第21話『今日から始まるドキドキな寮生活』
いつもより、全身が心地よい感触に包まれて意識が覚醒した。
目を開けると見慣れない天井が広がっている。でも、この心地良さに甘んじることなく体を起こす。
カーテンを軽く――開けることはできず、長ーいカーテンを片面だけザザザッと根気よく端へ寄せた。
視界に飛び込んでくるのは、やはり見慣れない景色。
目線を下ろせば、手入れされた美しい庭が広がっており、目線を上げたら心地良い太陽の日差しと晴れ渡る青空が広がっている。
普通の平日だというのに、とてもゆっくり時間が流れているのではないかと錯覚してしまう。
「なんて優雅な朝なんだ」
と、何を寝ぼけたセリフを吐いているんだ、と自覚はしている。
だがこんなことをしている理由は明確だ。
そう、俺は逃げられない時間の経過から現実逃避するべく、行動の1つ1つを無駄に遅くしている。
なぜなら、これから待ち受けているみんな集まっての朝食タイムを恐れているからだ!
ああわかっている、わかっているさ。どうやっても逃げることなんてできない。
だが、だがしかし。
同じ屋根の下で生活している女子――いや、攻略可能なヒロインたちが俺からアプローチされることを知っているんだぞ。
しかも、地道に頑張って探り探りしていたところ、女神様がネタバレしてくれた。最高に最悪なタイミングで。
ヤバすぎるって、マジで、冗談抜きで。
「はぁ……せめて、着替えだけでも済ませておかないとな」
時間を確認すると、思っていた以上に余裕はない。
若干焦りながら制服に着替え終えると、ちょうどよくドアをノックが部屋に鳴り響いた。
「今出ます」
それにしても早いな、いろいろと。
たしか昨日の会議では、俺専属のメイドさんだけが対応可能という話だった。
ということは、夜が明ける前に専属のメイドさんが決まったということになる。
あれか、元々誰かの専属だった人を担当に回してくれたってことかな。それなら納得。
「お待たせしました」
着替えが終わり、外に出ると可愛らしいピンク髪のメイドさんが居た。
「アルア様の専属として配属されました。これからよろしくお願いします」
「至らないところばかりなので、いろいろと助けてもらう機会が多いですが、こちらこそよろしくお願いします」
「じゃあアルアくんっ、修羅場に行きましょ」
「ん? え?」
「ふふふっ。私、人間界に来ちゃった」
「来ちゃったって、え? どういうことですか?」
「私よ、わ・た・し」
この楽しそうな声色、というか初めてな感じが全くしない……も、もしかして。
「女神様ですか……?」
「大正解っ」
「えっ――」
「だーめ」
女神様は僕の唇に指を当て、言葉を遮った。
「こんなところで叫んだら、また大変な騒ぎになっちゃうよ」
昨日の会議を思い出し、あまりにもその通りすぎて無言のままゆっくり小さく頷いた。
でも状況を完全に理解できたわけではない。
1歩後ろへ退き、指から逃れる。
「さすがに質問したいので、部屋の中に入ってください」
「いいわよ」
扉が閉まったことを確認し、声量を抑えつつ疑問を投げかける。
「いろいろ聞きたいですけど。まずは、本当に女神様なのですか?」
「ええそうよ。転生させてあげた本人であり、ずっと見ていたわ」
「転生……じゃあ俺はあっちの世界で死んだのですね」
「残念ながら」
この事実を、どう受け入れたらいいものか。
未練があるのか、と問われたら正直わからない。
やりたいことは沢山あったけど、泣き叫ぶほど欲していたものはなく。
心残りがあるとすれば、両親へ「親不孝でごめん」と伝えられないことぐらいか。
「魔法が得意じゃないこともわかるし、他のヒロインは知らない寝顔だって知ってるわよ」
「ただの覗きじゃないですか」
「ち・な・み・に。興味があったからお風呂の時間も覗いちゃったっ」
「思春期男子の全裸姿を覗き見るって正気ですか?」
「目を見開いて隅々まで観察させてもらったわ」
神様相手に法律なんて通用しないし、そもそもこの世界では俺の常識は意味を為さないだろう。
でも、だ。
わけもわからず覗かれるなんて恥ずかしすぎるでしょ!
