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第二次魔王討伐  作者: りおちんちん
路地裏のシャルンホルスト編
7/12

ひととき

 オレとミカはこの街で静かに目立たないように暮らし、やがて訪れる――ミカはそう信じているし、そのうちオレも確信するに至った――審判の時。すなわち、ミカの手でオレを殺す日まで穏やかに過ごすことが我々の至上の目的となっている。


 友人もいなければ、家族もいない。ついでに、どうせ殺されるのに苦労して生き続ける意味があるのか、おそらくは誰にも分からないだろう。


 そういう中で、タマリはオレとミカの両方を知る唯一といってもよい人物である。


 同時に、物理的にも精神的にも強靭な獣人娘としてミカと対峙し、信念をもって無慈悲に冷徹に、その存在をこけおろすことができる稀有な女であった。


「ていうか、キナコくんさ、きょうも普通にお仕事のはずだよねえ。ウチの方針としては、雨が降ろうが雪が降ろうが、放射性の魔力が降ろうが。地雷踏んで足が吹き飛ぼうが、這ってでも働けっていつも言ってるじゃん。遅刻も厳禁なのになあ。タマちゃんの言うこと聞かないキナコくんは普通に嫌いだよ? あー、キナコくん早く死なないかなあ」


 もうひとつ言っておくと、タマリの人を殺す言葉遣いは、なにもミカだけに向けられるものではない。暴力や加虐性質など、獣人としての本能が人一倍に旺盛な性格を隠すために、綺麗な服を着て、取って付けたような気品で醜い本性をごまかしている。


 そういう元の性格は簡単に抑えられるものではない。オレの玉袋の魔力からくる激しい肉欲衝動と同じ。タマリはオレを含めて、周りにいる全員を喰い殺しかねない気持ちの高鳴りを必死にこらえているのをオレは知っていた。


 タマリも女である。女という動物は誰もが秘密を有していて、それを知った者、知ろうとする者は排除しようとするものだ。


 つまり、古典的手段によって相手を殺戮し、証拠は下水に投げ捨てる。この街では殺しなんてよくあることだし、なおさら、その手の行為が推奨されているのもあってか、街の用水路にいつも死体が浮いているのもそのせいだろう。


 女の機嫌を損ねたら生きていけないのは、どこの世界でも同じなのだ。


 そうした女の肉欲と暴力に巻き込まれて下水道に流されずに済んでいるのは、オレの死期がすでに決まっているらしいというのもあるが。


 誰よりも巨大で重い乳と、支配欲にも似た愛でオレの全身を包み込むタマリに表立って逆らわないかぎりは、少なくとも秘密を理由に喰い殺されることはない。


 まあ、別の意味で喰われて玉袋の中身を搾り取られた回数は数え切れないが、ミカもいるこの場で口に出すことではなかった。


「もー、ウソだってば。タマちゃんがキナコくんに、そんなこと思うわけないじゃん。だって二人は愛し合ってるんだよお。恋人だからね」


「・・・チッ」


 その瞬間、ぽわぽわとして無邪気なかぎりであった偽りの表情は消え失せ、タマリの本来である血も涙もない獣のそれに変わった。


 一応、言っておくが、さっきの舌打ちはオレが発したものではない。獣の耳と鋭い感覚を持つタマリもそれは承知している。縦に並んだ複乳でオレの身体を締め上げながら、ぎらりと光る縦長の瞳孔でミカを見つめているのは、そういうことだ。


 というより、タマリという全長二メートル超えのデカいオオカミが獲物を眼前に捉え、まさに飛びかかろうとしているようにしか見えない。


 ぐるるる、と腹の底から機嫌の悪そうなかぎりの威嚇音まで垂れ流す有様で、もはや血を見ずには済まないだろう。


 全くもって女は面倒臭い、手間ばかりかかる動物なのである。


「社長。あのさ」


「タマリ。もしくは、タマちゃんね。恋人なんだから」


 そう言ってオレを見るタマリの顔は、いつもの作り笑いに戻っていた。


 獣人といえど、身体が大きいのは主に筋肉量が多分なのであって、脂肪は胸と尻に集中している。腹回りにぜい肉がだらしなくこびりついているのは、子供のころから出産を繰り返してきた名残り。


