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第二次魔王討伐  作者: りおちんちん
路地裏のシャルンホルスト編
11/12

生命短し玉袋

「なんで出てきたの」


 そろそろ時も正午といったところ。路地裏の酒場のそのまた裏にある雑多な空間で、ミカは静かに怒っていた。


 それに対峙するのは、身体中に安酒の成分が回って歩くこともできず、山のように積み上げられた段ボールの箱を背に座り込む魔族娘。


 この二人は知り合いなのだろうか。ミカのことだから、魔族と見れば殺せなくても殺そうとすると思ったけれど、傍から見る分には実に落ち着いた様子でいる。


 もしかしたら、まだ魔力の禁断症状で調子が出ないだけかもしれないが、そこの魔族と一緒にいたというだけの理由でオレを拷問し、半殺しにして捨てるぐらいの力はあるらしい。


 酒を一滴も飲まずにいたオレが二人の後ろに血まみれになって転がり、一歩も動けずにいるのは、ただの人間にも顔の形を変えられてしまうオレの弱さに他ならなかった。


「・・・んだよ、ババア。出てきちゃ悪いのかよ。どうせ、アタシが何をしようとエルフにも誰にも止められないんだから、好きにヤラせてもらうだけだっての」


 そう言って魔族娘は酒ビンを片手に立ち上がろうとしたが、小鹿のように震える脚では超乳の重さに耐えられず、ずるりと頭から転がった。


「ぽよ・・・」


 もはや身体の重心が胸にあるのは考えなくても分かるが、脂肪の塊である大きな乳が緩衝材となって大事には至らない。


 魔族の女はだいたいこんなものだけれど、たとえ肉付きが細かったとしても魔族は死なないのだ。どちらかといえば、魔族を怒らせて町ごと消滅させる魔法を使われる方が、生命ある者としては心配して然るべきであろう。


「アタシ・・・これでも一応、お前の子供なんだけど。なんか言うことないわけ?」


「どういう意味?」


「さあね。アタシはお前のこと知ってるよ。みんな知ってる。エルフはバカだから、聞けば何でも偉そうに喋るからさ。エルフに言われて魔王の子供を産み続けては、すぐに捨てるダメ女のこととかね」


 魔族娘は、べろんべろんに酔い尽くしている割には綺麗な声で流暢に言葉を吐き捨て、これまたとろんとした明るい色の目でミカを睨みつけていた。


 こんなことをオレが面と向かって言った日には、いったいどんな目に遭うか。激情の念もなければ、相手を思いやる優しさも持ち合わせていない無感情だからこそ、ミカは相手を傷つけることを一切躊躇わない。


 そのミカがいつもの暗い顔のまま、じっと立ち尽くしているのが珍しいのだ。


「・・・あんたがワタシの娘かどうか知らないけど、その通りだよ。ワタシは女として子供を産んだだけで母親じゃない。子供のこと。それから、そこでマヌケ面して死んでる男のことも好きじゃない。残念だったね」


 そして沈黙。がやがやと酒の場特有のハメを外した他人の声が酒場の中から聞こえ、こっちの薄い塀の向こう側から聞こえる表通りの人々が行き交う音。ついでに、どこからか聞こえる締め忘れの水漏れ、姿の見えぬネコの鳴き声、空を遮る隙間から注ぐ太陽までもがじりじりと音を立てて我々の気まずい関係を紛らわせようと演奏しているかのよう。


