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第2話C でっかいゴリラがおいでなすったぜ

 同日午後二時四八分 ポーランド王国ドウイェ‐ルビエシン間


 辺り一面に大人の腰ほどの背丈の草が生い茂り、両端に山々が、直ぐ近くには国道がある草原。

 国道を沿って西へ行けばドウイェ、東に行けばルビエシンに続く。この草原内には黒い軍服を着た騎士一〇人が潜んでいる。

「おい、アルフォンス。あいつら俺たちに気付いていると思うか?」

 草原と山の中間付近にある木の上でクラウスが、凡そ一二〇~一三〇m程先の草原でこそこそと蠢く騎士達を見て言った。

「あいつらは騎士だ。馬鹿じゃなければ探査魔法に秀でた奴が一人は居るはずだ」

 彼の隣で、アルフォンスは黒い騎士達の挙動を観察した。

「要するにとっくに気付かれているって事、さ!」

 クラウスの隣に居たセバスチャンがそう言った瞬間、彼らは木から飛び降りた。

 彼らが木から飛び降りた直後、木に火球が着弾。木は大きな音を立てて燃え上がった。

「レオン! カシア! 無事か!?」

 アルフォンスは残りの隊員の安否を確認した。

「うん、大丈夫だよ!」

「平気よ! 怪我はないわ!」

 レオン・グラーニンとカシア・グラーニン。それが二人の名前だ。

 彼と彼女は兄妹で、アルフォンスたちとは違う騎士団の所属の騎士だ。ではなぜ、一緒に居るのか?

 それは戦時下において騎士団は国防のためにいったん一つの組織(軍)に再編されるからである。

 ポーランド王国に関していえば、一五騎士団が一つのポーランド王国軍という大きな一つの組織として再編される。

 二人はペガス騎士団という下から三番目の弱小騎士団の出だ。だが、二人の実力は決して弱小などではなかった。

「お返しだ!」

 レオンが叫ぶと、火球を放った皇国騎士は電撃を浴びた。

「!――!!」

 声にならない叫び声を上げ、草の中に埋もれていく皇国騎士。その姿を見たレオンは金色の髪を軽く弄った。

 これは彼が得意気になっている証拠だ。

「隊長、カロッサ軍曹。補助魔法を掛けます」

 カシアは手に持っている、自身の髪と同じ色をした黒い金属製の杖を、アルフォンスたちに向けた。すると、そこから靄のようなものが飛び出して彼らを包んでいった。

「助かる」

 アルフォンスは小さく、素早く礼を述べると、敵との距離をあっという間に縮めていった。

 一瞬で距離を詰めてきたアルフォンスに敵たちは少し動揺した。その隙に彼は騎士一人を、新調した純正型の長剣で斬り伏せた。

「ぐわっ!」

 緑色の草に赤が付着した。彼は瑠璃色に輝く長剣を振って血を落とすと、他の騎士に斬りかかった。

「この野郎!」

 だが、長剣は敵の体を斬る事はなく、鋼鉄の杖によって防がれた。

「っ!」

 敵は残り八人。囲まれた状態でこの硬直は致命的だった。

 一人の皇国騎士がアルフォンスに向けて風の渦を纏った右手突き出した。

「ひぎゃ!」

 しかし、その騎士が使おうとした風魔法は発動することなく、消滅した。

 ぼとっ。

 騎士の右手――肘から先の部分が草原に落ちた。

「一人で突っ込むな、この馬鹿!」

 右手の片手剣を振り、左手に持った大きな盾で隻腕となった騎士の顔面を殴打した。セバスチャンはアルフォンスに文句を言うと、転がっていた騎士に片手剣でトドメを刺した。

 急に突撃兵が更に一人増えたことで、皇国騎士達は浮き足立った。

 皇国騎士のメンバー編成は中距離戦を想定した編成だった。そのため彼らは刀剣類を持っていない。しかも近距離で魔法を使えば、外した場合は味方に当たるかも知れない。

 その懸念があるため、彼らは魔法を使いたくとも使えない。

 皇国騎士達は不利な状況にあった。

 アルフォンスは杖で殴りかかってくる一人の騎士を斬り捨てた。

(残り六人……)

 彼はセバスチャンを見た。

 セバスチャンは四人に囲まれており、防戦に徹してしまっていた。

 盾のお陰で何とか耐えている状況だ。

「っ! 寄って集って、うざいぞ!」

 彼は苛立って正面に居る騎士を睨んだ。

 すると突如、騎士の頭を出現した水が包み始めた。頭を包む水を掴もうともがく騎士。しかし水は液体だ。そんなことをしても意味がない。

――パシャッ――騎士の頭を包んでいた水が弾けた。

(……防御魔法で弾き飛ばしたか)

