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hurt

作者:

今、この場所で生きていていいの?


幼い頃からずっと、全てに耐えてきた。


地に足を付ける事もできないこの場所で


幾千年もの前の風


幾億年も前の光を浴びながら


今日もこの場所に立っている。


瞳に「生」の光を消して、


「諦」だけを握り締めながら


今日も泣きながら笑っている。


誰かおしえてよ。


名もなきこの詩の答えを。


私に、教えてよ。



一. 毀れる心



「博学多才」と言われる私、秋月 千幸の存在。

「学校にとっては期待の星」、「家族にとっては自慢の子」。

いつも周りから特別扱いをされている。

だから、「クラスメートにとってはイジメの対象。」


私は幼い頃、音楽や絵や日本舞踊など、

文学的な事にとても興味を持っていた。

今思えば、音楽家の両親の影響があったからなのかもしれない。


普通の子供なら、勉強より遊ぶ方。

けれど、私は勉強の方が好きで、好きで、しょうがなかった。


小学生になった時、集団生活の影響か、

私の中の「普通の子供」は外に顔を見せ始めた。

私はだんだんと、勉強より遊ぶ方が好きになってきた。


けれど、そんな私を、私に大きな期待をかけていた両親は、

よく思うはずもなく、遊んで帰ってくると、頭ごなしに怒った。

それが何だか悲しくて、悔しくて、理由も何も分からなかった当時の私は、

本能的に「勉強」をしなければならないと思い始めた。


「いい子ね」


勉強している私に言った母の妙に冷たい一言。

この一言が、私の心を壊す原因となったのだ。

この時から二つの苦悩が始まった。


一つは嫌いになってしまった勉強を続けなければならないという事。


もう一つは、学校でのイジメ。


先生や昔仲の良かった人達からの「変化」というおしつけに

つぶされそうになる私は、何度死のうと思ったか分からないくらい。

そんな時私は、目を閉じる。

目の前に広がる黒は、私だけのものだから。

誰にも邪魔されたくないから。



二. 傷ついた心


イジメが始まったのは、小学校三年生の夏。

いつも通り教室に入ろうとすると、

一人の生徒に突き飛ばされ、倒れてしまい、ランドセルから中身が飛び出してしまった。

それを見て他の子が笑い出した。


「何で笑っているの?」


そう聞くと、声は一層大きくなった。

その時私には、何が何だか分からなかった。


けれど、確信を持つのに、そう時間はかからなかった。

自覚がないまま、一週間が過ぎたある日、

私は前まで仲良くしていた人達、数名に女子トイレに呼び出された。


「何か用?」


無言のまま、私は個室の一つに閉じ込められた。


「何するの?!何でこんな事するの?!」


叫んでも、返事など返ってこなかった。

かわりに、冷たい氷水が頭から振ってきた。


「やだ!やめてよ!冷たいよ!」


再び叫んで、頭の上から返ってきたものは、


私の嫌いな爬虫類の大群。


体は氷水で濡れ、そこに虫達がまとわりつく。

「クスクス」とお笑い声が聞こえる。

それぞれランドセルを背負って、帰り始めた。

残された私は、もう泣く事もできなくなっていた。


そして、まとわりつく虫達を一匹一匹、微笑みながら殺した。



最後の一匹を殺した時、私の手は、見るに耐えない色となっていた。


そして、一つ息を吐き、静かに瞳を閉じた。



三. 別な形で別な場所で



壊れた心も、肩にのしかかる重荷も、正常に戻る事もないまま、

私は両親の期待通り、名門私立中学に入学した。

そこにいる人達は難しい試験を抜けてきた人ばかり。

その中に、私は私に似た子を見つけ、

次第に話すようになった。


名前は、三上 桜。顔はかわいいのとは裏腹に、手首にある無数の傷跡。

髪は色素を少し失ったように、丁度良い具合の赤い色。

肌は中学生とは思えないほどの不健康なもの。


桜は、私と同じように、小学校からイジメを受け、

いつしか自分が生きている事すら、分からなくなり、

それを確かめる為にリストカットを始めたらしい。

そんな桜を、他のクラスメートは、無視し始めた。


まるで、空気と同じ存在かのように。


けれど、私はそんな事はしなかった。

たとえ、仲良くした事で周りから「偽善者」と言われ、

またイジメられるとしても、後悔はしないと思ったから。


ある日私は、桜と一緒に屋上でお昼を食べていた。


「ねぇ千幸、何で千幸は私と一緒にいてくれるの?」


「だって、私もイジメられていたから。桜の気持ち、分かるから」


「……千幸、あんたは私とは違う人間なんだよ。

たとえ、似た経験をしていても、考えがすれ違う事だってある。

……分かるだなんて、勝手な事言わないで」


「ご、ごめん……」


同じ経験をしてきたからこそ、苦しみも分かっているつもりだった。

けれど、それは逆に相手を苦しめていたのかもしれない。

「つもり」は所詮「つもり」でしかなかった。


私はこんな自分に少し腹が立った。


「あとさ……私といない方が、いいんじゃない?また、一人になりたいの?」


私は桜の言葉にとまどってしまった。

下校途中もずっと、その言葉が引っ掛ってしょうがなかった。

私はもう、一人にはなりたくなかった。


一人になるのはもう嫌だ。


けれど、桜を一人にはしたくなかった。

何だか嫌な予感がする。

明日になり、学校に行くと、桜の席がなくなっているような……。


「秋月……千幸さんだっけ?」


入学して約一ヶ月が経ち、やっと名前を覚えたというような感じで私の名前を呼んだのは、

クラスで一番の権力者、遠山 円であった。

一言「はい。」と返事をすると、そのまま私は円とその仲間達に屋上に連れて行かれた。


「三上と付き合うのやめなよ」


突然の冷たい円の一言に、私はこれからの事に少し恐怖を覚えた。


「な、何で?」


私はおそるおそる聞いた。


「アイツ、ウザイじゃん。ってゆうかパラサイトだし。

アンタ、小学生の時、イジメられていたんだって?」


「何で知っているの……?」


「そんなのどうでもいいじゃない。

また同じ目に会いたくなかったら、アイツから離れなさいよ」


私はどうしていいか分からなかった。

無言のまま私は屋上を去り、教室に戻って鞄を取り、少し駆け足で校門に向かった。


するとそこに一人の人影が見えた。

桜だ。


私は何だか妙に心配になり、桜の元に走っていった。


「どうかしたの……?」


「一緒に……帰ろう?」


しどろもどろに言う桜に、私は「うん」と答えた。

そして私達は、無意識に小さな公園に入っていった。


「遠山さん達から何か言われた?」


まるで全てを見透かしたような桜の一言。

私は思わず目を見開いてしまった。


けれど、すぐに「うん」と答えた。

桜には本当の事を言っておきたいと、思っていたからだ。

すると桜が突然、私が不安に思っていた事を言った。


「私、死にたいんだ」


私は何も言えなかった。

ただ黙って、桜の話を聞いていた。


「私、何でイジメられているか分からないの。

言ってくれればいいのに。

そしたら直すのに……すごく悔しい……。

これじゃ何の為に生まれてきたのか分からないじゃない?