 実際、オレという魔王の玉袋に収められている魔力によってミカが懐妊し、そこから産まれ出たのが魔族娘だとすれば、すべてはオレの責任。


 そう考えると、オレはなんだか息苦しい気持ちにさせられて、いたたまれなくなった。


「むー・・・」


 そうしてふと見れば、ミカは自分の娘と疑われる魔族娘を相手に俯いたっきり、目も合わせられずにぐっと拳を握り締めている。


 もしや躾とばかりに殴りつけるつもりなのかと思ったが、虫どころか人の顔も平気で踏み潰すミカには似つかわしくない、ある種の感情を堪えているのだとオレは理解した。


 ミカは自分を恥じているのだ。


 やはり人の子である以上、どんなに徹底しようと非情にはなりきれない。それがミカを不幸の連鎖に追いやっている弱さなのかもしれなかった。


「・・・酒代は立て替えておいたから、どこへでも好きなところへ行って。魔族なんて言っても聞かないし、ワタシにはどうしようもない。あんたも自分の親ふたりがこんなので幻滅したでしょ。だから、どこかワタシたちのいないところで好きに生きて」


 そう言ってミカは顔を上げることなく振り返り、後ろで死んだふりをしながら聞き耳と股ぐらの生殖器をおっ勃てていたオレの足を引きずって消えようとした。


 それを見た魔族娘は、自分の両乳の隙間に埋もれていた顔を上げてミカを呼び止めるも、こっちの人間娘も相当に頑固でいる。どうやっても頑なに不干渉を貫き、どんどんと反対の方へ行くミカを止めるために、魔族娘は実力行使に訴えることにしたらしい。


 すぐに手が出る見事なキレ具合はミカとそっくりだ。


 というか、さっきの感情的な動揺からしてミカも内心では認めているのだろうが、この二人が親子だというのは、少なくとも主観的な事実からは間違いなかった。


「ふぎゅ・・・ぎ、ぎ」


 ところが何故、ミカではなくオレに矛先が向いたのか。何が目的かは知らないけれど、母親であるミカに思うところがあるのなら、ミカを狙うべきだとオレは思う。


 しかし、どう考えても魔族娘が何かしら仕掛けてきたとしか思えないタイミングで、唐突にオレの首がぎゅうぎゅうと絞めつけられた。


 離れたところから首にヒモをかけられたわけでもなく、銃で妙なものを撃ち込まれた感じでもない。不可視にして触れることもできない力。この街でも滅多に見ないが、おそらくはこれが魔法というものに違いない。


 魔族にして魔王であり、この世の全ての女たちが子宮を満たしたいと渇望する魔力を余り持つ身でありながら、魔法を使えない男のオレには無縁な話である。


 そんなオレが皮肉にも魔法で殺されかけ、さすがに対峙するしかなくなったのだろう。魔族の攻撃を受けてミカが反射的に振り向いたとき、そこにいたのは誰かさんと同じように魔力を切らし、自分の豊満な肉に沈んで無様な姿を晒す魔族娘がいた。


「ま、魔力・・・ジジイの玉袋、喰う」


 そういえば、酒場にいたときから、そんなようなことを言っていた。魔族だろうが何だろうが、オレの前に現れる女はみんな他の男に対するのと同じように、交尾をして魔力を搾り取ることしか考えていない。


 この魔族娘もそう。魔族の中には、自分たちが持つ力を自覚して悪いことを企む過激派も少なくないが、それよりも圧倒的に多くが何も考えずに自堕落のかぎりを尽くしている。


 いまも大陸文明が辛うじて存続しているのは、そうした魔族の適当ぶりのおかげなのだ。


 そう言うと、魔族に関する問題は簡単そうに聞こえるが、魔族は他の種族よりもはるかに多くの魔力を主に精神的な健康のために消費する。


 魔族が幸せに生きるために必要な魔力とは、そこらの半端な玉袋の中身では到底、補い切れるものではない。魔族にとっては間食のつまみ気分だったとしても、そうして捕食された男の生命がいつの間にか尽きているのは毎度のことだろう。


 この街においても、魔族の女たちが意図的に殺人を犯すことは極めて稀だが、うっかり男を搾り殺してしまう可能性は常にある。この大陸に生きる男たちが魔族という種族を例外なく恐れ、また女たちが魔族を嫌悪して嫉妬するのは、そういうことだった。

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