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勝手に食糧事情を改善しましょう!



「ずいぶん殺風景な土地ですねぇ」


 日が西へ沈みかけ、茜色に染まり始めた上空で、眼下の光景をそう表します。


 テトラディル侯爵領の南の国境にあった荒野のように、何もないわけではありません。ただ、細い木がまばらにあるだけで、なんという名かわからない、雑草と思われる植物がずっと向こうまで生えているという、変わりばえのない景色を眺めていても、たいして面白いものではありませんからね。

 この面白みもない光景を、かつてそうであったという一面の麦畑にしてしまおうと思って下見に来たのですが、その見渡す限りに黄金が広がる光景を想像しただけでも、今の目前にある風景よりも断然心が躍ります。


「ところどころにある岩や石は、あちらの鉱山から削り出されて捨てられたものです。生えている植物はほとんどが雑草のようですが、麦も含まれていますね。長く放置されていたためか、やや原種に近くなっているようですが」

 

 私の斜め後ろで同じように見下ろしていたクラウドが、解説してくれます。


 あの後、割とすぐに殿下たちが学園長室へ呼ばれたため、談話室から解放されたクラウドは、急いで私の部屋へやってきました。その慌てようから、てっきり私も事情聴取に呼ばれたかと思ったのですが、そうではありませんでした。

 殿下たちにも黙秘をいたしましたので、私を連れて行っても無駄だと判断されたようです。レオンからの「適当に言っとくから任せて!」という、伝言を伝えられただけでした。

 クラウドが慌てていたのは、私に置いて行かれると思ったかららしい。さすが長い付き合いなだけはあります。私が企んでいたことをお見通しでした。


「どれですか?」

「あちらと・・・あちらにもあります」


 辺りに人の姿がない事を確認してから、クラウドが指したところへ降りていきます。そこには確かに他とは違い、麦穂が実っている植物がありました。

 相変わらず超人的な視力ですな。


「このあたりの小麦は冬の寒さが厳しいため、春に播き、夏の終わりに収穫するものが主流だったはずですが・・・これは越冬していますね」


 クラウドが麦穂に触れながら言いました。

 テトラディル領では小麦は秋に種をまいて越冬させ、夏に収穫します。越冬させるのは、発芽のためにある程度の低温期間が継続する必要があるからです。春に撒くものは改良種らしいですよ。


「では、この土地に合ったものとみなしてよさそうですね。味は・・・まあ、この際目をつむりましょう。そうひどく変性していないようですし、毒性もないようですから、これを量産することにします」


 早速、種を採取するために、目の前の麦を植物魔法で成長させます。その丸々と膨らんだ穂を、いつの間に用意したのか、クラウドが持っていた麻袋へ摘み取って入れました。

 すぐ近くにも麦を発見したので、同じように採取しようと近づきかけると、オニキスがその進路を阻んできます。


『待て。いちいち移動せずとも、日が傾き影が長くなった今なら、それを介してこの草原に生えている小麦をすべて捕捉することができる。我に任せよ』


 言うが早いか、先程近寄りかけた麦穂が重そうに頭を垂れます。そして次の瞬間には穂の部分だけ消えました。

 どこへやったのかとオニキスを見れば、ふんすと息を吐いて頭を上げ、顎を反らしました。胸をはっているようです。


『異空間収納に保存してある。随分な量になったから、すべて種まきに使用してしまうならば、カーラの希望どおりの光景が作れるだろう』


 オニキスさんは、いつも通り勝手に私の思考を読んだようです。彼の言う光景とは、見渡す限りの黄金が風に揺れる姿でしょう。

 小麦はこの世界ではありふれたものですし、カーライル村で栽培する予定もありませんから、採取したものをすべて使用してしまう事にします。


「それなら、後は邪魔な岩や石を除去して耕し、収穫一歩手前まで育ててしまいましょう」


 意気揚々と目についた岩へ近づきかけると、その進路をオニキスが遮りました。


『待て。この辺りに人の気配はないが、鉱山の近くに町がある。大掛かりなことをすれば、住民が集まってくるやもしれぬ。日が落ちてからにしよう』

「・・・確かに」


 肉眼で人の姿が確認できるほど近くはありませんが、途中で集まってこられても困ります。オニキスの言うように、続きは日が落ちてから行う事にしました。


 転移で別館へ戻り、夜の作業に備えて談話室でかなり早い夕食をとります。そこへ鍛錬でもしてきたのか、やや薄汚れた感じのルーカスが顔を覗かせました。


「あれ? 姉上。お早い夕食ですね」


 ギクリとしかけて、それを隠すために立ち上がってにっこり微笑みます。


「お帰りなさい。ルーカス」

「ただいま帰りました」


 ほわーっと微笑み返してくれる、ルーカス。かわゆす。

 上手く誤魔化しきれたみたいだと、心の中でほっと胸を撫で下ろします。すると微笑みを浮かべたまま近づいてきたルーカスが、私の手をそっと取って言いました。


「姉上の優しさを、そのまま受け取ってくれるだけでいいのに・・・」

「え?」


 言葉の意味が分からなくて首を傾げると、私を見つめるルーカスの表情が寂しそうな笑みへと変わります。そして私の手を持ち上げて、その甲へと頬を寄せました。


「姉上。たとえ世界のすべてが敵に回ったとしても、僕は貴女の味方です。それを忘れないでください」


 手の甲へルーカスの柔らかな頬の感触を感じながら、私は心の中の焦りを表情へ出さないように最大限の努力をしました。その甲斐あって引きつらずに微笑むことができた私へ、ルーカスがいつもの笑顔を向けてくれます。

 

 こらこら。

 そのセリフ、ゲーム主人公が貴方を攻略するときのセリフだから!

