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神華  作者: 紫音
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一章 七話




 夏の日の出は早い。朝日が微かに登ってきたころ本家に帰った大輝は、離れに用意された自分の部屋に戻るため中庭を歩いていた。

 昨日の現れた神華のなり損ないの女が頭を過ると、先ほどまで鬱憤を晴らしていたのに、また苛立ち募ってくる。本当に藤森家の血を引いているのなら守り玉ぐらい見えて当然だ。それなのに見えないと言い、菊華が扇子の上で踊らせた式神すら見えないと言った。あの式神は菊華が呪力をこめ生み出したもので、少しでも力があれば、否応なく見えるものだ。

 麗華には藤森家の血など一滴も入っていないのに違いない。


 どこかで、桃華の首飾りを拾い、テレビで探していることを知ると藤森家のことを調べた。そして、行方不明になった桃華の存在に目を付け、自分が娘だと偽った。テレビの首飾り引き取り金額の二百万よりも、親戚と認められ財産をもらう方が金になると、考えたのだ。


 藤森家の血族の真意を知らないからこんな愚策を立てた。

 なんて罪深く最低で卑劣で欲深い、愚かな女だ。


 昼食会、頭を下げながら麗華の顔を盗み見たとき、先日取った自分の行動を納得した。先日偶然通りかかった公園のベンチで麗華は眠っていた。そこに四人の男が寝ているのをいいことに、悪さを仕掛けようとしていた。普段そんな光景を見ても、知らぬふりを通す大輝だがその時はなぜだか柄にもなく止めに入った。男たちを蹴散らした後も寝ている麗華を、起こしてやろうと思い軽く足を蹴った。

 その時麗華と目が合い、何かいい知れない感情が全身を駆けた。それは、厳しく寒く長い冬が終わり、待ちに待った春の暖かな日差しを浴びた時のような幸福感にも似ていた。

 麗華が首を傾けて大輝を見つめるのに焦り口から出た言葉が「金」の一言だった。

 言ったあと内心激しく後悔したが、一度出た言葉は戻すことはできない。そのまま、その流で金をせびる真似をしたが、結果麗華の予期せぬ反撃を食らい撃沈した。

 その時、麗華から投げられたドロップ缶は、持ち帰ったが部屋に置いていると誰かに食べられそうだったので、ベッドの下に隠してある。


 すべてが大輝らしかぬ行動。でも、麗華が神華だったのなら、守護家たる大輝にとっては当然の行動だった。

 そう、麗華が神華ならば……。


 だが、麗華は神華ではなかった。それも、藤森家の血族ですらない。先日のことを納得し喜んだ自分はなんて愚かで虚しいのだろう。

 昨夜、真琴から一通のメールが入った。麗華が藤森家の離れに滞在すると言う事を伝える内容で、念のため二人組になり彼女の護衛に付くと言う事だった。詳しくは朝話すと書かれていたが、大輝は護衛などする気は毛頭なかった。

 それどころか、麗華を早く藤森家から出ていくよう仕向けてやるつもりでいたのだ。


 まず、どのようにして麗華を追い出すか大輝は思案し始める。

 部屋の中にゴキブリを入れてやろうか、それとも食事に蜘蛛でも混ぜようか……。



「……やっぱり……ある」

 日が微かに上り始めた薄暗い中庭から、女の呟きが聞こえた。女中が朝早くから庭で仕事でもしているのか、不審に思い声の方へ近づいた。

 そこにいたのは、寝間着姿の麗華だった。池の方を見つめて何か呟いている。

 こんな時間に部屋を抜け出して、本家内を散策していたのか。大輝はよそ者の無礼な態度に腹が立った。

「何やってんだ」

 麗華は大輝の声に驚いて、小さく悲鳴を上げてその場に尻もちを付いた。そのとろい行動に大輝は舌打ちする。

 立ちあがった麗華は大輝の方を見て「あ」と言って手を叩いた。

「ちょうど良かった。自分の部屋に戻ろうとして迷ったの。どっちだか教えてくれるかな?」

 本家にはあらゆる場所に術がかけられてある。その一つに資格を持たない者が本家を歩くと方向感覚を麻痺させ、目的地に着けないというものがあった。だが、そういう者のために御守りが作られてあり、菊華の招待により本家入りした麗華は貰ったはずだ。

