とある引きこもりが異世界に娯楽を広めるまで。
もしも、異世界転生できたなら。
チート能力を手に入れられたなら。
魔王を倒して、勇者になれたなら。
――そんな夢みたいな話、あるわけがない。
私ことミラは、引きこもりのまま異世界に放り込まれて、まずそれを思い知った。
魔法はある。魔物もいる。
胸ときめく勇者も、魔王という存在も、ちゃんといる。
でも、それでも。
人は、“娯楽“がなければ生きていけない。
それなのに、この世界には。
(娯楽が、ないのですがぁああ!?)
本がない。カードゲームもない。美味しいご飯もスイーツもない。
つまり、娯楽がない。
暇つぶしという概念が、致命的に欠けている。
確かに、引きこもり時代見ていたアニメやラノベを思い出してみると、主人公やその仲間は日々魔物との戦いに明け暮れていた。
娯楽なんか知るかッ、とばかりに。
このままじゃ、私は何かを成す前に暇死にする。
だから決めた。
この異世界で、娯楽を作る。
暇死に回避するために。
***
「転生して、ここにきてしまったのだろう。
可哀想な貴殿には契約という題で一つ願いを叶えてやれ、と言われている」
ミラに向けて同情するような表情を浮かべてそう言ったのは、羊のような耳を持つ優男だった。
「きっと、混乱していることだろう。まずは、簡単にこの世界について説明しよう」
そこからミラが聞かされた話は、引きこもり時代に読んでいたラノベや漫画の世界と少し異なっていた。
この世界には、神ほどの力を持つ十種族がいるらしい。目の前にいる羊耳の男イグナもその内の一種族の長を務めているという。
そして、その十種族は空に浮く島々“空島”に住んでいるのだそうだ。地上に住む者達との格の差を見せつけるために。
そして、ミラにとって一番衝撃的だったことは、人々は雑魚魔物を倒すという快感ゲームを楽しんでいるということだ。
それ以外に娯楽がない、だから命懸けの魔物を倒す旅に出る定番のRPGゲームをしているのだ。
「娯楽が…ない」
ミラに勇者だの魔物だの関係ない。
チート能力付きで転生したから、魔王を倒そうとも微塵も思わない。
緊張と怪しさで口を開いていなかったミラはそう小さく呟いた。
選択肢はない。
娯楽がないなんて、死ねと言っているようなものだ。
「契約って……暇死に回避に役立ちまひゅかっ?」 (噛んだ……)
涙目でそんなことを考えるミラを横目に、男―イグナは考えると、やがて小さく息を吐いた。
「……なるほど。暇死に回避とな、契約は成立だ。まずは私の住む空島に住んでもらおう」
話はとんとん拍子に進んでいき、男ーイグナの住む空島に連れて行ってもらえることとなった。
そんなの住む場所を貰えるのだ。ミラには大歓迎すべきことだった。
***
部屋の中央には、丸くて大きな赤い絨毯。
その上に足の短いテーブルが置かれ、壁際には簡素なベッドがひとつ。
先ほど、イグナにもらったミラ専用の部屋だ。
ミラは中央に置かれたテーブルに、イグナに用意してもらった書き心地の悪い紙を広げ、日本人特有の正座をして、羽根ペンを片手に唸っていた。
引きこもりからのチート能力(一応)付き異世界転生を果たし、
(チート能力と言っても、攻撃特化魔法・最強核撃魔法で、娯楽作りを目指しているミラにとってはゴミ同然なのだが)
そして、神ほどの力を持つという権力者に拾われた。 条件だけ見れば、悪くない。
……悪くないはずなのだが。
「あの料理文化からして、今後に期待できません…」
ついさっき口にした食事を思い出し、ミラは深く溜息をついた。
焼いて、塩をぱらっと振りかけただけの肉の塊。
特別な日だけなら、我慢できる。
だが、それが“毎日”となると話は別だ。
……飽きる。普通に考えて飽きるだろ。
ミラは頭を抱え、そのまま床に転がって悶絶した。
「暇死に回避のため…そして私の肥えまくった舌のために…クッキー、クッキーを早く作らねばならないのにっ」
