表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

おいちゃんとガキんちょ

作者: 管野緑茶


 おっさんとガキんちょの話。

 おっさんがツッコミで、ガキんちょがボケ。

ある昼下がり。

鈴虫の鳴き声が響き始めた秋のこと。

小さな子供たちがきゃっきゃっとはしゃぐ公園で、一人の男と一人の小学生が出会った。

強面の、堅気ではなさそうな男は黒いスーツを着崩し煙草をくわえ、小学生は黒いランドセルを背負ったまま男の近くでしゃがみこんでいた。

砂場で遊ぶ幼児を見つめながら、小学生は男に尋ねた。

「ねぇ、おじちゃん」

「なんだい、ボク」

男はフーッと煙を吐いた。

小学生は視線を動かさずに聞いた。

「おじちゃんは、ここで何してんの?」

「……おいちゃんかい? おいちゃんはねー……」

白い煙が、くねりながら空に舞い上がった。


「死んじゃったんだよーぅ」



一週間ほど前、俺は死んだ。

俺は加賀見竜二郎(かがみ りゅうじろう)。色々あってこのたび幽霊デビューした享年三十二歳の男だ。

ちなみに、黒いスーツにサングラスなんて格好だが、俺は「あっち」のお仕事の人じゃあない。ただの借金の取り立て屋だ。まあ、通りを大手をふって歩ける仕事ではねーかもな。

そんな俺は、幽霊デビューして誰にも姿が見えないはずの今、公園で奇妙なガキに話しかけられている。

「おじちゃん、死んじゃったの?」

ガキの無遠慮な質問に、俺は煙草の灰を落とした。

「そうだよー。まだまだ働き盛りだってぇのにあっさりぽっくり逝っちゃったんだよ~」

つまり幽霊なんだよ~。幽霊怖いだろ~。怖かったら早くどっか行けガキんちょ。

しかし、俺の願いもむなしく、ガキは全く何処かに行く様子を見せない。

「じゃあ、おじちゃんは幽霊なの? 幽霊なら、何でこんなとこにいるの?」

「それが分かりゃあ、おいちゃん苦労しねーよ」

何で三十二にもなった男が一人で公園にいるんだよってか。俺が聞きてーよ。つーか、幽霊ってのは驚かないのな。

ガキは俺の答えに「ふーん」と相槌をうつ。

「おじちゃん大変なんだね」

「そうだよー。だからこれ以上面倒事増やすんじゃねーよ」

「よし! じゃあ、おじちゃんがきちんと成仏してあの世にショウテンできるようにお手伝いするよ!」

おーい、このガキ人の話全然聞いてねーよ。人の話はちゃんと聞けって母ちゃんに教わんなかったのか。しかもあの世に昇天ってなんだか物騒なんですけどー?

