第3話A ドウイェの敗戦
四月一五日 午前八時一二分(ドイツ皇国標準時)
ポーランド王国ルビエシンのとある室内。
そこでは数人の兵士が荷物の整理を行っていた。本や写真、携帯……
これらは奇襲任務を失敗した騎士達の遺品だ。兵士達はそれらをせっせと用意された一〇個のダンボールに、分別しながら突っ込んでいく。
「……」
いつもとはデザインの違う黒い服を纏ったカーラは、騎士達の遺影をジッと眺めていた。
親しかったわけではないとはいえ、仲間の死というものは辛いものだ。
(私が付いて行けばこんな事にはならなかった……)
へルマンから聞いた内容では、彼ら一〇人は王国の騎士達の反撃に遭って亡くなったらしい。
彼女は当初、彼らに同行しようと考えていた。だが、泣き疲れたせいで寝てしまい、先日再び起きたときは夕方となっていたのだ。そのときには全て、事は終わっていた。
自身がくだらない人間なのだと思い知らされた。
(せめて……ドウイェを制圧することでお前たちの弔いとしよう)
彼女は覚悟を決めたような凛々しい顔つきで、部屋から出た。
部屋から出た彼女はヘルマンの自室へと向かった。
こんこん。目の前の扉にノックをする。
『誰だ?』
扉の向こうから問う声が聞こえた。
「バーナー大佐。私です」
カーラの声が聞こえたのか、扉が開かれた。
「どうした?」
「大佐、昨夜申し上げた作戦なのですが……」
「……騎士の死は決してお前が同行しなかったせいではない」
カーラの話に割り込む形でヘルマンは彼女に告げた。彼は眉を顰めており、機嫌が悪そうだった。
「ですが!」
「……驕るなよ、ブルーメ少佐。一人で出来る事には限界がある。いくら強かろうがお前は全知全能の神ではない。」
彼女の作戦とは、要は彼女が単体でドウイェへと侵入をして、一人で一つの街を制圧するというふざけた内容だったのだ。しかし、それを成し得る事を可能とするだけの実力が彼女にはある。
だが、戦争は何があるかわからない。彼女にもしものことがあれば、ドイツ軍はこれ以上にない大きな痛手を被るだろう。
普通なら最も犠牲が出なく、それなりの成功確率を誇る最良の作戦といってよいだろう。
だが、彼女はドイツ軍の侵攻・国防の要だ。こんな早期に失うわけにはいかないのだ。
「良いな、少佐。通達どおりの作戦で行く」
「くっ! 了解いたしました……」
悔しそうに唇を噛み、俯く。
「……仕方ない。ならお前には前線の指揮を任せよう」
ヘルマンのその発言を聞いた彼女は驚いた顔を彼に向けた。
「ブルーメ少将からの通信では『新たに騎士を一五名送る、早急にドウイェを押さえろ』とのことだ」
「そう……ですか」
彼女はそう呟くと、作戦準備のためにその場を後にした。
ドウイェ近郊の国道。その近くの草原を中心に広がる平野。
現在ポーランド王国兵士達はその平野で、皆一様に緊張した面持ちをしていた。嫌な汗を掻く者、ストレスで胃が痛い者、様々だ。
約四千のポーランド王国兵士の眼前には、八千超の皇国兵士達とそれを率いる女性がいる。
菫色の瞳が午前終了一刻前の日の光に照らされて、妖しく煌く。
王国兵士は皆、敵兵士の大軍よりもそれを率いる女性一人に恐怖していた。
運の悪いことにアルフォンスは彼女と目が合った。
その瞬間、彼の直ぐ目の前に雷が落ちた。
「っ!全軍攻撃開始!」
アルフォンスは号令を放った。
彼の号令を皮切りに兵士達が銃を撃ち、戦車・装甲車が敵陣に大砲・機関銃を放つ。皇国軍も同様に応戦した。
双方向の弾幕が形成される中、先頭で軍を率いていた女性はそれを全く意に介していなかった。彼女の眼前には透明なハニカム構造をした壁があった。
銃どころか戦車の大砲の直撃を受けてもその壁は微動だにしない。彼女はその壁で彼女の後ろに控える兵士達を守っていた。
幾多もの銃弾を弾いていたその鉄壁とも呼べる壁に、突然――彼女が放った落雷に似通った雷が衝突した。
「……へぇ」
ほんの一瞬だけ、鉄壁が揺らいだ。
「そ、そんな……」
レオンが最も得意とするのは雷魔法だ。それの威力は上級魔法に匹敵する。彼はそんな自身の最高の魔法が容易く防がれたことに衝撃を受けた。
「レオン! 奴の相手はするな!」
「あ……う、うん」
アルフォンスの声に自失状態からなんとか回復したレオンは、銃弾を魔法で防ぎながら軍の左翼へと移動した。
(あいつは俺が何とか抑えるしかない!)