果たして、この娯楽ゼロの世界に砂糖やバター、小麦粉は存在するのだろうか。
あの料理文化のこの世界に。
「で、でも……とにかく聞くしかないでふっ」
ミラは勢いよく立ち上がり、ぎゅっと決意の拳を握りしめた。
行動しないより、行動する方が絶対に得だろう。
(……とはいえ、今日はもう頭は使えません)
白紙のままの紙から目を逸らし、ミラは何も考えないことに決めた。
引きこもり歴が長いミラは知っている。
無理に考えても、良い案が出ない時は出ない。
ミラはそのままベッドにぼふんっと倒れ込み、毛布を肩まで引き上げる。
ふわりとした温かさに包まれ、意識はすぐに遠のいていった。
ミラはこれからのことは、これから考えればいいですよ、そんな投げやりなことを考えつつ、
「おやしゅみ……私の娯楽…待ってて…」
と小さく呟くと、深い眠りについた。
そう呟いたその夜。
オッドアイの転生者ミラはまだ知らない。
これから、自分が“娯楽ゼロの世界”に 最初の一撃を叩き込むことになるということを。
***
翌日。
ミラは意を決して、イグナの元を訪ねた。
早朝に、必死に描いた小麦粉や砂糖にバターのイラストを手に。
「イ、イグナ様っ。ここに、小麦粉とバターと砂糖って……ありまひゅかっ?」
どうせ「何だ、それは」と言われる。
そう思い身をすくめながらも、絵を描いた紙見せる。
だが――
「ああ。あるが、それがどうかしたか?……もしや娯楽作りに役立ちそうか?」
その言葉に、ミラは勢いよく顔を上げた。
「ほ、本当ですかっ!?役立ちまふっ!こんな世界にもあって…よかったぁ……」
思わず、心の底から安堵がこぼれる。
あんな食文化のこの世界にも、ちゃんとあったのだ。
「“こんな世界”とは…」
イグナは苦笑しつつも、約束してくれた。
「必要な分を用意しよう」
そして、イグナはミラをこれまでの雰囲気から一変してどこか落ち着きなげに言う。 …歯切りが悪い。
「だから、そのだな。その娯楽を私に一番最初に楽しませて…くれまいか?」
お金を請求されまいか、と怪訝な顔をしていたミラは、その言葉を聞くと、
「はいっ。わかりまひたっ」
噛みつつも、嬉しそうに小さく笑って返した。
(きょ、今日は大進歩でひゅっ。この世界に材料があるとわかった上に、手に入れられるように手配してくれるなんて…)
イグナ様は会ったばかりの私のために、仕事を増やすとは何ていい人なのだろう、とミラは思った。
***
イグナと約束して数日が経ち、周囲にミラが馴染み始めた頃。
最近は、この世界について学ぶようになっていた。
「ここの族長様――
私がお仕えしている方が、その十種族の一つ、羊族の長イグナ・ホルンなんです」
そう説明しながら、教師役の小さな羊は、小さく尻尾を揺らした。
ミラは少しだけ身を乗り出して、挙手する。
「話が変わるんですけど、いいですか?」
「はい、どうぞ」
許可が出た瞬間、ミラの目が輝く。
「ここの名産ってなんですかっ?」
教師役は、少し考え込む素振りを見せると答えた。
「えっと、小麦やバターにミルクですね」
「なるほどっ」
ミラは小さく頷いた。
「砂糖は星詠み族、苺は鳥族というのが有名ですね」
教師役は、そう続けた。
そして、教師役は壁に掛かった時計へちらりと視線をやり、軽く手を叩く。
「では、そろそろ今日の勉強は終わりにしましょう」
「はーい。ありがとうございまひた」
――最後、しっかり噛んだ。
渡された資料を抱きしめて、壁に付いた窓から差してくる日が明るく照らす渡り廊下を渡る。
そして、ふと横を見ると綺麗な装飾が施された鏡が掛けられていた。
そこに写るのは、十歳ほどのオッドアイの目立つ美少女だった。
(むぅっ。この世界にきてロリロリ呼ばれていましたし、わかっていましたとも。また子供に戻ってしまったことはっ)
はた、とミラの歩みが止まる。
とある仮説を思いついたからだ。
(これは、転生した時に若返ったりオッドアイになったりしたってことなんでしょうか?)