「いやいやいや。おいちゃんは大丈夫だから、君は勉学に励みたまえ」

俺はガキを説得しようとしたが、ガキは聞く耳をもたない。

「勉強なんかいつでもできるもん! でも、困ってる人を助けるのはその人が助けを求めてるその時しかできないんだって、父ちゃんが言ってた!」

ガキはランドセルを揺らして立ち上がる。

父ちゃん、人の話を聞くようにもよく言ってくれ。

「絶対におじちゃんを成仏させてあげるからねっ!」

力強いガキのピースサインが、きらりと輝いた。

俺はそんなガキを目の前に、溜め息をつくしかなかった。


その日から、ガキの「おじちゃん成仏大作戦」が始まった。

ガキは学校が終わったあと、毎日俺のところへやってきた。毎日やってきては、俺のことをあれこれ聞いた。

何歳なのか、家族はいたのか、仕事は何をしていたのか。

あまりにもしつこいんで、全部適当に答えてやっていた。年齢を聞かれたときに、「二十五歳」と答え、「嘘は良くないよ」と真顔で言われたときはちょっと涙出た。

今日もガキの果てしない質問は続く。

「おじちゃんは、食べ物は何が好きなの?」

「奈良漬けが好きだよー。聞くくらいなら持ってこい」

「おっさんくさいモン好きなんだね。さすがだね。趣味は何なの?」

「野球観戦だよー。あとムカつく奴の顔をタコ殴りにすることだよー。いい加減にしないとボクの顔もタコ殴りにすんぞ、コラ」

「好きなタイプはどんな女性?」

「……テメー、クソガキ。さっきから聞いてりゃあ、こりゃ合コンか!」

だらだらと続く質問にしびれを切らし、俺は年甲斐もなく叫んだ。

「なに合コン初心者の大学生みたいな質問してんだ! お前俺を成仏させる気あんのか!」

「だって、相手を成仏させるにはまず相手のことをよく知ることが大切だって、友達が言ってたんだもん」

ガキはさっきから俺のいうことを書き込んでいたメモ帳を振り回して抗議する。

「なんだその敵を騙すときはまず味方からみたいなアドバイスは! てかお前のダチは何モンだ!」

「……人間……だと思う」

「ちげぇよ! そういう意味じゃねぇっつの! 何で半信半疑なんだよコエーよ!」

もう何なんだこのガキは。こんなにツッこみどころ満載なガキは初めてだぞ。

俺は久し振りに体力を使って疲れはて、近くのベンチに腰を下ろした。何やってんだ、俺は……。こんなチビッコに本気でツッコミしてる三十路って何だよ……。

自分の愚かさに溜め息をつく俺の隣に、ガキがちょこんと座ってきた。そして、でっかい目で俺を見上げた。

「ねえ、ツッこみのおじちゃん」

「殴るぞ」

「今更だけど……おじちゃんの名前って、なに?」

ガキの質問に、俺はくわえていた煙草を落とした。煙草が膝の上に落ちる。幽霊だから火傷はしない。

「お前……ホント今更だな」

ガキと俺が出会ってから、もう三日は経っていた。まさか今になって名前を聞かれるとは……。

「普通、最初に聞くだろ」

「うん。忘れてた。だから今教えて」

ヒーローもののイラストがプリントされたシャーペンを握り直し、ガキは真剣な面で見つめてくる。

一応俺を成仏させるってのは本気なのか。いや、迷惑でしかねーけど。

「あのなぁ、ガキんちょ。人に名前を尋ねるときは、まず自分が名乗るってのが礼儀だ。よーく覚えときなさい」

ガキに名乗る気などない俺はよくある決まり文句を言ってみせた。まさかこんな言葉を実際に使う機会がくるとは思っちゃいなかったが。

俺のいかにも年長者らしい言葉に、メモる気満々だったガキは眉間にシワを寄せた。

そして、苦虫を噛み潰したような表情で言った。

「知らないおじちゃんに名前教えるなって、母ちゃんが言ってた」

「だったら人に聞くんじゃねーよ、バカタレ!」

決まり文句に決まり文句で返してんじゃねーよ、バカタレが!

俺の面目丸潰れだわ、バカタレが!

「名乗る名前のない奴においちゃんは名乗りません!」

「えーっ。でも約束破ったら母ちゃんに木っ端微塵にされるよ」

「お前の母ちゃんはサイボーグか何かか」

全く……このガキの相手をしてるとマジで身がもたねぇ。もたなかったところで死んでるからどうにもなんねぇだろうけどな。

ああ、何で俺はあの世とやらに行けねーんだ。未練なんて多分ねーぞ、コノヤロー。

俺がうんうん悩んでいると、隣で何やらうんうん悩んでいたガキが何か閃いたようにポンと手を叩いた。アクションが古いぞ。

「じゃあ、俺のことはハートブレイカー国島と呼んで!」

「なんだその無駄にセンチメンタルなあだ名は!」

意味不明なあだ名にまた思わずデカい声でツッこんでしまう。

「由来が謎すぎるだろ。学校でそう呼ばれてんのか」

「そう呼ばれてたらいいのにな~って」

「ただの願望かよっ。どんな願望だ。つーか名字丸出しだぞ、オイ」

「ヤベッ」

ヤベッじゃねーよ。

俺はこれでも真剣に悩んでんだ。ガキの茶番に付き合ってる暇はねーんだよ、チクショウ。

実は何となく成仏できてない理由は分かっている気がするが……ガキに言えるような内容じゃねえ。

「ねー、名前教えたんだからおじちゃんの名前教えてよー」

何も知らないガキは唇を尖らせて聞いてくる。

俺は「ケッ」と笑い飛ばした。

「名前も何も、おいちゃんはおいちゃんだ。それ以外の何者でもねーのさ」

「何だよ、それ! ヒキョーだぞ!」

「大人はみんなヒキョーなんだよ」

ガキはエサを詰め込みすぎたハムスターのようにむくれる。

おっ、こうみると小学生らしくてカワイイな。

「いいもん。明日友達連れてきて吐かせてやるから」

「おーおー、せいぜい頑張れ……って、え? 友達?」

俺の頭の中で黄色い危険信号が点滅した。

「うん。相手を成仏させるにはまず相手のことを知れって言ってた奴だよ」

「おいやめろ。これ以上面倒事増やすなって……」

「じゃあねおじちゃん! また明日来るからね!」

「おいコラ! 待ちやがれぇえっ!」

毎度のことながら、俺の言葉を聞かずにガキはベンチから飛び降りて走っていく。

あああ。また面倒なことになりそうな予感がビンビンする。

本日何回目か分からない溜め息をつき、俺は猛ダッシュしていくガキんちょを見送った。


「誰だコイツは」

翌日、ハートブレイカー国島は妙なガキをつれてやってきた。

金髪で赤茶色の目の、世間から言わせりゃ美少年って感じのガキだ。多分ハーフか何かだろう。

俺の質問に、ガキはにんまりと笑って金髪を指差した。

「昨日連れてくるって言ったじゃん。俺の友達だよ。名前は――」

ガキが言う前に、金髪が一歩前に出た。そして、俺に深々と頭を下げる。なかなか礼儀正しいガキだ。

「初めましてこんにちは。ハートブレイカー国島の友人の……」

金髪が顔をあげて、ぐっと親指を立てた。

「ダークマター雪村です」

「お前もか!」

やっぱりコイツも変人だよ! 類は友を呼ぶってのはまさにこれだな!

