001 ゴブリンは最強?!
やばい、逃げなくては。
俺──川崎紫苑──は咄嗟にそう悟った。
俺の今の力ではこいつには勝てない。
後ろから迫ってくるのは、醜い人の姿をした化け物。
いわゆるゴブリン。
世界最弱の魔物だ。
しかし俺では此奴にはどう足掻いても、勝てないだろう。
其れだけの力の差がある。
ああ、本来なら、俺は此奴など、一発で捻り潰せるだけの魔力があるはずなのに。
一体どうしてこうなった?
◼︎◻︎▪︎▫︎
遡ること三週間前。
俺はそもそも魔物が住む、世界になどいなかった。
住んでいたのは、平和で、安全な日本のマンション。
そこで、毎日1日をゴロゴロとして捨て去る、怠惰な生活を送っていた。
ここまで聞けばわかると思うが、俺はいわゆるヒキニートだった。
親のすねを齧り毎日毎日迷惑をかける。
高校にも行かず、ネットに明け暮れ、何度親を泣かせたかわかない。
そんな俺はある日、ふと買い物がしたくなり、外に出た。
でも、其れが間違いだった。
その前の日に遅くまで、ゲームをやってたから、眠くて眠くて仕方が無い。
そのまま、フラっと道路に飛び出して、トラックに引かれた。
痛いなんて分からない位盛大に。
でも、人生はそこから変わった。
気がついたら、わけも分からない、変な場所にいた。
そうか、死んだのか。
それは不思議とわかった。
そしたら、凄く綺麗な少女が現れて、こう言った。
「ようこそ、死後の世界へ。私は女神と呼ばれるものです。」
この言葉を聞いても俺は別に驚かなかった。
分かってたから。
でも流石に次の言葉には驚いた。
「貴方には選択肢を与えます。一つ目は、このまま転生し、記憶を全て失くし新たな体に生まれ変わる選択肢。
もう一つは、この姿のまま別の世界。いわゆる剣と魔法の世界へ転移し魔王を倒す選択肢。」
その言葉に俺はゾクっと震えた。
何しろ、剣と魔法の世界だ。
ニートだった俺はその手のゲームは何度もやったし憧れた。
しかも女神様はさらに続けた。
「ちなみに、一つ目の選択肢は人間以外に転生する可能性がありますが、うまく行けば神にもなれます。確率は一那由他分の一位ですけどね。
二つ目の選択肢は確実にある程度のステータスとスキルを与えられます。」
この選択肢を聞いて一つ目を選ぶのは相当なアホだろう。
二つ目に決まっている。
それにこれで魔王を倒して世界を救えば、両親にも少しは顔向けがで来るかもしれない。
俺はもちろん二つ目を選んだ。
そしてその瞬間、視界が真っ白になった。
其の後俺は気がつくと、赤煉瓦で作られた街に飛ばされていた。
ファンタジーでありがちな、中世ヨーロッパだろうか?
おそらくそうだろう。
しかしどう考えてもヨーロッパではないとわかるものもある。
それは、現実ではあり得ない、赤や、青、緑などの目や髪。
そしてケモミミだ。
其の光景に俺は感慨深くなった。
ちなみに俺の格好も、ファンタジー風になってるようだ。
さて、どうやって、行動しようか。
と考えたりもしたが、転移と言ったらやることは決まっている。
冒険者ギルドで、身分証の確保と、情報収集だ。
地球で読んだ、小説ではだいたいそうなってるから間違いない。
どうなっているのか不思議と読める文字をみながら、冒険者ギルドを探すと意外とあっさり見つかった。
酒場と隣接はしてないみたいだが、テンプレに巻き込まれないか不安だ。
何しろ、もう2年ほどまともな会話はしてないのだから。
そんな、不安を胸に、俺は、冒険者ギルドに入って行った。
しかし、意外なことにギルドの中はシーンとしていた。
それもそのはず、今は昼、冒険者はだいたいで払っている。
そんななか一つだけ空いている受付に、俺は向かった。
そこにいたのは、緑の髪と碧目、長い耳が印象的な、お姉さんだった。
エルフ、というやつだろうか?
