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中軍崩壊

「若。何やら仲間割れが起きているように見えますな。」


木蓮の言葉に軽く手を上げて答えた雨情は、目を凝らし、じっと野句中軍に見いった。


二人は、ここから離れたところに布陣している中石川軍のことはあえて脳内から消した。

野句中軍さえ追い払えれば、中石川ごときどうとでもなると二人は考えているのだ。


事実、雨情は中石川軍対策と誰かに聞かれれば、次のように答えただろう。


『中石川が援軍に駆けつけて来るまでに、野句中軍が前に陣取っていた場所に移ればいい。あとは、上から雨のように矢を浴びせれば何とかなる。』


野句中軍についての情報を分析した雨情は、いざ敵を目の前にして、気楽にやるだけだと考えている。

前軍・中軍・後軍と大きく3つに分かれて布陣している野句中軍の全容を見た雨情の声は明るい。


「なるほど、街道を鼻唄混じりに進んでいたら、あの3つの軍に車懸かりに攻められていたわけだな。どう考えても、儂の胴体から首はおさらばしていたな。」


首をぴしゃりぴしゃりと叩きながら楽しそうに語る雨情にだが、横に控える木蓮は首をひねる。


「若。後軍は鶴山城の抑えとしているのではありませんか。あちらをご覧ください。鶴山城の方を向いて布陣しておりますぞ。」


木蓮の言葉を聞いた雨情は、改めて野句中軍の後軍に顔を向けた。


「どういうことだ。儂らと三日月家が組んだのを察知したのか。もしや、沙魚丸が教えたのか。けしからん。戻ってきたら、お仕置きでもするか。」


雨情は冗談のつもりで言ったのだが、木蓮に軽く無視される。


「仔細は分かりませんが、丁度良いではございませんか。私どもが中軍を攻めても後軍がすぐに攻めて来る心配はなさそうです。」


〈こいつ。儂の言うことをあっさり無視しよった。今は我慢してやるが、絶対に無視できん言葉を言ってやる。〉

平静を装った雨情は、真面目な返事をする。


「一郎が野句中軍の大将は前軍にいると言っていたが、兵の配置からするとそのようだな。中軍を食い破れば、前軍は対応できんだろう。」


「中軍の乱れかたからして、一郎の策は成功したのでしょう。どうやったら、あのようになるのですかな・・・」


「もしかしたら、儂らと戦う前に士気を上げようと大宴会の最中かもしれんぞ。」


ニヤニヤと笑う雨情に木蓮は微笑む。


「そんな間抜けな敵でしたら、私だけで事足りますので、若はこちらでのんびりと休んでいてください。」


「相変わらず、冗談が通じんやつだ。」


ぼそっと呟いた雨情は。聞こえていないよなと、こっそり木蓮を見る。


雨情がこちらを見ると予測していたかのように木蓮が、雨情をじっと見ている。


しかも、あろうことか、そんなつまらない冗談を若者に言うと嫌われますよ、と言いたげな顔をしているではないか。


悔しげに唇を噛み締めた雨情は、木蓮から顔を背け中軍に目をやった。

真剣に中軍の様子を見ていた雨情は首を傾げる。


「あの真ん中で槍を振り回しているのは、彦左衛門ではないか。どう思う。」


木蓮も目を凝らすが、悲しげに言う。


「うーん。ぼやけてよく見えませんな。」


はぁ、と雨情がため息をつく。


「老眼か。お前も年を取ったなぁ。」


むっとした顔になった木蓮の口調が、いつもよりかなり厳しいものとなる。


「雨で視界がぼけているだけです。どうせ、若もはっきりと見えていないのでしょう。」


「だから、お前に聞いたのではないか。いや、こんなしょうもないことで言い合いをしている場合ではないな。あんな動き方できる者がその辺にいて、たまるものか。あれは彦左衛門にしておく。」