***
数時間後、イグナに材料が手に入ったぞと教えてもらい、うきうきでキッチンに向かった
ミラは、今はキッチンの一角で腕を組み、真剣な顔で材料を見ていた。
「小麦粉、バター、砂糖……」
一つひとつ指を折りながら確認する。
「よし。最低限はそろってまひゅ」
石造りの簡素な調理台。
見慣れない器具ばかりだが、焼いて混ぜる――やること自体は変わらない。
(文明レベルが低くても、やり方は変わらないです)
ミラは袖をまくり、気合いを入れると木べらを手に持った。
バターを木べらで潰し、砂糖を混ぜる。
最初は重く、次第に滑らかになっていく感触。
そして、次は小麦粉を少しずつ加えていく。
粉が舞い、くしゃみが出そうになるのを必死でこらえつつ呻く。
「くっ……こ、ここでくしゃみはダメでふっ…!」
隣で見ていた、イグナもくしゅんぷしっと可愛らしいくしゃみをしている。
小麦に悪戦苦闘しつつも、生地がまとまり、ほどよい固さになった。
それを薄く伸ばし、適当に丸く成形する。
「見た目は……よし」
ミラは、大きく息を吸うと整形したクッキーに手を突きつける。
(ここが今回の戦いの山場ですっ)
「フレア」
ミラが少し不安の混じった声で小さく詠唱すると、
ぼっとミラの手のひらから小さな火の玉が放たれる。それはクッキーにぶつかり、こんがりと焼き目を作った。
最近、魔法も教えてもらい始めたミラはクッキー作りに役立つからと火魔法を特に熱心に勉強していたのだ。火力調節もばっちりだった。
やがて、甘く香ばしい匂いが広がってくる。
(よ、良かったぁ。失敗しませんでした)
「……できました」
焼き上がったクッキーを見て、ミラは小さく息を呑んだ。
こんがりとしたきつね色の生地に焼き色。
力を入れれば、さくっと割れそうな厚み。
「はぁあああ……!最っ高でふっ」
ミラは小さく飛び跳ねて、喜ぶ。
クッキーが、クッキーが、自分の命綱が確保できたのだ。飛び跳ねて喜んでしまうのも無理はないと思う。
その時、近くで見ていたイグナが口を開く。
「一つ、頂いてもいいか?」
「はい。そういう約束でふし」
イグナは、細い指でクッキーを摘むと齧った。
「おぉ。美味しいな。革命でもできそうだ」
そう褒めちぎられて、ミラは頬を掻く。
「革命はさすがに……ですが、苺があればもっと…」
その言葉に、イグナの耳が反応する。
「苺か?苺なら鳥族の名産だな。最近行く予定もあったことだし。交渉しに行くか」
思ってもない幸運に、ミラは目を輝かせる。
「ひゃ、ひゃい!行きましょう、行きましょう………って、え?交渉?」
***
ーー数日後。
ミラとイグナは、鳥族の住む空島にきていた。
「ここが、鳥族の住む場所だ」
霊峰の中腹――雲より少し下の高さに、中心にある大木が印象的な鳥族の里はあった。
石畳の道の両脇には色鮮やかな屋台がずらりと並び、香ばしい匂いと客引きの声が飛び交う。
絵本の挿絵にありそうな、柔らかい朱色のレンガの家も可愛らしい。
ミラは周囲を見回した。
「……あ、あの……ほんとに…人、多すぎでは……? ひゃっ、ちょ、ぶつかるっ」
ミラはあまりの賑わいに身を縮こませる。
そして、隣のイグナを見上げた。
「あぁ。仮面族に星詠族も来ているな」
イグナも答えながらも、周囲に視線を巡らせる。
「私は近くに贔屓の店がある。せっかくなので寄ろうと思うが……ミラ」
そう言うと、イグナはミラの手に少し重たい銀貨を2枚にぎらせた。
「30分後、ここで落ち合おう。好きな物を買ってくれて構わない。大抵のものは買えるはずだ」
そう言うとマントを翻し、イグナは狭い路地の奥へと姿を消した。
ミラはざわめく人波の真ん中に取り残され、おろおろし始める。
(……へあうっ!?普通こういうの、子ども置いて行ったら駄目では……?