「何だよ、暗黒物質(ダークマター)って!」

「ダークマター雪村は見た目は普通の小学生だけど、腹のなかは吸い込まれそうなほど真っ黒なんだよ」

「ダークってそっちか! 腹黒のほうか! 何だ、お前もそう呼ばれたい願望があんのか」

「学校でそう呼ばれている」

「どんな学校だ!」

今日は初っぱなからツッコミの嵐だよ! 少しは俺を休ませろ!!

俺がギギギと歯を噛み締めていると、ダークマター雪村がハートブレイカー国島にひそひそと耳打ちした。

「この人、本当によくツッこむな。初めてあったのにすごい勢いでツッこまれたよ」

「だろ? 多分、生前のツッコミ不足が成仏できない理由なんだよ」

「なにそれコワい」

「全部聞こえてんぞ、クソガキども」

俺がツッコミをやめられないのはお前らのボケが滞りなく押し寄せてくるからだろうが。ふっざけんなよ。

そう言って軽く頭を小突いてやろうとしたそのとき、俺はあることにはたと気付いて手を止めた。

「おい、そこの金髪」

「ダークマター雪村です」

「お前……お前も、俺が見えんのか」

あまりにも自然に挨拶されたので気が付かなかったが、俺は今日も今日とて幽霊ライフ満喫中なわけで、普通人間の目には見えないはずだ。だがこの金髪はごく当たり前のように話しかけてきやがった。最初にガキが話しかけてきたときのように。

「今更気付くんですか。おっそ」

ブッ飛ばすぞ、クソ金髪。

いや、それにしてもだ。こんなにも偶然に霊感とやらがある奴らに出会うもんか? もしや、俺は死んでねーんじゃねぇのか。それかこいつらも実は幽霊とか……いやいや、それはない。

俺は心の中で頭を左右に振る。

そんな俺の疑問に気付いたのか、ガキが得意気に答える。

「ダークマター雪村はね、お母さんもおじいちゃんも霊感を持ってる霊感一家に生まれた、すごい奴なんだよ」

「霊感一家? そんなんあるのか」

すごいのかそりゃ。

「うん。すげーよ。よく知らないけど。あと、俺は……なんか知らないけど見えるよ!」

「自分に関しては限りなくテキトーだな!?」

まあ、子供には幽霊が見えやすいとかってよく言うもんな。

取り敢えず俺が死んでないわけでもこいつらが幽霊なわけでもないようだ。

弥生(やよい)は霊感強いから、お祓いやジョレイの勉強してるんだって」

「へー、除霊とかマジですんのか。ってか、今、下の名前出たぞ。ダークマター雪村の本名出たぞ」

「ヤベッ」

「何やってんだよ、白羅(はくら)

「ごめん」

「おい、ハートブレイカーのほうの名前も出てんぞ。丸出しだぞ」

「「ヤベッ!」」

ヤベッって思ってねーだろ、もう。

アホなハートブレイカーのほうのガキはまた膨れっ面を披露する。うん、ブサイクだ。

金髪は呆れ顔でやれやれと溜め息をつく。ちょっとアメリカンなアクションで腹立つ。

「もーっ! じゃあ俺達が丸出しにしたんだからおじちゃんも丸出してよーっ!」

「デッカい声で誤解されそうな言い回しすんじゃねぇよ! お前らが勝手に暴露しただけだろうがっ」

ガキにシーッと唇に指を当てる仕草をしてみせる。本当なら直接手で口を塞いでやりたいところだが、何せ俺は幽霊で、生き物に触ることができないからそれは無理な話だ。

それでもぎゃんぎゃん喚くガキに、金髪が小さく首を傾げた。

「あれ? 白羅はこの人の名前……」

「知らないんだよー! 全ッ然教えてくんねーの」

だから弥生呼んだんだよ、おじちゃんに吐かせてよ、とガキは金髪の肩をガクガクと揺らす。

この金髪に何の力があるというのかね、ハートブレイカー国島よ。

「おじちゃん覚悟しろよ! ダークマター雪村という異名は伊達じゃねぇ!」

伊達じゃねぇなんて言葉、どこで覚えたんだ。意味わかって言ってんのか?

俺はガキの子犬のような威嚇にへんと鼻で笑った。

「ガキに教える名前はねーよ」

教えたところで何のメリットもねーしな。なんかここまでくると俺も引き下がれなくなったぞ。意地でも教えてやんねーからな。

俺がそんなガキ臭いことを考えていると、金髪がガキを落ち着かせながらぽろりと言った。

「そんなに必死にならなくても、聞く必要ないよ。この人、加賀見竜二郎って名前だし」

――は?

