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勝手な行動は慎みましょう!

説明回は苦手。



『カーラ。フレイが呼んでいる』


 不快げなオニキスに起こされたのは、北の国境から帝国軍が引いたと聞き、安心して寝付いた夜のことでした。

 まだ階下でクラウドが起きている気配がしますから、そう遅い時間ではないようです。


「詳しい状況は分かりますか?」


 とりあえず父の指示を仰ぎに行こうと、ベッドから降りてクローゼットへ向かいます。

 おそらくフレイと、その主であるモノクロード国第2王子フランツ・モノクロード殿下の、状態を探っているのでしょう。オニキスが少し目を伏せました。


 その間に私は服を選びます。シンプルなワンピースに手を伸ばしかけて、迷った挙句にチャイナドレス風の黒の鍛錬着を選びました。それを手に「なんちゃらパワー! 以下略」と心の中で唱えて、着替えを完了します。

 簡単に髪をまとめ、黒のパンツの上に、これまた黒のロングブーツをはきます。クラウドにハニートラップを仕掛けるわけではありませんからね。露出は必要ありません。

 はき終えたロングブーツを、腰へ装着する形のガーターベルトで吊っていると、オニキスが首を傾げました。


『今すぐ命の危険はないようだが、第2王子のいる皇城は、敵に包囲されているようだ』

「えぇ?! 前回より格段に悪い状況ではないですか?!」


 私は慌てて父の気配を探します。

 母の気配が近くにない事を確認するのも忘れずに! 両親の情事なんて見たくありませんからね。いえ、両親に限らず他の誰であってもですが。観て楽しめるのは2次元まで・・・げふんげふん。

 幸い、父はまだ起きていて、王都のテトラディル侯爵邸内にある書斎に1人でいるようなので、一気に転移しました。


「お父様!」

「はあっ?! あぁぁぁぁっ」


 飾り気のない白のシャツに茶のパンツといった、いつもよりラフな格好の父が、飲みかけていたワインをシャツと書類の上へこぼしてしまったようで、立ち上がって拭くものを探し始めます。

 私はこぼれたワインを操って、左掌ひだりてのひらの上へ球状に凝集させました。うっかりワイングラスに残っていたものまで集めてしまったのはご愛敬。

 書類の染みも、白いシャツの染みも無くなって、ほっとしたような、納得いかないような顔の父がぽつりと言いました。


「相変わらず、常識外れな力だな」

「あら、お父様。今のは水魔法ですから、精霊と契約済みで、火魔法と水魔法が扱えるお父様にもできますよ」


 その言葉に私へ疑いの目を向ける、父。本当ですって。

 右手で父が持ったままだったグラスを指すと、ワインがそちらへ飛んで行って中に納まりました。父がそれを執務机へ置いたところで、私は背筋を正します。そして父と自分の心を落ち着かせるように、ゆっくりと淑女の礼をしました。


「夜分遅くに突然、申し訳ございません。お父様。今、フランツ王子殿下がいらっしゃる皇城が、敵に囲まれているそうなのですが、いかがいたしましょうか?」

「やはり。侵略は諦めて、政変を狙うか」


 すでに予想が付いていたようで、父は私が現れた時ほど驚きもせず、逆に落ち着いて椅子へ腰かけました。

 と、いう事は国境から帝国反乱軍が引き上げることも予測していたのかな?

 父は言葉の続きを待つ私を暫くじっと見つめてから、背もたれへ背を預け、長い脚を組みます。


「カーラ。お前のことは伏せて、帝都が攻め落とされようとしている事。フランツ王子殿下、グレイジャーランド帝国皇帝陛下を救出する用意がある事を話したが―――」

 

 そこで一旦、言葉を切った父が、深いため息の後に目を閉じていました。

 

「モノクロード国としては帝国へ手を貸さない。人質奪還もしないという決定が下った」

 

 てっきり「すぐ行け」と言われると思っていた私は、言葉を失ってしまい、息をすることも忘れて父を見つめます。

 息苦しさに気付いて呼吸を再開させると、父がゆっくりと目を開きました。私と同じ紫紺の瞳を凝視しても、そこに秘められた感情を読み取ることはできません。

 私はかすれてしまいそうな喉から、声を絞り出しました。

 

「・・・なぜ、ですか? 手を貸さないことはともかく、なぜフランツ王子殿下を救出されないのですか?」

「伏せてはいても陛下は、救出に行くのがお前だと気付かれたのだろう。お前の規格外さも感づかれているふしがある。実際、宣戦布告からすぐに帝都へ救出に向かっていたとしても、間に合うような距離ではないからな。・・・為政者としてはフランツ王子殿下より、お前の命の方が重いと判断されたという事だ」

「そんな・・・」

 

