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残滓の協

閑話です。



 毎晩恒例の苦行を終え、今日も耐えきった事にほっとしながらカーラの寝顔を堪能する。

 そんな至福のひと時に、面倒な気配の主たちが結界内へ入ってきたことを感じ取った。私と時を同じくして気付いたらしいクラウドが対応しているようなので、放置でいいかと再びカーラの寝顔を眺め始める。

 すると伯爵令息の精霊トゥバーンが、カーラの部屋の前、3階の廊下まで上がってきた気配がした。カーラの部屋へ入れてやる気はないので、部屋の結界にほころびがないか確認してから、廊下へ出る。そこには、一般的な蛇程度の大きさのトゥバーンがいた。


『よお、オニキス。宿主は寝たか?』

『何をしに来た?』


 下らん要件でカーラを起こしに来たのなら、許さん。

 威圧しつつ睨むと、トゥバーンが身を引いた。


『おーおー。そう睨むな。分体が押し戻されちまう』


 ゆるゆると後退していくトゥバーンへの威圧を止めると、「龍」というらしい蛇の様な体をくねらせて、大気中を泳ぐようにして戻ってきた。

 なるほど。体の大きさが異様に小さいのは、分離してきたためらしい。これは時々、器用な真似をするな。今度、私もやってみよう。


『安心しろ。用があるのはお前の宿主ではなく、お前だ。悪いが、ちょっと下まで来てくれないか?』


 拒否したいところだが、そうすれば訪問者たちがカーラを起こしに来るかもしれない。面倒だが応じることにする。

 そうと決めたら、即座に1階にある談話室へ転移した。もちろんトゥバーンの分体は置いてきた。


『何の用だ?』


 とっとと要件を言えとばかりに実体化して話しかければ、クラウドを除く、ソファへ座っていた面々が驚いた顔でこちらを見る。第三王子、伯爵令息、弟君と順に視線を移し、最後に公爵令息を睨みつけると、その肩にいた若草が翼をばたつかせた。


『待て待て! とりあえず話、聞いてくれ!』


 若草ではなく、その宿主である公爵令息を睨んだのだが・・・まあ、いい。

 話を聞いてやることにして、客がいる時にカーラがよく座る、一人掛けのソファへ腰を下ろした。


「夜遅くに呼び出して悪いね。カムの精霊殿」


 そう思うのなら呼び出すな、と思いつつ、話しかけてきた王子へ視線を向ける。


『前置きはいい。早く要件を言え』

 

 不敬を咎めてきたら退散してやろうと、故意に尊大な言い方をしてみた。しかし王子は気にした様子もなく、普通に答えてくる。


「私の女神の」

「せめて私「たち」にしていただけませんか? 殿下」


 言葉を被せた弟君が、底冷えのする笑顔で王子を牽制した。それを向けられた王子が微かに身を震わせる。


 確かな冷気を感じるのは、弟君の精霊であるあいが悪のりして、実際に周囲へ微細な氷を発生させているからだ。契約していない精霊が力を発揮するには、宿主の求めが欠かせないのだから、実は弟君も確信犯という事になる。