 それなりの性能を誇る防御魔法のようだった。セバスチャンはそう判断した。

 彼の使った水魔法は自身最強の中級のものだ。並みの騎士では防げる確率は低い。防げたとしても皹の入ったガラスの様な状態となる。

 それを防いだということは……耐久が脆くなっている可能背が高い。

 セバスチャンの水魔法を防いだその騎士は、得意顔で言い放った。

「残念だったな」

「……お前がな」

 セバスチャンがそう言った瞬間――鋭い銃声が鳴った。

 頭から血を噴射させて崩れ落ちる騎士。


 クラウスは薬莢を落とすと、再びハイブリット型のスナイパーライフルを構えた。

 大抵の騎士――貴族は対物理、対魔法の防御魔法どちらかしか発動できない。同時発動できるのは、同時発動させるための魔素を含んだ希少遺伝子持ちしかいない。

 よって、ライフルの弾に頭を撃たれたのはそういうことだ。

 ハイブリット型はどちらの要素も含む反面、弱い(・・)。そのため、相手の防御魔法の強度を上回れずに弾かれる。だからこそセバスチャンは、水魔法で騎士の防御魔法の耐久を削ったのだ。

「ナイスだぜ、セバスチャン」

 クラウスは再び引き金を引いた。

(後三人か)

 アルフォンスは恐怖に顔を歪めた黒い騎士を居合い斬りで斃すと、残る敵の数を数えた。

(!)

 突然、軽かった体が少し重く感じられた。

――補助強化魔法の効果時間が切れたのだ。

 アルフォンスがセバスチャンの様子を伺うと、どうやら彼も同じようだった。だが、残りは三人しかいない。

 自身だけの身体強化魔法(強化魔法)でどうにかなる。彼はそう判断した。

 残り三人のうち、少し離れた位置にいた騎士が風魔法に切り刻まれて地に伏した。

 セバスチャンが盾で杖を弾き飛ばして、片手剣で袈裟斬りをみまった。

(残り一人!)

 アルフォンスは最後の騎士を睨む様に見た。

「う、うわ~!」

 移動魔法を使っているのか、凄まじい速度で山の方へ逃げ出す騎士。

「逃すか!」

 アルフォンスが移動魔法を再び使おうとしたその時、近くの山の麓から巨大な黒い塊が跳んで来た。

 それは逃げていた騎士を踏み潰すと、止まった。

 水分を含んだ肉がミンチされる様なグロテスクな音が鳴った。

「な、なんだよ、これ?」

 アルフォンスは引き攣った顔で黒い物体を見た。

 その黒い物体は老木のような太い両腕を地に付けると、振り上げた。そして、大きな鉄板のような胸を五月蝿いほどに叩いて吼えた。

「ヴホオオ!!」

 立ち上がったときの高さはおよそ七mか。

 興奮しているのか鼻息は荒く、アルフォンスたちを睨みつけていた。

「……」

 あまりのインパクトに彼は呆然となった。

「おい……おい、お前ら! ゴリラがおいでなすったぜ!」

 アルフォンスはセバスチャンが後方の三人に声をかけた、その声で飛びかけていた意識を取り戻した。

「ゴリラじゃなくて、トロルじゃないかな……」

 セバスチャンの発言を、こちらに移動してきたレオンが訂正した。

「トロルって、要はただのでかいゴリラだろ」

 クラウスが銃を畳みながら言った。

「そうだけど、ちょっと違うかな」

「どう違う?」

 アルフォンスは他の二人と同じ認識だったので、違う認識に少し興味があるようだった。

「え~と、魔素の取り込み過ぎで大きくなったっていうのはそうなんだけど。あれ、普通のゴリラよりも破壊衝動が強いんだよね……」

 レオンが三人に説明すると、トロルが動いた。

「皆! 危ない!」

 カシアの声が草原に木霊した。



トロルが出現した同時刻――ルビエシンのドイツ皇国軍無人偵察機操作拠点。


「どうだ、JTの様子は?」

「はっ! 敵騎士五人と接触。これから戦闘に入るものと思われます」

「そうか……」

「バーナー大佐……」

 バーナー大佐――ヘルマンを見る操縦主の兵士の瞳には、非難めいたものが混じっていた。

「作戦を失敗し、不様な姿を曝した騎士が悪い。レントン伍長、データの記録を怠るなよ」

「……はっ!」

 兵士を一瞥すると、ヘルマンはドアを開けて退出した。

(生体兵器……か。恐ろしい人だな、陛下は)

 ヘルマンはドイツ皇帝にとある任務を任されていた。それは――生体兵器の開発だ。

 現存する魔獣を捕らえ、それに魔素を過剰に投与して強化したり、脳内に制御チップを植え込んでコンピュータ制御出来るようにしたりと、非人道的な実験を繰り返す。

 ヘルマンは怒りで如何にかなりそうになった。

 それは自身の部下たちの奇襲失敗の報告を受け、陛下へそのことを報告した時だった。『任務を遂行できぬ無能など貴族ではない。尻拭いはJTジャイアント・トロルにやらせろ』JTは人を殺める事に強迫観念めいたものを持つ一種の哀れな魔獣だ。それを部下の居る場所へ解き放て(・・・・)というのだ。

