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追撃

隅小沢は先頭の千久佐隊に目を向ける。

縄で縛り付けられた寒山が真っ先に目に飛び込む。


〈この調子で行ければ、寒山様は助かる。〉

隅小沢は安堵の息を漏らすと同時に、一抹の不安がよぎる。


〈あんなに目立つのは、ちょっと、いや、かなりまずいよな・・・〉

馬上で隅小沢は悩む。


〈私もここを脱したら、一人で騎乗していただくよう進言するか・・・。いや、鬱陶しいと罵られてしまうかな。〉

隅小沢はこっそり苦笑する。


〈いずれにしろ、ここを切り抜けないとな。〉

隅小沢は改めて周囲に目を配る。


隅小沢隊と千久佐隊は、すでに相当の距離が開いている。

寒山が無事に脱出できるように隅小沢隊の三頭の馬を除き、馬と言う馬はすべて千久佐隊に集めたのだから、これだけの距離が開くのは当然と言えば当然である。


一つ誤算だったのは、後軍の兵が一人残らず逃げ去っていたことである。


隅小沢としては、残っている後軍の兵を吸収することで椎名軍に追尾を躊躇させるか、諦めさせようとしていたのだが、まったく当てが外れてしまった。


後軍の陣地跡を見て、隅小沢は憤りを感じるより、妙な納得感しか出てこなかった。

〈彦左衛門様がいればこそ、軍としての体裁を整えていたのだろう。まぁ、後軍の将は鷹条家の御一門の方だったしな。逃げ出すのも仕方がないか。〉


達観にも似た境地にいたっている隅小沢は野句中家譜代の家臣ではない。


数年前に寒山の父に乞われ、一族郎党と共に野句中家へ仕えることになった。

三輪と田頭の両名は一族の人間であり、野句中家へ仕えるよう乞われたが、これを断り隅小沢の配下に組み込まれることを選んだ。


寒山の父に対して少しばかりの感謝の気持ちが無い訳ではないが、野句中家に対して真の忠誠心を抱いて仕えているかと言えば、隅小沢個人としては首を捻らざるを得ない。


〈いっそ、投降するか。〉


隅小沢の心に邪念が生じるが、苦笑いと共に消し去る。

投降などすれば、隅小沢たちの帰還を待つ者たちが悲惨な目にあわされることが分かり切っている。


隅小沢の頭には野句中家の領地に住むことになった自分の妻子と配下の妻子の顔が思い浮かんでいた。

出陣を笑顔で見守る顔を。

不安を見せまいと無理くりに作った笑顔を。


隅小沢の決断次第で、家族に二度と会えることはできないのだ。


〈余計なことは考えまい。殿(しんがり)の役目を果たすのみ。〉


隅小沢は、邪念を振り払うかのように馬上で指揮の声をあげる。


兵はどこか悲し気な隅小沢の声に応え、

おう、

(とき)の声を上げる。


今、隅小沢の周りにいるのは槍兵とわずかな数の弓兵だけである。


しかも、3メートルの全長をもつ槍兵しかいない。

6メートルの全長をもつ長柄槍の兵が一人もいないのだ。


長柄槍の兵がいると椎名軍に見つかりやすくなり、伏兵としての任を果たせなくなる、という寒山の謎の理論により、長柄槍の兵は一人も編成されていない。


〈言っても詮無いが、長柄槍の兵がいればなぁ・・・〉


「隅小沢様。後ろを。」


横を並走する兵が隅小沢に叫んだ。


〈ようやく、お出ましか。〉

隅小沢は後ろを振り返る。


さっきまで誰もいなかった街道に騎馬の一群が見えた。

騎馬隊は見る見るうちにその姿を大きくする。


〈なるほど。騎馬のみで追いかけて来たのか。〉


馬を止めた隅小沢は、馬首を返す。


「田頭、行くぞ。」


「おう。」


隅小沢の横に並んだ田頭が溌溂(はつらつ)と答える。

さらに、隅小沢は隣に寄り添った三輪に言う。


「三輪は先に行け。私と田頭で追い散らす。」


『私も残る。』と言う言葉が喉元まで出かかるが、三輪は必死で飲み込む。


三人の中で、三輪の戦闘力が最も低い。

だが、三人の中で最も知恵が回るのは三輪である。


何より、三輪が指揮する兵は黒鍬隊と呼ばれる土木作業が得意な者たちである。

黒鍬隊は戦闘力こそ低いが、柵を作り、落とし穴を掘り、追っ手の勢いを止めることができる。


戦闘中でも可能ではあるが、先に進み(しか)るべき用意をする方がいいに決まっている。

そのことが分かっているから、三輪は二人に任せて、先に行くことを決断する。


死ぬな、と念じながら・・・


「待っている。」


三輪の毅然とした返事を笑顔で隅小沢は受け止めた。

そして、怒涛の勢いで迫り来る椎名軍に備えるべく指揮を取ろうと、隅小沢は地形を確認する。


〈街道の横は少し高くなっているな。やってみるか。〉


隅小沢は街道の横を指さし、田頭に叫ぶ。