 ついでにそれなりに大きい方の藍が、王子の精霊である金茶と、公爵令息の若草を威圧しているせいでもあるが。

 ついでに私も公爵令息を威圧しておく。


「ちっ・・・あ、ごめんね。私たち、カムの慈悲を無下にして、悲しませた愚か者たちに、お仕置きをしに行こうかと思っていてさ」


 舌打ちが聞こえたぞ、王子。

 王子の反応に満足したらしく、弟君は優雅にクラウドが用意した紅茶を飲んでいる。それをちらりと見てから、王子が私へ張り付けたような笑顔で話しかけてきた。

 気色悪いな。


『精霊に愛想は不要だ。普通に話せ。で? 動機は分かった。私に何を望む?』


 ふんすと息を吐くと、王子の顔から作り笑いが消えた。そして笑みの形に口角が上がっているにも関わらず、逆に恐怖を感じさせるような表情になる。


「話が早いね。私たちを、トゥリ領の麦畑へ連れて行って欲しいんだ」

『なんだ。そんな事か』


 何をする気かは知らないが、カーラの好意を仇で返してきた奴らがどうなろうと、知った事ではない。それにいい気味でもある。

 さっさと済ませてカーラの元へ戻ろうと、私はソファの上に立ち上がった。


『立て。準備はいいか?』

「今すぐ?! ちょっと待って!」


 伯爵令息が素早く立って、胸元のペンダントから見覚えのある大剣を取り出した。


 む。あれはトゥバーンに喰われた精霊、深紅を封じていたペンダントではないか。

 封じると言っても、カーラがペンダントへ異空間収納の機能を持たせて、それに放り込んでいただけだったが・・・いつの間にか使いこなしている。


 カーラへ告げ口しようか、どうしようかと考えつつ、公爵令息を睨みながら、4人が体勢を整えるのを待つ。その間にクラウドが私の傍らへやってきた。


「オニキス様、私も・・・」

『お前は残れ。何も起こりようがないが、カーラの護衛を任せたい』


 残れと言ったところで不満げな顔をしたクラウドは、カーラの名を出した途端に喜色を浮かべた。

 現金な奴だな。


 武具を装備する伯爵令息と、弟君をよそに丸腰のままの王子と公爵令息の様子から、これから行った先では主に魔法を使用するつもりなのだと予測される。よって護衛と言う意味では優秀だが、魔法があまり得意でないクラウドは、役に立たないだろう。

 クラウドの精霊であるモリオンなら活躍するだろうが、だったら私が自分でやった方が早いしな。


 大剣を背負った伯爵令息と、「みすりる」製の籠手を装備した弟君がこちらを向く。それを待っていたらしい王子が頷いたのを確認して、公爵令息をひと睨みしてから、先日カーラが作り出した麦畑の上空へと転移した。

 大丈夫だとは思うが、何かあっても困るので、私も同行する。

 

「・・・すごいね」


 眼下に見える広大な麦畑の事かと思ったが、王子と公爵令息の視線が私へ向けられていることから、転移の事を言っているのだと思い当たる。その視線を受けて、ふんすと息を吐いて見せると王子に苦笑された。負の感情が読めないことから、純粋な賛辞のようだ。

 自重なしのカーラと共に行動していた弟君と伯爵令息はともかく、初めて転移を体験した2人が、その後も上空に静止しているという状況なのに、全く慌てなかったのは意外だった。面白くないな、と思いながら、公爵令息をじっとりと睨みつける。

 4人は悠々と上空へ浮かんだまま、小さめの声で話し始めた。


「・・・あのかがり火は見張りだな。火を持って収穫間際の小麦畑へ入るとは思えないから、かがり火に囲まれたこの暗闇がすべて麦畑らしい」

「思ったより広いね」

「さすが姉上です」

「まあ、これが帝国軍の兵糧ひょうろうになってしまうわけだけど。カムも慈悲を与えるのがちょっと早かったね。もっと飢えて、戦争する余裕がないくらいまで人口が減ってからなら、多大な恩を売ると同時に、暫く逆らえないようにできただろうに」


