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第二次魔王討伐  作者: りおちんちん
路地裏のシャルンホルスト編
4/12

死ねばいいのに

 ところが、それからすぐのことだった。


 歳相応に明るく笑ったことなど――少なくともオレの前では――ただの一度もない、死ぬまで虚ろな顔でオレの背後に付きまとう運命だったはずのミカが、突然、道の真ん中で腹を抱えて座り込んでしまったのである。


 たしかに、ここ最近のミカは特にひどい顔をしていた。去年ぐらいまでは、毎年のように子供を産んでいたから具合が悪いのはしょっちゅうだったけれど、当のミカが前触れもなくオレを拒絶するようになってすっかりご無沙汰なのだ。


 これまでは最低でも一日三回、朝昼晩と、それ自体が生きる行為である魔族と化したかのごとく交尾に励んでいたというのに。いま、目の前で苦しそうに息を上げるミカの症状は、妊娠に起因するものではない。


 むしろ、他でもない魔族で魔王のオレは交尾によって心身の健康を保つのだが。ミカとの肉体関係を絶たれたオレは、常人の百億倍は濃い魔王の魔力が排出されることなく玉袋に溜まり続けている。いつの間にか、水風船のように膨張しきった玉袋を股ぐらに携えて生きているオレの方が、よほど具合が悪かった。


「・・・よっこらせっと」


 いつかオレを殺すであろうミカを介抱するのも変な話だけれど、少なくとも、いまはただの男と女なのだ。


 ひとまず、オレはミカの手を引いて人気のない路地裏まで連れていった。


 社会の底辺を絵に描いたようなゴミ溜めの街にしては、割と綺麗な小道である。日差しもなく、吹き抜ける風が人肌の温度で心地良い。ちょっと前なら、しけこんで交尾するにはちょうどいい穴場を見つけたと本能で喜んでいただろう。


 男女が合意の有無を問わず、股ぐらをこすりつけ合う行為。すなわち、交尾をこの上ない快楽と感じるのは魔族だけの話ではない。


 ただ、そこでぐったりとして微動だにせず、いつにも増して死に近付いた目をして大人しくしているミカが気になったのだ。


「毒消しの草、いる?」


 オレがそう聞くと、ミカはぷいっとしてそっぽを向く。要するに、そういうことらしい。


 ミカの心身を蝕んでいるのが何なのかは不明だが。この街で多く取り扱われている毒消しの薬草は、ものすごく苦い代わりに、毒以外の普遍的な病状にも効くと評判である。


 オレも一度だけ飲んだことがあるけれど、あまりにもマズすぎて胃ごと吐き出させるのが治療の本質かと疑った。


 それでも、大抵の病気に効果があって値段も手頃ということで、この街で生き長らえている貧乏人たち愛用の家庭薬として広く普及している。


 オレたちの仕事というのもまさに、依頼という形で会社を間に挟み、どこの誰かのために毒消しの薬草を集めるのが主な内容であった。


 この街に二人で流れ着いて以来、ずっと同じ仕事をやってきているわけだから、あの草のことは人の業の深さと同じくらいよく知っている。綺麗な花にはトゲがあるように、こういう単純に不衛生で腐敗した下水道のニオイがする土地だからこそ、立派な薬草がいくつもの群生地を持って存在しているのだ。


 ぱっと見は綺麗なこの道にも金貸し、娼館なんかのチラシがあちこちに貼られ、住む者の心の荒みようを表している。ふと視線を降ろした先の足元には、何者かが使用して白濁の魔力がこびりついた避妊具が落ちていた。


 しかし、その傍にはたくましく育った青色の薬草がひとつ立派に生えている。なんと美しいことだろう。たった一本の薬草じゃツマミ代にもならないが、いざというとき、この一クレジットにも満たない草が生命を救うかもしれない。


