嫉妬してくれと言われたので最大限に嫉妬してみました
「パトリシア、この夫とやってみたい100のリストはおかしくないだろうか?」
ミレーは、私がミレーに対抗して作った【夫とやってみたい100のリスト】を見て、眉を顰めた。
「ミレーの煩悩に塗れたリストよりはマシだと思います。なんですか?この朝から晩まで発情期をむかえたような内容は?」
私、パトリシアは夫ミレーのリストを口にした。
「1 朝目覚めたら濃厚な口付けをする……これは、朝から吸いダコができそうな勢いでやってるので、これ以上は不要……」
私が言うとミレーは、やや不満そうにする。
「確かに朝、君を確保できればやってるよ。でも、君は馬房で馬の世話を朝早くからしているし、闘犬の世話をする頃には、もう朝食だ。だから、2 の朝、目覚めたらお互いに愛を囁くも、囁けたことがほとんどない!」
「目覚めてからずっと囁いているじゃないですか?私のことが好きかい?好きかい?好きか!それを囁いたらもう晩になってますよね?」
「好きになったら、確認したくなるよね?」
目覚めてから100回は囁いている。
「へぇ、それは毎日私が嫁いでからも、別の方にさぞかし確認していたことでしょうね?」
暗にセラフィーヌとのことを皮肉って、チクっとやってやるつもりだったが……
「それは……嫉妬かなあ?みてくれた?リスト70のところに、私が女の人と親しくしていないか嫉妬してほしいと書いてるんだよ。だって、私は今や潔癖の男だからね。何を言われても困らない。むしろ、そんな嫉妬をされてみたい」
夢が叶っちゃったよ
ミレーは、ふんふんと鼻歌を歌うように、笑顔で綻んだが、再び私の作ったリストを見て顔を曇らした。
「ところがだ!なぜパトリシアのリストの1位がオットに紐だけのパンツを履かせる――なんだ?その紐である理由は何?」
「それは……」
私は口ごもる。
かつて、夫の隣に紐だけの服で眠らされた報復だ。
夫との夜伽をしようとしなかろうと、妻は扇情的な服を夜に着せられるのは仕方がない
そう割り切れば、抵抗なく、もはや紐はなんの役にも立たない服を着て横になったが、今から思えば不公平だ。
あの羞恥!ミレーにも味合わせてやりたい。
だが、それをいうのも、その紐一本服を用意してくれたマイヤーの手前なんとなくいいにくい。
「それは……私が見たいからです」
真剣な目をして、ミレーに訴えかける。
「それなら、裸でもう良くないか。毎日、お互い見ていると思うけど?」
ミレーは、にっこりと私に笑いかける。
なんだったら今すぐ脱ごうかと提案しそうな空気だ。
「ち、ちがいます。マイヤーさんは言いました。紐一本あればそれは服だと!」
素っ裸はどうでもいい。
あの紐一本の羞恥を、味合わせたいのだ。
初夜の日の準備で――
「もう一回あれを着るかい?」
そうマイヤーに聞かれてブンブンと手を振ったが、自分の意思で着るかと言われるとノーだ。
いっそ部屋まで裸で走れと言って欲しいぐらいだ。
なんてものをマイヤーは着せるのか。
「紐一本であることに価値があります!」
私は再度抵抗した。
「なるほどね。君の2は……ちゃんと朝の口付けをすると書いているじゃないか。でも、キスで挨拶?してもらってないよ」
「しています。馬房に行く前に、眠っているミレーの頬にチュッと」
それで、十分だ。舌のせめぎ合いも、吸いだこも不要だ。
「それよりも……私は妻として進化しているのです。そのリストを見たら分かりますよ」
私は腰に手を当てて、ふふんと笑顔でミレーに対し挑戦的な顔で見る。
「えーっ、どれだろう?」
「70番ですよ!過去の女からもらったものを一緒に捨てる!ふふっ、私は嫉妬というスキルを手に入れましたからね。ちゃんとミレーのリストに合わせてその項目も確保しました。」
そう騒いでいると、ノックの音が聞こえる。
テイラーとマイヤーだ。
「奥様、準備ができました」
テイラーが、ワゴンに何か書類を乗せて持ってくる。
「カロリーヌに伝えて、確保しております」
マイヤーも腕をまくっている。
「お、おい!何が準備できて、なにが……」
ミレーは焦り始めた。
「ミレー、嫉妬させたいんですよね。ちょうどよかった。私、あなたが今までいろんな方から頂いた元カノセットを断捨離したいんだけど……」
私はミレーに向かってニッコリ笑いかけた。
