第1話A 貴族会
この物語はただのネタです。
四月一四日
模擬戦を最優の評価で終え、諸々の通常の行事を終えて、三日間の休日を与えられていた。
アルフォンスは現在、父と共にドイツ皇国の首都ベルリンそこにある古き由緒正しいバロック様式の城、その内部にある巨大な円形の講堂へと来ていた。
彼の父は、定期的に開かれるヨーロッパ貴族連合(王や皇帝も含む)の政治的集会、通称<貴族会>に出席するためにこの地を訪れたのである。
アルフォンスはその貴族の当主(父)の身辺警護のボディーガードナーとして同伴した形となる。
彼ら以外にも中堅貴族の出であるクラウス、セバスチャンもアルフォンスと同様な形でこの貴族会に参加していた。
「ごきげんはいかがですか? ベルンシュタイン侯爵様」
アルフォンスの父に掛けられた凛とした声に、アルフォンスは後ろを振り返った。
「おお、アーレント男爵か。頗る良いよ」
彼らの後ろにいたのは六番目の副団長、イリーネだった。
アルフォンスの父、ヨナタンは軽くイリーネに会釈すると設けられた自身の席へと座った。その隣の席にイリーネは腰掛けた。
「一昨日の模擬戦、息子の出来はどうでしたかな?」
ヨナタンは機嫌の良さそうに、笑みを浮かべながら隣のイリーネを見た。父の発言にアルフォンスは視線を忙しなく動かした。
「畏れながら申し上げますと、ご子息は前衛の騎士としては十分すぎる能力をお持ちです。ですが、後衛や指揮官の騎士としてはまだ鍛錬の必要があるかと……」
イリーネの評価にヨナタンは後ろに控えるアルフォンスを一瞥した。父の視線にアルフォンスは肩を震わせた。
「ふむ……まだまだ青い、というところか」
残念そうな感じで、だが、笑みを絶やさず呟いた。
「はい……」
ヨナタンの呟きに眼を閉じ頷くイリーネ。
うまく事を成したと思っていたアルフォンスにとって、イリーネからのこの評価は意外だったのか、しばらくの間俯いていた。
「此度は遠地よりお集まりいただき誠に感謝いたしますぞ!」
講堂の入り口からベルリンにおける此度の貴族会の主催者、ドイツ皇帝ヴィルヘルム6世が華麗なマントを靡かせながら登場した。
壮年で風格漂わせた男、ヴィルヘルム6世が自身の席である大きな椅子の前に立つと高らかに宣言した。
「これより第四五〇回目のヨーロッパ貴族連合における重要な会議を始める!」
貴族たちの議論が講堂を包む。
「すまん、少し手洗いに行って来る」
ヨナタンは静かに立ち上がった。
「父上」
「直ぐ近くにあるのだ。警護は必要ない」
同行しようとしたアルフォンスを、ヨナタンが手で制す。
アルフォンスは父を見送ると、目の前で行われている議論に耳を傾けた。
「先日において我が領土で討伐された氷龍は、南にあるオーストリア領のシークシュッピッツェ山における土壌開発が原因だと考えられ……」
ドイツ貴族屈指の名門ブルーメ家の当主エーベルハルト・ブルーメがメモを見ながら、今月十一日における氷龍についての責任問題について述べていた。
「であるからして、この問題はオーストリア側に落ち度があり……」
「違うだろう! そちらがアルプス山脈南部を無理に開拓しようとしたのが原因だろう!」
オーストリアの貴族がエーベルハルトに食って掛かった。
(なんで私がこんな戯言を言わねばならぬのだ!?)
エーベルハルトの主張は彼の本意ではなく、ただの捏造話である。
「その証拠としてこの氷龍の胃袋にはオーストリアにしか生息しない鳥が入っており……」
これも捏造だった。彼はひとつの写真をモニターに移した。そこにはドロドロに解けた鳥の屍骸が写っていた。
「もう、よい! 映すのを止めぬか!」
ヴィルヘルム6世が嫌悪を露に言った。
(何故皇帝陛下はこのような捏造話を私に言わせるのだ!? いったい何をお考えなのだ?戦争の口実を作るためか!?)
エーベルハルトに握り締められているメモは、先日ヴィルヘルム6世に明日の貴族会で読むようにと渡されたものであった。
彼の心的ストレスは許容上限を振り切らんばかりに、重く圧し掛かっていた。
彼は渇いたのどを潤すために、自分の席に置いてある水の入ったペットボトルを手に取り、中身を口に流し込んだ。
「ふう……」
一息つき、心を落ち着けた。
(お父様……)
エーベルハルトの後ろに控えるカーラは、父が昨日から少し荒れていたことを心配していた。
(この虚言は誰が?)