震えそうになる体を何とか制して、アルフォンスは徐々に前進しつつある自軍の先頭へと出た。
「はぁっ!」
自身に迫る弾丸を全て<ミラージュ>で弾き飛ばしながら駆けていたアルフォンスは、カーラに斬りかかった。
「ベルンシュタイン……」
アルフォンスの袈裟斬りを難なくレイピアで受け止めたカーラは、冷たい声色で呟いた。
「仲間の騎士の仇を取らせてもらうぞ」
彼女はそう言うと、回し蹴りを放った。
「くっ!」
風斬り音を伴った蹴り。いくら身体を魔法で強化しているとはいえ、当たれば唯では済まない。
後退する事でそれを避けたアルフォンスは、胴を薙ぐように長剣を振るった。
甲高い音がして、彼の長剣が弾かれた。
「ちっ!」
「終わりだ!」
レイピアで長剣を弾かれた時に出来たわずかな隙。カーラはこの隙を突くために、雷を纏った左手で彼に殴りかかった。
しかし、彼女のその攻撃は彼の左腕に装備されていたバックラーによって相殺された。
「なんだとっ!?」
「ぐあ!」
カーラは驚きの声を、アルフォンスは苦悶の声を上げた。アルフォンスのバックラーは半分ほどが溶けかけていた。
「くそっ!」
彼は慌てて役に立たなくなったそれを投げ捨てた。
バックラーは彼の予想通りなら彼女の攻撃は、後三回は防げる見込みだった。そう、この盾はかなりの良品だったはずなのだ。
(前よりも威力が上がっている? いや、違う。前はただヤル気がなかっただけだ)
アルフォンスの背中に嫌な汗が噴き出した。
「私の、全力の<トールハンマー>を防ぐとはな」
少し感心したかのような声。
アルフォンスがカーラを再び見ると、彼女の菫色の右眼が淡く輝いていた。
「っ!」
そのおぞましい眼に、彼は恐怖した。
(やはり俺では数分の足止めくらいにしかならないのか?)
アルフォンスは何とか彼女が繰り出す剣戟を捌くと、バックステップで距離をとった。
彼が距離をとった瞬間――ズドンッ――劈く様な音と共に、カーラの眉間に向けて一つの銃弾が飛来した。
「!?」
常人には決して避けることは不可能なそれを、カーラは上体を横に反らすことで避けた。
「マジかよ!!」
彼らから約二五〇m離れた草原。
そこで匍匐していたクラウスはあまりの出来事に思わず立ち上がって叫んだ。
(こちらを視認していなかったはずだ……しかもいくら強化魔法で強化されているとはいっても、銃弾を避けるなんてありえねーぞ!?)
彼はスナイパーライフルを思わず落としてしまった。
「わ、わりーなアルフォンス。作戦失敗だわ……」
アルフォンスは焦っていた。
(避けた!? そんな、馬鹿な……)
クラウスの狙いは精確だった。だが、実際カーラに向かった凶弾は彼女を掠めることなく何処かへと飛んでいった。
アルフォンスとクラウスの作戦は途中まで上手くいっていた。アルフォンスが彼女に接触して、<ミラージュ>で彼女の対物理魔法を相殺する。相殺後に彼が後退して、そのわずかな隙にカーラをスナイパーライフルで打ち抜く。
アルフォンスは<ミラージュ>での彼女の物理防御魔法の相殺には成功していた。クラウスの狙撃は精密で非難のしようがなかった。
失敗した理由は、ただ単に彼女が強すぎるのが原因だった。
(あの右眼……)
彼は彼女が銃弾を避けれたのは、あの眼に要因があると感じた。
銃弾を避ける瞬間や、彼の剣戟を防ぐ際に淡く輝いていたのだ。
「やああ!」
「ちっ!」
カーラが気合の篭った剣戟をアルフォンスにみまった。
彼は紙一重でそれを避け、彼女から距離をとった。
避けた時、アルフォンスは彼女の腕にまとわり付いていた雷がなくなっていることに気付いた。気付いた瞬間、再び稲妻が落ちた。
「! あ、危なかった」
「ちっ、避けたか」
雷はアルフォンスの目の前に着弾した。カーラの左腕に雷が再び出現した。
――ズドンッ――
再び響く銃声。そして、その直ぐ後に響く金属音。カーラがレイピアで銃弾を弾き飛ばしたのだ。
「もうバレてるぞ。それに、そんなものは私には効かない」
アルフォンスの後ろを睨むカーラ。睨んだ方向に居る人影がびくっと震えた。
彼女がアルフォンスから目を離した隙に、彼の方から栓を引き抜くような音が鳴った。
「?」
不思議に思った彼女はアルフォンスの方を見た。その瞬間、眩い光が彼女を覆った。
「うあっ!?」
彼女は堪らず顔を手で隠した。
(よし、今だ!)