もちろん、目は笑ってないけれど……
◇
「坊ちゃまは、捨てられない性格なんですよね」
マイヤーは、テイラーが持ってきたリストを見ながらため息をつく。
「なんでそんなリストを持ってるんだ?」
「当然、それ相応の金額のお返しをするためでございます。子供のお付き合いであっても、貢がせたように思われたら困りますからね」
テイラーは、動揺しているミレーの前で段々とリストを述べる。
「まず、ミレー様が5歳の頃の思い人、マーガレット様よりもらった三輪車……」
まっ茶色に錆びた三輪車が、もはや車輪も動かない状態で保管されている。
「マーガレット様って?」
「マークウェア伯爵の娘だよ。もう、子供が5歳だね」
ミレーは懐かしいなあといいながら、三輪車に触れている。
「これ、錆が落とせないかな?私とパトリシアに子が産まれたら……」
「ミレー様、私、他の女性から頂いたお古で、遊ばせるつもりはないわ。捨てていいわよね?」
相手の女だって、自分が5歳の時の幼馴染にどんなプレゼントをしたかなんて覚えてないだろう。
それを大事に取っておくというのがすでにアウトだ。
「そう?もったいないなあ。でも、パトリシアが嫉妬するんなら仕方ないね。捨てるよ」
そういうと、嬉々として侍女たちがやっと捨てられると片付ける。
「次は6歳の時に……」
同じような、ガールフレンドから送られてきた子供用ネクタイ、靴下、くつ、かつら、ブラシ……
「ミレー、あなたどうしてガールフレンドとお別れする時に、物ともお別れしてないの?」
「えーっ、どうして?どうしてって……普通に使える物だから使うよね。使ったら、思い入れがあれば残すよね?」
ミレーは、困ったように私をみる。
「ミレー、貧乏な我が家ならともかく、穴の空いた靴下まで取っておけば、普通に考えて未練があるのかと思われるわよ?」
私は、困ったように大きな穴の空いた靴下を摘む。
「それは……多分、大切に取っておくと言いつつ、洗うのを忘れてそのまま投げ込んだんじゃないかな?捨ててもいいよ」
ミレーは、君が捨てろというなら捨てるよと笑顔で捨てるように指示する。
侍女は、やっと片付くとばかりに嬉しそうにハサミを入れる。
「ミレー、人の手を介すのではなく自分でけりをつけて、自分で捨てるべきよ」
私はため息をついて、そばにある大量の恋愛小説を取った。
「懐かしい。すごく流行りはじめて読みたかったんだけど、その頃には貧しくなって読めなかったのよね。捨てるのはもったいないわ。彼女が、本をプレゼントしてきたの?」
私は、どうしてこんなに本がたくさんあるのだと首を傾げる。
なんだったら同じタイトルの本が沢山ある。
「いや、その頃は私も思春期だからね。彼女がハマっている本を私も読みたいと言ってもらったんだ」
「ああ、だから同じ本があるのね」
前の彼女から貰ったなんて言えないわよね。
ミレーは、見た目はいいんだけど、行動がゲスだから……
私はため息をつく。
「でも同じ本なら読み直さなくていいんじゃないの?」
どの本もちゃんと読み込んだ跡がある。
なんだったら、会話に線まで引いている。
「この線は?」
そう聞くと、少しミレーの目が泳ぎ始めた。
「その……女性はだれもが主人公になりたがる性質がある」
「ん?」
言いたいことがわからない。私はマイヤーに意味がわかる?と目で問うと、マイヤーは眉間に皺を寄せた。
「坊ちゃまは昔からマメだったんです。付き合う前も付き合う後も女性の夢を叶えてあげようとしてさしあげるんですよね。例えばこの話――愛しているのは、君だけだ!私は、君のためなら死ねるっ!」
突然、演技がかった声でマイヤーが、物語のセリフを言う。
それを聞いたミレーは、真っ赤になり顔を覆い、うわあああっと叫んでいる。
「えーっ、まさか、彼女の好きな本のセリフを、彼女のために囁き続けたんですか?」
マイヤーは、ふふッと笑いながら頷く。
「そうです。そして、連日連夜、この本たちのセリフを言う女の役で練習相手を私がつとめたんですよ」
まさかのセリフの練習相手が侍女頭のマイヤーであったことを告げる。
本の線は、セリフの部分だったわけね。
しかし、演技とはいえ、マイヤーと連夜、「愛している」「君を離さない」なんて、愛を語り合う練習をしていたとは……