「えっ! 弥生何で知ってんの?」

俺の思いをそのまま言葉にしてガキが目をむいた。マジで何で知ってんだ。

「弥生って幽霊になった人の名前までわかるの?」

「なわけないよ。……この人、ちょっとした有名人だからね」

ガキの質問にそう答えながら、金髪は俺を見た。アーモンド型の目がすっと細められる。

この金髪、ただの小学生じゃねぇな。知ってやがる、俺のことを。

背筋に少し寒気が走った気がした。

「有名人……! おじちゃんやっぱり芸人だったんだね!」

その嫌な寒気を払拭するかのようにガキが叫ぶ。

「何でそうなるんだよ。んなわけねーだろ、おバカ」

相変わらずのアホ発言に、俺はガキの頭を小突くふりをする。ちょっと救われた気分だ。金髪からは目をそらしておく。

「前にも言ったが、おいちゃんはコワーイ取り立て屋だ。ブルって小便漏らすなよ」

「怖くないし、もらさないよっ! ……うっ……!」

威勢よくそう言った矢先に、ガキが小さく呻いた。内股になってもじもじする。何だ、本当にもよおしたか。

キョロキョロと辺りを見回すガキに、金髪は公園の奥の方を指差して言った。

「あっちにお手洗いあるから、行っておいで」

金髪の言葉にうんうんと頷くと、ガキはトイレ目指して走っていった。間にあやぁいいけどな……。

俺がガキを見送っていると、隣の金髪が赤茶色の目でちらりと見てきた。

純粋な日本人より白い肌に赤みの強い瞳がより人間味を薄くさせている。うさぎみたいな見た目だが、人の心を見透かすような目つきはやっぱり不気味で、俺はうっと息をつまらせた。

やっぱりこいつ、妖怪か何かじゃねーのか。

「妖怪じゃないです。れっきとした人間です」

「いやァ、そりゃどうかな…………って、うぉぉあっ!?」

頭の中の疑問に当たり前のように答えが返ってきて、俺は飛び上がった。

こいつ……俺の心読みやがった…っ?

