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神華  作者: 紫音
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一章 五話

 なんてことだろう。菊華の言葉は信用できないという事を初めて身をもって知ることになった。

 三十畳はありそうな、広い座敷に並ぶ御膳が三つ。御膳の前には、菊華の息子が先に着いている。床の間には、見たこともない鮮やかな二輪の花の掛け軸と、気品あふれ美しく活けられた花ある。昼食会は三人で行われるようで嘘は言っていないが、その両脇に正座しお辞儀したままの女が五人に、男が四人。案内してきた蓮も戸を開けると傍に正座してお辞儀しをている。悠然と中に入る菊華に、気遅れして足が止まる。

 これのどこがささやかな昼食会だ。一般市民の感覚がこの人達にはない。全く信じられない。

内心で毒づく。意を決して菊華に続いて中に入る。脇に並ぶ女を見ると、今朝世話をしてくれた二人がいた。その反対側を見ると見覚えの姿のような気がするが、顔が見えないのではっきり断言はできない。五人ずつ居ると言う事は、もしかして彼らは守護家と呼ばれる人たちだろうか。

 菊華が着席し、麗華は空いている席に着く。向かいに着席している従兄に友好的な笑いで挨拶しようとして固まる。

 先日駅前で会った、一度会ったら忘れられない綺麗な顔立ちのナンパ男が前に座っていた。

「麗華さん、こちらがわたくしの息子の彰華さん」

「初めまして、彰華です。よろしく」

 彰華が涼しい顔して言う。昨日の今日で麗華の事を忘れている筈がない。何が初めましてだよと、突っ込みたくなるがそこは菊華の手前口を閉ざす。

「彰華さん、こちらが桃華の娘の岩澤 麗華さんよ」

「はじめまして、岩澤麗華です」

「さぁ、食事を始めましょう」

 菊華が箸を持ったのを合図に昼食会が始まった。両脇に控えてる男女は顔をあげる。麗華は彰華の後ろに並んでいた女たちを見る。やはり、並んでいたのはアイスクリーム屋で彰華と一緒にいた五人の女の子たちだ。麗華の後ろに並んでいる、男たちが気になるが後ろを振り向くのは失礼なので出来ない。

「麗華さんは高校一年生よね。彰華さんも同い年なのよ」

「あ、そうなんですか。……二つぐらい上だと思いました」

 向かいの彰華を見る。整った顔はまだ少しだけ幼げな印象があるが、五人を侍らせていた青年というイメージが強いので年上だろうと思っていた。

「私は落ち着いているとよく言われるので、そのせいでしょうね」

 穏やかに微笑む、彰華をみてぎょっとした。先日の軽い口調と飄々とした表情が嘘のように、落ち着いた口調に穏やかな表情。同一人物かと疑いたくなるが、彼から出ている強い存在感は先日のモノと同じだ。

「大人びた雰囲気がそう見せるのね。彰華さんは学校でも優秀で一年生で副会長をしているのよ」

「一年生で、まだ前期ですよね?」

「私の通ってる高校は小学校から大学までエスカレーターの学校ですから、中学からの評価をかっていただけたのです」

「もしかして、藤森家が経営してるって言う学校ですか?」

「あら、ご存じでしたの? 藤森家の者はそこに通う事が決まりごとなのよ。あなたもどうかしら?」

 微笑んで言う菊華の言葉を冗談だと受け取って、軽く笑う。

「家からじゃ遠すぎてとても、通えませんよ」

「それなら、家で暮らせばいいわ。部屋もありますし、麗華さんも藤森家の一族ですもの学園に通いなさい」

「大学までエスカレーターなら楽そうでいいですけど、でも今の高校気に入っていますから。夏休み明けに学園祭があるから楽しみなんです。学園祭はもう終わりました?」

 初めは菊華に、最後は彰華に話しかける。

「我が高校は十月にやることになっています。学園祭ですが、別名花散祭といいます。学園中を花で飾りとても綺麗な祭りですよ」

「へー。素敵ですね」

「麗華さんも、花散祭に参加するといいわ。女の子は頭に、男の子は胸に花を飾ってダンスを踊るの。そして最後にある条件下で意中の人と花を交換するとその人と永遠に幸せになれるって言うジンクスがあるのよ」

