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第二次魔王討伐  作者: りおちんちん
路地裏のシャルンホルスト編
10/12

飢え

 自分で言うのも何だけれど、オレは魔族という種族そのものを非常に嫌悪している。


 これは誇張ではない。何を隠そう生まれたばかりのオレが魔王と祭り上げられた瞬間、オレの母親を含めた魔族の女たちは、生後一分に満たなかった赤ん坊のオレを何度も何度も執拗に凌辱して貞操も魔力も奪い取ったのだ。


 もはや発情期の獣人と大して変わらない女の形をした動物。これまでの半生のほとんどを人間のミカと共に暮らし、人間として生きてきたオレには理解できない文化である。


 そのような連中と分かり合うことは物理的に不可能だし、オレが魔王という自分の運命を決して受け入れない理由もそれだった。


 魔族がろくでもない絶対悪だというのは誰もが承知しているが、ただ魔族を悪者にすれば世の中が上手くいくというわけでもない。


 オレは魔族が嫌いだが、なにかと遠回しに絡んでくるエルフはもっと嫌いだ。そういうエルフの手先となって直接に暴力を振るうミカのような人間も嫌いだし、タマリたち獣人も口さえ開けば誰かを殺すか、交尾することしか考えていない脳ミソの緩み具合がすぐに分かる。


 要するに、オレはオレ以外の全てを嫌っていた。


 自分で自分を愛するほど自惚れているわけじゃないけれど、家族や他人というものにまるで恵まれなかったのもあり、心の読めない他人のことを考えるのが苦手なのだ。


 だが、この恐れ多くもオレの娘を騙って酒代をせびる魔族娘。どれだけ問い質しても一向に姓名を明らかにしようとしないが、隣にいるだけで全身の凝り固まった重い魔力が解されて幸せな気分にさせられる。


 もし、いままでオレの隣にいたミカがこんなにも純粋な癒しを与えてくれていたなら、オレも心を入れ替えて真っ当な人生を歩んでいた。世界征服の代わりに、世界平和を願ってあり余る魔力を人助けのために使ったり、通りのゴミ掃除でもしてこの街を少しでも変えようと思い立っていただろう。


 いまとなっては何もかも手遅れだが、この魔族の女がどこの誰なのか。というか、本当にオレの娘なのか、どうでもいいと思えるほどには打ち解けてしまった。


「ジジイ・・・酒、おかわり」


「へえへえ」


 オレは自分のグラスにオレンジジュースを注ぎ足す前に、座敷席の向かい側で、テーブルに頭の上のツノを突き刺して突っ伏している魔族娘にお酌してやった。


 さすがは、全身の神経が快楽中枢に直結している魔族。処女なら交尾は未経験だろうが、グラス一杯のビールを飲みきる前に、あっという間に酔い潰れてしまうほどの敏感さだ。


 オレの金で酒が飲みたいというから、お互いに脱いだ服を着せて外まで出てきたが、その薄い布切れで隠れていなければ、魔族娘の濡れた股ぐらも拝めただろう。


 ここはボロアパートの近所にある大衆酒場。表通りから少し裏に行ったところに佇む古くて狭くて汚くて、まだ昼の時間からビールジョッキを模した看板が堂々とネオンに彩られて存在しているような店である。


 いかにも酒好きそうなボロ着に身を包んだ客、顔を横切る大きな傷を隠そうともしない女獣人の店主もカタギには見えない。


 ほんの数刻前、タマリに連れられて行った町一番の広い高級店が懐かしく思えた。


 しかし、この街には基本的にまともな人種など存在しないから、どこに行っても常に些細なことで殺される危険性は大いにある。


 オレとしては、仕事を休んでミカの監視からも逃れて、ヒマつぶしに交尾のできる美女がいれば何でもいい。


 さらには、同じ魔族というのもあって魔力の波長も合う。そりゃあ、一応はオレの娘という設定だから相性が良いのは当然。オレたち魔族やエルフ族が希薄な家族観でいて、親子などの近親間で積極的に交尾するのは、その方が魔力が濃くなるという魔法学的な理由がある。


 オレは相手が他人だろうが娘だろうが、交尾は交尾であって本質は何も変わらないと思うのだけれど、それもオレが魔族の風上にも置けない人間かぶれだからなのか。


 いずれにしろ、ミカはオレが他の女と交尾したなんて聞いたら、きっと激怒するだろう。あの表情筋の死んだ仏頂面に、感情の片鱗すら表すことはないと思うけれど、それこそ死人のような目をしてオレを殴るに決まっている。