 落胆が現れている私の声を聞いても、思考が読み取れない父の表情は変わりません。ならばと、非難をこめて目に力を入れれば、父も私を睨みつけてきました。

 

「カーラ。その規格外の力が、明るみになるような行動は慎みなさい」

「・・・」

 

 負けじと父を睨みつけていると、父がため息をついて私から目をそらし、机の引き出しをあさり始めました。そして取り出した人の頭よりやや大きいくらいの布袋を、こちらへ放り投げてきます。

 たいして重みもないそれは、何とも表現しがたい、強いて言えば枯れ葉が詰まっているようなガサガサとした触感です。

 

「・・・どういったものかは知らないが、ガンガーラでお前が施した魔法は完璧だった。誰もお前の顔を覚えている者はいない。しかし、問題はその髪の色だ。お前の魔法をしても黒髪だけは記憶に残っていた。クラウドの茜色の瞳と共にな」

 

 話の意図が分からなくて首を傾げると、父は私の持つ袋へと視線を移し、顎をくいっと上げました。開けてみろという意味だと気付き、慌てて袋の口を縛っていた紐を解きます。

 

「この大陸で黒髪を持つ人間は、今のところお前だけだ」

 

 袋の中身を確認した私は、父へと視線を戻します。眉根を寄せて渋い顔をしているその紫紺の瞳には、はっきりと諦めが浮かんでいました。

 

「救命はしても救出をしないこと。自分を最優先にしろ。いいな?」

 

 私は袋を抱きしめ、深々と父へ頭を下げました。

 

 

 

 父に貰った袋の中身を活用するために、一旦、学園寮別館の自室へ戻ると、黒装束のクラウドが待ち構えていました。どうやらオニキスがモリオンを通して状況を説明し、私の部屋で待機するよう指示を出したようです。

 袋の中身をベッドの上へぶちまけて物色した後、装備を整えて、オニキスに皇城の屋根の上まで転移してもらいました。

 

「カーラ・・・イル様。帝国について、どこまでご存知ですか?」


 偽名と言えばこれでしょう! と、いう事で「カーライル」と呼ばせた上に、もちろん「認識阻害」と共に「視覚阻害」を併用して性別を偽っております。

 だってあの父でさえも、カーライルの正体が私だって気づいていないのですよ。古典的ではありますが、やはり性別を偽るというのは、正体を隠すという目的の上でかなり有効なのだと思うのです。


「クラウ・・・ディオたちが教えてくれた簡単な地理と、公にされている事実。あとは・・・ヘンリー王子殿下が雑談としてお聞かせくださった事くらいです」


 クラウドは偽名を「クラウディオ」として「認識阻害」を付与してあります。彼の性別を偽るのは断念しました。動きが男らしすぎて、ちょっと気持ち悪かったので。

 私は伊達眼鏡に付与した「視覚阻害」によって、その奥の瞳が私と同じ紫紺色となった彼の顔を見上げます。


 父がくれた袋に入っていたのは、この眼鏡と、数種類のかつらでした。その中から、私は「カーライルと言えば!」と、水色の鬘を選び、クラウドはこれまた紫紺の鬘を選びました。

 考えるのが面倒だからって、紫紺色ばかり選ばなくてもいいのに。

 スクウェア型で華奢なフレームの眼鏡はクラウドに似合わないな、と思いながら私はグレイジャーランド帝国について思い返します。


 私が元々知っていたことよりも、悪魔が何気なく聞かせてきた内容の方が、現状を把握する上で重要なのですよね。癪ですけど。




 モノクロード国の北に位置するここ、グレイジャーランド帝国は、北の海に接する帝都ノーリを中心とした下向きの半円状に、5部族の領地が存在します。


 まずは前皇帝陛下の母君の出身地からいきましょうか。

 東のアヂーン。

 海産物で成り立っている領地ですが、冬季は海が氷で覆われるために漁ができなくなります。また土地は痩せている上に、1年の半分は雪で覆われてしまい満足な農業もできません。それでも前皇帝からの贔屓ひいきのこもった援助があったうちは余裕があったらしく、それが無くなった今、非常に困窮しているらしいです。

 余裕があるうちに、蓄えるとか、改善するとかしなかったのでしょうか。


 次は第1帝位継承者であるゼノベルト皇子殿下の母君の出身地。

 南東のドゥヴァ。

 可もなく、不可もなくといった、特産も問題もない領地で、真面目に土地を耕し、贅沢をしなければ細々と生活していける、帝国内では割と楽な方の土地です。しかし隣のアヂーンを羨ましく思っていたのか、ゼノベルト皇子殿下を皇帝にし、援助してもらって甘い汁を吸いたいらしい。

