一章 七十八話
夏祭りの関係者席まで行く道は出店の間を抜ける。十二時を過ぎ人がさらに増えてきた。ステージでは女子達の大本命の企画、美人浴衣コンテストがもうすぐ開催されると言う事で、ステージ傍にある関係者席までの道のりが込み合っていた。
もみ合うように進む道に麗華は人酔いしていた。麗華の様子を窺いながら前を歩く真司と、またはくれる事のない様に、彼の紺色の浴衣の袖口を掴んで歩く。
「人。凄過ぎ……」
祭りは好きだが、こんなに人が溢れて込み合うとは思わなかった。半歩進むだけで、十秒掛る。
「麗華、関係者席に戻るのを諦めて一旦脇に避けよう」
「ナイスアイディア」
横道にそれようと、強引に人ごみを割って歩く。
「あ、真司ちょっと待った」
「何?」
抜けようとしている、真司を捕まえて出店を指差す。
「あれ、やっていこうよ」
先ほどまでの具合が悪そうなのが嘘の様に、きらきらと目を輝かせて指差した先には射的の出店がある。先ほど出店を回った時は食べ物の事ばかり考えて、遊んでいなかった。丁度良く射的の出店は人が少なく遣りやすそうだ。
真司は腕時計を見てから少し考える。関係者席では手洗いの為に抜けて来た二人の帰りが遅い事を心配しているはずだ。だが、どちらにしてもこの人ごみの所為で関係者席に戻るのは難しい。連絡さえ入れれば少し遊んでも大丈夫だろう。
「いいよ。ちょっとだけやっていこう」
二人は進路を変更して射的の出店に向かう。
「やった! 私こう見えても射的得意なんだよ。お豆腐グリーンが元殺し屋でしょう。だから憧れて練習しまくったんだ」
「お豆腐グリーンって、麗華の好きなレンジャーものだよね。昔すぎて内容良く覚えてないけど、子供向け番組のヒーローが元殺し屋って設定どうなの?」
「過激よね! 殺し屋、スリ師、詐欺師、自殺願望の強い無職、あといじめられっ子の中学生がヒーローなのよ。物語一つ一つに強いメッセージ性があってね! 当時でも大反響で子供に見せたくない番組一位と、見せたい番組一位を取った神的番組だからね! いじめられっ子の中学生が、いじめてくる奴を殺し屋に殺してもらおうとするのが第一話なんだけどね。そこがまたいいのよ!」
お豆腐レンジャーの事になると熱くなる麗華は、真司に番組の良さを語り始めた。射的に付くまでの道のりを、麗華はお豆腐レンジャーに付いて一方的に熱く語る。レンジャーモノに興味の全くない真司は、きらきらと目を輝かせて熱く楽しそうに語る麗華の言葉を聞き流しながら歩いた。
射的に着いたので麗華は一旦お豆腐レンジャーの話題を止める。
「ビデオあるから、今度一話から一緒に見ようね! 絶対ハマるよ」
「ビデオってまた古いな。ちゃんと使えるの?」
「大分画像が悪いけど、ビデオデッキもあるし大丈夫。本当はDVDに焼きなおししたいんだけど、家にDVDの機械がなくて出来ないのよね。引っ越しの時に両方持ってくるつもりだから」
「まぁ、もしも僕がすごく暇だったら見るの付き合ってあげるよ」
本当はお豆腐レンジャーに興味はないけれど、麗華の好きなものなら付き合ってみてあげてもいいと思った。
「うん! ありがとう!」
自分が好きなものを否定する事なく、付き合ってくれると言う真司の言葉が嬉しくて麗華は笑う。麗華の笑顔が見られて真司も笑う。この会場に来た時から少し憂鬱そうにしていた麗華の気持ちをはらす事が出来て良かったと思う。
「じゃあ、射的しようか。何を狙う?」
射的のライフルにコルクを詰めて、的を見る。四段になった棚の上には、お菓子やおもちゃの的が並んでいる。それを棚の下に完全に落とせば、商品として貰えた。
「んっとね。あの兎の置物にしようかな! 藤森家の式神君に似ていると思わない?」
プラスチックで出来た丸っこい兎の置物を指差す。藤森家を管理している岩本家の式神は手のひらほどの大きさで、頭に兎の様な耳を生やし、狸の様な尾をもっている。
「確かに似ているけど、式神達に比べれば丸々し過ぎだと思う。三倍ぐらい太らせたらソックリだね」
「うちの子はあんなんなの」
「あぁ。そう言えば、部屋付きの式神を飴玉遣り過ぎで太らせたって聞いた。前代未聞だって、岩本家の奴、怒っていたよ。ほんと馬鹿だね」
つい最近、式神が見える様に為って調子に乗って、飴玉を部屋付きの式神に与え式神を二倍の重量にしてしまったのだ。
「彰華君にも怒られた……」
「まぁ、式神を太らせるなんて麗華以外遣ろうと思う人いないだろうし、面白いからいんじゃない。でも、あの式神達には気を付けた方がいいよ。結構しつこいから」