「毎回、君のためなら死んでたわけですか……ミレー、これ燃やしてもいいかしら?あなたが別の女性に囁いていた証拠だと思うと、怒りが湧いてくるの」
ミレーは、ぶんぶんと頭を縦に振る。
ミレーにとっては、若かりし頃の黒歴史らしい。
ぶっつけ本番にせず、マイヤーと練習して、本当の彼女に囁くところはミレーらしいとも言える。
「ご、ごめんよ。本は貴重だし、なんとなく捨てられなくて……」
オロオロと手を合わせて謝るが、私はツンと塩対応だ。
「そんな、練習もしない言葉で、私はミレーからコロリと言いくるめちゃうんですから、なんか悔しいわ。でも、いろんな女に同じセリフを使いまわしていたこともあるみたいだから、許してあげる。私は、ミレーが考えたオリジナルでいつも囁かれているもの」
所詮、自分の言葉で愛を告げていない段階で、そんな恋は長続きはしない。
本は、火に入れると、火の勢いが増し炭となっていく。
「奥様、この本たちは私どもが責任を持って、かまどの火に焚べておきますとも」
そう侍女たちが胸を張るので、お任せすることにする。
「ちなみに、お返しのリストもあるんですよ」
テイラーは、彼女たちに返しているものを告げる。
「やっばり、一番はお菓子類が一番多いですね。それも、少し手に入りにくいものが多いです。王都で有名な焼き菓子であるとか……」
「たしかに、甘いものは無難だわ」
私が呟くと、ミレーが慌てたように私のそばで囁く。
「パトリシアが大好きな果物が入ったケーキやマカロン!また私が買ってくるよ。それで許して?」
必死に、過去のことだよとわたしに告げている。
私は白い目でミレーを見つめる。
「他にはどんなプレゼントを?」
その声に、テイラーは淡々と読み上げる。
「そうですな、香水や扇子などは、ガールフレンドに……少し親しくなった間柄になると、手袋ですな。」
「手袋……そう、たしかあなたの指に触れていいですかという求愛の意味もあるわよね?」
私は、ジロッとミレーを睨む。
「そんな!確かに送ったけど、実際に指に触れた人なんてすごく僅かだよ!」
ミレーは叫ぶ。だが、ますます険悪な空気に……
「ミレーは、妻の私には、初夜に《愛することはない》といって、手袋一枚よこさないのに、指も握らないような女性にすら手袋をたくさん贈っているのね、なるほど……よーく、わかったわ」
私は、思いっきりミレーを睨む。
「今からでも君に一番似合う手袋を買うよ!パトリシア、ごめんよ!」
ミレーは、焦り始める。
「あなたが70番に嫉妬してほしいというから、嫉妬しているの。でも、嫉妬を通り越して、なんだか呆れて怒りに変わるのは気のせいかしら?」
いよいよ私の目が三角になる。
「奥様、次のリストはどうされますか?」
テイラーは淡々と無表情に聞いてくる。
「もちろん、聞くわ」
「わあああああっ!やめてくれ!」
次を言えと指令を出す私に、叫び声を出しながらミレーは頭を抱える。
「ブローチかペンダントは多いですね」
それを聞き、さらにミレーは、テイラーの口を塞ごうとする。
「ロケット式で、中に似顔絵……が……もごもご」
「なるほど……今までお付き合いした方々にね?」
私は、冷たい視線をミレーに向ける。
どうやら対になっているものらしく、相手にも自分の絵を持たせていたらしい。
マイヤーがその対になったブローチやペンダントを持ってきた。
「お遊びの方にもこんなものをプレゼントなさるから……結局破局のたびに送り返されてきてカメオの山ですよ」
「違うよ!なんか生きている人の絵を燃やすのは抵抗あるし、切り刻むのも抵抗あるじゃないか!それに、細工が素晴らしいから、これを捨てるのは抵抗があって……」
私はため息をついた。
「売ることはできませんからね。でも、これなんて、当時付き合っていた方の髪の毛ですよね?」
ロケットに、美しい金髪が入っている。
もはやホラーだ。
「とりあえず、ロケットの中身を全部捨てましょう。リメイクをして、お世話になった使用人たちに貰ってもらいましょう」
そういうと、侍女たちからわあっと声が上がる。
「あ、ちなみに……ミレーのリストに、私と宝石を買いに行って私を飾ると書いてありましたが……」
リストの90番目だ。
「もう大量の宝石たちを、自分の目で選んで、色んな女性にプレゼントして差し上げているようだから、私とはしなくていいんじゃないかしら?そうじゃなくても先代様の宝石もあるのでお構いなく」
