第14話『放課後は穏やかに時間が流れる?』
今日の授業が全部終わった。
「明日は一緒にラーメンでもたこ焼きでも行こうね」
「ああ、楽しみにしている」
先に帰るネモーネに手を振り、俺は座ったまま天井を眺める。
単純に慣れない授業内容を頭に叩き込むだけではなく、体を動かしたりしながら魔法を実践し続けた。
それだけではなく、もはや初めての場所や風景を前に新鮮さはあったけどいろんな出会いのおかげで別の気を遣った気がする。
全部が嬉しい出会いだったから、全然いいんだけど。
「ふぅー……」
そういうしているうちに、クラスメイトのほとんどが教室から帰路についていく。
じゃあ俺も、と思いはするけど、この世界の初日をちょっとでも満喫したい。
どうせ帰路でイベントがあるわけじゃないし、ちょっとぐらい休憩していてもいいよな。
思い返せば、俺はこの世界について本当に何も知らなかった。
ゲームをプレイして、イベントを攻略していってヒロインとゴールインしかやっていなかったから、それはそうと言えばそうなんだけど。
もう少し世界観について詳しく読み込んでいたり楽しんでいたら、この状況も少しは違っていたのかもしれない。
なんて、今更後悔しても意味はないけどな。
こうしてゆっくりと流れる時間も、遊んでいるときは離席したら時間が進むことはなかった。
穏やかな空気感がなかったし、イスに座る軽いお尻の痛さも、クッション性を求めてしまうほど痛い背もたれを感じることもなかった。
「アルア君が残っているなんて、珍しいね」
「ん?」
背後からの声に振り返ると、2席後ろに黒髪サラサラロングな美少女が座っていた。
今日はやけに振り返る日だな、と思いつつ、またしても誰かわからない。
同じ教室に居るんだし、クラスメイトでは合っている……はず。
でもなんていうか、物凄く和服が似合う日本人っぽい雰囲気を感じる。
落ち着きがあるというか風情があるというか。いや違うか。どこか落ち着きを感じてしまうのは、勝手に俺が懐かしく思っているだけなんだろう。
なんせゲーム内に転生したら、本当の日本を感じることはできないと思っていたから。
「なんだか今日は疲れたというか、でもそれが心地良いというか」
「見ていたからわかるよ。どの授業でも楽しそうだったね」
「まあたしかに楽しかった」
「でも提出物を忘れるのはダメよ? 先生に迷惑をかけちゃうから」
「反省してるよ」
と、ここまでの会話で話し方まで落ち着いた口調で、ザ・大和撫子な彼女はクラスメイトということが確定した。
そして何を思ってか、席を立ったかと思えば窓の方へ歩き始め――ガバッと窓を開けた。
「うちはこの時間が好き」
風になびく髪はサラサラと流れ、そこから漂ってくる匂いは爽やかな花の香りだ。
「誰も居ない教室が?」
「うん。日常から非日常に変わる瞬間でもあり、それが一番わかりやすい場所だから」
「まあそれはそうかも」
「アルア君こそ珍しく教室に残っていると思ったら、天井なんか眺めちゃって。うちと同じく何かに浸っていたんじゃないの?」
「その通り」
まるで心の中を覗かれている感じがして怖いけど、事実そうだし、後ろから全部見られていたのなら言い訳のしようがない。
しかも理由はわからないけど、話しやすいというか抵抗なく同じ時間を共有できるというか。
同じ日本人の雰囲気を感じるからなのだろうか、それとも俺が転生する前に築いていた関係性が関係しているのかも?
俺と同じく平凡な主人公という設定だったけど、思っている以上に周りの人間と話をしていたことになる。
物語の進行には関係ないとはいえ、そこら辺の設定というか立ち位置はもっとゲームをプレイしていくうえで知らせて欲しかった。
「アサギ・カナ。うちの名前、もうそろそろ憶えてくれた?」
「え――あ、ああ。カナ、ね。うん憶えたよ」
「本当に?」
「本当本当」
あっぶねー、そしてよかったぁ。
自分から名前を教えてくれると助かるわけだけど、今回の出だしは少し変だな。
何度も間違えた感じのやり取りをしないと、今みたいな名乗り方はしないはず。
転生前の俺は、カナに対して凄い失礼なことをしていたのでは?
「まあでも、アルア君が何度も間違えてくれる度に名乗り続けていたおかげで、クラスの雰囲気に馴染めたというか名前を覚えてもらったから怒ってないよ」
「それはよかった」
ほほう?
どういう経緯でそうなったかはわからないけど、上手にやっていたってことで合ってる?
アサギ・カナ――という名は、たしかにゲーム内では珍しい響きというか名前というか。
日本人的に考えたら違和感のない名前だけど、外国の名前が一般的なゲームでは結果的に珍しいだけじゃなく、周りの人も呼びにくい名前だったのだろう。
気を利かせて立ち回っていたであろう主人公、結構やるじゃん。
話の内容がそのままだったら、カナは本当に怒っていないように見える。
表情は穏やかだし、口調も丁寧で聞き取りやすいし、感情も逆立っていないようにも――裏のことじゃなければ、だが。
「アルア君って、いつも何を考えているかわからなかったけど。でも今日、ちょっとだけわかった気がする」
「そう?」
「そうよ。いつも誰に対しても分け隔てなく接していて、誰に対しても平等で、誰とでも話すことができる。でもいつも1人って、おかしいじゃない?」
その発言には驚いた。
ゲームキャラを客観的に見たことがなかったけど、言われてみたらその通りすぎる。
どんな日常も平然と過ごし、誰に対しても選択するだけで会話が進むし、困難もそつなくこなす。
それを第三者目線で見たら、なんでもかんでも上手く話を進めることもできて知り合いも多そうなのに、いつも誰かと一緒に居ることはない。
現に隣席のネモーネという人物でさえ、ゲーム1週目では名前と顔を知らずにクリアすることができた。
「それなのに、今日はアルア君らしくなく孤独を満喫しているような、いつもみたいな日常とは違った体験をして疲れているような、そんな感じに見えた」
「実際にいろいろあったしな」
と、俺はサラッと言い訳を伝えてみたけど、血の気が一気に引いていく感覚に襲われた。
この世界に転生した事実を誰かに把握されたとしても、たぶん問題はないと思う。
でも、今までのアルスターフォード・アルアという人物が、別人となっていることを知られると、どうなるかはわからない。
女神様の話から推測するに、もはやそれすらも攻略対象となっているヒロインたちは把握している可能性もあるし、それを承知のうえでアプローチされることを知っている可能性もある。
「ねえアルア君、この後に用事はある?」
「いや、後は帰るだけだよ」
「そう。だったら途中まで一緒に帰らない?」
「え」
「嫌だったかしら」
「全然そんなことはない」
むしろ大歓迎すぎて目を見開いてしまった。
こんなラッキーイベントがあっていいのか?
ゲームの世界では、ミセルと一緒に帰るイベントは何回もあるが――こ、これがゲームでは味わうことができない日常生活の中に潜むリアルイベントというやつ?!
テンション爆上がりしてきて空回りしないようにしなければ。
「じゃあ、行きましょうか」




