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大公令嬢とお話ししましょう!

 

 

 両手をワキワキしていた姿勢のまま固まっているゲーム主人公と、この後どう声をかければいいのか思案中の私。

 無言で見つめ合う私たちの間には何とも言えない空気が流れ、その微妙な緊張感からか、私もですが彼女も口を開こうとしません。ゲーム主人公を後から抱き込んで銀色の頭にちゅっちゅしている青年の『声』が、絶えず頭の中に響いてはいますが。


『エル。愛しい、私のエル。お前が愛でてくれるのなら、あのような肢体へ姿を変えても良いぞ』


 とかなんとか。

 首筋が痒くなるような呟きを漏らしている、たぶん・・・いえ、十中八九ゲーム主人公の精霊であろう青年は、澄んだ湧き水が落ちる流麗な滝のような長い銀髪を無造作に背に長し、神々しさを完璧に体現した顔貌の、見るからに人外な銀の瞳を潤ませながらゲーム主人公を愛で続けています。その長い、これまた銀の睫毛は動く度に、まるで街灯にたかる蛾の鱗粉のように・・・おっと。暗黒面ダークサイドへ引き込まれかけました。えっと・・・そう、日の光に煌めく朝露のように輝いています。

 この天使と言うよりかは神と言った容姿の彼の場違いな愛の囁きも、緊張感を与えている要因のひとつでしょうか。


 ゲーム主人公の精霊と思われる真っ白い青年は、現在、翼をたたんでいますので先程よりややコンパクトになっています。しかしそれでも部屋の半分以上を占拠していますので、圧迫感がこの上ありません。

 時折わさわさと動く翼をちらりと横目で見てから、私は姿勢を正して余所行きの笑顔を貼り付けました。


「6年ぶりにございます。大公閣下のご息女様。覚えておいででしょうか。テトラディル侯爵が長女、カーラ・テトラディルでございます」


 とりあえずこの空気を払拭するきっかけになれば、と口上を述べてから、ゆっくりと余裕を持って淑女の礼をします。顔を上げた頃にはゲーム主人公も気分を立て直したらしく、姿勢を正して貴族の令嬢らしい微笑を浮かべていました。その背後で相変わらず真っ白い青年がちゅっちゅしていますので、いまいち締まりませんが。


「ごきげんよう、カーラ様。もちろん覚えていますわ。わたくしずっと、貴女とお友達になりたいと思っていたの。どうぞレイチェルと・・・いえ、エルとお呼びになっ」

『許さん! 例えエルが許そうとも、そう呼ぶことは我が許さんぞ、人間! 残滓ざんしの娘の分際で!』

『おのれ、鴻大こうだい! カーラを愚弄するなど、万死に値するわ!!』


 突然、私とレイチェル様の間に現れたオニキスが息苦しく、また重力が増すような威圧をし始めます。それに応えるように真っ白い青年がレイチェル様を背に庇い、翼を広げました。


 きっとこの瞬間、私とレイチェル様の心が通じ合ったのでしょう。


 私と彼女は同時に右手を振り上げ、スパーンと互いの前にあった頭をはたきました。叩かれたのがよほどショックだったのか、茫然とそれぞれの宿主を見る精霊たち。


「話が進まないでしょお?」

「しばらく影の中で大人しくしていていただけませんか?」


 互いの精霊へそれぞれ目力をこめた微笑みを浮かべながら説得すると、精霊たちがしおらしくこうべを垂れました。


『『はい。』』


 わかっていただけたようでございます。

 精霊たちが姿を消して、私たちは顔を見合わせながらどちらからともなくため息をつきました。お互いに緊張はほぐれたようなので、その点だけは精霊たちに感謝かな。


 さあ、こうなった以上は、腹を割って話そうではないか。

 とは思うものの、どう話そうか、どこまで話そうか考えていなかったため言葉が出てきません。しかし先程の事もありますし、防音を施しておいた方がお互いのためだとは思います。もうすぐ、ほとんどの生徒たちが履修している言語学の授業が終わりますし。