 だから、まだ十代でくたびれたブタ女房のような肉付きをしている身体の上に、しゅっと締まった細い顔をして快活なショートカットの髪でいるタマリは、普通に可愛らしい年頃の女子だった。


 ただ、オレたちは世間一般の恋人とは少し違う。


 というか、これは相変わらず、さっきからオレに何か言いたそうな顔でガンくれているミカにも言えることだが。


 我々は、信頼と実績が積み重なった肉体関係があるだけで愛情など存在しない。肉欲が止まるところを知らない魔族で魔王のオレと、年中発情期を持て余している獣人娘のタマリ。もはや交尾が挨拶代わりになってしまい、子供は山ほど産まれるし、この灰色の関係を恋だと思い込んでいる女たちが勝手にオレを巡って殺し合う。


 全く。考えるだけで嫌になる。つくづく、オレは罪な男だと思い知らされるのだ。


「じゃあ、タマリ。ちょっとカネ貸してくれ」


「んー、彼女の顔を見るなり無心なんて。キナコくんのそういうクズのヒモっぷり、最高に魔族らしいよねえ。ま、そこが好きなんだけどお。いくら?」


「小銭でいいよ」


「まあ、きょうはやけに謙虚だねえ。ご褒美に、そこの臭い人間女の分は別にして、きょうのデート代はタマちゃんが立て替えとくよお」


 タマリは、その大きな手でオレの頭を加減知らずに撫でまわしてから、これまた高そうな白いバッグの中から新品の札束を取り出した。


 ちゃんとした都会なら、金持ちはなんでも電子会計で終わらせるのだろうが、ここは辺境の悪名高いゴミ山のスラム街。郷に入っては郷なのだろう。


 最悪、カネすら取り扱わずに物々交換が原則という展開も多いここでは、クレジットカードではなく、札束を持ち歩くのがタマリのような金持ちのやり方だ。


 買い物のときはそれでもいいが、いまのオレは酒場の脇に置かれているアーケードゲームを遊びたい。一回プレイにつき、銅貨一枚。相場としては銀貨一枚と聞いているから、同じものを安く遊べる穴場として、その筋では有名である。


 もちろん、それだけが目的で町一番の酒場に入ろうものなら、表にいる獣人の守衛が来てずたぼろの目に遭わされる。きょうはタマリは全部、払ってくれて助かった。


 だが、紙のカネを入れる口がゲームの筐体のどこにも付いていない。


 そこですかさず、反対側の隣からミカがコインを差し入れてきたのはいいのだが。タマリがまた獣の顔で不機嫌になるのも分かりきっていたから、どうにも素直に喜べないのだ。


 いっそ殺し合って相打ちにでもなれば、オレも楽になるのだろうか。


 そう思ってオレがため息をつくと、どういうわけか、タマリは何か閃いたように明るさを取り戻して話を切り出した。


「あー、そうそう。キナコくん、久しぶりのデートにウキウキして忘れてたけどねえ。面白い話、聞きたくない?」


 はて。この街では犯罪が日常であって退屈にはならないが、面白いことには純粋に飢えている。こうやってゲームをするか、携帯でネットに住み着いているオタクどもの妄想話を覗き見て優越感に浸ったり、あとは交尾するぐらいしか娯楽がないのだ。


 この街に何百とある違法賭博場なんかには、オトナの楽しみが溢れているらしいけれど、オレはまだ子供の区分だからバカラを楽しむわけにもいかない。


 そもそも、どこへ行ってもミカがついてくるから、結局は仕事が終わったらまっすぐ家に帰って寝るだけの毎日である。


 こっちのミカも珍しく興味があるような顔をしている。オレも思わず、ゲームのボタンから手を離してタマリの方に身体ごと耳を寄せていた。

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