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第二次魔王討伐  作者: りおちんちん
路地裏のシャルンホルスト編
6/12

タマリ

 オレは夏が嫌いだ。夏に関わる全てを嫌悪していると言ってもいい。


 いまだってそう。暑くて蒸し蒸しとして、女の体液のようなねちっこい汗が全身の隅々にまとわりついて気持ちが悪い。オレの感覚ではまだ夏ですらないというのに、これからもっと暑くなるのだ。


 夏はアイスだのスイカだの、たまに得体の知れない死体が流れてくる街道脇の小川で水浴びだのと、能天気にはしゃぐ子供連中の気が知れなかった。


 まあ幸い、そういう暑い年は梅雨が活発になる。嵐の前の静けさ、波の前の引き潮とでもいうべきか。うんと暑い夏の間こそ激しい雨が降るおかげで、体力のないオレでもどうにかやっていけている。


 ちょうど、いまも何日かぶりに雨が降ってきて、はじめは小降りだったのが一瞬で嵐のような土砂降りになった。


 さっきまで自分の汗の海に溺れてたかと思ったら、今度は凍えるぐらい冷たい水が空から突き刺してくるのだからたまらない。


 まるで人間娘の誰かさんの心と同じぐらい意地悪で冷血な雨だった。


「こりゃあ、しばらくお仕事に行けないねえ」


 雨宿りがてら、オレたちを大通りの大衆酒場に案内した張本人が呟くように言う。


 それがオレの会社の上司にして最高責任者であり、なおかつオレに向けて発した言葉だとしたら、つまりは雨が止むまで仕事はしなくていいという意味だとオレは判断した。


 ついさっき、ミカと交尾する機会を逃してしょげていたオレの背後に現れ、その縦にも横にも肉々しい身体でオレを捕らえた獣人娘のタマリ。


 ネコみたいな名前だけれど、ぶよんと飛び出た腹回りのぜい肉、胸から股ぐらの付け根まで並んでいる大振りの立派な複乳。それら肉の分を差し引いても余りある全身の筋肉量が特徴のイヌ獣人だ。


 種族柄、獣人は人間より魔力の適性が低いものの、それでも女だけが生まれ持つ子宮の特性によって男女の区別は容易い。男は獣丸出しの毛玉姿をしているが、特に筋肉が多くある下半身、耳やシッポといった細かい部分を除き、獣人の女は人間のような見た目をしている。


 そして、オレが働いている会社は獣人の国に本社を置く大陸規模の組織であり、それを運営しているのがこのタマリの一族であった。


 一度に十匹も二十匹も孕む多産体質もあってか、獣人は身体の大きさから、たわわに実った乳房ひとつひとつの重み。国や会社のスケールまで何もかもがビッグサイズなのだ。


 もちろん、貧しい家の百人兄弟の末っ子に生まれて飢え苦しむ獣人も山ほどいれば、タマリのように人間の国の端っこで小さな支社のひとつやふたつ、ぽんと任せられる裕福な獣人もそれなりにいる。


 もっとも、タマリもまた何百人といる兄弟姉妹の下から数える方で、血で血を洗う凄惨な跡目争いを自ら降りる代わりに辺境の事故物件を体よく押しつけられたというのが正しい。



 それでも金持ちには違いないし、身に着けている服も毎日違う高級品ばかり。


 この酒場もそりゃ大都会の高級バークラブなんかと比べれば、安物のタバコと酒と下品な肉欲が渦巻くひどい場所だが。さっきから、オレの魔力とタマリの金目のニオイに釣られ、ぎらついた隻眼でこっちを見ている周りの客が襲ってこない。それだけでも、この街では一番大きい高級店として知られていた。


「相変わらずゴミみたいなお店だねえ。でも、キナコくん。せっかくのデートにこういうとこ選ぶ神経、タマちゃん的にはどうかと思うなあ」


「でえと?」


 はて。しかしまあ、オレだって年頃の男である。ミカに魔力をねだられたときの反動で股ぐらの苛立ちが一向に治まらないのもあり、女子とデートできるのならしたいものだ。


 このタイミングで何故、タマリがそんなことを言ったのか分かりかねていると、オレの臀部に何かふわふわフサフサした長いものが触れてきた。


 うねうねとして気持ちの悪い、それでいて意志を持つかのように踊り狂う物体だ。オレの与り知らぬ背後の闇に紛れて忍び寄り、やたらと性的な刺激を煽る。


 そのうち、魔族のオレのシッポに絡みつき、そのまま一体のものとなってしまった。


「ふえ・・・」


 おかげでオレの股ぐらの器官が志半ばの状態から、完全にして卑猥な性剣と化す一歩手前まで膨張しかけたが、それに気付いたミカがオレの足を思いきり踏んづけた。


 それはもう力いっぱい踏み抜いた、と表せる強力な一撃だ。いま履いている合成樹脂製のサンダルごとオレの足を潰しただけでなく、その下の床板までをも粉砕したのである。


「にゃ」


 道路に寝転がっていたネコがクルマか馬車に踏み潰されて即死する、そんなむごたらしい今際の断末魔。あるいは、声帯から搾り出た不思議な音がオレのノド奥から漏れた。


 いつの間にか、オレのシッポに巻き付いていた何かは姿を消し、あとに残ったのは酒場のお品書きを手にテーブルの下で悶えるオレがひとり。


 さっきのそれがタマリの毛深くて太いシッポだったと察したのは、親の仇のオレにすら見せたことのないような形相で犬歯を剥き出しにし、タマリを睨みつけるミカがいたからだ。