俺がじっと彼女を見つめると、彼女が話しかけて来た。
「始めての方でしょうか?」
透き通った其の声に俺は、思わず頷く。
すると彼女はにっこり笑う。
「でしたら、此方に名前と年齢をお書きください。かけないようでしたら、代筆も承ります。」
書けないというのはなんか恥ずかしかったから、俺はペンと紙を受け取る。
そして恐る恐る紙に字を書くと、不思議なことにスラスラと見たこともない字が書かれて行く。
そして出来上がった紙をお姉さんへと返した。
「ありがとうございます。では次に此方の水晶に触れてください。これは、あなた様の大雑把なステータスとスキルがわかりますので。」
ステータスと聞いて俺の心はうち震える。
何しろ女神様曰く、俺はある程度のステータスとスキルが備わっているらしい。
期待も高まる。
しかし、そんな心を押し留め、俺は水晶に手を触れた。
すると、水晶が淡い光を放ち光る。
そして、何やら文字の書かれた、半透明の板が出現した。
どうやらこれが俺のステータスらしい。
じっと目を凝らすと板に書いてある文字がだんだんと読めて来た。
そこには、こう書かれていた。
__________________________
シオン=カワサキ 17歳
職業 魔道音楽術師 LV、1
「ステータス」
筋力 D
俊敏 D
知力 SS
耐久 D
器用 D
魔力 SS
幸運 SS
「スキル」
指揮
「魔法適性」
音響魔法 指揮魔法 譜面魔法
____________________________
いや、見たはいいけどわからない。
するとお姉さんは驚いたように目を開く。
「カワサキ様、凄いですね。筋力などに至っては平均以下ですがそれよりも、知力、幸運、魔力が非常に高いです。それにスキルは見たことが無いです。」
どうやら俺はかなり偏りがあるらしい。
後で聞いた話だが、そもそもこの世界ではステータスに、EからSSまでがあり、Eの次はD、Aの次はA、Sの次はSSという階級値があって、SSに近ければ近いほど、強いらしい。
でも、レベルが上がれば階級値の中でも数値は上がり、特訓の末にSSSに達した人も一人だけいるらしいが。
とにかく確かに女神様の言っていたとおり俺は結構強いらしい。
でも、ステータスに関係なく、ギルドカードは、Eかららしいが。
ちなみにギルドカードのランクは、ステータスと一緒だ。
しかしこれはクエストをこなした回数によって変わるそうだ。
ちなみにEランクが受けられるのは採取クエだけだそうな。
ギルドで登録を終え、身分証を手にした俺はランクアップとお金稼ぎのため幾つか薬草の採取クエを受けた。
と、言うより金稼ぎがメインだ。
何しろ俺は無一文。
宿に泊まる金もなければ、飯を食う金も無いのだから。
それから三週間。
俺は毎日毎日、草をむしって、ランクアップをした。
魔王を倒したいのに何をやっているのやら。
しかし、Dランクになった俺にはとうとう、魔物の討伐クエが受けられるのだ。
意気揚々と俺は、クエストを受けた。
内容はゴブリンの討伐だ。
ゴブリンは世界最弱の魔物のらしいので、簡単らしい。
ここで話は最初に戻る。
森に入り、ゴブリンを見つけたのはいいが、俺は、逆にゴブリンに襲われていた。
「くっそ、なんでゴブリンなんかに。」
しかし愚痴を言っても始めらない。
と言うか、よく考えたら、俺は魔法特化型なのだ。
いくら剣を振るっても、勝てるわけが無いのだ。
しかし、俺には魔法の使い方がわからない。
万事休す。まさにそれだった。
俺はまた死ぬのか、しかも、ゴブリンなんかに殺されて・・・
しかし俺は其の時思い出した。
なぜ俺がこの世界に来たのかを。
確かに最初は、剣と魔法の世界に憧れたからだった。
でも、俺には、もうひとつ大事な気持ちがあったはずだ。
それは、この世界を救い、両親にもう一度顔向けできるような、人間になること。
それが俺の気持ちだったはずだ。
かなり美化されているかもしれないが其の気持ちの偽りは無いはずだ。
多分、おそらく、きっと、そうだったに違いないと思う。
しかし、そんな話をゴブリンが理解するはずもなく、現実は無情にも俺を襲う。
そしてゴブリンの棍棒が俺を襲う。
その、一撃に俺は思わず、ゴブリンの形を掴み叫んだ。
「くっそーーーーー!!」
すると、どう言うことか?