 ゲームの根暗もやしなルーカスは、極悪なカーラのいじめと、「お前が母を殺した」という言葉に心を病んでいきます。それを癒そうとするゲーム主人公のセリフが、先ほどのものと激似なのですよ。

 

 なんと返していいものかと悩みつつ、微笑みを張り付けたままでいると、ルーカスが私の手を放して背を向けました。彼は何事もなかったかのように、扉の方へと歩いていきます。


「お湯をいただいてきます。夕食は殿下とご一緒させていただく予定ですので、姉上はどうぞごゆっくりなさってください」


 談話室を出る前に振り返ったルーカスはそう言うと、ほわーっと笑って扉を閉めます。


「カーラ様、少し席を外しますがよろしいでしょうか?」


 ぼーっとルーカスを見送ったままでいた私へ、クラウドが問いかけてきました。おそらく湯の用意をしに行くのでしょう。


「はい。お願いします」


 私へ一礼して談話室を出て行くクラウドを見送り、ふくらはぎへオニキスの毛並みを感じながら、私は夕食を再開しました。




『カーラ。弟君おとうとぎみが完全に眠ったぞ』


 静寂が耳に痛いほどの深夜。

 オニキスの声で目を覚ました私は、夜着を脱ぎ捨ててシンプルなワンピースへと着替えます。髪をといて整えていると、扉がノックされました。


「どうぞ」


 許可を与えると、従者服姿のクラウドが静かに入ってきます。

 この絶妙なタイミング。きっと気を利かせたモリオンが告げたたのだと思います。クラウドがルーカスより先に寝るなんてしないでしょうし、寝ないで待っていたのだろうから、早く終わらせて帰るとしましょう。


「行きますよ」

「はい。カーラ様」


 クラウドを伴って、私の部屋から昼に作業した場所へ転移します。

 空にあるのは満天の星と、細い月のみ。これだけの暗闇なら、音さえ出さないように気を付けるだけで大丈夫かな。


 私は跪いて、足元に立っていたオニキスへ触れました。

 夜の闇を利用すれば、遠足の時のように無理に影を伸ばすよりも楽なのだそうな。そんなわけでオニキスの協力を得て、私の影に連なるものとして認識し、まずは直径1ミリ以上の石、岩を異常とみなして砕いてしまいます。地表だけでなく、深さ50センチまでの地中のものも含めました。

 何の音もしませんでしたが、足元にあった大きめの石が粉々になっていたので成功だと思います。


「オニキス、樹木のみを異空間収納へ入れられますか?」

『可能だ』


 近くにあった樹木が無くなったのを確認して、次の作業へ移ります。私はオニキスに触れたまま、植物魔法を用いて植物を成長させきり、枯れさせました。

 そして転移を応用して地表から深さ50センチのところで、地面を裏返します。これでそう簡単に雑草は芽を出しませんし、地中の草はいずれ肥料となるでしょう。

 土魔法を使って元は50センチ地中にあった土を耕し、いよいよ昼間採取した小麦の種を撒きます。


「転移を多用して、等間隔に種を撒けますか?」

『ああ。育てるところまで任せよ』

「では収穫の一歩前まででお願いします」


 ぞわっと身の毛がよだつ感覚と共に襲ってくる、うまく呼吸ができなくなるような圧迫感。オニキスが大掛かりなことをするときの、いつものやつですね。

 それは一拍の間の事で、すぐに収まると、目の前にはピンと麦穂を上へ伸ばしている小麦がありました。暗くてよく見えないのが残念ですが、同じ高さの植物がずっと向こうまで続いているので成功だと思われます。


「ありがとうございます。オニキス」


 触れたままだったオニキスの首に手を回して、ぎゅっと抱きしめました。近くなった目元へキスすると、オニキスの尾がパタパタと地面をたたきます。


『羨ましければ、もっと魔法の扱いを練習しろ』


 オニキスの言葉に顔を上げて、その言葉を向けられただろうクラウドへ目を向けます。すると彼はバツの悪そうな顔で、頷きました。


「精進します」


 これ以上強くなってどうするつもりだろうかと思いましたが、やる気になったところへ水を差すものではありません。


「一緒に頑張りましょうね」


 抜け駆けは許さん、という念を込めて「一緒」を強調します。そして微笑みかければ、クラウドが珍しくでれっとした無防備な笑顔を見せてくれました。

 私の耳元で、オニキスがふんすと息を吐きます。

 

『油断したな、クラウド。この程度の暗闇なら、カーラでもお前の表情が見えるぞ』


 再びバツの悪そうな顔になったクラウドを見て、笑い声が漏れそうになるのを必死でこらえました。

 

 

 

 


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