 オレはその毒消し草の葉を一枚だけ優しくもぎ、自分の鼻でニオイを確かめてから、そっとミカの顔の前に差し出した。


「やっぱり、いる?」


 さっき聞いたときには、思春期の子供みたいに突っぱねていた気もするが。女はいつも真逆のことを言って男の気を引くものだというのは、他の誰でもないミカから学んだ。


 やれやれ。今回もそういうことなのだろう、とオレが柄にもなく気を遣ったのが癪に障ったのか。ミカはじろりとオレと薬草を交互に睨んだかと思えば、次の瞬間、素直に薬草を受け取るフリをして残酷にも目の前で投げ捨てた。


 オレだって一応は人の子だ。自分の厚意を無下にされれば、相応に傷付くと思いたい。


 まあ、オレもミカに拒絶された事実より、地面に落ちたせいで薬草の価値が下がってしまわないか。そっちの方を心配してしまったことは言わない方がいいだろう。


 ミカもミカだが。こういうとき、自分の中で燻り続けている魔王としての本質からか、どうやっても普通にはなれないと思い知らされるのである。


「なあ、きょうはもう仕事行くのやめようぜ。お前もそんな場合じゃないじゃん」


「大丈夫。ちょっと休めば・・・」


 そう言ってミカは、鈍いオレでも分かるぐらい無理をして立ち上がろうとする。


 前々から思ってはいたが、ミカの手足は自分の身体を支えるのがやっとというぐらいに細く弱りきっていて、あまり下手をするとぽっきり折れてしまいそうだ。


 日頃のひもじい暮らしもあるが、ミカは度重なる出産で体力と魔力を使い果たし、お得意の信仰にも近い気合で自分の限界をごまかしている。お互い、まだ酒も飲めない若さだというのに、ずいぶんと世の中から恨まれたものだった。


 だが、魔族であるオレには、それ以上にタチの悪いものがミカの痩せた肉体を巣食っているのが分かる。ミカも弱るところまで弱って隠し通せないと観念したらしい。


 ここにはオレたち以外に誰もおらず、遠い場所から聞こえる人の声とは別世界にいることを確認して、顔を背けたまま二人だけの会話を続けた。


「・・・あんた、魔王なら分かるでしょ。ワタシのこと、ワタシの身体のこと」


「って、言われてもね」


 この期に及んで顔を上げる力もないくせに、まだ上目遣いにオレを睨みつける余裕がミカにはあった。そのミカに痛ぶられてきたオレとしては複雑な気分だけれど、まあ、それはこの際どこかに置いておく。


 議論はあるが、オレはミカの問いをはぐらかしてはいない。ちまたでは魔王とされるオレにだって知らないことはあるし、ミカがなんでも遠回しに言うもんだから、本当のことなんて誰も何も分からないのだ。


 とはいえ、ここで何も言わないというのも意地悪がすぎる。ミカはオレを嫌っているが、オレがミカを嫌っているわけではない。


 ミカはこの性格だから、毒になるか薬になるか分からないけれど、オレの答えひとつで少しは機嫌が直るならありがたいことである。


「別に、死ぬわけじゃないし。一瞬でも心配して損した」


 なんだか、目を合わせて言うのがむずっかゆいのもあり、オレはミカとは反対の方を向きながらそう言っておいた。


 オレとしてはかなり譲歩したつもりだ。そんなオレの気も知らず、いつもの調子で勝手に感情を昂らせたミカは、痛む腹を両手で押さえながら思いきりオレのスネを蹴飛ばしてくる。