「やっぱり妖怪じゃねーか! でなくても人外だろ! 人間に他人の心を読めるわけねーだろっ」

俺の主張に、金髪は下唇をつきだした。「めんどくせっ」と顔に書いてある。こんのクソガキ。

「心なんか読んでないですよ。おじさんが僕を見るなり「妖怪じゃねーのか」とか呟いたんじゃないですか」

つ、呟いた……? 心の声がだだ漏れだったってことかそりゃ。俺がそんな漫画とかでよくある失敗を? えっ。ナニソレ、すっげぇ恥ずかしいんですけど。

「俺がそんな失態を……」

「全く。無礼千万にもほどがある」

金髪は腕を組んでフンと鼻から息をはく。

「子供だからってなに言っても許されると思ったら大間違いですよ。痛い目見ますよ、多分」

「多分かよっ。つか、無礼千万ってお前、人間だとしても小学生じゃねーだろ。ガキんちょの使う言葉じゃねーよ。見た目は子供、中身は大人ってやつだろ」

「いえ、正真正銘小学生ですよ。ただ貪欲に知識という知識を吸い込んで子供独特の柔軟な思考を失った頭でっかちの小学生です」

「何でいきなり自分をディスってんだよ!」

俺は思わずツッこむ。

金髪はふっと口の端を吊り上げて笑った。

「子供の頃から勉強勉強……遊ぶことも許されず、僕の自由は失われてゆくんです……」

「何の話だよ……!」

「そして僕は自由という光を見失い、闇へとおちる……」

「おい」

「これがダークマター雪村の始まりである」

「そこにつながるんかい!」

俺はまたついついがなる。

やっぱこいつただのガキんちょだ。頭いいだけのガキだ。いや、バカかもしれん。

「ダークマター雪村はこの世の全てを恨んだ。そして手始めに地球を滅ぼすことにした」

「続けんな! つーか手始めにすることがデカすぎんだろうが! 始まりじゃなくて終わりだろ、この世の!」

「何かの終わりは何かの始まり」

「黙れクソガキ!」

妖怪とか人外とか言ってビビってた俺がバカだった。やっぱりこの金髪はあのガキのダチにすぎねぇ。アホだし。

金髪は肩をおとして「あーあ」と呟いた。「あーあ」って言いたいのは俺の方だ。

「加賀見竜二郎さん」

すると、金髪は急に顔を引き締めて俺の前で仁王立ちした。そして、右手の人差し指でビシッと俺を差した。人を指差しちゃいけません。

「あなた、このままじゃ成仏なんてできないですよ」

「……はあ?」

金髪の台詞に、俺は首を傾げずにはいられなかった。

なぜ急にそんなシリアスな話になる。ついていけねーよ、空気読め。

「何だよ、いきなり」

「おじさん、本当は自分が成仏できない理由わかってんでしょ」

「!」

俺は思わず言葉を詰まらせてしまった。

これじゃあ「図星です」と言っているようなもんだ。

金髪はそのことに気付いたのか気付かなかったのか、静かに続けた。

「僕、ニュース見て知ったんです。おじさんの名前も、死んだ理由も」

「……ニュースになるほどかい、俺の死因は」

俺はへらりと笑いつつそう言った。自分の言葉ながら呆れる。アレでニュースにならなかったら、マスコミは何やってんだってことになるよな。

俺の心の声に同意するように、金髪が小さく頷いた。

「当たり前です。今だってテレビで流れてる。白羅はニュースも新聞も見ないから、おじさんのこと知らなかったけれど……」

「知らねーほうがいいだろ、あの坊主は。お前もだけどな」

「僕たちが知らないんじゃ、おじさん成仏なんてできないんじゃないですか」

金髪は睨むように俺を見上げる。大分傾いた太陽に金色の髪が輝いている。今はそれが目障りでしかないが。

「あのなァ」

俺は金髪から目をそらし、ベンチに座りながら言った。

「テメーらガキに助けられなきゃなんねーほど、おいちゃん落ちぶれちゃいねーのよ」

そうそう。そもそもこんな子供の話を真剣に聞いてやっているのがおかしい。ちょっとばかし幽霊が見えるってだけのガキどもに何とかされなきゃなんねーほどのことじゃねーよ。