 要するに、実験をしろと……彼にとってこのことに関する唯一の幸運は、部下が先に敵に倒されたことだった。

 自分の実験で部下十人の内、九人は犠牲になった訳ではない。彼は下を向いて唇を噛むと、実験観察のために自室へと戻っていった。


「なんなんだ、あのゴリラは!?」

 まるで鉄塊のような、振り下ろされてくる拳を避けながらクラウスがカシアに言った。

「知らないわよ!」

 カシアは大きな足が繰り出す、強風を纏った蹴りを何とか避けた。

「ヴホホー!」

 攻撃を悉く避けられることに癇癪を起こしたのか、巨大なゴリラ――JTはドラミングを激しく行った。

 無闇に矢鱈と振るわれる拳。それはアルフォンスたちに命中するには至らないが、かなりの質量を伴っているため近くを通過するだけで吹き飛ばされそうになる。拳一発一発の威力は計り知れないほどだ。

 実際それなりの硬度を誇るレオンの対物理防御魔法が、掠っただけで粉砕されている。

 五人は見た目より遥かに凶悪なこの魔獣に梃子摺っていた。

(ん?なんだ、あれは?)

 アルフォンスの正面に映る、JTの丁度耳に当たる場所。彼はそこに奇妙な物が付着していることに気が付いた。その形は丸く、まるでイヤホンのような形だった。

「なあ、トロルって音楽聴くのか?」

「はあ?」

 クラウスは素っ頓狂な声を上げた。

「ほら、あれ」

 アルフォンスがJTの耳にあたる場所を指した。

「おほっ……」

 何かを面白いものを発見した時、クラウスはいつもこのように『おほっ……』と笑う。どうやらアルフォンスが指し示したものは可笑しかったようだ。

「ぷっ」

 こちらの会話を聞いていたのか、セバスチャンがJTを見ながら口を押さえた。

「ヴホホー!!」

 三人の様子にキレたのか、JTは凄まじい速さで拳を振るう。

 辺りに金属を打ち付けたかの様な音が響く。JTは驚いた様に眼を見開いた。

 アルフォンスが超重量級の拳を<ミラージュ>で難なく防いでいたのだ。

 防いだ瞬間にできる隙……これを首席で騎士学校を卒業した彼が見逃すはずがなかった。

「ヴボー!!」

 JTの左手首から先を、瑠璃色の軌跡が断ち切った。苦しみの雄叫びを上げ、のた打ち回る巨大なゴリラ。

 地は地震が起きたかのように揺れ、草原の草はプレスされたかのように潰れた。

 アルフォンスたちはチャンスとばかりに一斉に攻撃を開始した。

 胸、脚、腕、背中……あらゆる所にJTは怪我を負う。全身傷だらけとなったそいつは、とうとう動かなくなった。

「ヴ……ヴァ……」

 息も絶え絶えで、死に体だ。

 セバスチャンがトドメを刺そうと、そいつに近づいて白銀の剣を振り上げた。

「ヴオオオ!!」

 トドメを刺されそうになった瞬間、JTは急に周囲に咆哮を轟かせ立ち上がった。

「ぐわっ!」

 声量の凄まじさにセバスチャンは堪らず耳を塞いだ。アルフォンスたち四人も同様だった。

「ヴホー!」

 もう一度咆哮をあげ、JTは大きく跳び上がると山に去っていった。

「な、何だったんだ……いったい?」

 アルフォンスの呟きがやけに大きく聞こえた。



同日 午後六時一五分 ポーランド王国ドウイェ


『任務御苦労、無事で何よりだ。今日はゆっくり休んでくれ』

「はっ! 了解いたしました」

 皇国軍騎士の奇襲の阻止に成功したアルフォンスは、ドウイェへと帰還した。

 しかし、巨大なゴリラ――JTの乱入により予定よりもかなり遅くなってしまった。

 彼は作戦成功の報告と、異常な強さを誇ったトロル(ゴリラ)の報告を行っていた。

『それにしても、体長七m程のトロルか……不可解だな』

 無線機から硬い声が聞こえた。

「はい……そもそもここら一帯はゴリラの生息域ではありませんから」

『そうだ。だからこそ……いや、よそう。この件は私が責任を持って上へと報告する』

――新たな任務は明朝の六〇三〇に連絡する――その言葉を聞いた後、無線の通信が切れた。

「本当に不可解な出来事だ」

 彼はそう呟くと、仲間たちのいる仮宿へ向けて歩を進めた。


 薄暗い室内。一人の男が眼を瞑った状態で、耳につけているインカムのマイクに向かって声を掛けていた。

「JT、ゲートを開く。帰還しろ」

『ヴア……』

 苦しそうな短い返事が聞こえた。

「……あと少しだけ耐えろ。治すことは不可能だが、義手ぐらいなら作ってやれる。」

 男――ヘルマンは悲しそうな表情で優しく、話している相手に語りかけた。

「しばらくは休みだ……ゆっくり休むと良い」

 彼は閉じていた目を開くと、指を鳴らした。

 かちっ。

 スイッチを押したときのような音がした途端、次はぎぎーっという門の閉まるような音が似つかわしくない室内に鳴った。

「しばし眠れ、哀れな子羊よ」

 インカムがモニターの近くにそっと置かれた。

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