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第二次魔王討伐  作者: りおちんちん
路地裏のシャルンホルスト編
8/12

無駄な生命

 面白い話があるというから、つい柄にもなく期待してしまったけれど、その内容が仕事絡みということで一気に萎えてしまった。


 そりゃそうだ。いまは平日の朝、時計の針が昼を過ぎるのにもまだ少し遠い。どいつもこいつも自分の肉体や精神を安売りして日銭を稼ぐことに必死な時間だ。


 タマリもそう。もとは書類上にだけ存在していた無人の朽ち果てた会社を元手に、あっという間に商売を広げて、まだ子供のうちから働き者の才女として名を馳せていた。


 タマリは、たとえオレが相手でも仕事にはうるさい。


 気が付いたら、タマリの会社で働かされていたオレが仕事を軽視どころか、ほとんど無視していることをかなり根に持っているらしいのは、今回の件も含めて重々承知した。


 まあ、そういう性分もあり、会社そのものはかなり繁盛している。タマリが手掛けているのは民間の傭兵会社で、この大陸では路地裏の死体と同じくらい普遍的なものだ。


 会社としての傭兵は軍隊と同じ給料制が一般的だが。ウチの会社は完全な歩合制となっており、あくまで会社が提供するのは所属する傭兵への仕事の斡旋のみ。対するクライアントには必要な数の傭兵を派遣し、契約金は全て会社が受け取る。


 そして、仕事をやり遂げて生き残った傭兵にだけ報酬を与え、死んだ傭兵には一銭も払わない。日頃からほとんど人件費も掛からないし、死ぬ傭兵が多いほど会社としては儲かるわけだから、他の会社が躊躇うような危険極まりない仕事を独占して死んだら自己責任という形で処理してしまう。


 全く。こんな血も涙もない合理的すぎる商売を思いつくのは誰にでもできるが、それを平気でやり通すのがタマリの才能だった。


 とにかく、戦争が起これば起こるほど儲かるのには違いない。エルフ帝国と魔王軍という二匹の巨獣が倒れ、パワーバランスの空白によって引き起こされた諸国の紛争は、大陸のあちこちで止まるところを知らない状況なのだ。


 そうしてオレと交尾しているときと同じぐらい、熱心に仕事話を説いているうちに雨はすっかり上がっており、タマリは札束をひとつテーブルに置いて足早に酒場を出て行った。


 そのときのタマリの顔ときたら。すでに仕事と結婚しているような、それはそれは気持ちの良い笑顔をしていた気がする。


 どれだけタマリが賢い女でも、獣人という種族の類に漏れず、どこか単純で憎めない性格と腹から下のモフモフ具合が獣人娘の魅力なのだ。


 ちなみに、まだオレの隣に座って黙々とステーキを喰らっているミカ。一応は、オレと同じタマリの会社所属の傭兵にして――タマリが言うには――泥棒ネコのミカにも、あの硬くてマズいパンが別れの挨拶代わりに置いてあった。


 ちょうど今朝も食べたものだ。わざわざ、こんな食べ物とは名ばかりのエサを買いに行った記憶がないと思っていたら、ミカの給料だったらしい。


 カネではなく、食べ物を直に与えられるだなんて、ゴミ町暮らしのオレたちにはこれ以上なくお似合いの褒美である。


 しかし、そんなにミカのことが嫌いなら、大陸中の刑務所から引っ張ってきた傭兵と同じ片道切符の仕事を与えて死に追いやればいいのに。


 そう考えたこともあったが、やはり竿姉妹の似た者同士だし、これもタマリなりの優しさなのだと最近になって納得した。


「で、どう思う」


「・・・ん?」


 タマリが完全に去ったのを確認してからオレが声をかけると、ミカは慣れない手付きでまだ大振りのステーキと格闘していた。


 普段、継母にイジメられている童話の主人公よろしく精進料理ばかり食べているせいか、まともなものを食べるのが下手になってしまっている。


 しかも本物の牛肉とはいえ、しょせんは辺境に届く雑多な冷凍品。ぶよぶよとして切りにくい脂肪ばかりで赤身の少ない安物だから余計に食べ辛いのだ。


 おそらくは、タマリも安物と見抜いていただろうが、意外にもテーブルに届いた瞬間に平らげてしまっていた。獣人だから肉には目がないというか、単純に腹を空かせていたから毒さえなければ関係ないのだろう。


