大公令嬢をあしらいましょう!
「ゲーム主人公が精霊と契約している!」ついでにオニキスの考察から「精霊が勝手に反射率を変えて銀髪を目立たなくしている!」という衝撃的な事実を知ってしまいましたが・・・基本方針である、本人やイベントスポットへ近付かない、関わらないに変わりはありません。ですから確かめに行くなんて怖ろしい事は致しませんよ。
けれども父の言いつけに従って、なるべくヘンリー殿下と一緒に行動しているせいで、攻略対象全員を図らずも見張るかたちになってしまっています。私に絡んでくる隠しキャラ、ゼノベルト皇子殿下を含めて。
しかし、これといって何事もなく済んでいます。
そう。何事もないんです。
いや、だっておかしいでしょう?! ほぼ毎日、ずっと攻略対象たちと共に行動してるというのに、イベントどころか、彼らの周囲でゲーム主人公の姿を見かけたことすらないのですから!
ヘンリー殿下取り巻き隊から時々離脱する、アレクシス様とルーカス、ゼノベルト皇子殿下は知りませんが、お仕事上ヘンリー殿下から離れられないレオンに至ってはイベント総スルーかという勢いなのですよ!
まあ、ゲーム主人公とレオンはクラスメイト設定だったので、当然と言えば当然ですが。
攻略対象たちと本格的にお近づきになる足掛かり的なイベント、新入生歓迎会的なプチ舞踏会にもゲーム主人公は参加しなかったと聞きましたし、もうイベントをこなす気がないとしか思えません。
ちなみに本当は、新入生歓迎会的なプチ舞踏会になんとかアインラーデンという仰々しいカタカナ名が付いているのですが、私は参加する気が全くないのでもういいんです。
さらに私が困惑している事が、もう1つございます。
先程、私はゲーム主人公であるレイチェル・ジスティリア様をお見掛けしない、と言いましたよね。ただし、それは攻略対象たちと行動を共にしている時だけであって、そうでない時。つまり私が単独行動をしている時を含まない場合です。
「カーラ様。また、つけられていますね」
私は今、武術の授業へ参加するため、昼食後に別館で着替えを済ませて鍛錬場へ向かって移動中。こちらも鍛錬着に着替えたクラウドを伴い、やや速歩ぎみに石畳の上を進んでいるのですが、その横に等間隔で植えられている樹木の影に隠れながら、目立つ銀髪の持ち主が後を付いてきているのです。
全然、隠れられていませんけどね! ハアハアと息が上がっているのも聞こえていますよ!
つけられていることに気付いた初めは、ものすごく警戒しましたが、付いてくるだけでこれと言ったアクションを起こしてくる様子もないので放置することにしました。オニキスだけは相変わらず警戒気味で、今も私の影の中に潜んではいますが、いつでも行動できるようにと緊張しているのが伝わってきます。
「こんな目立つ場所で急に襲ってくることはないと思いますから、このまま気付かないふりを続けましょう」
「御意」
歩く速度を上げ、小走りに近くします。すると隠れることを諦めたようで、彼女も小走りで付いてきました。徐々に間が空いてきているのは、体力の差ですかね。
ぐふふ。並みの令嬢とは鍛え方が違うのだよ。
そんな感じでゲーム主人公を引き離して鍛練場へ向かいましたが、行き先はバレています。結局、ひしひしと視線を感じながらの居心地悪い授業を受けました。
そして放課後。
別館の自室で汗を拭き、着替えを終えて1階へ降りましたら、ヘンリー殿下たち攻略対象がお揃いで寛いでいらっしゃったので、クラブ棟の裁縫部部室まで逃げてきました。まだ夕食には早すぎる時間ですし、別館に居る間は殿下の護衛をする必要もありませんしね。
そりゃあ、女である私より殿下たち男性陣の方が着替えるにも時間がかからないとは思いますが、それにしても待ち構えるようにしていらっしゃるのは止めて欲しいのですよ。もっと時間をかけて、ゆっくりお着替えしてくださいませ。そして私の日常に食い込まないでいただきたい。
舞台の早替えかという早さで着替えを終えたクラウドは、すでに殿下たちをおもてなししていました。なので置いてきたのですが、すぐに私を追ってきました。
