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油断大敵と心得ましょう!


「今日もやるの? カム」

「はい、殿下。お願いします」


 私の正面に立っていた殿下は、ひとつ深呼吸をしてから刃を潰した練習剣を構えます。私は両手の短剣サイズの木剣を握り直してから構えました。


「始め!」


 クラウドの合図と共に私は身を翻して、まずはルーカスの矢を避けます。そのまま殿下を狙う・・・と見せかけて、横から私へ切り込もうとしていたアレクシス様へ、そちらを見ることなく左の木剣を投げつけました。


「くっ」


 すんでのところで弾いたアレクシス様の懐へ入り、右の木剣で首を狙います。が、もう少しのところに私の肩を狙った矢が飛んできたので、避けると同時に距離を取りました。先ほどまで私がいた所に、ヘンリー殿下の剣が振り降ろされます。

 勘で横へ飛べば、レオンの大剣が空を切りました。さらに飛んできた矢を、左袖から出した刃のない苦無くないで払い落とします。


 レオンとルーカスの連携は厄介ですね。

 華奢に見える体で重みを感じさせずに振り回される大剣を避けつつ、的確に回避先を狙ってくる矢を苦無で弾きます。レオンへ目を向けたまま視界の端で状況確認をすると、ヘンリー殿下とアレクシス様は流石にこのやり取りに手を出せないのか、剣を構えつつも静観していました。

 隙あり!!


「あんっ!」


 無駄に可愛らしく肩を押さえて、ヘンリー殿下がうずくまります。すかさずクラウドが宣言しました。


「ヘンリー王子殿下、脱落!」


 よし! まず1人!!

 うまい事油断していたヘンリー殿下の肩を、苦無で狙う事が出来ました。一緒に放った木剣の方は、アレクシス様に剣で弾かれてしまいましたけど。


「僕を相手にしながらなんて、やるね! さすがカム!」


 ふっ。勝負の最中に声をかけて自ら隙を作るとは。愚かなり!

 大振りの大剣を跳んで避けると同時に、レオンの空いた頭部へ飛びつきます。そして両太ももで頭をはさんだままバック宙をする要領で回転しました。所謂「フランケンシュタイナー」ってやつでございます。某格闘ゲームの女性キャラが使用する技の1つですね。クラウドに習いましたが、この世界での技名は知りません。


「・・・ある意味勝ち組のような―――がふっ」


 うつ伏せに転がったレオンの背を、容赦なく踏みつけます。無表情のクラウドが淡々と告げました。


「レオンハルト様、脱落。」


 あははーっ! あと2人!!

 ここは堅実にアレクシス様から倒したいところですが、そろそろルーカスが接近戦を仕掛けて来る頃かな。

 ちなみに今は武術の授業中で、遠足での教訓を生かして1対多数での鍛錬中なのでございます。毎年、秋に開催される武闘大会が1月半後にせまっており、大会は団体戦ですから、その練習を兼ねています。

 別に先生に指示されたわけではなく、自主的なものですよ。

 

「っ!!」


 予測したそばから繰り出されたルーカスの蹴りを、後ろへ飛んで避けます。


「んぎゃっ」


 まだ転がっていたレオンを踏み越えて、ルーカスが蹴り、拳を混ぜながら連続で攻撃してきました。避けた拳を掴み、素早く投げ技をかけます。うまく受け身を取ったルーカスへとどめを刺そうとしたら、横からアレクシス様が切りつけてきました。

 やはりアレクシス様から・・・と思い、両手へ袖から出した新たな苦無を握ります。彼の方に向き直りかけたところへ、ルーカスが足払いをかけてきました。


「へぁ?!」


 不意を突かれて転びかけた私を、なぜかアレクシス様が受け止めようとします。

 あっ! ちょっ! そこに居たら危ないですよ! 私、練習用とはいえ両手に苦無持ってるんですから!!


 苦無を持った手をアレクシス様の胸について、自分の体を支えるなんてこと、危なくてできません。私は両手を広げた状態で、胸から彼の方へと倒れ込みます。


「むぅっ!っ!!」


 申し訳ない。私をすくい上げようとして姿勢を低くしていたアレクシス様の、お顔に胸を押し当てる姿勢になってしまいました。バランスを崩したアレクシス様は、私もろともに後ろへ倒れていきます。

 私は彼が頭を打たないようにと、苦無に気を付けながら若草色の頭を胸に抱え込みました。

 

「ぐぅ・・・」


 私の体重で押しつぶされたアレクシス様が、その肺から息を漏らします。後頭部を強打することは避けられましたが、体重ばかりはどうにもできなかったので、本当に申し訳ない。


「大丈夫ですか? アレクシス様」


 そっと抱えていた頭を放して体を起こしましたが、反応がありません。焦って、力なく横たわるアレクシス様の体を揺すろうとすると、いつの間に横にいたのか、クラウドが私の肩に手を置いて制止しました。

 

「カーラ様、大丈夫です。気絶してみえるだけですよ。・・・後で多少悶々とするかもしれませんが、お身体に全く問題はありません」

「もんもん?・・・クラウド。念のため、救護室へお連れしてください」

「かしこまりました」

 

 首を傾げながらアレクシス様の上から退くと、早速クラウドが仰向けの体の下へ両手を差し入れようとします。するとひらひらと手を振りながら、ヘンリー殿下が近づいてきました。