 このような仕打ちも含めて玉袋が沸騰する性格でなければ、このミカという粗暴な人間娘とひとつ屋根の下で、惨めに惨めを重ねた逃亡生活なんて最初から諦めていただろう。


「いってえなあ、この人間女。親なしの根暗が。魔族は魔族でも、オレは男だから蹴られれば普通に痛いし、殺されたら死ぬんだよ。お前と違ってな」


 怒りのあまり、心にあることを何もかも吐き出してしまったが、すべて事実だ。


 剣で首を斬り落とされたり、銃で脳ミソを撃ち抜かれても無痛な上に復活し、ただ性感帯だけが人より何千何万倍も敏感という夢のような能力を持つのは女の魔族だけ。ただひとり男の魔族であるオレは最強どころか最弱なわけで、この程度の人間風情に蹴飛ばされても、しばらく起き上がれないほどの激痛に苦しむことになる。


 一方のミカは、その半生の中でたっぷりと時間をかけてオレの魔力を子宮に取り込み、少しずつ人間ではない存在へと変態している最中なのだった。


「・・・やっぱり。ワタシ、もう人間じゃないんだ。ワタシの母さんを殺した、あんたやあんたの母親、そこら中で息を吐くように身体を売ってる汚らわしい魔族と同じ。そういう気持ち悪いヤツらと何も変わらない。ワタシもそうなっちゃったんだ」


「いや、まあ・・・生まれつきの魔族と『魔女』は、また違うけどな」


「うるさい。全部、あんたのせい。ワタシがこんな目に遭うのは、何もかもあんたのせい。あんたたちに母さんを殺されて、それからずっと、夜な夜なあんたに犯されて産みたくもない子供を産んで。あんたなんか死ねばいいのに。早く死ね」


 ミカは大声で怒鳴るわけでもなく、静かに淡々と、思いつくかぎりの最上の悪口でオレを罵っていた。


 不思議な感覚だ。そんなにオレが嫌いなら、いっそ殺してくれれば話が早いのだが。どれだけ憎しみの感情が臨界に達しても、ミカがこういう愛すべき人間性でいるかぎり、オレを殺す時と場所を自分で選ぶことができない。


 それに、どちらかというと、ミカは目の前にいるオレではなく自分自身に怒りを抱えているようにも見えた。


 母親たちの決死隊が無残にも全滅した後、ひとり生き延びて、赤ん坊だったオレを抱いて共に逃げたのはミカなのである。


 それが偉大なるエルフの命令だったとはいえ、オレは不死身じゃないから、殺そうと思えばいつでも殺せたはずだ。いまもミカが望みさえすれば、簡単に復讐を成し遂げることができるだろう。


 なんだか、オレに似ている。世界を滅ぼせる強大な魔力が股ぐらの袋に詰まっていても、男であるオレがそれを自分の意志で使うことはできない。魔力とは、交尾を経て男の玉袋から女の子宮に分け与えられ、そうしてはじめて魔法という業に変換されるのだ。


 おかげで魔王は恐ろしいものだと世間では信じられているが、しょせん、魔王なんて人間と同じぐらい脆くて弱い下等生物に過ぎない。


 オレの目の前で鬱になってしまったミカという人間娘をどうすることもできず、困り果ててしまう程度のオレが魔王なのだ。


 幸い、さすがはこんな生活を長らく続けてきただけあってか、ミカも芯の部分はタフなようで泣き出すところまではいかなかった。


 ミカの身体の不調は、魔力に汚染された人間の典型的な症状であり、構造原理としては魔族のそれに近い。つまりは魔力不足で栄養が足りていないのだ。


 どうせ、仕事なんて金が入らないだけで行く義理もないけれど、ミカを置いていったら後でどういう目に遭うか分からない。


 とりあえず、ミカには魔力を摂ってもらえば、そのうち体力も回復するだろう。ちょうど魔王であるオレの玉袋には魔力がはちきれんばかりに詰まっているし、これをミカの子宮に注いでやればいいだけのこと。


 要するに、交尾をすればいいのだ。


 ようやく半年ぶりか、それ以上は待たされた念願のまぐわい。オレは下半身を覆っていた服を残らず取っ払い、すっかり魔力が巡って触手のように踊り狂う活きの良い股ぐらの男根をミカの眼前にさらけ出した。

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