 一方のタマリも金持ち気質の上品な振る舞いは崩さずも、じとーっとして人の形をした虫でも見るような暗い眼でミカを見下している。


 そういえば、この二人はことさらに仲が悪いのを思い出した。


 やれやれ。さっきミカに踏み潰された足の感覚がないし、もしかしたら二度と戻らないかもしれないが、ここは男のオレが二人の間を取り持たなければなるまい。


 男という魔力の源を巡って女たちが争うのは必然であり、戦乱の止まない大陸社会を表す縮図でもあるのだ。


 だが、いったいオレに何ができるというのか。それとこれとは別の話である。


「・・・まー、せっかくはせっかくだし。なんか頼もうぜ。ここって酒だけじゃなく喰い物も出るのかな」


「さあ。こんな臭い店、どうせろくなもんないと思うけどお。キナコくんと、そこの人間っぽい女にはちょうどいいんじゃない。ほらー、この人肉の詰め合わせとか」


 タマリはわざわざ身を寄せて、オレが持つお品書きのプレートを見ながらそう言った。


 一応、立場は違うが、同じ会社で働いているというのに。どうしてこうも女同士は憎しみ合うことしかできないのだろうか。


 この調子でタマリが煽ってばかりいると、ミカが飛びかかって頭の上の獣耳を引きちぎったり、髪の引っ張り合いになるのも時間の問題だろう。


 そう思ってお品書きのプレートで顔を隠しながら、横目でちらと見てみれば。こっち側に座っているミカは、あーだのうーだの出産前のときみたく唸りながら、もう一枚のお品書きを細目で睨みつけていた。


「う、うー・・・文字、だけ。絵が・・・ない」


 そんなミカの弱々しい様子を見せつけられ、オレはミカが読み書きのできない人間であることを思い出した。


 オレも習ったことはないけれど、そこは魔族の叡智とでもいうべきか。魔力の波動を感じ取るのと同じ要領で集中力を発揮すると、異国の言葉でも何でも、文字を感覚として読むことができる。


 言葉で説明するのは難しいが、おそらくは魔族の女たちも一切教育を受けずに読み書きができるのは、そういう魔法学的な能力が生まれつき備わっているからだ。


 まあ、ミカも日頃は節約しているだけで美味いものは美味いと感じるはずだから、とりあえず一番高い牛肉のステーキあたりを代わりに頼んでおけばいい。


 どういう風の吹き回しかは知らないが、ミカと顔を合わせる面倒を承知でタマリが足を運んできたのには何か理由がある。きょうの代金はタマリか会社宛てか、最悪、ツケにして逃げてしまえばいいだけのこと。


 どのみち、雨が止むか、傘が三本オレたちの前に現れるか。それまでは、この酒場で時間を潰すしかないのだ。


 なんだかんだ、タマリも注文自体は真剣に考えているようだが。テーブルの上に何個も重ねて乗っかっている大きな乳のひとつをオレの身体に押しつけ、遠回しに魔力を要求することは決して止めようとしない。


 たしかに、オレとタマリには肉体関係がある。それもミカと同じぐらい長い歳月をかけて築かれた濃密で絶対的な関係。ミカがオレのおしめを替えながら見張る看守ならば、タマリは麦わら帽子と虫捕り網が思い出の幼馴染といったところだ。


 ミカも人の子だから、睡眠や体調不良でオレを監視しきれないときもあったし、自分も子供でいた当時は現在ほど監視が厳しくなかった。


 そのころからオレとタマリはこの街で出会い、ミカのいないときに逢引を重ねて、もう数えきれないぐらいの子供も産んでいる。


 獣人が多産なのは前にも言ったけれど、より多くの子供を残すのは、血の気の多い獣人にとって武勇と同じくらい重要なステータスなのだ。


 この街は危険が多くて食料も少ないから、タマリが産んだ子供はみんな故郷の国に送って一族の群れの中で育てると聞いたが、そこらへんは男の管轄外だ。タマリがあんなにも苦しんで股ぐらからひねり出した子供なのだから、母親であるタマリが決めればいい。


 こっちのミカだって自分では育てられないと分かっているから、信仰を抜きにしても、エルフに何の躊躇いもなく我が子を差し出せたのだろう。


 ミカもタマリも、オレというひとりの男を巡っていがみ合う以上、どっちも似た者同士には違いない。決して分かり合えない間柄ではないと思うのは、オレだけなのか。


 いずれにしろ、きょうは仕事の気分じゃなかった。

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