恋が終わった再確認
彼女と別れたあと、友人たちは妙に優しくなった。
飲みに誘ってくれたり、しつこいくらい「次はもっといい子見つかるよ」と言ってくれたり。
けど、ある日その中のひとりがふと笑いながら言ったんだ。
「でもさ、お前の元カノ、よく見たらたいして可愛くなかったよな」
その瞬間、俺は、心のどこかで何かが軋む音を聞いた。
たしかに、彼女は雑誌のモデルみたいなタイプじゃなかった。
鼻は少し丸かったし、眉の形もどこか不揃いだった。
でも、笑うとその全部がやわらかくほどけて、
一緒にいるとそれが世界でいちばん自然な顔に思えた。
好きだったときの俺は、彼女の顔の「整い」なんか一度も気にしてなかった。
むしろ、その丸みとか不揃いが、彼女そのものの輪郭を作ってた。
だから、別れたあとに「たいして可愛くない」と言われても、
俺にはどうしてもその言葉が嘘くさく聞こえる。
それは、彼女の顔の評価じゃなくて、
「お前、もうあの恋から抜け出しただろ?」っていう確認みたいに感じる。
まるで、彼女を貶すことで俺を慰めようとしてる。
でもそんな言葉じゃ、慰めにもならないんだ。
俺が恋してたのは、顔の良し悪しじゃなくて、
そこに浮かんでた「優しさ」とか「照れ」とか、
そういう目に見えない部分だったから。
たぶん、人は別れたあと、自分の感情を整理するために相手を「下げる」。
「性格が悪かった」とか「冷たかった」とか、
それならまだ分かる。
一緒に過ごす中で相手の本性を見たとか、
お互いのズレを痛感したとか、そういうのは現実だ。
だけど、容姿を批判するのは、
まるで「自分が選んだこと」を否定したくて仕方ないみたいに見える。
だって、好きだった頃に「可愛い」って言ってたのは、
嘘じゃなかったはずだ。
あの時は本気でそう思ってた。
その瞬間の感情まで全部なかったことにして、
今さら「可愛くなかった」なんて言葉で塗りつぶすのは、
自分の心の履歴を汚す行為にしか見えない。
俺は別れてからも、たまに彼女の笑顔を思い出す。
それは未練とかそういうものじゃなくて、
単に記憶の中の風景として残ってる。
駅のホームで風に髪を持っていかれて、
それを手で押さえながら笑ってた姿とか。
あのときの光景は、容姿なんかじゃなくて「温度」だ。
思い出すたびに胸の奥が少しあたたかくなる。
それを誰かに「可愛くなかった」なんて言われたくない。
俺の記憶の中では、ちゃんと彼女は美しい。
たぶん、それでいい。
恋って、多分そういうものなんだと思う。
好きだった時間があるなら、その人を下げる必要なんてない。
悪かったところも、嫌いになった理由も、
どれだけあっても、
「好きだった」という一点の記憶は嘘じゃない。
それを守るのは、もう誰のためでもなく、
自分の心のためだ。
だから俺は、彼女のことを悪く言わない。
もう連絡も取らないし、もう会うこともないけど、
誰かに「可愛くなかったよな」と笑われたときは、
ただ静かに笑ってこう言う。
「いや、俺は好きだったよ」
それだけ言えれば、もう十分だ。




