に反する事だからだろうか。


 痛いところを突かれたらしく、トゥバーンの髭がだらりと脱力して垂れ下がる。いや、自身も告げ口されたら面倒になることに気付いただけか。


『・・・と、とにかく。真白へは必要以上に近付くなよ。あいつらは何でも消せるからな』

『ふん。私を消せるものならやってみせたらいい』

 

 「鴻大」はその名の通りかなり大きな真白だが、それでも本来の私の10分の1にも満たない。私の1部を消されたところで、逆に奴を消滅させられるのだから願ったり叶ったりだ。

 私が言わんとしたことに気づいたらしく、トゥバーンが垂れた髭を微かに揺らめかせた。

 

『それはそうなんだけどな・・・「鴻大」は契約して、自分の意思でこちらの世界へ手が出せるようになっちまったからたちが悪い。物、魔法、事象、記憶はもちろん、もしかしたら契約さえも消せるかもしれない。それにオニキスを消すのはできなくても、宿主の方を消すことはできるんだからな!』

『あぁ、成る程。確かにな。・・・しかし大丈夫だ。あれを信用してはいない。よって警戒を怠ることもしない』

 

 真白の「漂白」は私たちの「染色」と違い、不可逆的な能力だ。一度消されれば、もう元には戻らない。どれほど警戒しても、過ぎることはないだろう。

 そう答えると、トゥバーンは満足したらしい。髭をぴんと張ってこちらを見下ろしてきた。


『気を付けろよ』

『お前もな』


 滲むように宙へ溶け込むトゥバーンを見送り、私は分体を本体が潜むカーラの影へと転移させる。難なく本体と統合して、ついため息を吐いた。

 私とトゥバーンの密会に「鴻大」が気づいた様子はない。しかしこう四六時中こちらを睨み付けられていては、気も滅入るというものだ。

 まあ、私も馴れ合う気はないのだから、お互い様でもあるが。


 私は「鴻大」を警戒しつつ、カーラの意識へ自分のそれをほんの少しだけ溶かす。僅かではあるが、愛する者との精神の接触により私の精神が癒された。

 カーラの私に対する感情が徐々に、ほんの少しづつ、私の望むものへと変化していることは感じている。しかしはっきり自覚するには至っていない。原因の一端はやはり、前世の精神的外傷の影響だろう。他にもあるようだが、本人が気付いていないのだからよくわからない。

 

 無意識に探し当てたカーラの、私への想いに触れて、精神がざわつくと共にほうっと温かくなる感覚がした。表層であるためにその想いのほとんどが私への気遣いではあるがそれでも、彼女の中の憎からず思ってくれている自分の存在というものはとても心地よいものだ。

 あぁ・・・この時間は何物にも代えがたい・・・が、しかし早く見張りを交代して、「鴻大」と物理的に距離を置きたくもある。

 そんな思考の矛盾を抱えながら、私はカーラの寝息へ耳を傾けた。





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