「御守りはどうしたんだよ」

「御守り? あぁ、伯母様から貰ったけど、部屋に置いてあるよ」

 持ち歩かなければ意味がない。几帳面な蓮あたりが説明しているはずだが、麗華はそのことを忘れているのだろう。

「で、何してたんだよ」

「トイレに行って部屋に戻ろうとしたんだけど、迷って気がついたらここにいたの」

 ありきたりな答えに、大輝は舌打ちする。本当のようにも聞こえるが、麗華のことだ。夜中に何か企んで部屋から抜けだしたのだ。恐らく藤森家の金品のありかでも探っていたのだろう。無垢そうな顔で、大輝を見つめているが全てが演技に違いない。


「本当のこと言えよ」

 大輝は脅すように麗華に一歩ずつ詰め寄る。

「本当のことだけど?」

 大輝の様子の変化を敏感に感じ取り、詰め寄られるだけ麗華も後ろに下がる。

「何か探ってたんだろ」

「探るって? 帰り道は探してたけど」

「どうせ、金が目的なんだろ」

「迷っただけでお金にどう関係してくるの?」

「どの、調度品が高いか値踏みしてたんだろ」

「なにそれ?」

「とぼけてんじゃねぇよ」

「とぼけているのは、そっちじゃないの? 私べつにお金なんて求めてない。それ以上、来ないでくれる。また、蹴るわよ」

 虚勢を張っているが麗華からおびえた気配が伝わってくる。大輝の頭によからぬ行動が思い浮かぶ。このまま麗華を傷つけることが出来れば藤森家を逃げ出すだろう。

 そうと決めたら、行動は早い。下がろうとした麗華の腕をつかみ、足払いをして乱暴に地面に倒した。


「守護家を舐めてんじゃねぇよ。薄汚いこそ泥に藤森家を荒らさせるか」

「何言ってんの!? ちょっと、どけて。重い!」

 かすかに震え始めた麗華の手を見て笑う。この場は大輝が優勢。自分を苛立たせた原因を消すことができると思うと楽しくなってきた。

 


かすかに目に涙がたまっているのに麗華は眼を逸らさず、大輝を見つめ再三どけるように言う。その強い意志の籠った濡れた目を見ると、急に自分がしていることは、男として最低じゃないかと頭を駆け巡った。


 俺、今何しようとしていた―――……


 一瞬大輝のつかむ力が緩む。

「だから、重いって、言ってんでしょ!」

 その隙を見逃さず麗華が膝を振り上げる。見事急所に当たり、苦しむ間もなく第二撃となる鳩尾蹴りを決められた。つかむ手が緩んだすきに抜け出して、とどめの一撃と言わんばかりに、池の中に転げ落ちるように蹴られ、大きな音を立てながら池に沈んで行く。

 意外に深い作りになっている池から顔を出したときには、逃げていく麗華の後姿が見えた。


「この、クソ女!!!!」


 苛立った、大輝の声が夜明けの鐘がわりに本家内に響いていた。





「おはようございます。朝食の準備が整いました。ご案内いたします」

 控え目に、戸の外から声がかけられる。この声は黒縁眼鏡を掛けていた小百合の声だ。昨日は朝餉を部屋に持ってきてくれたが、今日は違うらしい。

「あ、はい。今行きます」

 本家内を迷いに迷った挙句、先ほどやっと、自力で部屋に戻ること出来て、ほっとしていたところだった。昨日は写真のことを考えていたせいでほとんど寝ていない。朝だと言うのに体が重かった。気持ちを入れ替えるように軽く深呼吸をして戸を開けた。

 小百合が静かに礼をする。麗華も朝の挨拶をし、歩きだした小百合の後を歩いた。


 案内されて着いた場所は、彰華と陰陽の守護家十二人分の御膳が並んだ所だった。思わず、内心ここで食べたくないと呟くが、客として居る分わがままなど言える筈がなかった。大輝の姿は見えない。

 麗華が席につき、彰華が御膳に箸をつけ他の者も食べ始める。その自然な流れを見て、麗華は彼らの食事風景はいつもこうなのだと知る。知らない世界を見ているようで、庶民の自分には場違いに思えた。

 食事中は私語厳禁なのか、誰も一言もしゃべらず黙々と食べる。いつもテレビを付けながらご飯を食べている麗華には、この無音はつらかった。ご飯は美味しいはずなのに、味がしない。昨日よりは殺気立った視線で見られることはないが、逆に存在を無視されているように感じた。