 カーラが聞いたら確実に怯えるだろうことを、王子が事も無げに述べた。こういうところが、カーラの警戒心を掻き立てるのだろうな。


 なんとなく4人を観察しつつ、時折公爵令息を睨み付ける。するとやや顔が強張っているような公爵令息が、その肩にとまっている若草へと視線を向けた。


「・・・アルザス。かがり火に囲まれた範囲の植物を、すべて枯れさせる事ができるか?」

『たぶんな。でも休眠は確実』


 若草は悔しげに言って、それからちらりと私を見る。この範囲だと、あれではやや力が足りなさそうだ。よって手を貸して欲しいのだろう。

 まぁ、この面々だと、若草の他には私しか植物魔法が使えないからな。


 また後日とか言い出しても面倒なので、こっそり補助することにする。承諾の意をこめて小さく頷けば、若草もまた礼を言うように小さく頷いた。


「徹底的だね、アレク。燃え残りを拾うことも赦さないんだ」

「・・・燃やすだけではぬるいと言ったのは、ヘンリーだぞ」


 カーラが与えた小麦は、まだ収穫には早い段階だ。現時点の麦穂は食すには未成熟で、種籾にするには質が悪すぎる。

 そんな事を考えながら、若草の背を撫でる公爵令息を睨んだ。


「・・・何も利用できないように、悪いが全力で頼むよ。アルザス」

『わかった』


 若草は主である公爵令息の言葉から、範囲ではなく、結果を優先したようだ。

 眼下へ若草の力が及んだことを感じながら、届いていない範囲へ同じように力を放つ。すると予想通りに、若草が休眠して、その姿を空気へ溶かして消えた。

  

「じゃ、次は僕の番だね。トゥバーン、焼き払っちゃって!」

『ほいほーい』

『っ?! 待て!』


 軽い返事と共に、トゥバーンが力をふるう。

 次の瞬間には、上空にいる4人を飲み込むほどの火柱が上がり、慌てて私が張った防火膜をも通すほどの熱気を感じた。


『あ、ごめーん。加減間違えた。てへっ』

『馬鹿か! 下手したら、宿主ごと死んだぞ?!』


 ぺろっと舌を出したトゥバーンの、可愛げのない顔を睨みつける。

 しっかり3拍の間は炎に包まれていた宿主たちは、冷や汗なのか、熱かったからなのか、目に見えて汗を流していた。そして皆、大きく目を見開き、口も開けたまま、火の海と化している眼下を見下ろす。


「・・・凄まじいな」

「さすが元ダラヴナ!」

「やりすぎです。氷霧5」


 弟君の求めに従い、藍が4人をすっぽり包む球状に微細な氷を出現させて、周囲の気温を下げる。なんとなく羨ましそうに燃え盛る炎を見下ろしている公爵令息の横で、王子が汗を拭きながら、長いため息をついた。


「もう。カーリー、延焼を防いで」

『御意』


 王子の呼びかけに、金茶が風を操って他へ火が行かないように調節し始める。

 視線の先では慌てふためいている人々が、付近の川から容器に水を汲んでトゥバーンが起こしている火にかけようとしていた。だが魔法で起こした火なので、水をかけた所で消えるどころか弱まりもしない。