「……まぁ、また随分乙女チックなジンクスがあるんですね」

 麗華は少し苦笑いする。麗華はジンクスをあまり信じていない。前は馬鹿みたいに信じていたが、信じてもいいことがないと知ったからだ。

「女子はジンクスとか好きだとよく言いますが、そういうのをあまり信じない方なんですか?」

「んー。好きですけど、信じるとかとは別ですよね。ジンクスを成功させたからと言って、永遠に幸せになれるって言うのはないかなっと。結局、幸せになれるかどうかは自分で動いて決めるものでしょ」

「そうね。ジンクスだけ信じて努力を怠るようでは、幸せにはなれないわね」

「ですよね! それなのに、あのバカは! それを全く分かって無い上に馬鹿みたいにジンクスだからって!」

 つい、声を荒げて言ってしまうと、菊華と彰華が驚いて目を瞬いている。麗華は変な事を言いすぎたと気が付いて、顔を赤くする。

「……すみません。ちょっと前に、ジンクスのせいで失恋したもので……」

「それで、ジンクスを信じたくないと……ぷっ」

 彰華が、抑えきれなくなって笑っている。

「彰華さん」

 菊華が彰華を視線で諌める。

「失礼、それで、失恋したジンクスとはどんなモノですか?」

 親戚との初めての食事で失恋話を披露するのは嫌だ。麗華は苦笑いして、御膳のお吸い物を静かに飲む。

「このお吸い物良いだしでてますね。凄く美味しいです。料理もホント美味しいです」

「分かりやすい話のそらし方ですね。……でも、ジンクスのせいで失恋したと思いたいだけで、自分が至らなかったから失恋したんでしょう」

 ずばっと言われて、麗華はむっとする。夏休みに入る直前で失恋した傷はいまだに癒えていないと言うのに、抉られた気がする。

「……そうかもしれませんね」

 殺気を込めて彰華を睨む。やはりどんなに穏やかな口調でも、中身は違うようだ。


「そうだわ。麗華さんは後六日ほど此方に滞在するそうなの、彰華さんこの町を案内して差し上げて」

 菊華は二人の空気を明るくするためか話を持ち出した。麗華は一瞬嫌そうな顔を浮かべて、すぐに軽く微笑む。

「いえ、いろいろ、予定も組んでいますし、彰華君の手を煩わせる訳にはいかないです。自分だけで回れるので大丈夫です」

「遠慮しないでちょうだい。本来ならわたくしが案内出来たらよいのでしょうけど、彰華さんはお暇でしょうし、従妹がいらしているのに無下にするような方ではないでしょ」

「はい、私が案内いたしましょう。予定を組んでいるのなら其れに合わせますよ」

「いえ、本当に大丈夫です。それに……」

 ちらりと、後ろに並んでる女の子を見る。三人で食事している間も一切話をすることなく、ただ正座していた。彼女たちは明らかに彰華に好意を向けていた。そんな彼女たちがいるのに、彰華に案内してもらうと言うのは気が引ける。