ゴブリンが耳から血を流し倒れている。
あたりを見回すが、人影は無い。
じゃあこれは俺がやったと言うのだろうか?
まあ、いい。
とにかく助かったのだ。
とっとと、討伐証明部位を持ち帰り、帰ろう。
討伐証明部位と言うのは、そのモンスターをきちんと、倒したということを証明するための証だ。
確かゴブリンは耳と魔石だったはずだ。
俺はそれだけ切り取るとその場を後にした。
◼︎◻︎▪︎▫︎
ギルドに戻ると、傷だらけの俺を最初のお姉さんが治療してくれた。
ちなみに彼女の名前は、フレミー=メービスと言うらしい。
そんな彼女に治療をしてもらい終わると、俺は早速さっきのゴブリンの討伐証明部位を見せた。
するとフレミーさんは驚いたように目を開く。
この人は本当によく驚くな。
しかし今回は俺は何やらとんでもないことをしでかしてしまったらしい。
「カワサキさん、ゴブリンの討伐証明って、これはゴブリンロードですよ。」
「ゴブリンロード?」
聞いたことの無い名前だ。
直訳するとゴブリンの道?
意味がわからない。
「ゴブリンロードと言うのは、ゴブリンの長のことです。普通のゴブリンより何倍も強くて、本来ならAランク冒険者に討伐を依頼するような、モンスターなんですよ?」
「え?!そうなんですか?俺はゴブリンって強いな!って思ってましたけど、そんなに強い魔物だったんですね?!」
「当たり前じゃ無いですか。ゴブリンなんてそもそも全ステータス値がEのめちゃくちゃ弱い魔物ですよ?いくら筋力Dとは言えど、十発も切りつければ、死にますって。」
「へー、そうなんですか?ところでゴブリンロードのステータスは?」
「筋力値と俊敏値、耐久値がおおよそAからBでその他がEですね。」
えっと?俺の耐久値がDでゴブリンロードの筋力値がAだから?
危なかった。あたりどころが悪ければ確実に死んでたな。
幸運値が高いからに違いない。幸運値様様だな。
「ところで、このゴブリンロードっていくら位なんですか?」
一番重要なことを聞く。
何しろ俺は今だに、まともな宿で眠れていないし、食べてるものも、殆ど、生ゴミみたいなものなのだ。
「えーと、このゴブリンロードはすでに、人を襲っていて、賞金もかかっているので、・・・およそ、300万セルですね。」
セルと言うのはこの世界の通貨だ。
ちなみに、1セルが銭価、10セルが鉄貨、100セルが銅貨、1000セルが銀貨で、10000セルが、金貨。100000セルが、大金貨で1000000セルが白金貨。最後に10000000セルが、王貨となっている。
そして一セルがおよそ一円なので、つまり俺は一気に300万円も手に入れたことになるのだ。
「そ、そんなにですか?」
「そうですね。何やら傷つけられたのが、御曹司とかで、それで値段が跳ね上がってたみたいです。」
「なるほど。」
「それで、報酬なのですが、現在ギルドにそんな金額は無いので、明日、もう一度ギルドに来てください。ですが流石に今日の報酬がなかったら、大変でしょうから、お先に、3万セルのみお支払いしておきますね?」
「あ、ありがとうございます。」
やばい、一気に大金を手にしてしまった。とりあえず今日はうまいものを食べていい宿で寝よう。
そう考えた俺はそそくさとギルドを後にした。