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第2話A 突撃兵長の朝

 制暦二〇二五年における第三次産業革命は庶民の生活を劇的に変えた。

 それはハイブリット型の魔法具(以降ハイブリット型と表記)の発明にある。

 体内に魔素を持たない庶民は、純正型(の魔法具)の発する魔素に耐性がなく体に悪影響を受けてしまう。しかしこのハイブリット型の発する魔素は悪影響を及ぼさず庶民でも扱え、種類によっては彼らに身体強化の魔法を使用可能とさせるのだ。

 世界に衝撃が走った。

 魔法具産業は活性化し世界の産業の発展、経済成長はもはやこれの生産で占められているといってよいかもしれない。



 四月一四日

 ポーランド王国西の大都市――シュチェチン――


 先日のドイツ皇帝の宣戦布告により、ポーランド王国の西の国土防衛の要シュチェチンは厳戒態勢が敷かれていた。

 いつもは一般市民の往来を迎えるメインストリートは、銃火器を装備した騎士や戦車・装甲車の往来を迎えている。

 活気に溢れていたこの街は現在、ピリピリした雰囲気で満たされていた。

 そんないつもと違うシュチェチンの中心、そこから若干離れた場所には豪華絢爛なホテル――のような建物があった。


 広くて綺麗。平常時は騎士御用達の一室。

 そこは白を基調とていて清潔感が漂うが、ブラインダーが光を遮り薄暗く、生活感のない一室と成り果てていた。

 大量のモニター、書類、そして銃器が並べられ、そこはもう一種の倉庫である。

 その部屋の中、焦げ茶色の木製の椅子に腰掛けている人影がモニターに映る壮年の男を睨み、画面越しに表示される情報を眺めていた。

 しばらくすると、人影はモニターの電源を切って口を開いた。

「そうまでしてポーランドの魔鉱石資源が欲しいのかしら? ドイツ皇帝は」

 澄んだソプラノの声。

 声の主は鬱陶しそうに桃色の、その奇抜な色の長い髪を掻き揚げた。

 立ち上がると光を遮っていたブラインダーを上にやり、物々しくなった外の景観を眺めた。

 仄暗い闇の中にいたためと朝日の眩しさに、少し目を細める。

 唐突に静寂となった室内にノックの音が響いた。

「先日よりシュチェチン防衛の任を賜った、アルフォンス・ベルンシュタイン曹長です」

 アルフォンスは先日の逃亡劇の疲れが癒えておらず、だるかった。

 装甲車に揺られること三時間、シュチェチンに到着したときは既に夜だった。

 そこから深夜になるまで自身の所属部隊やその役割等を説明されたのだ。

 クラウス、セバスチャンも彼と同じように疲れきっていてまだ起きていない。それどころか今日の任務内容を昨日の晩――聞いて来い――セバスチャンにそう言われて押し付けられたのだ。

 実際、彼は同年代の騎士の突撃兵の小隊を率いる役割を持っていたので、本日の任務内容は彼が聞いて教えれば済む話なのだ。

「あら、来たわね。入りなさい」

「は、はっ! 失礼いたします」

 室内から掛けられた美声に、少し戸惑った様子でアルフォンスは扉を開いた。

「あら、可愛い子ね」

 アルフォンスの目の前の人物は桃色の前髪を真ん中で分け、セミロングの後ろ髪を髪留めで留め、薄くて品のある化粧を施された白い子顔に、黄金の瞳。その輝く右目尻下に泣き黒子がある。

 ため息が思わず出てしまうような美人だ。だが、今の彼はあまりの疲労に違う意味でのため息が出そうになった。

「は、はぁ……恐縮です」

「んもう、つれないわね!」

 大抵の男なら堕ちる流し目を軽く反応されただけで、返されたことに彼女・・は頬を膨らませた。

「ところですみません、ヴィシネフスキー副団長三席――中佐は何処に居られるのでしょうか?」

 アルフォンスはヴィシネフスキーという中佐のに用があるのだ。

 名前はカスト・ヴィシネフスキー――それが彼の言う中佐の男の名だ。

「あら、ヴィシネフスキーはよ?」

「え? ……え?」

 アルフォンスは目の前の女性が何を言っているのか、理解しがたかった。

「ヴィシネフスキー中佐は男性であらせられる筈ですが……」

 そうだ、男であるはずなのだ。

 アルフォンスは現団長・副団長六人の名前と性別、年齢は把握している。

 そう、把握しているつもりだったのだが――目の前にいる、男性でなくてはおかしいはずの中佐はどう見ても女性としか思えなかった。

 女性特有の丸みを帯びた体に、何せしっかり胸元が膨らんでいる。

――ああ、そうか――

「性転換手術をお受けになられたのですか?」

 アルフォンスがその言葉を発した瞬間、彼は思いっきり床に叩きつけられた。

「もう一度言ってごらん? ボーヤ」

 能面のような顔で青筋を立てた彼なのか彼女なのかわからない人物――カスト・ヴィシネフスキーは言った。

「もう二度といいません」

 仰向けにひっくり返ったままアルフォンスは誓いを立てた。


「痛かったかしら? ゴメンなさいね」

 カストは立ち上がって背中をさするアルフォンスを跋が悪そうに見た。

「私ああいう、性別に関する事言われるのすっごく嫌なのよ」

 彼女は腕で豊満な胸部を押し上げるようにして腕を組んだ。

 アルフォンスはその動作にチラッと一瞬だけ視線を動かした。

「で、ではヴィシネフスキー中佐は――」

「女よ! 父のせいで戸籍上は男だけど、れっきとした女よ!」

 どうやら彼女はちゃんと女性のようだった。

 彼女曰く、本当の名前はカサンドラというらしい。

 ヴィシネフスキー侯爵家は子宝に恵まれなかったことで貴族間では有名で、代々貴族の家を継ぐのは男だ。子供が一人、しかもそれが女の子であったのなら仕方ないことなのかもしれない。

 彼女は父に公衆の面前では男装するようにきつく云われているらしい。だからアルフォンスの父も彼女について何も言わなかったのだろうか?