アルフォンスは彼女がフラッシュバンによって目を暗ませている隙に、フラググレネードを投げつけた。
ごとっ。それはカーラにぶつかると彼女の足元に落ちた。
「くうっ、何を投げた!?」
カーラは目を瞑ったまま、左足を上げると思いっきり地面を踏みつけた。
すると、脚を中心に竜巻のような暴風が吹き荒れ、グレネードが空高く舞い上がった。
「そんな、ばかな!」
アルフォンスは目に映る、空で起きた爆発がやけに大きく見えた。
『ベルンシュタイン曹長! そこは爆撃予定されている範囲です! 一旦後退してください!』
胸元の無線から、兵士からの連絡が入った。
「ちくしょう……了解した。後退する!」
「貴様! 逃げるのか!」
アルフォンスのその声を聞いたカーラは彼を挑発した。しかし、彼はその挑発を無視した。
「逃げるなー!」
遠ざかる足音に向かってカーラは叫んだ。
彼女の視力が回復した時、彼女の目に映ったのは上空を飛翔する七台の無人爆撃機だった。うち三機はドイツ皇国軍のものだ。
カーラは敵爆撃機が自身の魔法の射程距離圏内に入ったことを確認すると、強力な雷の魔法を放った。彼女の掌底から放たれた雷撃は一機の爆撃機に当たると、蜘蛛の巣状に広がって周りの爆撃機を巻き込んだ。
『メチャツンデレスキー四機大破!!』
アルフォンスの耳に操縦主の悲鳴じみた叫びが届いた。
自軍の爆撃機へと放たれたあまりにも強力な魔法。それが巻き起こす惨劇に、陣営の後方へと逃れた彼は、爆散して堕ちてくる爆撃機を眺めることしか出来なかった。
ポーランド王国軍の敗戦はもはや決定的となった。
爆撃機の残骸に押し潰される戦車、敵の爆撃機の爆撃に吹き飛ばされる兵士、敵騎士の魔法で撃墜される偵察機……彼に迷っている暇はなかった。
「ベノフ中尉! このままでは全滅してしまいます!」
「むう~! そのようですな。撤退! 全軍撤退だ!」
この現場の指揮官であるベノフ中尉が兵士達に撤退命令を下した。
アルフォンスは彼の撤退命令を聞くと、すぐに小隊のメンバーへと連絡をした。
「セバスチャン! レオン! カシア! 撤退命令が出た。直ぐに撤退を開始するんだ!」
無線に向かって叫んだ。
「アルフォンス……」
「クラウス、撤退だ」
「そうか……」
クラウスはまるで人が変わったかのようだった。いつもの雰囲気はなく、どんよりとしていた。
『くそっ! やられっぱなしなんて気に入らないぜ! レオン、お前何かやれ!』
『む、無理だよ! もう魔力量が底をつき始めた! 防御と移動で精一杯だよ!』
セバスチャンは大の負けず嫌いだ。彼の無茶振りをレオンが悲鳴じみた声で拒否した。
「ふざけてないで早く撤退しろ」
アルフォンスは少し低い声で二人に言った。
撤退していく装甲車の一台に彼ら五人は乗り込んだ。
車内はお通夜のように暗かった。
(クラウスと二人がかりだったのに手も足も出なかった……いったいどうすりゃ勝てるんだよ……)
アルフォンスの心は絶望に支配されかけていった……
ドウイェ近郊における戦いはわずか二時間で、ポーランド王国が圧倒的な敗北を喫した。