 あとで余計なお世話と殴られるかもしれないが、どうにも見ていられず、オレは自分のフォークとナイフを使ってミカが喰うステーキを空中で切ってやった。


「美味い?」


 ミカはしばらくオレの目を見て考え込んでから、結局、何も言わなかった。


 要するに、美味いのだ。最低でもマズいとは感じなかったはずだ。もしそうなら、もっと露骨に不機嫌になるはずだし、またオレの足を踏み潰していたに違いない。


 そのまま、もちゃもちゃと一分ほど。ミカは虫歯の恐ろしさを知らされた子供みたいに、夢中で肉を噛み砕き、ごくんと景気の良い音を立てて飲み込んだ。


 ただ、肉とか精のつくものを喰えば胃は満たされるが、普通の食べ物から大量の魔力を得ることはできない。


 それでも、何も食べないよりはずっとマシだろう。実際、子宮が渇いて一時はオレに自ら交尾を仕掛けそうになるほど飢えていたが、ここでこうして手当たり次第に喰いまくり、少しは小生意気な態度を取り戻したように見える。


 ミカとしては、タマリに奢られたのを嬉しく思わないだろうが、背に腹は代えられないとばかりにテーブルの上の料理を残らず食べてしまった。


 ミカはもう魔力なくして生きられない魔女の身体なのだ。普通の食事と同様、魔力を定期的に摂取しなければ死の危険すらある。


 また痩せ我慢でもして魔力が切れれば倒れて、オレに付きまとうこともできなくなる。そうなれば元も子もない。


 そうやって付かず離れず、口さえ開けばミカに存在を否定されているオレとしては複雑の極みだけども。せっかくの驕りだし、きょうくらいは大目に見るべきだろう。


「どう思うって、あのデカい獣女の話?」


「そうそう。てか、一応・・・社長なんだけども」


「ふうん」


 下手にタマリの名前を言うと、ミカが本気で不機嫌になりそうな気配を感じたので、オレもしつこくは言わなかった。


 エルフと魔族の仲が悪いのは昔からだが。エルフと獣人は現在進行形で特に仲が悪い。エルフの帝国が滅びる前から獣人は本質的に反抗的だったし、この大陸で最も肥沃な旧エルフ領の南部を支配しているのも獣人である。


 エルフの手先のミカと、獣人のタマリ。ある意味、この関係は代理戦争とも言えよう。


 そのタマリが先ほど話題にしていた面白い話。当のオレより、横にいたミカが興味深く聞いていた先の話とは。ずばり、エルフのことであった。


「この街にエルフがいる。それだけのこと。何も面白くない」


「そりゃまあ、オレっていう魔王もいるわけだし。エルフのひとりやふたり、そこらにいてもおかしくないよな。お前が毎日お祈りしてる相手なんだから、なんか聞いてないの?」


「さあ」


 そう言ってミカは、最寄りの壁に大きく縁取られた窓の方を見る。どちらかといえば、窓のの外の雨上がりの景色を眺めているというより、その先にある何かを見つめていると言った方が正しい。


 ぱっと見るかぎりでは、何の変哲もない腐敗と貧困と下品な文化の数々。つまり、この街の醜い現実が広がっているようにしか見えないが、その腐りきった景色のあちこちに高濃度の魔力が天まで続く柱のように立ち上っているのがオレには分かる。


 それは魔力を多く有する魔女か、魔族か。ただの魔力溜まりかもしれないけれど、このうちのどれかは、ウワサに聞くエルフの体内から溢れている波動なのだろう。


 エルフは古来から現人神を自称し、その魔力を操る高度な業によって、本当に神の理にも逆らうようなことをやってのけてきた歴史がある。


 この夏手前の暑い日に汗ひとつ掻かず、真昼間の街中で誰にも気付かれずに溶け込み、それを何時間も何日も一歩も動かずに続けるぐらいは平然と実現させかねない。


 エルフの恐ろしさとは、魔法という魔法と、あらゆる夢物語や不可能を叶える知識や技術による魔法。その二つの魔法を自分たちだけで独占していることだった。


「あ、わりい。トイレ」


「・・・ついてく」


 これが普通の男女なら、もう子供じゃないのよと笑い話にもできる。でも、オレがミカにそんなことを言えば、肘鉄ならぬ骨砕きのエルボーを喰らわされていた。


 こういう関係を続けて十年と半ぐらいだし、いまさら出るものの大小を問わず、うっかり玉袋の奥から尿道を通って魔力が飛び出そうが関係ない。ミカがトイレの個室まで入ってきてオレの股ぐらをじいっと凝視し、きちんと出し尽くして紙で拭いてから、ツメの中や指と指の間も石鹸を使ってよく洗うところまで監視される。


