異変1
まどろみの中、頭が覚醒していく。
もう少し、この心地よさを感じていたいが、学校があるためにそろそろ起きなければならない。
自身を起こすために、布団を蹴り飛ばす。体を覆っていた布団がベッドの下に落ち、こもっていた熱気が逃がされ、朝の心地よい空気を肌で感じ、脳が目覚めていく。
今日も学校で空気のような存在として、誰と話すこともなく学校から帰るのだろうか。そう考えると少し気持ちが後ろ向きになり、ベッドから出たくなくなるが、その気持ちは窓から見える青空によって洗い流された。
「今日もがんばろう……。」
まぁ、頑張ることがないんだけどね、と心の中で自虐する。
ベッドから降り、パジャマのまま、朝食を食べるためにリビングへと向かう。
リビングへの扉を開け、キッチンを見ると、普段は全くと言っていい程に料理をすることがない父が、料理をしていた。
「えぇ……!?」
自然と驚きの声が出た。
光の声に反応した父がこっちを向く。やわらげな笑みを浮かべている。一体全体どうしたのだ。
「おはよう。ちょうど朝ごはんができて、呼びに行くところだったんだ。」
(なんで!? なんでお父さんが朝ごはんを作ってるの!?お母さんは!?)
キッチンで柔和な笑みを浮かべている父から視線を外し、キッチンの前に置かれた長方形の木製のテーブルに視線を移すと、母が座っていた。それも、TVが一番見やすい父の特等席に、だ。特にルールを定めているわけではないが、昔から父がこの席にずっと座っているので、暗黙の了解として、父が家にいる時には母と佐藤はその席に座らないようにしていた。その父の特等席に母が座っている。
なぜなんだ!!!
心の中が疑問で溢れかえるも、冷静を装い、母の対面の席に座る。
母は両手で新聞を広げ、目を凝らしているため、眉間に少し皺ができている。まるで、いつもの父を見ているかのようである。
母は新聞からこちらに視線を移し、ぶっきらぼうにあいさつをしてきた。
「おはよう、光」
「お、おはよう」
いつもの明るい母はどこに消えたというのだ。昨日はいたって普通だったはずだ。母が朝食を作り、父が新聞を読んでいた。母は明るく、父は寡黙であった。しかし今は、父が料理を作り、母が新聞を読んでいる。そして、父が母のように明るくなって、母が父のように寡黙になっている。
これでは二人の関係が“逆転”してるじゃないか!
「どうした光?うつむいて。なにかあったか?今日はスクランブルエッグとウインナーとおみそしるだぞ。」
父が朝食のプレートを持ってきて、混乱している光に声を掛ける。
「な、なんでもないよ。」
乾いた笑みとともに、なんでもないかのように返事をする。
それぞれに朝食が配られ、父も席に座る。
いつもなら、これから3人で朝食の“いただきます”をすることになっている。これは光に物心がつく以前からの習慣である。
その“いただきます”の音頭を取るのは父の仕事だ。そう、いつもなら。
まさかこれもいつもと逆なわけないよね、うん、そんなわけない、昔からの習慣なんだ。一日たりとも母が音頭を取ったことはない。
そう思い、父の方を向き、手を合わせる。
いつも通り、父は両手を合わせている。よし、ここまではいつも通りだ。
視線を少しずつ上に向けていく。
嫌な予感しかしない。
少しずつ、少しずつ視線を上に向けていく。
頼む。頼むぞ。そう心の中で叫ぶ。
そして、光の目に移った父の視線は母に向けられていた。
母が言う。
「いただきます。」
(あうとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお)
光はついに現実を受け入れた。父と母の関係が真逆になっていることを。
だが、この時、光はまだ気づいていなかった。
両親の関係が逆になっただけではなく、日本の、いや、世界中の価値観が変わってしまっていることを。
そして、TVの映像には、男性専用車両に女性が侵入したことを取り扱うニュースが流れていたことを。
まだ名前で悩んでます~
みなさんどんな感じで登場人物の名前を決めているのでしょうか……。
【2016年7月2日追記】
名前は 佐藤 光に決定しました。