ああもう……ミラ単独任務、開始ってことですか?)
胸が人混みにきゅっと縮むけど、同時にお買い物に気分が上がる。
ドライフルーツ店に、服屋さん、肉料理店。
(ドライフルーツ……なるほど。クッキーのバリエーションを増やすのに使えます……これは有用、ですっ!)
そう思い、ミラがドライフルーツ店に足を向けた時だったーー
「おい。コイツなんか良いじゃねェか? 一人でウロチョロしてるなんて最高のカモだぜ」
「おう。ラッキーだったな」
その言葉と共に、ミラは首根っこを掴まれひょいと宙に浮いた。
「ふみゃっ!? ちょ、ちょっとぉおお!? 離しなひゃいってばぁあ!!」
ミラが黒髪を逆立てて、威嚇しても何のその。
後ろの2人組みはケタケタと笑っている。
「これは雇い主も喜ぶぜ?」
(誘拐イベントなんて望んでませんよっ。あと、ロリっ子呼ばわりしましたね?こんのぉクソジジイっ)
ミラが慌てていると、後ろから皮肉っぽい声が聞こえてきた。
「君たち。そのガキも一応この里にきた客なんだ。手出ししないでもらいたい」
その声に、ミラの威嚇にも微塵も動じなかった2人はヒィッと引きつった悲鳴をあげ、ミラをパッと手放した。
「カラシア様っ!?」
「いかにも。鳥族の長カラシアとは、僕だよ。……もう一度言うが、君たちも客だ。迷惑行為はやめていただきたい」
目を細め、鋭く睨むようにカラシアが言う。
ここで許せば、悪評が流れるし、鳥族が軽く見られる。
当然と言えば当然だ――と、ミラは他人事のように考えていた。
(人型の鴉って感じでふっ。あと本物のトリ頭…)
助けてもらったばかりなのに、失礼な感想が浮かぶ。
「あっ、ありがとうございまふ…カ、カラシア様?……いや“さん”?……いや、どうしましょう?」
ミラは妙なところで悩み、語尾が迷子になる。
カラシアは嫌そうに眉をひそめた。
「僕はガキと時間の浪費が嫌いだ。今回は特別に孤児院にでも連れて行ってやる」
その言葉にミラはぽかんと瞬きをし、首をかしげる。
「へあっ!?私はイグナ様の契約者ですので、孤児院行きは結構……でふ」
ミラは噛んだ恥ずかしさで耳まで赤くしながら肩を震わせる。
カラシアは、は?と思わず零した。
「イグナの契約者?アイツ契約なんてことしたんだな。驚きだ」
カラシアは、ミラのしどろもどろな話を聞いてそう呟いた。
そこでー
「カラシア殿……? と、とと、と唐突ですが、私と交渉しませんかっ?」
呼び方も定まらないまま、ミラは緊張で噛みつつ切り出した。
これは賭けだった。
カラシアは一瞬、ミラを見た。
その視線は冷たく、値踏みするようで――
「……話を聞いていたか?