私は、テイラーに、貴金属店にこれらの中のロケットの金属を新調するようにお願いした。
「パトリシア……怒ってる?」
ミレーは、私の顔色を窺っている。
「怒ってはいませんが、ミレーのものは、全部私が揃えたいです。ちなみに……そのテーブルにあるペンは?」
私は、チラッと机の上の重厚なペンを見つめる。
ミレーは、明らかに動揺する。
「そ、それは、その、書きやすくて使いやすいからそのまま使わせてもらっていて……」
「気に入って持ち歩いておられますね。もちろんそれを差し上げたメラニー夫人は覚えていらっしゃるようですよ。若かりし頃に差し上げたものをわざわざお使いになるなんて、私のことを忘れていませんと言うメッセージではないか……と」
その瞬間、部屋の温度が下がり、テイラーもマイヤーも侍女たちも最低という目でミレーを見つめる。
「ごめん、パトリシアが嫌な思いをするなら全部捨てるよ。ただ、物に罪はないから勿体無いと思ってしまったんだ。
あと、若い頃は、遊びで色んな人と付き合ってしまった。家に結婚相手を決められるまで遊ぼうと思ってしまって……でもパトリシアに嫌な思いをさせるなつもりはなかった。だって、君はその頃まだ子供で出会ってすらなかったんだから」
わなわな震えて、すぐ捨てるからごめんと繰り返す。
あまりの必死さにおかしくなり、私は頷いた。
「テイラーさんとマイヤーさんの協力をもらってちゃんと処分してくださいね。この家のお金で買うんじゃなくて、私も、ちゃんと自分で稼いでミレーのものをプレゼントしたいんで、もう少し待っていてください」
「稼ぐ?」
ミレーは首を傾げる。
「妻が夫にしてほしいことの90番目は、私が夫のために選んだものを身につけてほしい……ですよ。」
私はそう言って笑った。
◇ (ミレー視点)
「テイラー、マイヤー、何もパトリシアに全部言いつけなくてもいいだろう。本当に過去の女性たちとは、みんなお遊びの関係だと知っているだろう?」
「知っておりますよ。ですが、奥様があまりにも気の毒ですからね……」
マイヤーはジロリと私を睨む。
「そりゃ、配慮がなかったよ。私にとってはペンも物の一つに過ぎなかったし、そのカメオたちなんてみんな同じパターンでプレゼントしてたからさ。気にも留めなかったさ」
リメイクして、侍女みんなが、元カノへのプレゼントをつけることはパトリシアは構わないのか?と首を傾げる。
「とにかくご主人様は、パトリシアに対してだけマメさが足りません。どうでもいい女性こそ、どうでもいい態度ならいいのに、なぜプレゼントするものが、うちの闘犬の首輪とか乗馬の鞍になるのか……それは奥様へのプレゼントになっていません」
そうテイラーはため息をついた。
「あげた時のパトリシアの喜ぶ顔が見たいんだよ。どうも、ドレスとか小物とかは贈っても、自信がないのか受け身になって、微妙な顔になってしまうからね」
社交界に連れ立っても、目立ちたくないのかすぐ壁の花になろうとする。
壁の花になったら、私の噂のせいで寂しい女だと勘違いした男たちが狙ってくるから、絶対目が離せないのに――
女性たちからの会話は、うまくかわしたり、相手を上げることで無難にこなしているようだが、もらったペンのことは可哀想なことをした。
代わりに、パトリシアがテイラーに準備させたペンは、持ち歩くのにおしゃれなものではないが、歴史があるペンの会社のもので、たくさん書いても疲れない実用的なものだった。
「そんなこと言って、お綺麗になる奥様を他の方に見せたくないだけでしょう。先代奥様には申し訳ないけど、磨かなくても綺麗な方っているんだなと思いますからね」
マイヤーは、パトリシアをもっと綺麗に着飾らせたいようだ。
正直、パトリシアは10歳しか離れていなくて良縁と思っているが、私の同年代で、その若さで、貧乏とはいえ伯爵令嬢という身分で、綺麗な顔立ちをした妻は周囲からは羨ましがられる存在だ。
愛人を選んで婚期を遅らせたら、あんな若い可愛い奥さんがついてくるなんていいよなと、周囲からも嫌味を言われる始末。
可愛い妻が可愛いだけでも大変なのに、これに綺麗さを知らしめるなんて……
そう頭を抱える私をテイラーとマイヤーは仁王立ちで睨む。
なんか二人とも……今日は圧が強過ぎないか?