別に仲良くしてくれなんて頼まない。

けれど、こんな気持ちになるぐらいだったら、

死んだ方がマシだよ……。

それにね、遺書を残して死ねば、みんな後悔してくれると思うの」


「遺書?」


「イジメられてる時、テープに録音しておいたの。

今までのこと、全部書き綴っておきたい。

それをみんなが見れば、あの子達は注目の的になる。

……後悔してほしいのよ」


桜は真顔で少し怖かった。


「本気でそんな事考えていないよね?」って聞きたかったけれど、

真剣な瞳をしている桜に、そんな言葉言えなかった。


「後悔、してくれるかなぁ……?」


少し微笑み、涙を流しながら言う桜。

もしかしたら桜は私よりも辛い目にあってきたのかもしれない。

私がそう思っていると、桜は次々と話始めた。


「冬の冷たい川に突き落とされて、上がろうとしても、

蹴られてまた落とされた事もあった」


「ナイフをつきつけられた事もあった。」と。


その姿は「憎悪」に包まれていた。

私は桜に何も言えなかった。

励ましの言葉も、今の桜には逆効果にしか感じられないと思ったから。


けれど、最後に桜は、


「私、幸せになりたい」


と言った。

これが、私の聞いた桜の、最初で最後の本音だったと思う。


それから二日後、私は円達の鋭い視線攻撃を受けながら、

一人になりたくて屋上に行った。

けれど、そこには桜がいた。

昨日とか全然違う瞳をしていた。


まだ新品同然だった制服はもうボロボロであった。

上履きはカッターで切り刻まれている。

紺の靴下は、もう原型すらとどめていなかった。

赤のチェックのスカートは、十センチくらい破れ、

そこから見える白い細い足には、大きな火傷の跡。

白いはずのブラウスは、水びだしで

半分絵の具がついていて、下着が透けている。

こげ茶色のブレザーには白いマジックで落書きが。

綺麗な色をしていた髪の毛は、ボンドや絵の具がついて、

手には傷だらけの黒い靴と白い封筒。


私はその姿を見て涙を流した。


「何で泣くの?こんな事、いつもと同じじゃない」


私の足は自然と桜の方へと向かう。けれど、


「こないで!」


と叫ぶ桜の声が私の足を止めてしまった。

桜は柵の内側にボロボロの靴と封筒とブレザーと生徒手帳を置き、柵の向こうへと行った。私は思わず叫んだ。


「何で死んじゃうの?!そんな簡単に終わりにしちゃっていいの?!」


「簡単……?」


そう言う桜の声が、

私にはとても恐ろしくも悲しく聞こえた。


「千幸、人を殺す事は簡単だよ。自分は死なないんだもの。

けれど、自分で自分を殺すって事は、私にとって、大きな賭けなの。

もし、これでみんなが後悔してくれれば私は嬉しい。

けれど、後悔してくれなかったら私は悲しい。

そのどっちかよ。たしかにイジメは辛くて苦しかった。

だからこそ、止める為にはこうしなきゃ……。

千幸の為にも……」


「桜……」


桜の瞳には涙が溜まっていた。

けれど、足は震えていなかった。


「千幸、今までありがとう。

前に一緒にいない方がいいって言ったけれど、あれ、嘘だよ。

私、すごく嬉しかった。すごく幸せだった。

もし、別な形で、別な場所で出会っていたら、

お互い、良かったのかもしれないのにね」


そう言うと、桜は微笑んで地上に飛び降りた。


私はその場に座り込んだまま、呆然としてしまった。

瞳からは涙が溢れて止まらなかった。


もし、私が無理矢理でも止めていれば、

桜は助かったかもしれないのに、という後悔の念に襲われた。

桜は当然、二度と目を覚ます事はなかった。


遺書には、今までの苦しい思いと人名が書き記されていた。