 彼女も精霊と契約しているらしいですから、無詠唱で魔法が使える等を隠しても無駄ですよね。初めから規格外さを見せつけてしまいましょうか。

 ここまでは私へ好意的なように感じましたが、この先攻略対象たちへ接触する際に邪魔にされて、ゲームのように断罪されても困ります。今のところ彼女の邪魔をする気はありませんが、それこそラノベのようにレイチェル様の中身がイっちゃっているビッチだったりしたら、全力で叩き潰しに行くかもしれませんし。

 何事も最初が肝心です。

 

「レイチェル様、防音を施してもよろしいですか?」

「え? ええ。もちろん、構いませんわ」


 なんとなく怯えているようなレイチェル様の許可を得て、無詠唱で風魔法を行使して防音を施します。


 おぉ。目力をこめたままでした。

 緊張を増したレイチェル様と、またしても勝手に姿を現し警戒心も露に私を睨んでくる真っ白い青年をよそに、目を閉じて目頭を揉みほぐします。オニキスはというと影の中で唸っているものの、先程のお願いの通り姿を現すことはしませんでした。

 よし。精霊との信頼度は、私の方が上のようです。 


 私は部室に4つある椅子のうち1つの横へ立ち、レイチェル様を誘いました。


「レイチェル様、どうぞこちらへお掛けください」


 おどおどしつつ近付いてきたレイチェル様は私が示し、クラウドが背もたれに手を添えた椅子へ腰かけようとします。するとそこへ、さっと真っ白い青年が先に腰かけて、レイチェル様を膝の上へ座らせました。


「うぶっ」

「っ・・・」


 翼を広げて私とクラウドを遠ざけるのも忘れずに。


「ディ~ア~あ゛あ゛?」


 今、最後の方の「あ」に濁点が付いていたのは、気のせいですよね。愛らしい人好きのする笑顔の向こうに何故か威嚇姿勢のキングコブラの幻影が見えた気がしましたが、これも気のせいでしょう。


 私はいろいろなかった事にして、向かい側の椅子へ腰かけました。そこへ翼を避けながらタイミングよく現れたクラウドが、テーブルへ紅茶と茶菓子を並べていきます。私は相変わらずわさわさと邪魔な翼の存在を無視して、優雅にカップを手に取りました。

 レイチェル様は状況を把握しようとして見えるのか、紅茶へ手を伸ばすことなく紅茶を口にする私を凝視しています。もしかしたら毒物でも入っていると思われたかもしれませんね。そちらに敵意が無ければこちらも何もしないと示すように、カップをソーサーへ戻してにっこり微笑んでみます。

 するとレイチェル様が力強く一度頷いてから、私をまっすぐに見ながら口を開きました。


「単刀直入に言うわね! 私、隠しキャラ以外は攻略しないから、見逃して欲しいの!」

 

 えっと・・・隠しキャラと言うと、ゼノベルト皇子殿下の事ですよね。確か逆ハーしないと攻略できなかったような。それに最近いい感じになってきている、あの隠しきれていないラブラブカップルを引き裂かれるのはちょっと・・・。

 

「・・・できましたら、それは御止めいただきたいのですが・・・」


 この乙女ゲーム「バル恋」の知識がある方なら、私と敵対することでゲームのように毒やら魅了やらで命の危険に晒されることを、避けようと考えるのは当然でしょう。しかし前もって宣言されたとしても許容できないことはあります。

 敵認定は必至かと笑みを消しかけた私に、レイチェル様が申し訳なさそうに眉尻を下げました。


「え。ごめん。貴女もディア狙いだったの?」

「ディア?」


 はて? どこかで聞いたことがあるような気がしますが、誰の事でしょうか。

 話の流れ的にゼノベルト皇子殿下の事だと思うのですが、彼のフルネームはゼノベルト・オルカ・ドゥヴァ・バリーノペラ。どこをとってもディアという愛称にはならないと思うのです。

 私が首を傾げると突然、レイチェル様が自分の背後にあった青年の顎を鷲掴みました。やや扱いが乱暴なように見えたのですがなんとなく真っ白な青年が嬉しそうなので、自然な感じでレイチェル様の方へ視線を戻します。