「かしこまりました。」


「彦左衛門の周りの兵が少なく見えるが、よく分からんな・・・。彦左衛門が薙ぎ倒している者たちは、儂らの味方なのか。だとすると、悲しくなるほど弱いな。」


舌打ちした雨情だったが、突如、歓声を上げる。


「おい、やるではないか。あいつ、死んだふりをして、下から槍を突き上げたぞ。」


「若。楽しむのも大概になさいませ。私どもが付けている赤い鉢巻、もしくは、それに準ずるものをあやつらは付けておりません。敵として扱うのが妥当でございましょう。」


「そういえばそうだな。では、あそこにいる者どもは、残らず抹殺しようと思うが、どうだ。」


「お心のままに。」


何でもないように言う木蓮を見た雨情がニヤリと笑う。


「では、決まりだ。突撃するとしよう。」


身を隠していた茂みから躍り出た雨情が、槍を野盗たちに向ける。


「待たせたな。存分に腕を振るえ。儂がしっかり見ている。行くぞ!」


雨情は兵たちに号令を放つと同時に走り始める。

遅れまじと、兵は一斉に突進する。


「雨情様。後は我らにお任せください。」


騎馬組頭の彩倉総悟が雨情の隣に並んで叫ぶ。


「彦左衛門がいる。あいつの首は儂が取ってやらんといかんのだ。端武者に討たれたのでは浮かばれずに、怨霊になるかもしれんからな。」


亡霊の真似をする雨情に対して、眉一つ動かさずに総悟が返事をする。


「分かりました。では、ご一緒いたします。」


〈総悟も儂の冗談が分からんのか。〉

憮然とした雨情だが、思い出したように言った。


「お前は、後で敗走する野句中軍の尻を叩く役目があるのだから、あまり張り切りすぎるなよ。」


「あれしきの数、物の数ではございません。」


腕の筋肉を盛り上げる総悟の肩を雨情は叩く。


「油断だけはするなよ。」


雨情が中軍の陣地に駆け込んで目にしたのは、彦左を抱えて山の中に逃げ込もうとする一郎と四葩だった。

〈あいつらが何をしているのか、まったく分からん。だが、彦左衛門の兵は全滅したようだな。〉


雨情に気づいた一郎が、軽く頭を下げ、山の中に姿を消した。


〈まぁ、よいか。彦左衛門の始末はあいつらに任せよう。するとだな。残っているのは、野句中軍の傭兵か。どいつもこいつも疲れ果てていて、戦と言うより虐殺になりそうだな。どうやら、大木村の者どもの策が当たったようだ。〉


雨情は獰猛な笑みを浮かべる。


「この場にいる者は、すべて殺せ。死んだふりをして地面に転がっているやつがいるかもしれんから、気をつけろ。立っている者は後軍に逃がすな。前軍へ追い込め。」


雨情の命令に総悟が指揮する兵が野盗たちを前へ前へと追い立てていく。


さらに、後ろから弓組頭の紫香楽智努が率いて来た弓組が矢を放ち、生き残った野盗たちは、一心不乱に寒山がいる前へと駆ける。



野句中軍は決して弱くない。

野句中家が文治組と言われることに、かねてより腹立たしく思っていた寒山の父は、武勇に優れていると噂が立った者を折あるごとに召し抱えて来た。


その甲斐もあって、野句中軍は鷹条家中でも屈指とは言わないまでも、他家に引けを取らないぐらいに戦えるようになっていた。


寒山を心配した父が用意した近習たちの言うことに最初は大人しく耳を傾けていた寒山だったが、途中から近習たちとの関係が悪化する。


近習頭の隅小沢格之助が提案したことがことごとく外れてしまい、中石川に戦を知らないお坊ちゃん呼ばわりされたことにより、寒山は激怒し、自分の考えに固執するようになる。


中石川が本軍から出て行ってから、寒山はさらに武勇の誉が高い者たちを馬鹿にするようになった。


〈武一点張りのやつらの言うことなど、聞くだけ無駄だ。こいつら、孫子の兵法すら自分で読めずに坊主に教えてもらっているではないか。勝ったと言うのも、きっと偶然なのだ。〉


この戦で勝利することにより、戦を知らないと言った者たちを見返すのだと寒山は張り切る。


寒山は法螺貝の音を聞いた時、三日月家が何かしているのだろうと考え、特に何もしなかった。

だが、近習たちは口々に寒山を諫めるが、いらだった寒山は聞く耳を持たない。


「黙れ。お前たちの言うことは一つもあっていなかったではないか。おかげで、私は中石川に馬鹿にされたのだぞ。帰国させないだけでもありがたいと思え。」


寒山の激しい剣幕に近習たちは黙らざるを得なかった。


そして、彦左がいる中軍で何か騒動が起きているのではないかと、近習に報告をしに来た者がいた。


だが、寒山の近習は、寒山にそのことを告げなかった。

というより、告げれなかった。


近習頭の隅小沢が頭を下げる。


「私のせいで、すまん。中軍のことは私たちで調べよう。」


だが、寒山とて馬鹿ではない。

いや、とても賢いのだ。

中軍の方から聞こえる異様な音に気付いた寒山が隅小沢に問いかけた。


「あの音は、何です。」


この機会を利用しよう、と隅小沢は思った。


「中軍で何か騒動が起きたと報告が参りました。一軍を派遣し、調べたいと思いますので、ご許可をいただけますでしょうか。」


隅小沢の言い方が寒山の癇に障る。

ふむ、と言った寒山は首を横に振った。


「いや、いいでしょう。おそらく、喧嘩です。中軍には、傭兵どもが多く配置されていると聞いていますから。」


「しかし、中軍には彦左衛門様がいらっしゃいます。彦左衛門様の指揮下で騒動が起きるなど、よほどのことかと・・・」


さらに、隅小沢の言葉が寒山を傷つける。

寒山が隅小沢をじとりと睨む。


「彦左衛門殿が何だと言うのです。そんなにもあの方のことが心配なら、貴方が見て来ればいいでしょう。」


「私は、寒山様のお側を離れることはできません。」


「無用です。私を子ども扱いするのは止めてください。」


「申し訳ございません。」


深々と頭を下げる隅小沢を見て、少し言い過ぎたかもしれない、と寒山は後悔する。


「分かりました。では、こうしましょう。誰かに中軍の様子を見に行かせてください。何もないようであれば、彦左衛門殿にあまり騒々しくしないよう、注意して来てください。」


「承知いたしました。」


隅小沢が寒山のところから立ち去ろうとした時、別の近習が血相を変えて陣幕に飛び込んで来た。


「寒山様。大変です。あちらの山腹に椎名軍の旗が立ちました。」


近習が指さす方向に椎名の旗が乱立している。


「大丈夫です。あそこに椎名軍はいません。」


寒山はきっぱりと言い切って、近習たちに得意げに説明する。


「椎名軍は街道を来なければいけないのです。あんなもの、目くらまし以外の何物でもありません。」




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