「彼女たちも一緒に案内させますよ」

「え」

 それはさらに嫌だ。アイスクリーム屋でのあの異様な雰囲気に一日中当てられながら過ごすのは拷問に近い。

「それに、彼らも」

 麗華の後ろに居る五人のことを言っているのだ。

「え。一体どれだけの大人数で回る気なんです?」

「私と麗華を含めて十二人です」

「いや、そんな大人数で回ったら余計、疲れますよ。やっぱり一人で大丈夫です」

「それじゃあ、数人に絞っていきましょうか」

「だから、結構です」

「麗華さん、わたくし従兄同士仲良くしていただきたいわ。それとも、彰華さんでは不足かしら?」

 菊華がおっとりと首を傾げる。目は否と言わせない力で麗華を見つめている。

「い、いえ。不足ってわけじゃ」

「それは、良かったわ。彰華さん粗相のないよう、丁寧に案内するのよ」

「はい、母上」


 昼食が終わり、御膳を使用人らしき人が静かに下げた。

「それでは改めて彼らの紹介を致しましょう」

 そう言うと、前と後ろにただ座っていただけの者が、前に移動して彰華と麗華の横に静かに移動してくる。

 横を見ると、見知った顔に驚く。すぐ隣に来たのはここに連れてきた真琴だ。その隣に蓮、真司、優斗、それからカツアゲしてきた少年がいた。


「彼らは我が藤森家の守護家の者たちよ。挨拶なさい」

 すると真琴が麗華を見て一礼する。

「水谷家 真琴まこと

「土屋家 れん

「金子家 真司しんじ

「荒木家 優斗ゆうと

「火山家 大輝たいき

 次々一礼して名前を言う。続いて女子陣が名を言ってゆく。

「火山家 麻美まみ

「水谷家 湖ノこのは

「金子家 小百合さゆり

「荒木家 莉奈りな

「土屋家 瑛子えいこ


「皆、彼女がわたくしの妹、桃華の娘岩澤 麗華さん。藤森家の娘である以上妖に狙われることがあるでしょう、この町に居る間しかりと守るように」

「はい」

 守護家の者たちが一斉に返事をする。その迫力に少し引き気味になる。何より妖に狙われるころがあるとは、どういうことだろう。

「麗華さん、この町に居る間はこれを身に持っているようになさい」

 菊華が両手ほどの大きさ白い器を静かに差し出す。白いかえしが上に乗ってる器。上品な器だがこれを持ち歩くのはちょっと邪魔そうだ。

「あの、これを持ち歩く意味はなんでしょう?」

「これは御守りなの、妖が近くに居ると赤くなり、守護家の者にそのことを伝える役割があるわ。さらに、ある程度結界をはれるから必ず持っていなさい」

「は、はぁ」

 菊華の真剣な様子に、麗華は拒否する事が出来ない。この白い器が赤くなるって、どんな原理だろう。大体、妖って本気で言っているのだろうか。そういえば蓮も式神とか妙な事を言っていた。まさか、この藤森家は変な宗教でもやっているのではないだろうか。