「あ、そうそう。彼、この真っ白いのがメディオディア。ディアって呼んでるの。私の精霊ね」

「はぁ・・・」


 やはり真っ白な青年は彼女の精霊でしたか。まあ、それ以外ないとは思っていましたがね。

 デレデレしているのが焦点を合わせなくてもわかる光の精霊、メディオディアを見ないように意識し、じっとレイチェル様と目を合わせたままの私に彼女が苦笑しました。


「で、隠しキャラでもあるの」




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




 思考が停止したと自分でもわかりました。遠い所に冷静な部分もあって、とっとと受け入れろとせっついてきます。うまく回らない頭の中から何とか浮かんできた疑問を、そのまま口にしました。


「え・・・あれ? でも、あの・・・オルカは・・・?」

「・・・? あぁ、そっか。カムは隠しエンディングまでいってないのね。「オルカ」はね、メディオディアの前の主の名前。最初、彼はそう名乗ってくるの。どうやら自分から名乗った名前で契約すると、精霊の意思で破棄できるらしくて。でも、まあ、その・・・・・・好意を持ってくれるようになると、名前を欲しがるようになるのよ」


 と、いう事はゲームで言うところの隠しキャラ攻略を彼女はすでに終え、精霊と正式に契約しているということですね。

 オーケー。オーケー。理解しました。


 その後、滔々(とうとう)と語るレイチェル様が言うには。

 前世の記憶をはっきりと思い出したのは2年ほど前。ちょうどヘンリー王子殿下が「食いつきが悪くなった」とおっしゃっていた時期のようです。

 実はそれまでも時折、眠りから覚めるようにぼんやりと記憶が浮上することもあったようですが、完全に前世と今世の意識が統合したのはその時だとか。きっかけは彼女の精霊、メディオディアが苦言を呈し始めたことだと考えられるそうです。「あの王子の好意は、お前が望むものとは違うぞ」と、言われたそうな。

 その後、いろいろあった後に仮契約。割と最近、本契約に至ったようです。


 そういえばゲーム主人公は契約前でも精霊の声が聞こえるのでした。

 時々アドバイスをくれる精霊の声を、ゲーム主人公は神のお告げのようなものだと思っている設定でしたが・・・そうか。あれは隠しキャラルートへの布石だったのですね。


 どうやらゲームでも全攻略対象を個別で攻略後に解禁される逆ハールートで、当然のように逆ハーすべく進めていくと、精霊が苦言を呈するようになるらしいのです。いい感じに好感度が上がり、完全攻略まであと少し! と、言うところで苦言に従ってイベントを放棄すると隠しキャラルートへ入れるとのこと。

 そしてここで「せっかくここまで来たんだから、セーブして後で・・・」なんて逆ハーを優先すると、隠しキャラルートが閉鎖され、ニューゲーム状態からでないと攻略できなくなるそうな。

 さらに逆ハールートプレイ中も適度に精霊の機嫌をとらないと、もうすぐエンディング! なタイミングで「みんな死んじゃえ!」されるのだとか。なにそれ・・・怖っ!!

 

「だからね、申し訳ないんだけどディア・・・隠しキャラだけは諦めて欲しんだ!」

「・・・はぁ・・・もちろん構いません」


 勢い込んで頼んでくるレイチェル様へ、気の抜けた返事をします。

 あぁ・・・思いっきり脱力したい・・・両手両膝を床に付いてうなだれたい。しかしこの場でそれをするのはよろしくないので、テーブルへ手をついて耐えます。


「他の攻略対象の誰を攻略しても邪魔しないし、断罪しないから!」


 急に弱々しくなった私を心配してか、レイチェル様が立ち上がってテーブルの上にあった私の手を掴みました。


「ね! より取り見取りだよ!」

「あ。結構です。攻略対象たちを攻略する気はありません。」


 たぶん情けない顔をしているとは思いますが、そこだけは力強く拒否します。

 表情と口調が一致しないことを不思議に思ったのでしょう。レイチェル様が口元へ笑みを張り付けたまま、可愛らしく首を傾げました。 

 




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