……じゃない、はずだ。

「だからガキんちょどもはさっさとお家に帰んな」

俺は何だか妙な心のぐらつきを抱えたまま手をシッシッと動かしてみせた。

だが、金髪はより強く俺を見つめ、言った。

「だったら、なんでここにいるんですか」

「………」

このクソガキ。余計なお世話っつー言葉を知らねぇのか。

きっとこいつには知識はあっても常識ってもんはねーんだろう。まあ、まだ小学生だから大人に気を遣う常識なんてあるわけねーか。

「心残りがあるんでしょう。あって当たり前だし」

俺が小学生だから仕方がないと自分に言い聞かせている間にも、金髪の力の強い目がまっすぐと俺を貫く。俺みたいな日陰モンからしたら嫌な目だ。

「……それとも、白羅にあってから心残りが増えましたか」

……本当に、嫌なガキだ。

だったら俺も嫌なおいちゃんになっちまうぞ。おいちゃんのデリケートなとこにずかずか入ってくるのがわりーんだぞ。

「……雪村弥生くんだっけか? おませさんもいいけどよ、あんまり大人の事情に首つっこむとロクなことねぇぞ。おいちゃんのゲンコツ食らいたくなかったらもう家に帰りな」

ちょいと睨みをきかせて、俺は脅すようにそう言った。実際、脅すつもりだった。この金髪には無駄かもしれんが。

「……っ」

しかし、意外にも金髪は俺の台詞におし黙ってしまった。口を引き結び、ムッと顔をしかめる。やっと子供らしい顔をしたな。

脅しに少しビビった様子の金髪は、それでも俺の顔を上目使いで見ながらぽそりと言った。

「……おじさんに、僕は殴れないよ」

「………」

まァた痛いところついてきやがった。勘弁しろよ、可愛げのねー奴め。

「そういうこと言っちゃうってことは、やっぱり受け入れられてないんだよ。……自分が死んだこと」

金髪のその一言が、毛穴からするりと滑り込んで、心臓に刺さった気がした。

いってーな、オイ。

「……冗談じゃねーよ……」

俺がそう呟いたとき、公園の奥から便所に行っていたガキが戻ってきた。

「ただいまーっ!」

黒いランドセルを上下に揺らしながら、元気よく走ってくる。

やっと戻ってきやがった……。

「遅かったね。何してたの」

俺が細く溜め息をついた横で、金髪は手をビチャビチャに濡らしたままのガキにハンカチを渡す。何もなかったみてぇに。

何も知らないガキは手を拭きながらにっかりと笑って答える。

「うん。ショーベンしてたらウ●コしたくなったからウ●コしてた!だけどなかなかウ●コでなかったから、すげー時間かかっちゃった!」

「でっけー声でウ●コ連呼すんな! 下品な子だと思われんぞ! 実際下品だけどな!」

「そういえば、ウ●コと連呼って一文字違いだね」

「ホントだ!」

「どうでもいい! 果てしなくどうでもいい情報ありがとう!」

「お礼言われちゃったよ」

「よかったね、弥生」

「もう帰れお前ら!」

俺はゼーハーいいながら公園の入り口の方をビシッと指差した。もう日も傾いて、公園で遊んでいたチビッコたちも家に帰り始めていた。

「えー。もう? 俺今日ウ●コしかしてないよ」

ガキは不満そうな顔でぶーたれる。

「最高の一日だな。さっさと帰れ。サイボーグ母ちゃんに木っ端微塵にされんぞ」

子供にとって母ちゃんっつー言葉は最高の脅しになるだろ。母ちゃんに木っ端微塵にされるなんて聞いたことねーけどな。

「ヤベッ! 弥生、帰ろ!」

ガキは顔を青くして金髪の腕を引っ張る。どんだけ母ちゃん怖いんだ。

すると、ガキに腕を引っ張られていた金髪がさっとこっちに振り向いた。そうして、言った。

「おじさん」

「あ?」

「……今日は、会ったばかりなのに色々言ってごめんなさい」

腕をつかまれたまま、金髪は小さく頭を下げた。

……いや、まあ、確かに苛つきはしたけどよ。子供に謝らせんのはいい気分しねーな。

隣のガキが、金髪が謝る理由が分からずぽかんとしているが、金髪は気にせず続ける。

「でも、やっぱり放っておくんじゃダメなんだと思う。僕はまだ子供だけど、成仏できないことがすごく辛いってことくらい知ってるよ」

辛い。

また胸に何か刺さった。

金髪も、顔を歪めていた。

「僕も白羅もまだまだ知らないことがたくさんあるから、おじさんの役には立たないかもしれない。おじさんを嫌な気持ちにさせてるだけかもしれない。だけど」

金髪が顔をあげた。

「おじさんが成仏できる方法を、いっしょに考えることくらいできるって思う」

「………」

子供らしい口調で、金髪は言った。多分、大人から教わった言葉とかじゃなく、自分の思いをそのままに言ったんだろう。

金髪の後ろにいたガキが、目を丸くしていた。きっと俺も同じ顔をしていただろう。

金髪はもう一度頭を下げると、ガキの腕をつかみ返して俺に背中を向けた。急に引っ張られたガキは「わっ」と声をあげる。

「おじちゃん! また明日ねー!」

ぐいぐい引っ張られながらも、ガキは大きく手をふった。

「……おう」

俺は小さくふり返した。ガキんちょ二人が公園から出ていくのを見送った。

二人が出ていくと、公園には誰もいなくなった。何の虫か知らねぇが、チリチリと鳴いているのが静かに響いた。

「成仏ねぇ……」

まだあまり馴染みのない言葉を呟いてみた。俺より、あの金髪のほうがよっぽど馴染みがあるんだろう。

(やっぱり受け入れられてないんだよ。……自分が死んだこと)

金髪の言葉を頭の中で反芻する。三十過ぎのおっさんが自分が死んだのを受け入れられてねーなんざ、とんだお笑い草だと思った。

だが、よく考えりゃ三十なんて世の中からみたら青二才だ。俺ん中では結構長く生きてきたように感じているが、本当なら、あんなことにならなけりゃ、まだ長い長い道が続いていたはずなんだ。

その道が途切れた今だけが現実なんだろうが、俺はどうやらそれをよく理解できていないらしい。受け入れられてないらしい。当たり前だ。俺はまだ三十年しか生きてない若造なんだからな。

そんなことにも気付けなかった俺が、あの日国島というガキに出会ったのは幸運だったのかも知れない。ただうるさいガキだと思っていたが……。

「まさか、ガキに助けられるたぁな」

俺は空を見上げた。暖かみのある橙色に、冷たい青が混ざっていく空には、白い星がちらついていた。


翌日の昼、俺はハートブレイカー国島とベンチに座って砂場で遊ぶ子供を眺めていた。

今日はあの金髪は来ていない。

そのせいか、ガキはいつものような元気がなかった。唇を突き出して俯いている。うるさくなくていいが、やっぱり気になるだろうがコンニャロ。

ベンチに座って足をぷらぷらとふるガキに俺は何気無く尋ねた。

「おい」

「……なに?」

「お前、何かあったのか」

「………」

俺の質問に、ガキの足が止まった。思いつめたような顔で、自分の膝小僧を見つめている。

ふてたように下唇をつきだして、ガキはぽそりと言った。

「弥生がね……おじちゃんと二人で話してこいって」

「はあ……?」

俺は溜め息のような声を漏らした。なんだそりゃ。二人きりで話さなきゃなんねーことなんざねぇだろ。

「俺だって何回もいっしょに行こうって誘ったんだよ。でも、僕がいると余計なこと言っちゃうからとか、何かよく分かんないこと言ってて……」

……そーいうことか。子供なりに気を遣ったってわけか。いや、こいつと二人きりで話したところで現状は特に変わらん気がするが。

「それで今日はお前一人ってわけか」

「うん……なんか、おじちゃんが成仏するには、俺とおじちゃんが話したらいいとか言ってた」

よく分かんないけど、とガキはまた俯いた。

俺もよくわかんねーよ。話すって何をだ。何を話しゃあ俺は成仏出来るんだ。

俺は思考を巡らせた。まさか、俺の死因について話せってんじゃねーだろうな。無理だぞ、おい。

俺が悩んでいると、ガキが急に顔をあげた。そして、眉間にシワを寄せて言った。

「おじちゃんさ、辛いの?」

「……!」

俺の顔は今、あからさまに歪んだと思う。油断していた。その証拠に、ガキの眉間のシワが深くなった。ちくしょう、俺としたことが。

「……ガキが余計な心配すんじゃねーよ。辛かねぇよ、別に」

そうだ。別に辛くはねーんだ。ただ、なんつーか……苦しい。

「辛くないの? でも、弥生が昨日言ってた。成仏できないのはすごく辛いことだって」

「お前はあいつの言うことなら何でも信じんのか」

「ちっ、違う!」

ガキはムキになって吠える。

「おじちゃん、俺がここに来なかったら一人だろ? それってすっごい寂しいじゃん! 辛いじゃん!」

……辛い、ねぇ……

「あのな、おいちゃんはお前と違って大人だから寂しかねーんだよ」

「大人とか子供とか、かんけーないよ!」

「あるある。大アリだ。つか、今お前がここに来てる時点でおいちゃんは寂しくねーってことになんだろが」

「!」

俺の言葉に、ガキが口を開けたまま停止した。電池が切れたように。

いやいや、停止したいのは俺の方だ。今なんつった、俺? なに急にデレたみてーになってんの? まさか本音か?