「まあ、パトリシアの本当の綺麗なところは心ですよ。だから、今回は私たちも全面協力したんです」
「うん、もちろん。こんな私を夫として愛してくれる優しい妻なんて……」
そう同意しようとしたら、基本的に表情の変わらないテイラーからため息をつかれた。
「ご主人様、机の二段目の引き出しの思い出の品は……まだパトリシアを悲しませたとしても必要なものですかな?」
「えっ……」
私は、それをどうして知っている……と言いそうになり、マイヤーからも注がれる視線で、二人だけではない、パトリシアも知っていることを悟る。
私は慌てて二段目の引き出しを開け、奥に隠していた箱を開ける。
それは、セラフィーヌと出会ってお互い意識しあった頃にもらった刺繍入りのハンカチだ。
ハンカチも、ハンカチと言えるような良いものではない。
刺繍糸もあちこちピンピン跳ねた糸が見える。
「やり方を教えてくれる人なんていないから見よう見まねでやったの。貴族の令嬢は好きな人に自分の刺繍の品を贈るって聞いたから……ごめんなさい。恥ずかしいわよね」
「そんなことない。セラフィーヌが私のことを一生懸命に考えながら作ってくれた美しいものだ。見た目じゃないよ。その心が嬉しいんだ」
そう、かつて言って、生涯大切にするねと受け取って愛を語らった。
本当に、お世辞にも美しいとは言えない刺繍だったが、ハンカチにはわたしのMの文字が入れられていた。
「そのまま……捨てなかったのか?」
私はわかっている。
これは、今までのものよりよっぽど罪が重い。
最初にパトリシアが怒って捨てて良いものだ。
額から一筋の汗が流れる。
私にとって、セラフィーヌとの恋で一番純粋で楽しかった頃のものだ。
でも、その後、彼女は変わってしまってその頃の純粋さや優しさは全く見られなくなっていった。
だからセラフィーヌとの恋が純粋で良いものだったと思える唯一の証明の品になる。
必死に指に怪我をしながら、私のために刺してくれた。
私だけに贈られる、私だけに向けられた恋情の証だったのだから……
「パトリシアが見つけてしまったのは偶然です。ご主人様の仕事の負担を減らしたいと、ご主人様がいない間に書類仕事をされていまして、その時に――」
「捨ててしまえって言ったんですよ。でも、これは大切な思い出だから良いんだって。その代わり、他のものは全て処分したいから手伝ってくれないかと言われたんです」
マイヤーは、怒りを通り越して涙目になっている。
自分も、これは裏切り行為だったと思って、項垂れた。
「それで、今までのものを全部処分することになった……」
私はそう呟いた。
二人が、今までの元カノからもらったものの断舎離に、全面的に協力していた理由を悟った。
沈黙が落ちる。
「言おうか言わまいか迷ってたんですけどね――」
マイヤーは、テイラーにどうする?と言う顔で確認している。
「なんだ?そこまで言うなら言ってくれ。私が無意識にパトリシアを傷つけている行為があるんだろう?」
私は、焦ってマイヤーに問いかける。
「いえ、傷つくとしたら、今度は坊ちゃまでしょう。だって二度と手に入らないんですから。奥様が、坊ちゃまへのプレゼントで自分の稼いだもので渡すと言っていたのを覚えておられますか?」
マイヤーは、悲しそうな顔をして私を見た。
そう言えば、稼ぐというから、どうやって?と思ったものの、他の話に流されてしまった。
私が傷つく?