 

「いいよ、いいよ。大丈夫。ちょっとどいて」


 私とクラウドが場所を譲ると、ヘンリー殿下がアレクシス様の頬をピタピタとたたき始めます。それでも起きないと見るや、優美な指で不機嫌そうにアレクシス様の高い鼻を摘まみ、今まで聞いたことがない低い声で言いました。

 

「アレクー。今すぐ起きないと、カムに君が―――」

 

 ヘンリー殿下がぼそぼそと耳元で囁くと、即座にアレクシス様が起き上がり、股間をかばうようにして蹲りました。俯いていらっしゃるので表情は分かりませんが、耳まで真っ赤にしてプルプルと震えています。

 あぁ。なるほど。怯えているようです。きっと私がとどめを刺すとでも脅したのでしょう。しかしアレクシス様、体育座り似合いませんねぇ。

 

「・・・殿下。私は気を失っている方の急所を狙うほど、鬼畜ではありませんよ」


 ヘンリー殿下は一瞬、怪訝そうにしましたが、すぐにいつものニヤニヤした笑いに変わります。


「うふふ・・・冗談だよ。冗談。ちゃんと理性で押さえきれていたから、アレクも気にしないで」

 

 失礼な。人を戦闘狂みたいに言わないでくださいよ。

 ヘンリー殿下を軽く睨みつけながら、私はアレクシス様の近くへ跪きます。そして自分の手を両ひざに置いて上半身を支えながら、アレクシス様に顔を近付けました。


「あの・・・申し訳ございません。アレクシス様。大丈夫ですか?」


 ビクッと体を揺らしてから、アレクシス様が恐る恐るといった様に顔を上げます。


「ぅっ!!」


 普段の鋭さはどこへ行ったのか、目元を赤く染めたアレクシス様の、空色の瞳が潤んで揺れています。それが不安げに寄せられた眉の下から、私を見上げてきました。

 その顔を見た私の体温が一気に上がり、顔が赤くなったのが分かります。


 ヤバす。萌えた。

 てか、ツンデレはどこ行った?! キャラ違くないですか?!

 

「・・・あっ・・・あぁ・・・問題なぐっげほっ・・・ごほっ!」


 目が合っていくらかもしないうちに視線を下げたアレクシス様が、盛大にむせ始めます。そっとその背を撫でると、さらに咳が酷くなりました。


「・・・ちょっといいかな?」

「姉上はこちらへ」


 悪魔が鳥肌ものの笑顔を浮かべると同時に、ルーカスが私へ手を差し出して立たせ、少し離れた所にいたレオンの方へと誘導します。ヘンリー殿下たちに背を向けた瞬間、「バシッ」と何かを叩く音がして、アレクシス様の咳が止まりました。


「落ち着いたかい?」

「・・・悪いな。ヘンリー」


 振り返れば、いつも通りのアレクシス様と呆れた顔のヘンリー殿下が立っていました。


「鍛錬中に女性を気遣うものではないよ」

「面目ない」


 ホントですよ。狙ってやったのでしたら、不意打ちとしては完璧でしたが、私にしか通用しませんし。


「凄いな。それは凶器にもなるのだね」


 私たちのやり取りを観ていたらしいダリア様が、ご自分の胸に手を当てながら言いました。

 ダリア様は全体的にスレンダーな体つきで、お胸は平均よりやや小さめです。クイクイとてのひらで持ち上げる動作をするダリア様の横で、頬を赤く染めたゼノベルト皇子殿下が視線を、上下する彼女の胸元へ向けていました。


 けけけ。体は正直ですなぁ。鼻の下が伸びてますぜ。

 私はダリア様の方へと体を向け、むんずと自分のお胸様たちを掴みました。向かい合う私とダリア様の間で、再びむせ始めたアレクシス様の背を、ヘンリー殿下がバシバシ叩いています。


「ダリア様、大丈夫ですよ。ゼノベルト皇子殿下はこちらより、そちらの方がお好みのようですから」

「はぁ?!おまっな、何を?!」


 慌てふためく残念エルフ。

 するとダリア様が、そちらを見上げて笑いました。


「この大きさでは、押し付けたところで窒息させられないよ。やってみせようか?」

「えぇっ?!いやっ・・・違っ!嫌じゃないが、しかし・・・おいっ!!」


 ゼノベルト皇子殿下に、ニヤニヤしながら見ていたのがバレて、睨まれてしまいました。


 この主従、楽しいなぁ。ダリア様をネタに、ゼノベルト皇子殿下をいじるとき限定ですがね。

 まだクイクイしているダリア様を真似ると、ゼノベルト皇子殿下が絶句して面白いくらいに赤面します。そんな私達の間から、ヘンリー殿下が引きずるようにして、ぐったりしたアレクシス様を鍛錬場の端へ連れていきました。


 どうしたのかとそちらへ目を向けたら、入れ違うように先生がこちらへやって来ます。


「ゼノベルト皇子殿下、バシロサ様。お部屋へお戻りください。追って沙汰があるまで、決してお部屋を出ないようお願いいたします」

「・・・どうした?」


 心なしか顔から血の気が引いて見える先生が、声を落として告げました。耳を済まして聞かなければ良かったと思う内容を。


「帝国から宣戦布告がなされました」




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