俺が自分自身の台詞に動揺していると、隣のガキが「むふっ」と気持ちの悪い笑いを漏らした。

「なーんだ。そうならそうと早く言えばいいのに!」

「んなっ……!」

このクソガキ……! 調子に乗りやがって……!

「んじゃあこれからおじちゃんが成仏するまで毎日来るね!」

「やめろ! 迷惑でしかねぇから!」

「もー。素直じゃないなあ。おじちゃんってツンドラ?」

「ツンデレだろ。いや、ツンデレじゃねーよ!」

何だよ、いつもと変わらねえよこの会話! 金髪、何を思ってこのアホを単騎で送り込んだか知らねーが、多分失敗だぞコレ!

「明日はちゃんと弥生も連れてくるよ。いっぱいいたほうが楽しいもん」

「楽しくねぇよ。俺の体力がツッコミに消費されるだけだ」

最悪だな、それ。想像しただけで疲れが溢れてくる俺の横で、ガキはまた笑う。

「なーに笑ってんだよ」

「えへへ。うんとね、おじちゃんが寂しくなくてよかったなーって思って」

「………」

「最初おじちゃん見た時さ、すっごく寂しそうに見えたんだ。でも、もう寂しくないんだよね」

「……まあな」

そうか。俺は寂しそうだったのか。ガキの目でも分かるくらい。

俺はこのガキんちょを甘く見ていたらしい。こいつはアホだが、人の気持ちってもんが分かるんだろう。こっちが苦しくなるくらい。

「よかった! それって俺のおかげだよね!」

けらりとガキは笑う。

「おバカ。調子にのんなっての」

俺は右手をあげて、ガキの頭を軽く叩こうとした。が、途中で止めた。

「どーしたの?」

ガキがきょとんとする。俺は何も答えずに手を下ろした。

この時、何故かは分からないが、俺はひどく痛感した。

俺はこいつを叩けない。俺は死んでいる、と。

多分、あんなことを言われた後だったからだろう。ガキにあまりにも近くに歩み寄られたせいだろう。現実に引き戻された反動が、強かった。でも不思議と、辛くはなかった。胸にすとんと落ちてきた感じだ。

受け入れるってのは、こういうことか。

「おじちゃーん。どーしたのー」

俯きかけてた顔をあげると、ガキが目の前で手をふっていた。

でかい黒目がきょろりと動いている。

「……別にどうもねーよ」

俺は何となく気持ちが楽になった気がして、ふんと笑った。

成仏できないことについては、あまり悩んでいるつもりはなかったが、実は相当な負担になっていたらしい。本当に死を受け入れられたのかは分からねぇが、今は身体が浮きそうなほど楽だ。

すると、隣で俺の顔を見つめていたガキが「あっ」と呟いた。

「そうだ、俺、弥生に謝りにいかないと」

「謝る?」

「うん。さっき弥生とケンカしちゃったんだ。行こうって言ったのに行かないって言うから……明日連れてくるなら、謝りにいかなきゃ」

ガキはぴょんとベンチから飛び降りた。

「今日はもう帰るけど、明日も来るからね」

「バカ。毎日来んでいーわ」

「いやだ。絶対来るもんね」

ガキは赤い舌を遠慮なくつきだす。相変わらず言うことを聞かねーガキだ。呆れて溜め息も出やしねぇ。

俺が後ろ頭を掻きむしっていると、軽い足取りでガキが目の前に駆け寄ってきた。

「ねぇ、おじちゃん」

「あ?」

ガキのよく見たら灰色だった目が、きらりと輝く。そして、ハートブレイカー国島は満面の笑みを浮かべた。

「まだ時間かかるかも知んないけど、俺、おじちゃんをぜーったい成仏させたげるから!」

最初会った日のように、威勢のいい宣言だった。

物凄く、滅茶苦茶不本意だが、ちょっと泣きそうになった。ガキの屈託のない笑顔が目に染みた。

「おーお、頑張れ」

目に涙の薄い膜がはりつき、ガキの顔がぼやける。やべぇ、今にも零れそうだ。

俺の変化に気が付いたのか、ガキが目をまん丸くした。おっさんが急に泣いたらそりゃビビるよな。

暫くガキはおろおろしていた。まるで宇宙人を見つけたような慌てようだ。だが、また暫くすると、何かを決意したように口を引き結び、俺の目の前に拳をつき出してきた。そして、親指をピンとあげた。