 オレが酒を飲まないのも単純に未成年というのもあるが、酔っぱらって玉袋の魔力が暴走して爆発するかもしれないということで、それもミカが固く禁じていることだ。


 いまはその誰かさんもいないわけだし、オレが何をしたところで咎める人はいない。


 でも少なくとも、ミカがまだ生きているかぎりは約束を守らないと、どうせあとで見つかったときにその分だけ痛いことになるのは経験から分かっていた。


「・・・ジジイ。腹減った」


「あ? じゃ、なんか頼むか。お、冬はおでんやってんだってよ」


 オレが壁に貼り付けられている油まみれのお品書きを見てそう言うと、テーブルの真下、へこんだ床の空間にぶらんと出していたオレの足に、柔くて生温かい何かしらが下の方から這って登るのを感じた。


 それが目の前にいる年頃の魔族娘の生足だと気付いたのは、前に、タマリにも同じように仕掛けられたことがあったからだ。


 タマリといい、この魔族といい、感情のある女は男にちょっかいを出すのが好きな傾向にある。一方、ミカの場合は無感情に身体を委ねるだけで、これはこれで面白みがない。


 ともかく、こいつが正真正銘の魔族ならば、腹が減ったという言葉は異種族のそれとは意味合いが微妙に異なってくる。つまり、そういうことであった。


「なんか慣れてんな。ホントに処女かよ」


「処女だよ。それって、シャバじゃいいことだろ」


 そう言い切る魔族娘の言葉には、たしかに純粋でまっすぐな力強さを感じる。正統派のヒロインを想起させる神聖な声質もあるが、服の上からでもはっきりと認識できる超弩級の乳房が相反する穢れきった印象でもって何もかも押し流してしまった。


 この街、この小さな酒場の中にも魔族は何匹も居座っているから、大きな乳のひとつやふたつごときでオレは動じない。


 しかし、オレだって魔族なのだ。ここまで堂々と肉欲をぶつけられたら、オレが頭と心の両方で抑え込もうとしても、玉袋が反応して魔力が煮え立って沸き起こり、股ぐらがイライラしてどうしようもなくなってしまう。


 これが手練れの魔族の娼婦ならば、すでに足の指先だけで器用に逝かされていた。


 そういう意味では、言葉で誘惑しながら股ぐらを繋いで逃げられなくしつつ、たっぷりと時間をかけて玉袋を搾り取る魔族の正法も知らないとは。


 これは本当に処女の疑いがあった。


「いや、オレは信じないね。産まれたての赤ん坊ならアレだけども。こんなに発育良く育った魔族が処女だなんて、産まれてから何も喰わずに何年も生きてきたのと同じだろ。魔族だって腹が減ったら飢えるんだぞ。死なないけど」


「だから、言ったろ。アタシは父親のお前の魔力だけ喰ってきたんだ。産まれてすぐ母親から引き離されて、向こうで実験体にされてさ。何もかもエルフのせい・・・」


「しーっ。あんまりエルフとか言うな。面倒だろうが」


 オレはそう言って周りを確認し、ふうと一息いれてから仕切り直した。


「分かったよ。あいつらに飼われてたなら納得だ。あんま考えたくねえけど、お前の話が本当なら、こりゃ思ってたより複雑だな」


 ここにきて少しは話が見えてきたわけだが、魔族の処女という魔法学的に貴重な発見が霞んでしまうほどに、事態は深刻に思える。


 誰かに吹き込まれてでっち上げているんでなければ、オレの知るかぎり、ここまで詳細に込み入った話がぽんぽん出てくるのは、この魔族娘が本物だからだ。


 そして、大陸のずっと北にあるエルフの国の奥底に監禁されていたはずのオレの子供が、ここにこうしてのんきに酒を飲んで存在している。


 百年前の魔王軍との戦いでも、エルフの技術の粋を結集したあらゆる超兵器でもってしても殺すことができない不死身の魔族ならば、それは理論上、可能ではあるのだ。


 だからこそ、この名も無き魔族娘が厳重を極めるエルフの包囲を破って脱走した。それがどれほど重大なことであるか。この事実も含めて、知る者は一握りもいないだろう。


 たったいま、魔族娘が何でもなさそうに言い放った事実からエルフの影を感じ、急に全身が冷たくなってオレの背筋に氷のような汗がつるんと流れる。


 そうして後ろを振り返れば、張り詰めた股ぐらを自分の娘に向けて発情したオレを睨みつけるミカが酒場の奥、日の当たらない暗い闇に紛れてちょこんと存在していた。

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