 オニキスによると、ゼノベルト皇子殿下ご本人は帝位に全く興味がないようです。現皇帝に対する憐れみはあっても、僻みや羨望はないのだとか。

 まあ、本人にその気がなかったとしても、母君とか、その他の人々もそうだとは限らないわけで。ゼノベルト皇子殿下は現皇帝に忠誠を誓う意味も込めて、隣国であるモノクロード国へ人質としてきたというのに無駄になってしまいましたね。


 帝都へ侵攻しているのはこのドゥヴァと、アヂーンの軍勢なのだろう、とヘンリー殿下が言っていました。

 

 続いてモノクロード国の国境を侵そうとしていた部族。

 南のトゥリ。

 第2帝位継承者、ソスラン・アンブロ・トゥリ・バリーノペラ皇子殿下の母君はここ出身。私が麦畑を作ったのもここです。

 鉱山の採掘量が減るまでは、帝国内でも随一の羽振りがいい領地でした。しかし採掘量の減少と共に徐々に衰退してきていて、宣戦布告は帝都の混乱に乗じて、自分たちの領地を改善する前に、手っ取り早く他から補填しようとした結果の行動だったのではないか。と、これもヘンリー殿下が言っていました。

 更に、私が作った麦畑を兵糧にしようとした挙句に、火事を起こして燃やしてしまったらしいです。

 同情の余地もありませんね。

  

 南西のチティリ。

 こちらは現皇帝陛下の母君の出身地ですね。

 火山地帯を含み、火山灰が降り積もった土地は水はけが良すぎる上に栄養分も乏しく、貧しい土地でした。

 だが、しかし。「苔むす大樹(カクタス・マム)」なる人物・・・にしてはやっていることが物凄く大規模なので、団体なのだと思いますが・・・その「マム」により近年、稀に見る急成長を遂げているらしいのです。

 まずマムは土壌に合った根菜類の栽培に着手し、それにより領民たちが飢えることが無くなりました。チティリ領には火山が存在するので、他地域のように雪で閉ざされることがないらしく、その地熱を利用して収穫量を安定させたのだそうな。

 さらに桑の木が痩せ地でも寒冷地でも育つことに目をつけて、養蚕に手を出し、これは温泉を利用し室温を暖かく保つこと事で冬季であっても飼育しているようです。

 ついでに桑の実で果実酒を作り、これも領地の発展に貢献しているのだとか。

 いいな。温泉。保養地的なものもあるのかな。あったら行ってみたい。


 最後です。

 西のピャーチ。

 2、3年前に内乱があり、族長が変わって間もないらしいです。

 この土地は帝国内で最も過酷と言われています。領地の北は海に面していますが、遠浅で大きな船が使えません。そして夏季以外は氷に閉ざされています。それは陸地も同様で、まともな作物が育たない。

 そんな土地で前族長は生きていくもの精一杯の領民たちに重税を課し、自分たち一族だけ豪遊していたのだそうな。つまり起こるべくして起きた内乱だったわけですね。

 新たに据えられた族長は、先々代族長の庶子の孫らしい。この方、チティリ領の「苔むす大樹(カクタス・マム)」と関りある人物なのだそうで、その手を借りてチティリの絹を使った織物産業を興しました。

 ほぼ年中雪に閉ざされている風土に、室内でできる仕事なこと。長く苦しい前族長時代を耐えきった、忍耐強く、一途な民族性も相まって、織物は素晴らしい出来で、徐々に人気が出てきているらしい。

 すごいな。マム。




「と、いうことは、あれは南東3部族の連合軍なのですか?」

 

 皇城城壁外にひしめく軍勢へ視線を移して問いかけると、クラウドが首を傾げました。


「国境に展開されていたトゥリ領軍がここまで来るには、早すぎます。数的にもアヂーンとドゥヴァの連合軍でしょう」

「・・・ではフランツ王子殿下を狙っているようなあの方々も、そのどちらかですか?」

 

 フランツ王子殿下のお部屋の真下、木々に身を隠しながら皇城へ侵入しようとしている黒ずくめたちを見下ろします。5人・・・いえ、6人かな。

 クラウドもそちらへ視線を落として言いました。

 

「いえ。アヂーンとドゥヴァの狙いが帝位だとすれば、フランツ王子殿下を捕えたとしても意味はありません。それに害してしまっては帝位を得た後に、モノクロード国と戦争になりかねず、不利益になりますし」

 

 3階の窓枠、フランツ王子殿下いらっしゃる隣の部屋の窓から侵入するつもりなのでしょう。先端にかぎ状の金属が付いた縄を回した後に投げたので、こっそり風魔法で方向を変えて邪魔をします。

 

「恐らく、交渉材料にしたいトゥリの差し金だと思われます」

「そう。とりあえず、妨害しておきましょうか」

 

 何度も失敗させた後に、にんまりとクラウドを見れば、彼は仰々しく頭を下げました。

 

「御意」



父「どうせ止めても無駄だしな」

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