テープがあったという事もあり、円達は警察に連れて行かれた。

後で聞いた話だけど、桜の体には性的暴行を受けた跡も見られたらしい。


私は再び、桜と来たあの小さな公園に来た。

そしてあのベンチに座った。

まわりは静かすぎて、何だか悲しかった。


ねぇ桜、

何であんなに強く死ぬ事ができたの?

笑って終われたの?

勉強ができても、私には良く分からないよ。

けれど、私も最後は「幸せだった」って言って死にたいよ。

だから、一日一日をしっかり生きてみるよ。


空に話しかけても、もう桜は答えてくれない。

私は涙をこらえながら、静かに目を閉じた。



四.これからは……



辛い過去を引きずりながらも現在の名門高校に入学をした私。

両親は当然のごとく、私に期待をする。

イジメというものはなくなったけれど、未だずっと一人。


そんな時、一人の転校生が私達のクラスに来た。

彼の名前は、松本 仁。今時のかっこいい男。

それゆえに、転校初日でクラスの女子の憧れの的となった。


彼が転校してきて一週間が経った頃、

帰りの道で、たまたま松本と二人になった。


「あれ?秋月さんだよね?」


「あ、どうも……」


「俺、君の事知っているよ。

イジメられてたんだって?結構有名だよ」


私はぐっと泣くのを堪えた。

中学の時も似たようなセリフを聞いた事があった。

一体何故?


けれど次の瞬間、松本の口から、思いもよらない言葉が出てきた。


「俺も、イジメられていたんだ」


「え?」


私は信じられなかった。

明るくて、人気があるのに、そんな過去があったと予想もつかなかったから。


「小学からずっと。丁度親も死んで、中学の二年の時、自殺しようとしたんだ。

けれど、近くの人が俺を止めた。死ぬだけが勇気じゃないって……」


「私の友達、中一の時イジメで死んだの。

でも、その子は死ぬ事は人生の賭けだって言った」


「そうかも。ようはさ、自分が生きていたいかどうかなんだよ。

俺、助けてもらえてよかったって思っている。

今になってやっと分かったよ。全然、人生生きてなかったなって」


「私も」


私達はそれ以上、何も話さずにただ前だけを見て、歩き続けた。


私は、過去を忘れたりはしない。

けれど、戻らないと心に決めた。

「生きる事」も「死ぬ事」も間違っているとは思わない。

ただ、自分が本当にどちらかを選びたいだけなのかもしれない。


桜は「死ぬ事」を選び、

私は「生きる事」を選んだ。

ただそれだけの事。


どちらにもある良いこと、悪いことはかわらないんだよ。

私は生きる事を選択した。


だから、私は死ぬまで生き続けたい。

泣いても笑っても倒れても押しつぶされても、

「幸せ」と言える人になりたい。


そんな事を自分に言い聞かせながら、私は桜との思い出の小さな公園に来た。

ベンチに座ると、心地の良い秋風が吹いてきた。

私は一つ深呼吸をして、

静かに目を閉じた。


目を開いた時、笑えると、


信じて。


終わり



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― 新着の感想 ―
[良い点]  後半凄く良かったです。  読み進めるうちに入り込みました。
[良い点] 「いじめ」というテーマについて、リアルに切り込んでいると思いました。 [気になる点] 最後に登場する「松本」を活かしきれていない印象がありました。 [一言] 作品として捉えると、淡々とした…
[一言] 短かったけど、感動的で、上手だと思います。次の作品も読みたいです。
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