「田頭隊はそこに登って、騎馬武者に組つけ。殺すのが無理でも、引きずりおろせ。弓兵も一緒に登り、上から射おろせ。」


〈なんだこの命令は・・・。猿になれってか?〉

田頭がほんの少し戸惑う表情を見せるが、すぐに隅小沢の指揮に従い、街道から移動する。


残った兵に対して、隅小沢は力強く声を上げる。


「俺たちは騎馬を止める。槍衾(やりぶすま)をつくるぞ。二段構えとする。並び終わったら、槍から手を離せ。槍を地に置け。頭を伏せろ。」


槍兵は、槍を地面に置き、騎馬隊を見ないように地面を見る。


長柄槍であっても、時速40キロメートルで突進してくる騎馬を正面から対峙するのは恐怖でしかない。

まして、長柄槍よりも短い槍で騎馬兵を相手にするのだ。

槍兵の恐怖は指数的に増加する。


しかし、兵たちは淡々と隅小沢の命令に従う。


恐怖心を減らすためとは言え、槍から手を離させ、騎馬隊を見ないようにとの命令を素直に受け入れさせる隅小沢の統率力に驚嘆するしかない。


とは言いつつも、兵は恐怖をかみ殺し、じっと隅小沢の命令を待つ。

ほとんどの兵が勝手に歯ががちがちと音をたてるが、逃げ出す者は一人もいない。


「槍、持て。」


槍を持った兵たちに、たちまち、力がみなぎる。

手にした武器は、兵たちに勇気を与える。

原始以来、獲物と狙われ続けた猿から人への決別を告げるための神からの贈り物のように・・・


地響き打って突進してくる騎馬の足音に震え(おのの)いていた兵たちの表情が悪鬼のように輝く。


「槍、立て。」


隅小沢の掛け声に、兵たちは一斉に石突を地面に差し槍を馬の脚の付け根ぐらいの高さに持ち上げた。


立てた槍に馬が突っ込んで来る。


「二段目、突け。」


隅小沢の声に、動きが止まった眼前の騎馬へ後列の兵が槍を突き入れる。


〈やはり、槍が短いか。〉

隅小沢は、悔しそうな声を漏らす。


槍が刺さったまま、兵の中へ突っ込みもがく馬のせいで、槍衾にぽっかりと穴が空く。

そこから、騎馬が突入してくる。


だが、騎馬の勢いは殺した。

停止した騎馬武者へ弓兵の狙い撃ちが始まる。


動きのとまった騎馬兵を射ることなど隅小沢の兵にとって容易(たやす)い。

だからこそ、一射で相手の命を獲るべく狙いをつけて射る。


矢が体に深々と刺さった数名の騎馬武者が、馬からどさりと落ちる。

弓の攻撃が終わると、田頭たちが騎馬武者に向かって飛び込む。


田頭たちに組み付かれ、騎馬兵は地面に叩きつけられるように落ちる。

中には鎧通しで首を突かれ、死ぬ者までいる。


そんな中、総悟は一人、宙を舞うように隅小沢の槍兵の間を駆け抜ける。

総悟は繰り出される槍をひらりひらりとかわし、とうとう隅小沢の前に躍り出た。


〈こいつが、殿(しんがり)の大将だな。〉

獲物を見つけた肉食獣のように舌なめずりをした総悟は、挨拶代わりに隅小沢へ鋭く槍を突き出す。


「舐めるな。」


隅小沢は手にした槍で迎え撃つ。

数合打ち合った二人は、騎乗で槍を構えなおす。


〈いいねぇ。こういう強いやつがいるなら先に教えといて欲しかったな。〉


なぜか、二人に手出しをする者はいない。

神への舞をたまたま目撃した者たちのように二人の様子を静かに見守っている。


「一騎打ちなど、流行(はやり)では無いと思うだのが。」


猪のように飛び込んで来た総悟に隅小沢が皮肉を飛ばす。

ニヤリと笑った総悟が胸をそらせる。


「俺の主君は寛大でな。強き敵を見たら、思う存分、戦って良いと言われている。」


「それは、羨ましいことだ。」


隅小沢は、半ば本気で言った。

強き敵との戦いに憧れを抱くのは隅小沢とて同じである。


だが、今は個人の好みで動いていい場合ではない。


〈長引くと不利だ。〉

椎名軍の足軽がひたひたと近づいて来るのを目の端に入れた隅小沢は総悟との決着を早くつけなければ、と考える。


「俺を前にして考え事など余裕だな。」


隅小沢の隙をつこうとした総悟の槍が隅小沢に迫る。


〈若いな。〉


『後の先』こそが、隅小沢の狙いだった。


総悟の槍を軽くいなした隅小沢は、馬を駆り総悟との距離を一息に詰める。

槍で突き返されるぐらいのことは総悟も予測していたが、まさか一気に懐まで入って来られるとは思ってもみなかった。


隅小沢はがら空きとなった総悟の顔面に思いっきり拳を叩きつけた。


〈手ごたえは十分だったが・・・〉


念のため、距離を取った隅小沢は少しだけ首を捻る。

隅小沢の本気の拳で気を失わなかった者などいない。


目の前の男は、ふらつきもせずしっかりと騎乗し、槍を持ったままこちらを見ている。