エーベルハルトは聡明で、貴族嫌いのカーラが懐くほどの人格者である。
そんな彼がこんな嘘を言うはずがない。
彼女はそう思っていた。
エーベルハルトはまだ癒えない渇きを治す為に、再びペットボトルに口をつけようとした。
「かっ、がっ!」
――ぼとっ――
ペットボトルを床に落とし、喉を押さえて苦しみ出すエーベルハルト。
「なっ!?」
「なんだ、どうしたのだ!?」
「お父様!?」
会議の場に悲鳴と困惑の声が響いた。
エーベルハルトは床に倒れると、ピクリとも動かなくなってしまった。
「お、お父様……?」
顔を青くし、掠れた声で動かなくなった父を見るカーラ。
「ち、父上!? しっかりなされよ!」
カーラの隣にいた彼女の兄、フェルディナントが声を上げる。
「な、何ということだ!」
皇帝が声を荒げた。エーベルハルトは既に物言わぬ屍と化していた。
「えらいことになったな、父さん」
目の前で起きた参上にアルフォンスは場を忘れ、素で父に発言していた。
「父上、だ。馬鹿息子」
ボソッと言うヨナタン。
「何者かに殺害されたのでしょう。恐らく、先程の水に毒物が入っていたのだと思われます」
イリーネがアルフォンスと彼の父に告げる。
「ふむ……。このような場でそのようなことをしでかすとは、何たる不届き者だ。それにあれはブルーメ公爵だ。犯人は即刻首を刎ねられるだろうな」
ヨナタンは亡骸にしがみつく少女とその側で憤怒の形相を下皇帝を見ながら言った。
――バンッ――戸を蹴飛ばしたような音と共に講堂の入り口が開かれ、皇帝家の紋章を付けた騎士たちが続々と入ってきた。彼らはブルーメ騎士団の警邏兵部隊。
今回の貴族会における、この会場の警備と貴族たちの警護を任されていた。
また、事件が起きた場合それの解決と犯人特定という役割も担っていた。
「貴族の皆様ご静粛に願います!」
騎士団を率いている中年の男性が混乱している場を何とか鎮めた。
会場は現在、男性貴族は男性騎士による、女性貴族は女性騎士による身体検査が行われていた。
「貴様……私を疑うのか!?」
泣きはらした顔で怒声を放つカーラ。
「い、いえ! 形式上だけですので!」
女性騎士は副団長五席の、射殺さんばかりの視線に臆しながら言った。
「無礼だぞ!」
他方では、騎士を率いていた中年、副団長次席のヘルマンが皇帝に怒鳴られていた。
「公の場ですので……陛下、今しばらくのご辛抱を」
彼がそう言うと――ふんっ――と鼻を鳴らして皇帝は屈辱に耐えた。
ここはドイツ皇国だが、この会場は現在そうではないのだ。
そのことを理解しているヴィルヘルム6世は顔を真っ赤にしながらも大人しく検査を受けた。
「こ、これは!」
身体検査を行っていた一人の騎士が声を上げた。
「これはなんですか? ベルンシュタイン侯爵!」
ヨナタンのスーツのポケットから、騎士は白い粉の入ったビニールの袋を発見した。
「む? なんだそれは?」
ヨナタンにはその袋と粉に見覚えがないのか、知らないぞといったそぶりを見せていた。
「ち、父上……」
アルフォンスはその白い粉を見て、それが何かを察してしまった。
それと同時に驚愕と絶望の気分に打ちのめされた。
(まさか父さんが?……そんな、そんなことがあるわけ……)
アルフォンスが負の連鎖に陥っていたとき人の塊がサッと裂けた。
「おや、それはなんですか? ベルンシュタイン侯爵殿?」
一人の男がその裂け目から現れ、疑問を投げかけた。彼はドイツ騎士団の副団長主席にして、ポーランド王国の大貴族ビットマン侯爵家のアードルフ・ビットマンだ。
彼は少しニヤつくと騎士から袋をひったくり、それを高く掲げた。
「おやおや、これは何ですかな? ベルンシュタイン団長?」
彼の発言と行動にわらわらと人が集まってくる。
「これは唾液に触れるとスイッチが入り、青酸化合物を作り出す粉上の魔道具ですね」
探査魔法を扱うことの出来る、博識そうな1人の騎士がそう告げた。
「なんだと!? 私はこんな危険な物を所持した覚えはないぞ!」
ヨナタンは慌てて否定した。だが、周りはもう既に犯人は彼であると決めてしまっていた。
「団長、あなたには失望しました」
額に手を覆い下を向くアードルフ。
「て、てめえ……」
父を貶され、怒るアルフォンス。
「身の程を弁えろよ、坊主」
アードルフは余裕を持った態度でアルフォンスを睨んだ。
「団長、どういうことですか?」
イリーネは心配した表情でヨナタンを見た。
「……」
しかし、ヨナタンは苦虫を潰した様な顔を張り付かせただけで、何も喋らなかった。
彼の周りを騎士たちが囲む。囲まれたとき、彼は騎士たちの隙間から壮絶な笑みでこちらを見る男を見て、何かを悟った。
「アルフォンス、ここから脱出するぞ」
静かな、隣にいるアルフォンスやイリーネにしか聞こえない声量で彼は言い放った。