 このままここに滞在したら、確実に胃を痛めそうだ。


 朝食が終わると、彰華の案内で菊華に挨拶をしに行くことになった。菊華の居る部屋に着くと彰華が廊下に正座して声をかけ、入室許可が出ると二人で中に入った。朝の挨拶を交わした後、菊華が話し始める。

「昨夜は、大変でしたわね。麗華さんの荷物を盗った者を当家でも総力を尽くして探させているわ。犯人もそのうち捕まるでしょう。当家に居る間は、麗華さんに不便の無いように手配するので安心しなさい。何か、不足のものはあるかしら?」

 この藤森家の総力とは凄そうだ。盗品の行方も見つかるかもしれない。写真が戻ってくる可能性に少しだけ安心する。昨日のうちに菊華が銀行のキャッシュカードの停止など細かい作業をやってくれている。他に頼むことは、ひとつあった。

「帰りの新幹線のチケットも盗られてしまったので、申し訳ないのですがチケット代をお借り出来ないでしょうか? あの、家に帰ったらちゃんと支払いますからお願いします」

「あら、そのようなこと心配していらしたの。新幹線の手配ぐらい気になさらないで、こちらでいたしますわ。それに、お金の心配はしなくていいのよ。わたくしは姪からお金を取るような心の狭い人間ではなくてよ」

「いえ、でも、何から何まで、頼る訳には行きません」

「それでは、今まで差し上げる事の出来なかった、お年玉の分だとでも思いなさい」

 優しげに微笑む菊華を見て、少し気が楽になる。親戚とはなんと、頼れるものなのだろう。

 今まで人に頼ることを知らないで生活していたので、菊華の心づかいが嬉しかった。

「ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」

 真面目に言うと、菊華が口元に手を当て上品に笑う。

「大げさね。わたくしは麗華さんの伯母として当然のことをしているだけよ。五日後に帰ると言っていらしたけれども、滞在を延ばしてはどうかしら。華守市、夏の名物のお祭りが開催されるのよ。当家も主催者の一員でおもしろい出し物も、計画されているわ。夏のいい思い出になると思うの」

 夏まつりといえば出店のりんご飴や、かき氷。夜空を彩る花火。楽しそうな響きで凄く惹かれる。五日後に帰らなければいけない用事の、バイトも解雇され急いで帰る必要は無くなった。