「パトリシアは、ご主人様のプレゼントを作っていたんですよ。先代の刺繍糸が余ってないかと聞いてきて、きちんと図案も考えてましたよ。目立ってはいけないけど、見られて恥ずかしくないものを……って考えてましたよ。あの子、昔、刺繍で領地の借金を減らしていたらしくて、腕前がプロ級なんです」
「私にも、ご主人様がもう使わなくなったハンカチや物があれば探して欲しいとおっしゃられて……出来上がったものは、少し見せていただきましたが、見事なものでしたな」
「刺繍?そんなのやっているところ見たことないが……」
私は嫌な予感がして焦りはじめる。
私のために、必死に図案から考えてくれた刺繍たちはどこにある?
「ですから、それを見てパトリシアは言ったんですよ。同じものを思い出には出来ないし、したくないからって……でも、自分の努力で手に入れたものをミレーには贈りたいと、侍女に命じて全て売り払ったんです」
「なんで!なんで止めてくれないんだよ。私のために初めて作ってくれたものだよ。」
私は衝撃で、思わず二人に叫ぶが、自分がまいた種だともう気づいていた。
「か……買い戻そう!全部だ!全部」
そう言ったが、テイラーは渋い顔で首を振った。
「そもそも買い取りたいと高値がつくぐらい素晴らしいんですよ。私も、命じられた侍女から聞いて急いで買い戻そうとしましたよ。でも、すぐ売れたそうです。」
「私もだよ。坊ちゃまに違うものをプレゼントするなら、良い既製品ではないと恥をかくからって。それなりの金額だから、立て替えて私が代わりに買うのも無理だった。それに、奥様がそれを見つけたその日にはもう決断しちゃったんだから……」
そう言って、マイヤーは忌々しそうにセラフィーヌからのプレゼントを睨みつける。
私は、本当に心から愛している人が作ってくれた初めてのものを、自らの失態で手放してしまったことを知る。
「既製品だけど、奥様が頑張って稼いで初めて坊ちゃまのために買ったものをプレゼントするのでしょうから、今度こそそれを大切になさってくださいよ」
そう二人から、冷たい目で見られた私は、力なく頷いた。
そして――
「テイラー、マイヤー、お願いがあるんだ」
私は、二人にお願いを告げた。
◇
「あれっ、ミレー、珍しいですね。二人の寝室でガウンを着ているなんて……」
今日は、結婚して二年だ。
結婚して色々あったし、セラフィーヌ様がいた頃をカウントして良いのかわからないがとにかく結婚二年目。
なんだか、最近新婚生活を始めたばかりのような気がするけど、記念日には違いない。
私は、結婚記念日に贈る初めてのプレゼントにワクワクしていた。
あまり高額なものは買えなかったが、先代からの御用達であるラッシュマダムの息子が新たなブランドを立ち上げるらしく、破格の価格でタイを買うことが出来たのだ。
しかも、まだ店を出してないから、試しに作った一点物だそうだ。黒と白をベースにしつつ、ところどころに金の縁が入っていて、おしゃれなのだ。
きっと、おしゃれなミレーが身につければ、もっとおしゃれに見えるに違いないと、渡すタイミングを見計らっていた。
「パトリシア、今日は結婚記念日だね」
「ふふっ、そうですよ。色々ありましたけどね。あの、これなんですけど、今まで渡したことがなかったでしょう。ミレーは良いものをたくさん持ってますからね。でも、夫の金で夫の物を買うのはなんかしっくりこなかったんですよ……」
そう言って、私はふふっと笑ってプレゼントを差し出した。
「実は、昔、落石がある前は、母と一緒に手作業のものを隣国で売ってお金を稼いでいたことを思い出しましてね。流石に私の名前で売るわけにはいかないから、侍女に頼んでちょいっと売ってもらったら、けっこうな額になって良いものが手に入ったんです。私の腕もバカに出来ないでしょ?」
売ったものは、ミレーの使わなくなったもののいくつかに刺繍を施したり、無難な白ハンカチに施したものだ。
でも、世の中には、買ったものに対して「私が刺繍をしたのよ」と言って、目当ての人に渡す人たちがいるので、それなりにニーズがあるのだろう。
意外と高く売れて、この日に間に合ってよかった。
「……開けていい?」
ミレーは、震えながらそれを受け取り、その目は潤む。
「いいですよ。もう、ミレーったら、開ける前からなんで涙目なんですか?そんなに感激されて、中身を見てガッカリされたら困るんですけど……」
そんなに私のプレゼントが嬉しいのだろうか?