 彼女は興奮しすぎたのか、肩で息をしていた。

「ふぅ、もうこの話はおしまい! いいわね!」

 有無を言わせないその気迫に、アルフォンスはただ頷くことしかできなかった。

「……そういえば、今日の任務内容を聞きに来たのだったわね」

「……はい」

「国境防衛部隊からの連絡がまだ来ないから何ともいえないけれど、彼らは十中八九ドイツ軍を押さえ切れないわ。そして押さえ切れなかった場合は、シュチェチン西部のドウイェでドイツ軍を迎え撃つことになるわ」

 執務机の上に広げられた紙のマップが細くて白い指にトントンと叩かれた。

「承知しました。では小隊の者たちにも伝えてまいります」

「あら、そう? もっとゆっくりしていっても良いのよ?」

 再び誘うような視線。

「いえ、小隊の者たちも皆、気になっていましたので早めに伝えておこうかな、と」

 彼は苦笑いを浮かべ、後頭部の艶のある茶髪を撫でた。

「あら、そう。……残念」

 妖艶に微笑むと、彼女は彼の背中を見送った。


 アルフォンスの役割である兵種――突撃兵長――はいわば、五人前後の突撃兵の指揮官だ。

 彼の配属はシュチェチン防衛部隊の前線突撃隊の騎士の突撃兵長だ。

 戦場で一番最初に自分の部下を戦わせ、そして前線の終局で散る。

 本来は大貴族の、しかも現団長の長男が配属されるような部隊ではない。しかしこうなったのは戦争のきっかけとなった、あの事件――ブルーメ公爵毒殺事件――が原因だろう。

 彼は自身と自分の部下となる者たちが昨晩就寝していた部屋へと戻ってきていた。

「そうか、んじゃ待機って事か」

 アルフォンスから今日の任務内容を聞いたクラウスはベッドにごろん、と転がって言った。

「ああ~……なんでこの俺がアルフォンスの部下なんだよ。しかも最前線とか? 俺とクラウスは伯爵子息だぞ!?」

 上半身だけ起こしたセバスチャンがアルフォンスに不平を垂れた。

「仕方ないだろう。世間的に俺は今回の戦争のきっかけを作った人の子、お前は……盗撮犯、クラウスは規則違反どころかある意味国家反逆罪を起こしたからな」

 ジト目でクラウスを見るアルフォンス。

「いやー、悪かったって!」

 全く悪びれていない態度。クラウスは当初国王の命令でアルフォンスたちを助けたと言ったが、国王の命令など真っ赤な嘘であった。

 国王命令・伯爵家子息という権威と地位を利用して騎士団の装甲車を使ったのだ。

 騎士団の――国家の――兵器を一個人が私用で扱うどころか国王の命を騙ったのは大罪だ。

 だが、その嘘のお陰で国防の要人であるヨナタン・ベルンシュタイン団長(中将)とイリーネ・アーレント副団長六席(少佐)を救出したのは幸いだった。

 それの恩赦によって前線に送られただけで済んだのだろう。

 セバスチャンは大罪を犯していないように思われるが、貴族会では撮影機具の持ち込みは禁止されている。それを彼は率先して破ったのだ。このことを問題視されての今回の前線行きだろう。

「はあ……朝食でも食べに行くか」

 アルフォンスは未だに立とうとしない二人に呆れると部屋のドアノブに手をかけた。

「あ、俺も行く」

 クラウスは布団を捲り上げて起き出した。

「なにっ!? なら俺もだ!」

 セバスチャンがクラウスの後を追うように起きた。

「……じゃあ、行くか」

 おかしな二人を一瞥すると、アルフォンスは部屋から出た。


 彼らは四階の寝室から一階のホールへと降り、そこからやたらと豪華な食堂へと入った。

 食堂の中には既に数十人の兵士たちがおり、各々食事を取っていた。

「ちぇっ、バイキング式じゃないのか」

「当たり前だろう」

 クラウスは見た目どおりの大食漢だ。兵士たちが食べている量では物足りないのだろう。

「昨日始まったばかりとはいえ今は戦時中だ。これからの食糧難に備えて騎士が率先して贅沢は自制しないとな。それに――」

「はいはい……」

 セバスチャンがクラウスに講釈を垂れ始めた。

 いつもの光景だ。

 アルフォンスは彼らをおいて朝食を給士に頼んだ。

 朝食の献立は食パン2枚、野菜スープ、スクランブルエッグ、ベーコン三切れ、以上だ。若い男には物足りないだろう。

「量は少ないけど美味いな」

 スクランブルエッグをフォークで口に運んだ後、アルフォンスがそう言った。

「朝食を作ってくれているシェフはここの人だからな」

 セバスチャンのいうここの人とは、騎士団――現ポーランド王国軍が有事の際に作戦本部兼詰所としている、ドイツ騎士団シュチェチン支部の料理長を指す。

「これだけ美味いと、むしろもっと欲しくなっちまうな」

 クラウスは空になった皿をジッと見つめて言った。

「……そうだな」

「うむ、そうだな」

 二人の賛同の声が重なった。

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