 もうお互い処女でも童貞でもないし、なんなら子供まで作ってしまった仲なわけで、もはやそれが当たり前となっていた。


「先行って見てきて」


「へえへえ」


 この大陸には知らない人も多いと思うけれど、トイレというものは男用と女用で二つに分けられている。男は男用に、女は女用にといった具合だ。


 どっちに入ったって同じだとオレは思うが、ミカはオレがタマリをはじめ他の女と接触するのを生理的に嫌がるから、基本は男の方のトイレで用を足すことになる。


 その際、オレを監視するために、ミカも続いて男用トイレに入るわけだが。ミカは逆に、自分がオレ以外の男と会うのも極端に嫌がるのだ。


 全く心底、面倒臭いかぎりの女だとオレもつくづく思うけれど、自分で自分の頭を撃ち抜いて自殺して何もかも終わりにする覚悟が持てないかぎりは、ミカに従うしか選択肢はない。


 そんなワガママほうけのミカの要求を満たすべく、まずはオレが先に入ってトイレの中に誰もいないのを確認した後、ミカを呼んで一緒に個室に入る。


 そうしたら、あとはもう出すだけだし、それまでの辛抱だった。


「うーん」


 さすがは町一番の高級店なだけあって、狭い割に掃除は行き届いている。どこの店でも掃除は店員がやるから表面上の綺麗ぐらいは珍しくないが、この街には行政という概念が存在しないから、ひどいところは汚水が逆流して店の中まで糞尿のニオイが蔓延するのだ。


 ここはそういうこともなく、いわゆる普通の水準が保たれていた。


 さすがに壁や床の抗菌タイルは黒ずんで剥がれ落ちている箇所もあり、経年劣化が著しいものの、古い見た目に反して上品な感じがするのはバラの香りの消臭剤のおかげだろう。


 格付けとしては、Bのマイナスを与えてもいい。


「ねえ、まだ? 早くして」


「わーってるよ。ったく、もー」


 外から聞こえるミカの声は明らかにイラついていた。


 さっきの暴飲暴食でわずかながら補充されたと思われる魔力がすでに消費され、ミカの心と身体がまた不安定になっているのかもしれない。


 あとで怒られて殴られて、少し前は交尾までせがまれて玉袋の中身を搾り上げられていたのは他でもないオレである。


 無理もない。女は子宮が魔力に満たされていると、一番強い麻薬の三千倍は精神が高揚すると言われているが、飢えたときの禁断症状も相応に激しい苦痛に襲われるという。


 魔女などにとっては、生きるために魔力を摂取し続けるわけで、その依存性と危険性は魔力が猛毒と呼ばれるほどに深刻なのだ。


 今度は、魔力に飢えたミカに生きたまま喰われるかもしれないし、どう飾っても汚いものは汚いトイレにオレだって長居したくはない。


 剥き出しの特徴的な形をした小便器は誰も使ってないし、残るは奥に二つある個室を確認するだけ。オレは、自分の長い髪が床につかないよう雑にまとめて片手で持ち上げながら、個室のドアの隙間から中の様子を窺った。


 こういうとき、ミカみたいに髪を結べれば楽なのだが。今度、ミカの髪留めを借りてみてもいいかもしれない。そうするとまた厄介なことになりそうな予感がするし、そもそも、個室をノックすれば済む話だと素人は思うだろう。


 この死の街において、トイレは大使館と同じ完全な密室である。中で何が起きても多くの場合は外に漏れないし、誰も気にしない。せいぜい、掃除をする店員や業者として雇われた奴隷がこっそり片付けて何も無かったことにするだけだ。


 だから、閉め切られている個室は、だいたい死体が占領している。とっくに見慣れてしまったが、いま、オレの眼前にもドアの隙間から見える二人分の足が見えていた。

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