僕は時間の浪費が嫌いだ。ガキと交渉などしない」
吐き捨てるような声。
「ガキだからって……」
ミラは言いかけて、口を閉じた。
そして、ふっと不敵に笑う。
「でしたら――
“交渉しよう”って言わせて差し上げますよ」
その瞬間。
「……なっ」
カラシアの目が、わずかに見開かれた。
「……しかし、お前は。
あの言葉を言わないのだな」
自分の言ったことに気づき、気まずそうにこほんとカラシアは咳払いをした。
「……?」
ミラが怪訝そうに首を傾げる間に、カラシアはふっと視線を逸らす。
「……いや、いいんだ」
そして背を向けた。
「できるものなら、やってみろ」
身を翻し、去っていくカラシアの背が角を曲がり見えなくなった。
ミラは、そこで表情を一変させて顔を顰めた。
「だぁれがガキじゃ。このトリ頭が」
そして、ミラも近くの店の商品の物色を始めた。
***
「交渉、失敗しました」
むすっとそう報告したミラを、イグナは呆れたような目で見た。
ここは宿舎。
ふかふかのベッドと、磨き込まれた調度品が並ぶ部屋だ。
ミラはテーブルに置かれていたクッキーをひょいと摘み、口に放り込む。
そして、うっとりと目を細めた。
「クッキーの美味しさを知らないから、交渉しないなどとぬかすのですよ」
サクッとした食感。
バターの香りと、優しい甘さ。
色合いまで含めて完璧だと、ミラは熱弁する。
その様子を見て、イグナは深くため息をついた。
「……なぜ、私を待たなかったのだ?」
権力も、信頼も、財も、交渉術もある。
彼を通せば、話はもっと簡単だっただろう。
「はっ。その手がありましたかっ」
今さら気づいたように、ミラはぽんっと手を打った。
***
カラシア邸の仕事部屋。
壁一面に本棚が並び、中央には赤い絨毯。
その上に置かれた机に向かい、カラシアは椅子に深く腰掛けていた。
紙と向かい合い、ひとつ溜息を落とす。
「……交渉、か」
苦々しく呟き、ふるふると首を振る。
過去を振り払うように。
「最近は“氷の番人”が目覚めてしまった。
こんなことで意識を逸らしている場合ではない」
里で最も強い者。
その自分が戦いに集中できなければ、里は終わる。
――長としての自覚。
それが、彼の胸に残った苦い記憶と、
あの黒髪のガキの言葉を、無理やり押し流した。
***
『緊急。緊急事態発生。
氷の番人の襲撃を確認。
戦闘可能な者は、直ちに迎撃に向かってください』
その言葉に、イグナと話していたミラの黒髪が逆立つ。
(氷の番人の襲撃っ!?)
「氷の番人が目覚めたかっ。カラシアはそちらに向かうだろう…私はここに残り皆を守る方が良いか?」
ぼそりと真剣に呟くイグナを見て、ミラの胸も強敵の登場にどくんどくんと鳴る。
「私は、ここに残り里の者達を守る。貴殿は、カラシアの援護を頼む」
「へあうっ!?ここここ、氷の番人なんて如何にも強そうな…」
そう言って、断ろうとするミラにイグナは真剣な眼差しを向けて説得する。
「貴殿にしか頼めないことなのだ。そなたの転生特典をヤツに見舞ってくれ!」
そんなことを言われたら、断れないたちなのがミラである。
「あぁああっ。わかりましたっ。氷の番人とやらを倒してきますよっ」
さっとマントを羽織り、壁に立て掛けておいた自分の身長と同じくらいの杖を手に持つ。
さっきこの里で買った杖だ。
「行ってきます。最後の砦を頼みますよっ!」
ミラはマントを翻し、部屋を出ると敵の出現に小さく胸を高鳴らせた。
(転生したら、一度は強敵と戦ってみたいものですよねっ……冗談抜きで、死んだら終わりですけど)
***
里は完全に混乱に陥っていた。
あちらこちらから、悲鳴や絶望の声が聞こえてくる。
「氷の番人だって?あんなのが襲撃してきただなんて死んじまう」
「一体どうなるんだッ!?」
「カラシア様が出撃するらしいぞ。それに羊族の長イグナ様もいらっしゃるっ」
あっちこっちに逃げ惑う人々の隙間を、揉みくちゃにされながらもミラは進む。
(私が、苺のためにこの里を守らなければ!)