 そのあたふたとした姿に、カーラの好意を無下にした馬鹿どもへの溜飲が僅かに下がった。


 しかし公爵令息は許せそうもないので、未だ消えぬ怒りをこめて睨み付ける。すると私をちら見しながら、王子がやや表情が硬いような公爵令息に耳打ちした。


「ねぇ、さっきから彼がアレクを睨んでる気がするんだけど、何かしたの?」

「・・・」


 公爵令息は目を泳がせて黙りこむ。心なしかその眉が寄り、普段のような瞳の鋭さが消えている。

 それを見た王子が意地悪く嗤った。


「そういえば、カムも最近、アレクを避けてるよね。ついに彼女も君の本性に気付いて―――」


 そこで公爵令息がやや目元を赤くしてうつ向いた事により、王子が言葉を切る。意地悪い笑みの形で顔を凍り付かせたまま、公爵令息の胸ぐらを掴んだ。


「まさか・・・まさか、ね。君のあの、悪い癖が出たのかい? 私を女児だと勘違いしていた、4歳の時のような。ねぇ・・・アレク。カムの唇を奪ったのかな?」

「違う! 唇へは口づけていない! だいたい、ヘンリーの時も唇にはしてないだろうが!!」


 慌てて否定する公爵令息の襟を更に締め上げ、王子が真顔で尋ねた。


「・・・ねぇ、今「唇へは」って言った?」

「言った!」


 これまで黙って聞いていた、伯爵令息が口を挟む。すると弟君が喜びを抑えきれないというように、満面の笑みで拳を握った。


「よし! アレクシス様、戦線離脱! 姉上のここ数日の態度からして、これから先ずっと避けられること間違いなしです!!」


 小躍りしそうな勢いで拳を空へ向かって突きあげた弟君が、その手を下ろした次の瞬間に笑みを消す。そして地を這うような低い声で言った。


「アレクシス様・・・次回の武術の授業では容赦しませんよ。覚悟しておいてください」


 納得いかないような顔の公爵令息が口を開く前に、王子と伯爵令息が憐れみの目を向けた。


「そう言えば、アレクはカムの異性に対する警戒心の強さを知らないのか」

「今までなんでか、信頼されてましたもんね。まさかそれを好意と勘違いした?」

「・・・そうなのか?」


 本気の同情を感じたらしい、公爵令息が涙目になる。

 元々、寡黙な方の公爵令息と、他者へ積極的に話しかけたりしないカーラの2人は、会話することが少なかった。だがここ何日かは意識的にカーラが近付かないようにしている事に、今更ながら気付いたようだ。

 がっくりと肩を落とした公爵令息の姿に、ようやく溜飲が下がった。そのまま諦めてしまえ。


 私は公爵令息から視線を外し、うっすら見える山影を見やる。

 ついでにあの鉱山も、しばらく使いものにならないようにしておくか。


 気配を探れば、見張りだろう。鉱山の入り口には人がいるようだ。しかし好都合なことに、坑道内に人がいる様子はない。

 坑道を土魔法で塞いでしまおうかと思ったが、一概に土と言っても色々あるし、砂利を詰めたとしても、有用な鉱石が混じっていたら癪だ。鉱山自体を潰してしまうのは、周辺にある町が無傷では済まなさそうであるし、そうなればカーラが気に病んでしまうかもしれないからやめておく。

 さてどうしようかと考えた後に、水で満たしてしまう事を思いついた。この辺りは水が豊富にあり、貴重ではないからな。人が潜れないような深い所を凍らせてしまえば、周囲に染みて水位が下がるにしても、気が遠くなるほどの時が必要となるだろう。気候的に氷も解けにくいだろうしな。


 見張りに気付かれないようなところまで水で満たし、深いところを凍らせて、明日の朝大騒ぎになるだろうことを想像して満足する。


 私が鉱山へ細工している間、王子たちは公爵令息を尋問していたようだ。なんとなくげっそりした様子の公爵令息を、弟君が冷笑を浮かべながら睨み、伯爵令息が珍しい事に無表情で見つめている。


 まだ諦めていないような公爵令息を苦々しく感じながら、私は夜空を見上げる。

 今夜は月がない上に、上空にいるなんて思いもしないだろうから、下の人間たちに見つかることはないと思う。しかし、そろそろ帰るべきだろう。

 そう声をかけようとして、満足げに燃え尽きつつある小麦と公爵令息を見ていた王子へ、ふと浮かんだ懸念をぶつけた。

 

『王子。あの火は魔法によるものだと、誰の目にも明らかだ。先制攻撃を仕掛けたと、帝国から難癖を付けられたらどうする?』

「どうもしないよ? こちら側にこれだけの火力がある魔術師がいると知った上に、あてにしていた兵糧が無くなって、それでも戦争する余裕があるのなら、徹底的に叩きのめすだけさ」


 そう言って艶然と笑んだ王子の纏う空気に、背中の毛が少し逆立ちかける。

 この王子はカーラが言うように、敵に回すべきではないな。カーラを譲る気はないが。


『もう、気は済んだか?』

「ああ、いいよ。レオ、火は消さなくていいから、魔法による供給だけやめて」

「はい、殿下」


 主に目くばせされたトゥバーンが、まだ暴れたりないというように体をくねらせながら、力の放出を止める。それを確認して、王子たちを元いた別館の談話室へと転移させた。


『ではな』

「あっ!」


 別に礼も何もいらないので、何か言いかけた王子を無視して、カーラの部屋へと転移する。

 階下が騒がしくなったことに気付いたのだろう。扉の外にあったクラウドの気配が階段を降りていくのを感じつつ、私はカーラの枕もとへゆっくりと身を伏せた。


 


今更、明かされるアレクシスの精霊、若草の名前!

「アルザス」といいます

やっと出せた・・・。



週2更新宣言した途端に書き詰まるって・・・情けない

また週1、金曜更新に戻します

申し訳ございません


今後とも、よろしくお願いいたします!

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