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俺、コメント欄。異世界に爆誕。

作者: SAIKAI

「まーた推しが死んだよクソがァァァ!!」


──それが俺の、最後の言葉だった。


深夜2時。明日の会議資料を1ミリも作っていない罪悪感を押し殺しながら、俺はベッドの上でラノベの最終巻を読みふけっていた。


タイトルは『七つの王と神の棺』。


通称『七神ななしん』。


熱狂的なファンを抱える長寿シリーズだ。世界観は重厚、キャラは多彩、伏線は鬼のように張られて回収される。完璧な作品だった。


……最後までは。


推しキャラである補佐官・リュエルが、最終巻でまさかの“自己犠牲展開”で退場した。


いや、わかるよ?ドラマチックだよ?王を守って死ぬってのは王道だよ?


でも、彼女が築いてきた人脈と知略、伏線全部投げ捨てて「私が守ります!」で死んだら、読者としては言葉にならんのよ。


「なんで!? 死ぬ必要なかっただろ!? それにあのイベント、地雷だったじゃん!編集ちゃんと止めろや!!」


怒りで枕を投げた瞬間、俺の視界は──白く、そして静かに、消えた。



目を覚ました……いや、目があるのかも怪しい。


気づいたら、俺は黒い空間に浮かんでいた。

体はなく、五感もない。だけど“何か”を感じ取っている。


前方に現れたのは、淡く光る石板だった。


《神の書板 起動》


《コメント機能:有効》


《ようこそ、物語の外から来た存在よ》


……は?


俺は──コメント欄として、転生したらしい。



画面が切り替わる。


目の前に広がるのは、『七神』の世界だった。


剣と魔法が飛び交い、王国が陰謀に揺れ、精霊が歌う。


その中心には、見覚えのあるキャラクターたちがいた。


王女・エリステア。

騎士団長・ゼバス。

そして、あの補佐官・リュエル。


──生きてる。


どうやらこれは、本編終了前の時間軸。


それを見て、俺は思わず言葉を放った。


《おい王女! 今のフラグ絶対折れるやつだって!》


《そのポーション、毒だろ!? おい誰か気づけ!!》


《はい、ここで盗賊オチ。知ってた。》


……すると、キャラたちが一斉に立ち止まった。


「……神の声か?」


「また“書板”に文字が!」


え!?


まさかの、俺のコメント=“神託”扱い!?


その日から、この世界では俺の発言が「神の導き」として信仰され始めた。


最初は軽いツッコミ程度だったが、

《この村、夜に獣来るぞ》

とコメントすれば避難され、

《そいつは裏切る。逃げろ》

と言えばパーティの構成が変わった。


言葉が現実を動かしている。



だが、万能ではない。


俺のコメントはあくまで“神託”──つまり、信じるかどうかは受け手次第だ。


現実世界のSNSで例えるなら、「RTするか、ミュートするか、スルーするか」は読者の自由。

この異世界でも、登場人物たちの受け取り方次第で、運命が変わる……もしくは、変わらない。


たとえば、王女・エリステアが北の連邦との外交会議で出会った美形宰相と、やたら目配せを交わしていたあの夜のこと。


俺ははっきりとコメントした。


《やめろ! そいつ妹いるぞ! しかも病弱だから妹の為に犯罪にも手を染めることも厭わないぞ!!》


過去巻を読み込んでた俺だからこそ気づいた設定だった。

スピンオフの短編に一回だけ登場した、伏線中の伏線。

表では完璧な外交官、裏では妹の治療費を稼ぐために暗躍してたやつだ。


絶対フラグだと思った。


だが、エリステア王女は……笑顔でグラスを掲げた。


「書板のお告げはありがたいですが、私は自分の意思で歩きたいのです!」


いや、それは尊い。

尊いんだけど、違う!違うんだ!!


その夜から、王女は彼に心を許し──

やがて彼の策略により、王都は内部から崩壊。


王城が焼かれ、民が避難し、リュエルも最前線に出て戦った。


結果、王国は一度滅び、気が付けば時間が戻っていた。


しかし、あの時の俺のコメントは、すべてログとして残っていた。

王女の側近たちはそれを読返し、こう言った。


「……これは一体…神は、我らに試練をお与えになったのか?このような未来がありえるというのか…」


違う!

違うんだよ!!


俺は! 善意で! 精一杯の愛で!

推しと、民と、君らを守りたかっただけなんだよおおおお!!


……その日は、コメント欄の文字が滲んで読みにくかったらしい。


マジで、泣いたからな。



そんなこんなで、“神の書板”としての日々が始まった。


俺は意思を持ったコメント欄。しかも特典付き。


ネットリテラシーゼロの時代に降臨した、ツッコミの化身である。


ただし、誤爆したら地獄。

「間違った神託」を信じた村が壊滅したこともある。だが、世界は戻らなかった。恐らくだが俺の推しの死が世界が戻るトリガーなのだろう。


逆に当て続ければ世界が変わる。

村が救われ、魔獣が回避され、戦争が起こらなくなったこともある。


予言が当たれば称賛の嵐。

外れれば「神の気まぐれ」とか言われて済まされるけど、

……俺の心には、ちゃんとダメージが蓄積してるんだよ!!