今までもらった歴代のプレゼントも、生まれた時から今まで捨てずに残してあるぐらいだから、すごくプレゼントをもらうことが好きだったのかもしれないわ。
ちょっと、今までのものを捨てさせるのは、かわいそうなことしたかなあ?
だって、手作りはもう一番があるんだから、せめて既製品は私のものを一番にしてほしいじゃないの……
目の前の箱を号泣しながら開けるミレーの涙を、代わりに拭ってあげる。
「ふふっ、私より10歳も歳上なのに子供みたいだわ」
そういうと、ミレーはその涙を拭ってあげた私の手に頬擦りをした後、その震える手で、箱を開けた。
「タイだね……毎日……使うよ。そうしたら……君の優しさを毎日感じられるものね」
「いやですよ。毎日同じものをつけたら私の評判が悪くなります。時々、仲良しアピールしたい時でいいですよ」
私は、タイを抱きしめて、涙ぐむミレーを見つめて大袈裟すぎるわと笑った。
だが、その私の顔を見つめて、ミレーは私に微笑みかける。
「私も……君に……プレゼントがあるんだ。その前に……」
プレゼントと一緒に、箱を持ってきた。
その箱は――私はハッとする。
「ごめんね。セラフィーヌのことは、良き思い出にしようと思っていた。その時に……良かった頃の記憶というのが、これしかなかったんだ。君も知っての通り、私のことを思って純粋な気持ちで私を思ってくれた時期は、この家に来た後はなかったからね」
私は、その箱を開けた時に見える刺繍が入ったハンカチを見て、少しの間目を瞑った。
「それは……ミレーにとって大事なものだわ。本当に大切な思い出を捨てろというほど心は狭くないの。だって、ミレーは、私のことを好きでいてくれることは伝わってくるし、結局、結婚の最初の約束を破ってあなたの妻でいるのは私だし……」
「ちがう!君だって気づいていただろう。この刺繍の入ったハンカチを私に渡した段階で、純粋な気持ちなんかじゃない。これは、明らかに私に自分は貴族の妻になりたいのだということを暗に伝えてきたものだと……」
私は、目を開いて申し訳なさそうに下を向く。
その姿を見て、ごめんと呟き、ミレーは、私の目尻に口付けを落とした。
「これ、私から君にプレゼントなんだ」
それは小さな箱だった。
そっとリボンを緩めて、中身を見る。
「あ……これ……」
そこには、私の「P」のイニシャルの入った刺繍がされているハンカチがあった。
「君を思って、私も初めて刺繍をしてみたんだ。結婚記念日に、どんなものを贈ろうかと考えた時に、君には私の初めてをあげたかった。私は既製品や流行のものばかり人にはプレゼントしてきて、自分が作り上げたものを人に渡したことはなかったから……」
「ミレーが!私に?」
予想もしなかったことに驚き、思わずそのプレゼントをじっと見る。
少し荒さや長さが揃っていないところはあるがとても綺麗に刺繍されている。
「すごいわ!とても上手。作ってたの気づかなかったわ。大切にします」
私は、私にだけ与えられた初めてに、心が弾み、そのハンカチを抱きしめる。
でも――作ったから気づいたのね。
私は不安そうな顔をして、ミレーを見つめると、ミレーも頷いた。
「もちろん刺繍が下手な人もいるだろう。私はマイヤーに教えてもらったから見た目はなんとかなったけど、彼女の刺繍が下手だったのは、見よう見まねだったからかなと最初はそう思った」
ミレーは、セラフィーヌのぼろぼろの刺繍を見て悲しげな顔をした。
私も渋々頷いた。
「ステッチの知識を持っているのに、不自然な下手さなんです。なんていうか、ムラがあるとか凹凸があるとか糸処理が下手ならわかるんですけど……裁縫とか刺繍って、女性が自立できる仕事なので私も孤児院で、慈善事業で教えるんです。だから、分からなかったからというのは考えづらくて……」
でも、ミレーにとって、それは大切な過去の綺麗な思い出なのだ。
それを捨てるようにいうことも、おかしいと伝えることも憚られた。
「うん、私も作ってみて同じことを感じたんだ。かつて、母の活動に付き合った時に、母も子供たちのものに刺繍をしたものをプレゼントしていて、繕い方や刺繍で穴を隠す方法を伝えていたからね」
ここまで下手にするのが難しいよね。