***
雪を乗せた強風が吹き、背の高い木が大きく揺れている。
鼻に乗った雪を落として、ミラは白い息を吐き出す。
「頂上まで、あと少しです」
空には黒い雲がのしかかっている。
——まるで、この山そのものが怒っているかのようだった。
時折ぴかりと光って見えるのは、雷が落ちているからだろうか。 敵に近づいている感じがする。
「貴様に負ければこの里は終わる、んだっ」
そんな言葉が上から聞こえてきた。
ミラがハッと見上げると、そこには超巨大な四角いブロックで構成されたゴーレムと人型のカラスーーカラシアがいた。
「か、カラシア…しゃんっ!?」
その声にカラシアはちらりと横目でミラを見ると、焦ったような顔をした。
「ガキがこんなところにくるなッ!死ぬぞっ」
「いえ。私は助けにきたんですっ」
弓の柄で敵の攻撃に応戦していたカラシアは、さっと敵から距離を置き、怒鳴った。
「足手まといだ。それとも、あ”?コイツと戦うのかッ?」
「た、たた戦いま…ひゅっ!」
噛んでしまったが別にいい。今は戦いにだけ集中しないと。
ミラは、近くに転がっていた石を投げてみた。
しかし、氷の装甲が軋む音がしたが、砕ける気配はなかった。
ゴーレムが氷の礫を飛ばしたりしてミラ達を攻撃する。
「おい、ガキっ。コイツを倒すんだろう?」
そこで空中で一回転し、ゴーレムの氷の礫を避けつつカラシアが言う。
「混合攻撃だっ!」
混合攻撃ーー二人が自身の攻撃を仲間と組み合わせ、さらに強力な一撃にすることだ。
「ひゃいっ!」
ミラが敵に向けて杖を構えると、自然と頭の中に詠唱すべき呪文が流れてきた。 ミラは口を開く。
「天を貫きし星の槍よ。世界を灰燼に返す我が絶大なる力よ」
(こ、ここここれじゃあ例の病の人間みたいでふっ)
内心愚痴りつつも、詠唱に専念する。
カラシアが詠唱中のミラにゴーレムが攻撃しないように上手く立ち回っているのがミラの視界の端に映る。
「愛しき我が核撃魔法…」
カラシアが素早くミラの側により、敵の攻撃に備えて弓を構える。
(戦い方なんて知らないのに、次がわかるっ)
周りの空気が大きく揺れ、地響きが鳴る。
「《星核穿つ滅槍》」
ミラの詠唱が、終わった。
空が鳴り、分厚い雲が引き裂かれ、宙に浮かぶ巨大な槍が、その姿を現した。
空気が歪み、震える。例えるなら、そう地震のようだった。
ーーズガンッ。
落ちた。
星核穿つ滅槍が、一直線に、恐るべき速度で――
ゴーレムの胸部へと叩き込まれた。
―――ガガァァンッ!!