〈いや、意識はほとんど無いな。〉


隅小沢が考えた通り、総悟の意識はほぼ無い。

手綱を握り、槍をつかみ、馬から落ちないようにと、本能だけで動いている。


朦朧としている総悟の息の根を断とうと、槍の穂先を総悟にぴたりと向ける。


〈もらった。〉


総悟の目へ槍を突き通したと思った時、総悟の馬が駆け出した。


隅小沢は呆気に取られる。

去って行く総悟の背中を見た隅小沢は高らかに笑う。


〈馬に助けられるとは、騎馬武者の(ほまれ)だな。いいのものを見せてもらった。〉

隅小沢は椎名軍に目をやる。


総悟がこの場から何も言わずに駆け去ったことに椎名軍が動転しているのが見て取れた。

〈あいつが頭だったのであろう。さぁ、頭がいないのだ。ここから退け。〉


頼むから退いてくれ、と祈るような気持ちで隅小沢は椎名軍を睨む。

祈りが通じたのか、総悟が率いる騎馬組はじりじりと引き下がって行く。


〈よし、今だ。〉

隅小沢は、槍を掲げ、配下に呼びまわる。


「退くぞ。走れ。三輪のところまで走れ。」


隅小沢の退却命令に兵は猛然と駆け出そうとした。


◆◆◆


その頃、小次郎は敵将の一人、田頭と戦っていた。


隅小沢軍に突入する前に総悟が小次郎に言った。


「小次郎。俺はお前の面倒を見ている余裕がない。だから、お前は副頭と一緒に来い。」


小次郎に否やはない。

副頭の後に続いて、隅小沢軍に突入しようとしたところ、突然、空から人が降って来た。


小次郎は驚くが、亡き沙魚丸と木の上から突然襲われる訓練を体が思い出す。

手にした槍が自然と動き空中の敵を突き殺した。


だが、副頭は敵にがっちりと捕まってしまう。

田頭隊の兵と一緒に馬から落ちた総悟の副頭は、打ち所が悪かったのか動けなくなっていた。


副頭を助けるべく小次郎は単騎で乗り込み、槍を次々と繰り出し、敵兵を突き殺す。

急いで馬から下りた小次郎は、父の愛馬に戦闘不能となった副頭を乗せ、ここから去らせた。


一緒に乗って行きたかったが、そうできない理由があった。

その理由が小次郎の背後から声をかける。


「小僧。なかなかの男気。気に入った。」


声の主に小次郎はゆっくりと振り向いた。


〈強い・・・〉

小次郎は一目で、目の前の男が強者だと悟った。

そして、万が一にも勝てないことを・・・


殺気丸出しの男が近づいて来る。


「俺の名は田頭譲(たがしらじょう)。小僧、殺す前に名を聞こう。」


「私は・・・」


一瞬、名乗ることをためらった小次郎は、迷いを振り切り、凛として告げる。


「私は、椎名沙魚丸様が一の臣。千鳥ヶ淵小次郎。」


じっと小次郎の顔を見た田頭が、ガラリと表情を変え、人懐っこい顔で微笑んだ。


「一の臣か。お前の死に(ざま)はきっちり主君へ伝えてやる。雄々しく戦え。」


「感謝する。」


小次郎は田頭に頭を下げた。


「小僧と言ったことを詫びよう。では、改めて勝負だ、小次郎殿。」


「いざ!」


声を張り上げた小次郎だが、田頭を見てからずっと体の震えが止まらない。


〈情けない。この男に臆しているらしい・・・。〉


気弱な心を振り払おうとさっきよりも大声を出した小次郎めがけて、頭上に振り上げた田頭の槍が唸りを上げて襲いかかる。


とっさに両手で受け止めた小次郎の槍がきしみ腕が痺れる。


「おう、受け止めたか。やるではないか。」


感心した声を出す田頭に言い返そうとするが、喉がひりつき声が出ない。

負けず嫌いの小次郎は不敵な笑みを返す。


「殺すには惜しい面構えだ。だが・・・」


先ほどの一撃で小次郎の腕が痺れているのを田頭は見て取った。

田頭は槍の石突を地面に突き差し、小次郎に飛び蹴りを食らわせる。


まともに食らった小次郎は後ろに吹っ飛ぶと、ごろごろと地面を数回転がった。

転がりながらも小次郎は、田頭から目を離さないでいたつもりだった。


実際は、田頭がどこにいるか分かっていなかった。

小次郎が勢いよく体を起こした時、小次郎の首に槍を置いた田頭が横に立っていたのだから。


「戦場に来るのは少し早かったな。だが、お前を生かしておくと、椎名でも指折りの武将となるのは間違いない。」


不敵に笑った田頭は槍を肩にかつぐ。


「だから、その命、ここに置いて行け。武士の情けだ。苦しめずに逝かせてやろう。」


田頭は小次郎の首めがけて一直線に槍を突き入れた。

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こ、こじろぉおおお!(滝汗)
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