そうミレーは、苦笑いした。
「君にこれを処分するのを見届けてほしい。その上で……今更言えることじゃないんだけど、私のために、初めて好きな人に贈る刺繍をもう一度くれないかな。聞いたんだ……私のための初めての刺繍を売ってこれを買ってくれたって……私は相変わらずの大馬鹿者だよね」
そう言って、セラフィーヌの刺繍を暖炉に投げ込んだ。
「あっ」
思わず私は声を出すが、それは火がつき燃えて灰になっていく。
「仮にセラフィーヌの純粋な想いのものだったとしても、別れた時に決別しなければならないものだった。ズルズル持ち続けて、本当に大切にしたい人に嫌な思いをさせた。すまない」
そうミレーは頭を下げた。
やっと、私のプレゼントを見て涙していた理由がわかった。
ミレーは、過去の終わった執着のせいで、私がミレーのために手をかけて作った初めてのものを永遠に失ったからだ。
「初めては、あげてから初めてになるんだもの。まだ、私はあなたに初めてを贈ってないわ。だから、泣かなくて大丈夫。また一から新しいこの世に一つだけの図案を考えるわね。でも、そのタイも、稼いだお金で初めて好きな男性にプレゼントしたのよ。だからどっちも初めてなの」
そう言って、どちらにも気持ちがこもっていることを告げた。
「パトリシア、愛している。君に私の全てを注ぐから、君も私に全てをちょうだい。初めても、何もかもだ」
そう言って、ミレーは私を抱きしめ、耳から首筋に唇を這わせていく。
そのまま手は、私の太ももから擦り上げるようにやさしく触れ……
止まった。
あれ?
「そうだ!忘れていた」
ミレーはおもむろにガウンを脱ぐ。
今度は驚いて、ひっくり返るのは私だ。
「ミ、ミレー……それなにかしら?」
思わず、指でミレーの覆っているものを指差す。
「パトリシアの夢と希望を叶えてあげようと思ったんだよ。夫とやりたいリスト1位だよね。確かに恥ずかしい気がしたんだけど、なんか引き締まる気持ちもある不思議な紐だよ。」
「紐といえば紐だけど、布じゃないの?みたことないわ」
「東洋にある紐だけのパンツ、まわしだ」
「まわし??」
「男同士この格好で取っ組み合いをするんだってさ。間違いなく紐だけだろう?」
私は、この寝室で二人になりいたたまれない気持ちになる。
確かに、一本でも紐が残ればそれは服……
大切な部分にはそれは巻かれていて、私の紐の服とは何か違う。
だけど、なぜか、堂々とまわしをつけたミレーと二人きりになると恥ずかしいのが私なのはなぜ?
しかも、私の視線はそのまわしの大切なところに一極集中!
「パトリシア、これから夫婦の夜だよね。今まさにその雰囲気になっていたし……」
そのまま、私に近づいてきて手に触れ、そのまわしに手を触れさせる。
「実はね、これ一人でつけることはできなかったんだ。テイラーに必死で締め上げてもらってさ。だから……一人で脱ぐことはできない」
ミレーは、意地悪そうににっこりと微笑み、後ずさる私をだんだんベッドに誘導していく。
「つまりね、君に解いてもらうしかないんだ。でも、君が求めて紐のパンツを着たことだし、夫といっしょにやりたいことなんだから、一緒に協力してくれるよね」
さあ、外して――
そう言われて、私はあわあわとするが、逃げられない。
「ずるい。なんか私だけ恥ずかしい罰ゲームじゃないですか!」
「えーっ、結婚記念日だよ。外さないと、仲良しになれないよ。それとも、パトリシアは私のまわし姿をずっとみつめていたいのかな?それでもいいけど……」
そう言って、ぼそっと耳元に息を吹きかけながら囁く。
「でも、私は君に触れ続けるつもりだよ。スキンシップは大切だからね。どうする?諦めてまわしをとるかい?」
私はボンッと音が鳴ったかと思うぐらい、真っ赤になる。
つまり、二人でスキンシップしたければ、ミレーのまわしをとり、それをしなければ一人でスキンシップされちゃうよと……
「と、とります」
がっくし膝から崩れ落ちると、そこにはミレーのまわしが……
なんか、私が積極的に夜伽をやりたがってるみたいじゃないですか!
私は、真っ赤に羞恥心に耐えながら、そのミレーの固く締め上げたまわしの紐を解き始めた。
《完》