衝撃が、山を揺らす。
爆風に弾き飛ばされそうになる身体を、ミラは必死に踏みとどまった。
その直後。
カラシアの放った何十本、いや何百本もの矢が、弧を描いて舞い上がり、雨のように敵に降り注ぐ。
矢は、槍が穿った傷口へと正確に吸い込まれていきー
ゴーレムの巨体が、内部から砕け散り始めた。
槍と矢の嵐が止み、 砕け散った氷と岩が、雪煙となってゆっくりと落ちていく。
「……や、やった……?」
ミラは、杖を握る手の震えを抑えながら、そう呟いた。
チート魔法の必殺の一撃だ。
最初の頃は、娯楽作りに役立つかなぁとか思っていたが、しっかりと役立ってくれた。
ミラは魔力切れを起こして、めまいと眠気でおぼつかない足取りでカラシアを振り向く。
「霊峰に巣食う、アイスゴーレム討伐、ですっ」
噛まずに、噛まずに言えました、とどこかズレたところに喜びつつもミラは笑う。
「ありがとうございます」
その途端、強い眠気にミラは襲われた。
魔力切れを起こしたのだ。
ふらり、とミラは蹌踉めくと地面に崩れた。
視界の隅から徐々に、墨が広がるかのように黒く染まっていった。
***
ーーあの事件から数日 イグナ邸にて。
ミラは自室で、苺クッキーに舌鼓を打っていた。
苺ジャムをどぼどぼと入れた甘ったるい紅茶を啜る。その甘さに、甘党のミラでも少し顔を顰めた。
そして、ゆっくりと机の上に置かれた手紙を手に取り、封を切る。
ーー《爆裂》殿へ
先日は、有意義な取り引き真に感謝する。
美味なる苺クッキーなるものも、皆で楽しませてもらった。
これからも、良き付き合いをお願いする。
鳥族長カラシアより
それを読んだミラは、小さく笑った。
やっぱり簡潔に言いたいことをまとめた手紙で、カラシアさんらしいな、という意味で。
そして、ミラはあの大魔法ステラ・デストラクションを放ったからか二つ名を授かったのだ。
《爆裂》のミラという。
窓から明るい陽の光が差し込んできて、ミラの顔を照らす。
「ミラ。昼ご飯の準備ができたぞ」
イグナが、呼ぶ声が聞こえてくる。
「はいっ、今行きまふっゅ!」
盛大に噛みつつも、ミラは元気よく返事をして廊下を小走りに食堂へ向かう。
大きめの食堂の扉を開けると、忙しなく料理を運んで準備をする羊人と、何故か鳥族達がいた。
「カラシアしゃん達っ!?どうしてここへ?」
「今夜、パーティがあるのを忘れたのか?早めに着てしまっただけだ」
カラシアが、ふんっといつものような高慢な態度でそう返す。
そんな光景を見て、ミラはやっぱりこの世界に転生してよかった、と心の底から思った。
そこで、ふと地球で世話になった人たちのことを思い出した。
(な、なら。伝わらないだろうけど、みなさんに手紙を書きましょうか。……心の中で)
この世界にきて、早一ヶ月経ちました。
周りにとても良くしてもらい、ついに苺クッキーが作れました。
死んでご迷惑をかけましたが、わいわい賑やかな仲間達と今は新しい人生をとっても楽しんでいます。
ありがとう。
ミラより
「どうした?固まっているが」
イグナが不思議そうに尋ねてくる。
「何でもないですよ」
ミラは、そう言って笑うと椅子に座った。
***
二ヶ月前 とある寺にて。
小雪が振る寒い冬。
「これっ」
コートを着込んだミラは、おみくじを引いていた。
そして引いたおみくじを、開いて読む。
「えっと、凶ではありません大吉です…?こんな書き方するおみくじ初めて見たんだけど」
読み進めていくと、
「えっと。仲間を大切に?要らないように感じる強さも案外必要だったり……へぇ?」
占いを読んで、ミラは小さく溢す。
仲間、か。
将来良い仲間は見つかるのだろうか。
響いた時空を流れ星のような槍のような物が通った気がした。
読んでくださり、本当にありがとうございます!
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