 守護家からの痛い視線は気になるが、恩のある伯母からの誘いを簡単に断るは失礼だ。それに、夏まつりは楽しそうだ。祭り好きの血が騒ぐ。

「いいですね! お祭り大好きなんです。帰らないといけない用事も無くなってしまいましたし、伯母様のご迷惑でなければもう少し居させてほしいです」

「まぁ、良かったわ。ではそのように手配させていただくわ。素晴らしい思い出になるようわたくしも、主催者として力が入りますわね。楽しみにしていらして」

「はい!」


「彰華さん。今日は麗華さんの身の回りを整える手伝いをしてさしあげて」

「はい」

「麗華さん遠慮なさらず、欲しいモノが有るなら彰華さんに言いつけてなさい」

 ちらりと、横に座っている彰華を見る。本当に頼んでいいのだろうか。

「どうぞ、遠慮しないでください。私たち従兄同士でしょう」

 穏やかに微笑む彰華。この笑顔の下に何を思っているか考えると少し恐いが、一文無しで伯母は頼っていいと言ってくれているのだ。ありがたく頼ることにする。

「それじゃあ。よろしくお願いします」



菊華の部屋を退室した後、彰華と二人で廊下を歩く。

「しばらく滞在するなら、必要なものも多いだろ。町に買いに行くから、準備しとけ」

「うん。わかった」

 と言うものの、準備も何も持っていたモノすべて盗まれたのだ。身一つで彰華についていく以外ない。

「ねぇ、リサイクルショップとかってあるかな?」

 彰華は呆れた顔をする。

「新しいものを買ってやるから、貧乏臭いこと言うな」

「別に、そう言うつもりで言ったんじゃないよ。私のトランクに入っていて売れるものって限られているけど、盗むぐらいならリサイクルショップで売ったりするかなって」

「それはないんじゃないか。第一、君の衣類や使った物を売っても大した金にならないだろ。それに、リサイクルショップで売ると足が付きやすい、金品以外は捨てるだろ」

「捨てちゃうの!? だったら、何で持って行ったのよ。鞄に財布が入ってるってすぐ分かるのに、トランクまで持ってく必要なかったんじゃない」

「旅行者の中には金を小分けして、別のところに入れてるやつがいるから、君もそう思われたんじゃないか」

「う、たしかに。トランクの中には予備の一万円が入ってたけど、その所為で持ってかれたのか。お金は諦めるけど写真だけは取り戻したいな」

「写真?」

「うん。親戚が見つかったら、見せようと思って家族の写真を持ってきてたの。お母さんが写ってるから、親戚なんですって名乗り上げた時に信用されると思って」

「へー。見たかったな、それ」

「私の宝物だったんだよ……。家族三人の写真あれだけなのに、泥棒には何の価値もないんだから写真だけ置いて行ってくれればよかったのに」

 言いながら、落ち込んでくる。本当に大切なたった一枚の写真。なんで、盗まれてしまったのだろう。家に戻れば、母と写っている写真はあるが、家族三人が写っているのはあれだけだった。目をつぶれば鮮明に写真が蘇ってくるが、それがいつまで続くか分からない。いつか父の顔を忘れてしまうかも知れない。それが、凄く怖かった。


 

「そういえば、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは?」

 麗華の目的に祖父母に会い、母の話をするというのがあった。藤森家の当主が伯母なら家督を譲っての老後を楽しんでいるのだろうか。

「俺が生まれる前から居ない。母上が二十二歳の時に亡くなったそうだ」

「そうなんだ……。事故で?」

 すでに亡くなっていると知り残念に思う。

「いや、儀式の失敗らしい」

「ぎ、儀式? な、何その怪しい響きは」

「俺も詳しくは知らないが、少し特殊な事をしたらしい。その儀式の関係で桃華叔母様が行方不明になったと聞いている」

「そうなの? 行方不明になるような儀式って何? というか、そんな変なことやる家なの?」

 普通の人には見えない不思議な事が出来る人たちだが、死者や行方不明者を出すような怪しげな儀式をやるような人たちだったとは。かなり不気味だ。

「外から見たら、奇妙だろうな。だが、藤森家の責務はどんな犠牲を生んでも成し遂げなければならない重要なことだ」

 彰華の真剣な顔つきに、心臓がどきりと跳ね上がる。


 麗華も藤森家の連なる者。母も背負った責務を自分も背負うのだろうか。


「命に係る儀式は少ないから安心しろ。夏まつりの裏で一つやる儀式があるな。母上は君にも参加させるつもりで滞在を延ばすよう言ったのだろう」

「え。私も?」

「本家筋の人間はみな参加する。少し舞うだけの簡単なものだ」

「舞うって。もしかして、巫女舞みたいな感じの?」

「そうだ。桃華叔母様の娘として、一族にお披露目もある。君も舞う事になるだろうから覚悟しておけ」

「覚悟って……。え、マジで」

「当たり前だ。タダ飯食ってのんびり出来ると思ったのか」

「で、でも。私、日本舞踊見たいな舞出来ないよ! 無理、無理!」

知華ちかが教えてくれるさ。あいつの舞は綺麗だから、いい見本になる」

「知華?」

「一個下の妹。今、守護家が本家入りしているから岩本家に預けられている」

「え、妹居たの?」

「あぁ」

「他にも兄弟居るの? あ、お母さんって何人兄弟だった?」

「母上は二人姉妹だ。俺は妹一人だけ」

「知らなかった。でも、なんで守護家が本家に居ると、岩本家に預けられるの?」

「間違いがあったら困るからな。ほら、部屋に着いたぞ」

「あ、うん。送ってくれてありがとう」

「三十分後迎えに来る」

「了解」

 

 彰華とは話辛いと思っていたが、意外に緊張もせず普通に話すことができた。初めて会った時に、ナンパ男と言う印象を受けたが、どうやら違うようだ。守護家からは殺気立った視線を受けるが彰華は普通に対応してくれ、ほっとした。普通に話せる人が一人でもいると気が楽だ。

 それにまだ会っていないもう一人の従妹。どんな人物だろうかと、想像すると会うのが楽しみだ。

 でも、舞を踊るのは難しい。部屋の中で困った事になったと頭を抱えて悩むことになった。



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