出立
「羽みたいだ」
窓の外の雪を見て、僕はそんなことを思った。ふわふわと柔らかく舞う雪を見ているとあいつの綺麗な羽を思い出す。僕の話を聞くあいつのきらきらした顔が10年越しに蘇った。何故いなくなったのか、生きているのか死んでいるのかもわからない。ただ、あいつがいなくなってからは、なんというか毎日に物足りなさを感じるようになった。寺の鐘で目を覚まし、鍛錬して働いて食べて寝て。そんな毎日を延々と繰り返していた。
また寺の鐘が鳴った。僕は顔を洗っていつものように木刀を振り始めた。しかししばらく振っているうちに、近くでうめき声がするのに気がついた。声のする方に恐る恐る歩んでいくと、男が1人倒れていた。「おい、大丈夫か!」男のもとに駆け寄ると背中にぽっかり2つの穴が空いており、そこから血がどくどくと流れていた。俺は医学に明るくないがその男が重症であることくらいはわかった。とにかく医者を呼ぼう。そう思って立ち上がった俺の腕を掴んで男は言った。「お、お願いです。わ、たしの命っ、は、どう、なってもかまいません。はぁ、はぁ、ただ1つ、私のっ、ねがいを、はぁ、きいていただけ、ませんっか。このてがみを、おはな、という女に届けてほしいのです。」
俺が返事をするまもなく男は死んだ。
その夜、吉五郎は布団の中で考えた。今朝の男の遺言、叶えてやりたいところだが、だいたい「おはな」という女はこの世にたくさんいる。見た目も教えられないままでは手紙を渡そうにも渡せない。文を読もうと思っても俺は字が読めない。それでもあの男が頭から離れないのは、あの背中の傷であった。あれはきっと羽の跡に違いない。あいつみたいな鳥人間がこの世に他にいるのだ。この「おはな」っていう女を辿ればあいつに会えるかもしれない。
俺は旅立つことを決意した。もともと親も許嫁もいない。この土地に未練があるわけでもなかった。
わずかな銭と水、持てる諸々を持って吉五郎は走り出した。




