残滓の類
閑話です
カーラが眠ってしまったのを確認して、そっとベッドから降りる。起こしてしまわないように隣室へ移動した。結界は万全なので、離れても彼女の安全面に問題はない。
今から秘密の特訓タイムだ。
私の力がいくら万能に近いとはいえ、練習しなければ自在に使えるようにならない。カーラの役に立てるように、いつでも守れるように、努力は惜しまない。
カーラは転生者だからなのか、自分の命を軽く見ている節がある。さすがにやり直しのきく「げぇむ」だとは思っていないようだが、死ぬときは死ぬと達観しているように感じるのだ。
それは人間関係にも表れている。来るものは警戒し、去る者は追わず。あまり近づかないよう、一線を引くのだ。そして好かれようと努力はしない。
彼女の前世の記憶は読めるが、その時の感情は読みづらい。他者に対する警戒心は前世に理由があるか、「しなりお」を意識しているかのどちらかだろう。
まあ、私には心を開いているようなので、それに関しては問題を感じていない。だが少しでも長く一緒にいるためには、少しでも長く生きてもらわなければならない。
『主の主の黒様』
『モリオンか』
私と同じ黒だからか、モリオンの気配はわかりづらい。実はかなり驚いたのだが、何でもないよう装う。
『その呼び方はどうにかならないか? 私はお前をモリオンと呼ぶ。お前は私をオニキスと呼べばいい』
モリオンの耳と尾が力なく垂れた。
『無理っす!』
力一杯否定された。契約者同士はともかく、その精霊である私たちに上下関係はない。そんなもの必要ない。
『主の主様と、主の主の黒様は恩人っす! 呼び捨てなんて絶対に嫌っす!』
どういう事かと眉をひそめると、モリオンが腰を下ろしてこちらを見上げた。
『主の妹様を助けてくださらなかったら、たぶん主の精神は崩壊したっす』
宿主の精神の崩壊。これは精霊にとって特別な意味がある。
私たち精霊は契約なしに、この世界に直接干渉することはできない。寄生状態では宿主の望むまま、ただ力を差し出すのみ。
だが例外がある。それは宿主の精神が崩壊したときである。「命」に宿る本来の精神が崩壊したとき、精神体である精霊は「命」を乗っ取ることができるのだ。そしてこの場合は「命」の終わりに引きずられる事なく、元の世界に戻ることができる。
実はこれを「人」ではない、精神の希薄な「命」で行っている「色彩」どもがいて、それが「魔物」と呼ばれているのだが・・・まあ、別の話だ。
『主の妹様は、主をかばって負傷したっす』
生きていけるよう教育を施されているとはいえ、精神はまだ子供だ。自分をかばったせいで死んでしまうという罪悪感、身内の死という孤独には耐えられなかっただろう。
『恩を感じているのはわかった。だがもう少し気安く呼んで欲しい』
モリオンが考え込んだ。
『カーラ様の黒様?』
あの兄妹といい、モリオンといい・・・なぜ「の」を多用したがるのだ?
『オニキスでいい』
『ではオニキス様で!』
モリオンが満足げに私の周りを走っている。数少ない、というか私も初めて自分と類を共にするものをみたが・・・こうも騒がしいとは。
悪くないと思う私もいるが、大部分で煩わしい。
あぁ。今夜は特訓ができそうにないな。
ミスが目立つようになったため、投稿ペースを落とします。