ああ、顔が熱くなってきた!
「でもでも。遊んでいたゲームの世界に転生できたことは嬉しかったでしょ? それが対価ということで」
「それは、まあ。全く知らない世界ではなかったので不安は少なかったです」
「しかも美少女が勢揃い。楽園だよね?」
今すぐ跪いて感謝を告げなさい、と言わんばかりに胸を張って鼻を鳴らす女神様。
前世では叶わない状況だったことは間違いないから、土下座してでも感謝を告げることに抵抗はないが……。
「もう少し魔法の才能を授けていただけることはできませんか?」
「そればかりは努力してね」
「くっ……」
「でも苦労は理解できるわよ。知っている世界とは言え、ほとんど知らないわけだし」
「そうですよ。しかも各ヒロインがアプローチされることを知ってるってハードモードすぎません?」
「ふっふっふっ」
女神様は急に顎を触りながらニヤリと笑みを浮かべるものだから、さすがに困惑を隠せず表情に出てしまう。
「ちゃんと予習復習したから、言葉の意味はわかるわよ」
「な、なんのですか?」
「【ハードモード】――これは難易度のことよね。でもそれはゲームの話。今回使われた意味としては、用語そのままに攻略難易度がってことだよね」
「は、はい」
なんとなく発しただけど、こうして解説されるとむず痒くなってしまう。
と同時に、ゲームを嗜まない人には伝わらない事実を学び、気を付けていこうと思――違う違う、そうだけどそうじゃない!
「そんなことよりも、これからどうするんですか」
「どう、とは?」
「人間の世界に神様が居る、という事実と、立ち回りについてですよ」
「あ~。1つ目に関しては大丈夫。後任の女神が頑張ってくれるから」
「仕事だったんですか」
「そうでもあるし、そうでもない」
「言葉遊びは勘弁してください」
「とりあえず大丈夫ということよ。立ち回りについてかぁ~、それに関してはあんまり決めてないかな」
「え」
女神様は、てへぺろっとウインクと舌をちょっと出してアピールをしてきた。
「難しく考えなくても、状況が勝手に見方をしてくれているから大丈夫じゃない?」
その言葉に昨晩の話が蘇る。
俺と直接的なやり取りをしていいのは、専属の執事またはメイドのみ。
身の回りの手伝いが主な仕事だろうけど、誰かの目と耳を盗む必要がないことは事実だ。
納得しちゃいけないような気もするが、上手く行きそうな感じがして腑に落ちてしまう。
「た、たしかに」
「でしょ?」
「こちらとしても、諸々の事情を把握している人が近くに居てくれると助かるのは事実です」
「だよねぇ~。楽園かつハーレムと言っても、誰も知らない土地で生活するって寂しいものね」
「そう……ですね」
「わかるわかる。何人も見てきたから寄り添ってあげられるよ」
本音かわからないけど、目を閉じながら肩をトントンと叩かれる。
実際に俺を転生させてくれたわけだし、なんならゲームの内容まで把握してくれているのだから理解はしてくれているのだと思う。
いやいやいや、冷静に考えている場合じゃない。
「残りの話は後にしましょう」
「あ、いけないいけない。そうね」
「最後に名前だけ教えてください」
「私のことはヴィスって読んでね」
「一応、今後の助力を期待しても?」
「うーん――時と場合によるわね。だって、あなたと彼女たちのやり取りを楽しむことが最優先事項だから」
「……わかりました。これからよろしくお願いします」
あくまでも傍観者を貫き、俺がドギマギする様子を堪能しつつ、恋愛模様を楽しみたい――ということですか。
まあ……文句は言えまい。
俺もゲームを遊んでいたときに抱いていた期待感そのまま、ということなのだろう。
「じゃあ、行きますか」
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