「大丈夫だよ!」

ガキはアホほどデカい声で、言った。

「おじちゃんが成仏しても、俺はおじちゃんのこと忘れないから、安心して成仏していいよ!」

「―――っ……」

このクソガキ。俺をもう一回死なせる気か。

そう思うほど、胸がつまった。息がつまった。苦しいけど、苦しくない。ああもう十分だって思える。

この感覚が、多分――

「……そーかい。ならおいちゃん安心だ」

俺はガキの顔を見ないようにして笑った。今見たら、きっと男として残念なことになるだろう。

「うん! じゃあね、おじちゃん。また明日!」

「おうよ」

ガキはぶんぶんと力強く手をふり、俺もひらりとふり返した。

顔をくしゃくしゃにして笑うと、ガキは背を向けて走っていった。

また明日、か。俺が成仏できなけりゃ、本気で毎日来るんだろうか。一ヶ月経っても、一年経っても、十年経っても、来るんだろうか。相変わらず、うるさいお人好しだろうか。いや、きっと口数減ったり、可愛げがなくなったりするんだろうな。どんどん成長して、多分あのガキは男前になる。彼女とかできる。金髪なんかは、大人を言い負かすような、頭のいいクソ生意気な男になりそうだ。あの二人は大人になってもいいコンビでいそうな気がする。

ガキも金髪も、あっという間にデカくなる。けど、俺は俺のまま。三十過ぎのおいちゃんのままなんだよな。当たり前だ。俺ァ死んでんだからな。

死んだ奴のことなんざ、すぐに忘れちまう。忘れた方がいいしな。あのガキたちも、きっと忘れる。一年もすりゃ、思い出すのにも苦労するかも知れねぇ。そしたら、やっぱり俺は少し寂しい。

けど、そうだとしても、「忘れない」というあいつの言葉は――

一人きりの俺にとって心強かった。

「ありがとうよ、ガキんちょども」

この声は、誰にも届かないだろう。もう、あのガキんちょにも。そうだとしても、俺は言っておきたい。面と向かっては言えなかったこの気持ちを。

澄んだ空を見上げ、俺は目を閉じた。



ある秋の日。

子供たちが賑やかな声をあげて遊ぶ公園で、落ち葉にまみれたベンチの前に、白羅と弥生は立っていた。

二人で、もう誰もいないベンチを見つめていた。

白羅はぽつりと呟いた。

「……おじちゃん、成仏したの……?」

「……うん。そうみたいだね」

白羅の質問に、弥生は小さく頷いた。白羅はその場にしゃがみこんだ。

「俺、確かに安心して成仏していいって言ったけど……もっと話したいこといっぱいあったよ」

「……そうだね」

弥生はまた頷いた。

ベンチの上で落ち葉が踊るように舞った。

「ねえ、弥生」

「なに」

「おじちゃん、どうして成仏したの?」

「………」

弥生は少しの間、ためらうように黙りこんだ。一度しか会わなかった男性の言っていたことが、脳裏を掠めた。

しかし、ひとつ息をつくと、弥生はしっかりとした声音で言った。

「おじさんね、この公園の近くで、誰にも知られずに死んだんだよ」

「え……っ」

白羅の驚きの声が、僅かに響いた。

「あっという間のことだったんだろうな。誰も気づかなかったみたいだし、おじさんも自分が死んだってよく分からなかったと思う。だから、ずっと成仏できなかったんだ」

目を大きく見開く白羅の横に、弥生は立つ。

「でも、白羅と話したことで、自分が死んだってことを受け入れられたんじゃないかな。死んだ人が死を受け入れるには、生きている人と自分の違いを知ることが一番手っ取り早いから」

信じられない、という表情を浮かべる白羅に、弥生は笑いかけた。

「だから、白羅のおかげなんだよ。白羅がおじさんに声をかけて、側にいたから、おじさんは成仏できた」

「……っ」

弥生の言葉に、白羅はぐっと唇を引き結んだ。濃い灰色の瞳が、大きく歪んだ。

必死に涙をこらえながら、白羅は湿った声で呟いた。

「本当に、そうかなぁ……っ」

「そうだよ。絶対にそうだ。それに、ほらアレ。白羅、おじさんにアレ解消させたでしょ」

「アレ……?」

ぐちゃぐちゃになった顔をあげ、白羅は弥生を見上げる。

「そう。アレ」

弥生は空を見上げた。

「――ツッコミ不足――……」

遥か遠くまで広がる青空には、飛行機雲がくっきりと引かれていた。

二人の少年は、いつまでもその流れ星のような雲を眺めていた。


「いや、んなわけあるかァ! 誰がツッコミ不足だァア!」

感傷に視界を滲ませる二人の前に、雄叫びのようなツッコミをかましながら加賀見が飛び出してきた。

「え、あれ? おじちゃん?」

「えっ。成仏したんじゃないんですか」

成仏したはずの加賀見が突然現れ、二人は目を丸くする。

加賀見は地団駄を踏みそうな勢いで叫ぶ。

「こんな勘違いされたままで成仏できっか! 俺はツッコミ不足じゃねぇえ!」

「でもツッこんでんじゃん」

「まだ解消されていなかったのか。どんだけツッこんだら満足するんですか」

「だから違ぇっつってんだろ、このクソガキ共がァァア!」

加賀見の悲痛な叫びは、へらりと笑った二人の少年にだけは届いた。


END




 ニヤニヤしてもらえたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