 麗華は器を持ち上げて、眺める。どうやって持ち歩こうと考える。

「分かりました……」

 器を膝の上に乗せて、取り合えず鞄にでも入れて持って歩こうと思っていると、彰華が不思議そうに見てくる。

「器は置いて行ってもいいと思いますよ」

「え、この器が御守りじゃ?」

 不審そうに思われたので、麗華は器を置いて上に乗ってる白いかえしを持ち上げる。この紙の方が御守りだったのか。

「麗華さん?」

 紙を折りたたんで小さくしようとしていると、菊華が困惑して声をかける。

「はい?」

「もしかして、貴方見えていないの?」

「何がですか?」

 彰華が器から少しずれたところから、何かを持ち上げるが麗華には何も見えない。

「かえしを取ったから転がったんですよ。これ、わかりますか?」

 人差指と親指の間にビー玉ほどの空間があるがその間には何も見えない。

「何も見えませんが?」

 守護家の者たちが一斉にざわめく。信じられないと悲鳴に近い声が女子陣から聞こえてくる。麗華はそれを見て焦る。

「か、からかってるわけじゃ……ないですよね」

 守護家の者から一斉に殺気に近い目線が送られてきて、息を飲む。

「ふざけんなよ! 藤森家の者に守り玉が見えないなんてあり得ないだろ!」

 輝くような金髪を乱暴に揺らし大輝が立ち上がって怒鳴る。その様子に驚いて、目を見開く。

「大輝、落ち着け」

 隣に座っている優斗が手をひっぱり、座らせようとするが乱暴に振り払われる。

「現れよ、火龍!」

 右手を差し出して大輝が叫ぶ。何も見えないし、何を変なことを言ってるのか不審に思うが、かすかに熱い風と水しぶきのようなものを感じる。

「真琴! 邪魔するな!」

「黙れ。菊華さまの前だ。座れ」

 真琴が軽く指を横に滑らせると、大輝が何かに上から圧されたように倒れてた。

「失礼致しました」

 真琴が静かに一礼する。

 座敷内に整然とした空気が流れる。

「麗華さん、これはあなたのお母様の物で間違いないわね」

 菊華が懐から首飾りを出す。

「え、あれ、なんで。伯母様が持っているんですか? 鞄に入れてあるはずなのに」

「森で落ちていたそうよ」

「うそ、いつ落したんだろ、全く気がつかなかった」

 菊華は麗華に首飾りを返す。それを大事に受取、今度は落とさないように気をつけようと強く思う。

 菊華が扇を広げて横に流す。

「これは見えるかしら」

 麗華は守護家の者たちから肌に突き刺さるような殺気立った視線を受け、下手なことは言えないと、必死に目を見開くがそこには扇以外に何も見えない。

「……扇以外何も……見えませんが」

 また守護家の女性陣からありえないと、悲鳴に近い声が聞こえる。

 バチっと音を立てて扇を閉じると、みな口を閉ざす。

 菊華は、落ち着いた眼で麗華を見る。

「兄弟はいないと言いましたね」

「はい、私一人です」

「母上、彼女は力がないのですね」

 彰華が確信して言うと、守護家の男性陣から息を詰まらせたような、苦しそうな音が聞こえる。見るとみんな余命あと僅かと告知されたかのような悲壮な顔をしていた。

「そうね。力のない者が『しんか』である筈がありません」

「残念でしたね」

 彰華が守護家の男性陣を見て綺麗な顔で皮肉げに笑う。

 葬式のような空気がただよい、麗華は戸惑う。

「あ、あの『しんか』って何なんですか?」

 真琴にも『しんか』がどうのこうのと言われた気がする。この空気からするに彼らにとっては重要なモノなのだ。

「守護家の者が仕える主のことよ。神の華と書いて「神華」(しんか)と読むの。藤森家の者に何代かに一度、二人現れる。神華は必ず二人選ばれ、陽の神華と陰の神華と呼ばれるわ。二つは対なる存在、陽の神華が現れたのに陰の神華が現れない、と言う事はあり得ない。今まではね。ここに居る彰華さんが陽の神華でもその対になる、陰の神華が現れていないの」

「その、陰の神華がいないと何か不都合でもあるんですか?」

「神華は重要な封印のかなめになっているの。二つ揃って意味をなすのに、片方がいないと意味がないでしょう」

「……なにを封印しているんです?」

「それは言えないわ。あなたは藤森家に連なるものでも、神華ではないのですから」

 封印。なにか魑魅魍魎でも封印しているのだろうか。本当にそんなものがあるのか半信半疑ではあるが、この突き刺さる視線から彼らが本気であることが分かる。

「それ以外に何か役割があるんですよね?」

「あら、なぜそう思うのかしら」

「先ほどから、守護家の方々が意味ありげな表情をなさるので……」

 口を開くのも億劫になるほどの、殺気が痛いほど突き刺さっているのだ。彼らに関わる何かがあると麗華は踏んでいた。

「守護家は陽の神華に仕える者と陰の神華に仕える者がいるわ。陽の神華には女、陰の神華には男が仕えるの。主がいる陽の守護家に、主の居ない陰の守護家。比較され、主不在のまま生活するのはとても不愉快なことでしょう」

 誰かに仕えようとは思わない麗華には、その心情が理解できなかったが、安易に『別に主いない方が気楽じゃない』とは言えない空気だ。

「陰の神華が私だと、思ったんですよね……。ごめんなさい。私じゃなくて……」

 重く流れる空気に、いたたまれなくなり頭を下げた。彼らの期待を裏切ったことは心苦しい。

「麗華さん顔を上げて。こちらが早合点してしまっただけで、貴女に非はないわ」

 恐る恐る顔をあげると、菊華が困った顔で微笑んでいた。

 

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