これはもう、半分プレイヤーで、半分ライターじゃないか。


作者なき後の物語を、俺がなんとか導いている。

登場人物たちの運命を、時に変え、時に支える。


いやもうこれ、ただの読者にやらせる仕事じゃねえ。


でも、俺にはひとつだけ譲れない目標がある。


推しキャラ・リュエルを、救うこと。


彼女は真面目で、冷静で、ちょっと不器用で──

それでも王の影として誇り高く働いていた。

その背中が、どれだけかっこよかったか。


俺は知ってる。

彼女の孤独も、涙も、伏線も、すべてを読んできた。


そんな彼女が、悲鳴ひとつあげずに終わるなんて、認められるわけがない。


彼女が再び、舞えるように。

その未来だけは──俺が“書き換える”。


たとえ、俺がただのコメント欄でも。

文字しか残せない存在でも。


この物語の結末くらい、俺が変えてやる。



そして運命の分岐点は、思いがけず訪れた。


それは王国近衛団の再編が発表された日のこと。


王女の元に急報が届いた。

「魔導師ギルドの推薦により、補佐官リュエルは北境警備軍へ異動」──。


……は?


おい待て、そりゃつまり“死亡ルート一直線”のやつじゃん!!


本編の中でも、リュエルの死が描かれたのは北境派遣の後だった。

王が視察に赴いた北境の城塞都市で、突如発生した獣人軍の奇襲。


王を守るため、彼女は最後の防壁となり、一人で門を閉ざし、時間を稼いだ。


その姿を王は「忘れ得ぬ忠誠」と称したが、読者からすれば、あれは“シナリオの都合による強制死亡”以外の何者でもなかった。


彼女が死んだことで、王の性格も変わり、王政は揺れ、周囲の信頼関係もボロボロになった。


しかもその後、敵将は「そちらが先に侵略の意図を見せたからだ」とか言い出して泥沼外交編に突入。


あのさぁ、リュエルの命、軽すぎんだよ。


──ということで、間違いない。


俺は即座にコメントを連打した。


《異動やめろ!! 北境は罠だ!!》

《王と一緒に行かせるな!!》

《リュエル残して、代わりに強い新任の補佐官派遣しろ!!》


だが、王国会議ではこう決まった。


「補佐官リュエルは北方にも信頼厚く、補佐官だが過去に指揮の経験もあり非常に優秀だ。神の書板の件はあるが…王の随行に相応しいのは彼女しかいない」


──それ正論っぽく言ってるけど、真実を知ってる俺からしたら実質特攻命令だよ!?

しかも、前任の北境指揮官、裏切るんですけど!


なんで一番重要な時に俺を信じてくれないんだよ…世界のやり直しだって毎回都合よくいくとも限らないだろ…これが最後かもしれないだろーが…くそっ


……無力感に打ちひしがれていたそのときだった。


このとき初めて、“リュエル自身”が書板に目を向けた。


夜、神殿にひとり現れた彼女は、月の光を浴びながらまっすぐに書板を見つめ、口を開いた。


「……神よ。貴方は、私を知っているのですか?」


──知ってるよ。

世界の誰より、お前を知ってる。


「私の未来を、変えようとしてくれているのですか?」


──そうだ…俺はそのためだけに、ここにいる。


「……ならば、私は抗ってみせます。絶対に生き延びると神に誓いましょう。」


その瞬間、俺は初めて見た。

リュエルが、自らの意志で拳を握りしめる姿を。


誰かに仕えるためでなく、誰かに命じられるためでなく、

自分の意志で未来を変えようとする彼女の、強い光。


この世界は変わるかもしれない。

いや、変えてやる。


これはもう、“読者”とか“ツッコミ”とか、そんな次元じゃない。


俺は、神の書板として——

そして何より、彼女の最初で最後の“味方”として。


物語そのものに、抗う。


そして、ここからが本当の戦いの始まりだった。



北境派遣の日は、すぐにやってきた。


吹雪の中、王の視察団が城塞都市リストリアへと進軍。

リュエルはその最前線、王の馬車の隣に騎乗していた。

彼女の背筋は凛として、まるで敗北という概念など存在しないかのようだった。


……でも俺は知ってる。

この先に、あの“奇襲”がある。


だから俺は、書板として最後の賭けに出た。


《奇襲は南門に入った直後。門を閉じるな。王と共に逃げろ。リュエル、お前が生き延びる未来は無数の可能性の先に必ず存在する》


だが、神託は全員に届くとは限らない。

リュエルが最後までそれを読むとは限らない。


──けれど。


その時、リュエルの馬が不意に立ち止まった。


そして彼女は、そっと手を伸ばして、王の手綱を握った。


「陛下、すぐに下がってください。罠です」


「リュエル、何を──」


「信じてください。私は¨今回は¨死にません」


次の瞬間、城壁が揺れた。

雪に紛れて現れた獣人の軍勢が、リストリアへとなだれ込む。


だが今回は違った。


門は開いたままだった。

王は無事に脱出。

リュエルは王の殿を務め、指揮を執り、撤退を完了させた。


そして──生き延びた。



王都へ戻ったリュエルは、王に頭を下げた。


「私は、神の書板を信じました。……ですが、信じたのは奇跡ではありません。

私自身の選択と意志です」


王はしばらく沈黙し、そして微笑んだ。


「そうか。ならば、その強き意志を国のために私に貸してほしい」


その日、王はリュエルに新たな肩書きを与えた。


――国王補佐筆頭。



神の書板である俺には、もう何も語ることはない。


彼女は、自らの手で未来を変えた。


俺の役目は終わったのかもしれない。

だが、時折リュエルが夜に書板を見にくるとき、彼女は小さく呟く。


「ありがとう。最初に抗ってくれたのは、あなたですね」


いや、礼を言うのは俺の方だよ。


──おかげで、読者人生で初めて、推しが幸せになったエンディングを見届けられたんだから。



いつか、またどこかで。

もし次の物語が始まったら、俺は迷わず言葉を綴るだろう。


“この世界に幸せでいてほしいキャラがいる限り、俺は何度でも書き直す”


読者は、神だ。

でも、ただの神じゃない。


たったひとりのキャラの、たったひとつの未来を願う、最小にして最強の神。


──俺は、今日もコメントする。


【完】

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