「うん。よし。じゃあ、気を取り直して、行きます!」
麗華はライフルを構えて、兎の置物めがけてコルクの弾を撃った。コンっといい音共にコルクが兎を直撃して、棚の下に落ちた。
「ふふ。見た? 上手いでしょ?」
兎の置物を店のおじさんから渡されて、Vサインをする麗華。
「へー。意外な特技だね。でも、僕だってこういうのは得意なんだよ。麗華より大きいもの取ってみせるよ。見てなよ」
「負けず嫌いだなー」
くすくす笑って、ライフルを構える真司を見る。真司も的にめがけてコルクを撃った。コンっといい音共に当たり、棚から落ちた。
麗華の持つ小さなプラスチックの兎の置物と真司が取った手のひら程の狸の置物を比べる。
「ほら、僕の方が大きい。しかも陶器。僕の勝ちだね」
「うぅ。負けた」
「しかもこっちの置物の方が式神にそっくりじゃない?」
「ふわふわしっぽの狸だ。大きさも似ている……。負けた」
がくっと肩を落とす。勝ち誇ったように狸の置物をもって真司が笑っている。だが、弾は後四つある。
「今の勝負は負けを認めるわ。でも次の勝負じゃ負けないもんね!」
「無駄な抵抗だよ。僕に勝つなんて百年早いね」
二人は、共にライフルを構えて射的に熱中した。
麗華の射的の腕は確かにいいが、幼い頃より術を扱う訓練を受けている真司は空間認識能力が高く、確実に的を落とす位置にコルク弾を当てる事が出来た。
お互い四つの弾を当て終え手に入れた景品を比べると、質も重量も真司が勝っていた。
「まけたー! 悔しい! 一つぐらい真司に勝って見せようと思ったのに、全然勝てなかった」
「だから、僕に勝つなんて百年早いんだよ。麗華の腕はまだまだ、僕の足元にも及ばないね」
「彼氏も彼女もうまいうまい。どっちもうまいから、これ以上いい商品持ってかれたら、困るよ!」
出店のおじさんが、棚を指差して嘆く。麗華と真司合わせて十個の景品を手に入れた後の棚に残っているのは駄菓子ばかりだった。
取った景品と棚と嘆くおじさんを見えて、二人はお互いの射的の腕を認めて笑いあった。
「楽しかったね!」
ステージ近くにある関係者席へ最短で行ける道は、まだ人で込み合っているのでかなり遠回りになるが裏側を通って戻る事にした。公園の芝の上をまだ射的の楽しさが抜けずにうかれている麗華はご機嫌で歩く。
「まぁ。いい暇つぶしになったね」
「うん」
「ねぇ、手出して」
「ん?」
真司に言われるまま手を出すと、手のひらに大きなダイアに似せたプラスチックのおもちゃの指輪が乗る。先ほどの射的でアクセサリー対決の時に手に入れた景品だ。
「僕が持っていても仕方がないからあげるよ」
「いいの? ありがとう」
麗華は貰った指輪を中指に付けようとしたが、子供用のおもちゃの指輪は指先までしか入らない。入る指輪を探して小指にはめた。大きなダイアに似せたおもちゃの指輪はきらきらと可愛らしく輝く。
「可愛い。お姫様になった気分。似合う?」
おほほほっと、麗華の想像する姫の笑い方をして、小指にはめたおもちゃの指輪を見せる。
「はいはい。似合う、似合う」
「じゃあ、お返しに真司にはこっちをあげる」
景品の入った袋からプラスチックで出来たおもちゃの剣を取り出す。
「私が姫なら真司は騎士だね。騎士様、わたくしを守りくださり感謝致します。感謝の印にこの宝剣を授けましょう。これからも、わたくしをお守りください。頼りにしています。……なんてね」
姫になりきって冗談めかして本心と共に言ってみる。
「御意。この賜った宝剣と命に懸けて姫様をお守りいたしましょう」
真司が跪いて剣を受け取り掲げる。それからまるで、本物の騎士の様に麗華の手を取り、おもちゃの指輪に口を落とした。柔らかい栗色の髪が麗華の指をかすめる。
まさか真司が冗談にのってくれるとは思わず体が固まり、顔が火照って来る。
「……なんてな」
跪いている真司は顔を上げると悪戯が成功した子供の様に笑っていた。立ち上がり膝に付いた草を払う。
「び、吃驚した」
「自分で始めた事じゃん。何、顔赤くしているの? ゆでダコみたいだよ」
指摘されると更に恥ずかしさで顔が赤くなる。
「真司がのるとは思わなかったんだよ。あぁ、心臓に悪い」
火照った体を冷ます様に、手で顔を仰ぐ。動揺している麗華を真司は楽しそうに見ていた。
「もう。関係者席に急ごう! 皆待っているよ」
これ以上顔が赤い事をからかわれるのを避けるため、真司を引っ張り関係者席に急いだ。