なんでも「魔女の元を離れた使い魔の手を借りるなんて怖ろしい!」と言うようなお顔の、ツヴァイク様に追い出されたんだそうな。相変わらず顔にすべてが表れるお方ですね。
「はぁぁぁ」
テーブルの上に突っ伏した私へ、クラウドが紅茶を入れてくれています。
この裁縫部は弱小クラブですから部室に給湯室が付いているといった、貴族らしい設備はありません。しかし同じ階に共用の給湯室がありますから、こうして部室でお茶を嗜むこともできます。
クラウドが紅茶を注いだカップを持って近付いてきたので、ゆっくりと体を起こします。
テーブルへお茶とお茶菓子をセットし終えたクラウドを、ちょいちょいと手招きしました。私の横へ寄ってきたクラウドをさらに手招きします。意図を察したクラウドが私の顔近くへ耳を寄せてきたので、小声で話しかけました。
「彼女、いましたか?」
「はい。廊下の柱の影に隠れてみえました。今は、扉の前で聞き耳を立てているようです」
やはり。殿下たちが追ってきた気配はありませんでしたが、途中でゲーム主人公に見つかってしまったみたいなのですよ。
ゲーム主人公は、魔法の呪文構築に必要な言語学を履修していないのかな? ああ、精霊と契約済みでしたら、その必要もないですね。
ふぅむ。・・・ここはひとつ。からかってみましょうか。
「クラウド・・・お願いします」
私はちょっと気だるげな感じの声を出しながら、ジャケットを脱ぎます。それを受け取ったクラウドがハンガーにかけて、備え付けの小さなクローゼットへ収めました。
それを横目にどっこいしょ、とお胸様たちをテーブルの上に乗っけて、両肘をその横へつくと、心得たとばかりにクラウドもジャケットを脱ぎます。そしてシャツを腕まくりしながら私の背後に立ち、躊躇することなく私の体へ手を触れました。
「あぁ・・・」
探り当てるとかそういうのを一切すっとばして、始めから的確にいいところを突いてくる、クラウド。その指の動きに、思わず声が漏れます。力加減も堪らない。
「はあぅ・・・ん・・・クラウドぉそこぉ・・・もっと・・・」
快感のままに上げた声が普段の自分からかけ離れた色を含んでいて、わずかに羞恥心が湧きます。それでも中途半端にやめてしまう方が辛いので続行を決め、入りかけた力を抜くために息を吐きました。それさえも甘く感じるのは気のせいでしかないと思います。
普段の私とは違う反応をするせいか、クラウドの手が微かに震え始めました。きっと笑いを堪えているのでしょう。
「はぁっ・・・だめ! やめないで!」
甘い吐息を幾度も漏らすと、笑いの発作を鎮めるためか、深呼吸をするクラウドの指から力が抜けてしまいました。いいところだったのに。
私は情事っぽく聞こえるようにと、出来る限り甘ったるい声で懇願します。
「やぁん。やめないでぇ・・・お願い・・・」
すでに発作の最中らしいクラウドは、苦しそうに呼吸を繰り返すだけで、続きをしてくれません。
まあ、普段ならば「おぁぁ」とか「ぐあぁ」とか「そこそこ! もっとグイグイして!」とか言いながら、肩を揉んでもらうところを、いきなりの「いけない肩揉みゴッコ」ですからね。笑いのツボにも嵌まるってもんですよ。
いえね。お胸様たちの重みのせいか、めっちゃ凝ってるんですよ。肩が。
肩凝りは状態異常の一種なので、オニキスさんに食べてもらえば一発なのですが、別館以外の場所ではそうもいかなくて。
「お、お赦しください・・・カーラ様」
いいね! いい味出してるよ、クラウド君!
背後で息を乱したクラウドが、ゆっくり後ずさる気配がします。彼はもう限界のようですね。
扉の方へ視線を向ければ、こちらもいい具合です。ミシミシと音がしていますから、しっかり体重を預けてくれているはず。
部室の中は私の他にクラウドしかいないのをいいことに、扉の前まで転移します。そして間髪入れずに、一気に内開きの扉を手前へ引きました。
カーラは自分が大根役者だと思っていますが
玄人女優張りの精度です(笑)




