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三宅寛流斎、出陣

「お味方しに参りましたぞ。」


朗らかな声と共に三宅家の城下屋敷へ訪れる者たちを満面の笑顔で出迎える寛流斎は確かな手応えを感じていた。


〈ここまで来るのに、思えば長くかかったものだ。〉

寛流斎の味方になるように様々なことを行った日々が自然と思い起こされる。


〈この道化芝居も今日で最後よ。〉

寛流斎の顔は知らず知らずほころんでしまう。


ご機嫌な様子の寛流斎を見つけた目ざとい者たちが、寛流斎におもねろうと口を開く。

「私が寛流斎様を本丸へとお連れいたしますので、是非とも先陣をお任せくだされ。」


そんな時、寛流斎は熱い涙をまじえ答える。

「嬉しいことを言ってくれる。貴殿の誠意は軍奉行に必ず伝えておこう。」


彼らは先陣を任されることなど、これっぽっちも望んでいない。

寛流斎に存在感を示せればそれで良く、寛流斎の返事に満足し屋敷に入って行く。


どの男たちも普段着でちょっと寛流斎の屋敷へ遊びに来ましたみたいな素振りをしているが、彼らは前もって軍装をこっそりと屋敷へ運び込んでいる。

そして、寛流斎のご機嫌を取り終わったら、すぐに戦の準備を整えるよう決められていた。


笑顔で対応を続ける寛流斎であるが、内心は彼らに毒づきっぱなしである。

〈揃いも揃って、(だいだい)武者ばかりとは嘆かわしい。儂が領主になったら、どこまであてにしてよいのやら・・・〉


寛流斎自身もここに集まった者たちの大半が、勝ち組にすり寄って来た者たちであることを知っている。

だが、数は正義であることも老獪な寛流斎は痛いほどに分かっているから彼らを無下に扱うことは絶対にしない。


〈やれやれ。当初の予定では、儂らだけで終わらせるはずだったのだが・・・〉

寛流斎が頼りない味方の様子にぼやくのも無理はない。


『鶴山城に攻め込み、武蔵を討ち取る。』と言う計画の当初案では、実際に手を下すのは直臣と親族の者たちだけで決行することになっていたからだ。


そのために、武蔵側にいる者を買収し、時には弱みを握り脅すなどして、寛流斎陣営へと引き込んできた。


〈表舞台に立つのは、儂らだけでいいのだ。〉

三宅家血族と譜代の者以外をすべて脇役へと追いやり、決行の日には寛流斎が華々しく活躍しようとしていた。

寛流斎の努力が結実し、武蔵には気づかれることなく武蔵を裸の王様とすることに成功する。


〈儂らだけで鶴山城をほぼ無血で落とす計画が成ったわ。〉


これで野句中軍が椎名軍を討つ日が来るのを待つだけと考えた時、寛流斎は自らの手腕を誇った。


だが、寛流斎の計画に大きく修正を迫る事態が発生する。

野句中軍が何の前触れもなく陣替えを行ったのだ。


これを知った武蔵が伊織と寛流斎の二家老を領主屋敷へ呼び出す。

羽蔵が呼ばれなかったのは、武蔵の命令で鶴山城から出ていたためであるが、二家老はそのことを知らされていない。

武蔵は不機嫌さを隠さず実弟、伊織に命じる。


「野句中様は鶴山城へ攻め込む意思があるのかもしれん。伊織は自身の領地より兵300を急ぎ呼び寄せ、大手門の警護をせよ。」


武蔵の命令に寛流斎は口から心臓が飛び出るほど驚いた。


〈まさか、城の乗っ取りに気づかれたのか・・・。もしや、ここで儂を討つつもりか。羽蔵がいないのは討ち手なのか。〉


恐怖に襲われた寛流斎は、激しく鼓動する心臓を右手で押さえ、震えそうになる声を気合でごまかしつつ武蔵に意見した。


「伊織様が大手門を固めたと野句中様に聞こえては、先々まずいことになるのではありませんかな。」


「我らの領地で好き勝手にやる者に警戒をして何が悪い。万が一、城下に被害が出れば、領民がここから逃げ出すかもしれんのだぞ。」


武蔵の強い口調は野句中だけに向けられており、寛流斎は自身が毛ほども疑われていないことが分かり、表情を変えることなく安堵する。


「ならば、この寛流斎も働きましょう。搦手門の守りは儂がいたします。」


寛流斎の自推に武蔵は驚愕した。

〈寛流斎が何の得にもならないことをやるだと。そんな馬鹿な・・・〉


寛流斎に疑いを向けかけた武蔵だが、とぼけた表情をして寛流斎に言う。


「寛流斎の気遣いはありがたいが、搦手門も伊織の兵に守らせるから大丈夫だ。」


「伊織様だけに働かせるのは切に申し訳ない。儂の兵も少し出しましょう。」


どんと大きく胸を叩いた寛流斎に武蔵は押し切られた。


武蔵の苦虫を嚙み潰したような顔を横目で見ながら、寛流斎は考える。


〈もしや、羽蔵に搦手門の警護を任せるつもりだったのか。ならば、一石二鳥と言うところか。大手門については、伊織様が誰を呼んだのか急ぎ調べさせよう。以前に買収した者が来てくれれば話は早いのだが・・・。搦手門には誠之助をやれば、そつなくこなすであろう。〉


この後、伊織が領地から呼び寄せた組頭の一人は寛流斎に買収されていた者だった。

この組頭は、奇しくも搦手門の守備を伊織より命じられる。


寛流斎が誠之助と呼んだ者は三宅家の家老の一人である。

搦手門の守備を任された組頭と協同し、城下への見回りを口実に搦手門の警備を放棄した。


搦手門に残されたのは、元から門番を命じられた者たちであり、仁平もこの中の一人である。


当然の如く、この門番たちも寛流斎から媚薬を嗅がされており、事がおきた場合、三宅に味方することになっていた。


余談ではあるが、搦手門を守る兵が一斉に城下に出てしまい、仁平が門番に命令できる立場であったからこそ、沙魚丸たちがすんなりと鶴山城へと入れたことにより武蔵へと大きく流れが傾くことになったのは、寛流斎にとっては何とも皮肉な話である。


話は戻る。


誠之助から搦手門の守りを無効化したと知らせが届いた時、してやったりと寛流斎は声を立てて笑った。


しかし、石橋を叩いても渡らない男と評された慎重な寛流斎には、依然として一抹の不安があった。


〈伊織様が守る大手門の兵を無力化しようと手を打ったが・・・。まだ知らせは来ないか。大手門の奪取を失敗した時のことを考えると、儂の直臣だけでは伊織様の兵を破るには無理があるな。仕方ない。儂の味方を喧伝している者たちに兵を出させるか・・・〉


寛流斎は、根が吝嗇な男である。

直臣だけで謀反を起こしたいと考えたのも、後で褒美をやりたくない気持ちが強い。

この辺りが海徳を好む理由の一つかもしれない・・・


〈領地から家臣をもっと呼び寄せるべきだったか・・・。いや、これ以上、城下に兵を入れれば、敏い武蔵様のことだ。きっと謀反に気づいていたであろう。〉


謀反に味方する者を屋敷へと集めつつ、大手門を奪取するための策が成功することを祈念していると、武蔵の近習である木下秀俊が三人の商人が本丸に入ったと告げに来た。


思えば、これが最後の知らせであった。


◆◆◆


接待に忙しく動き回る寛流斎が法螺貝の音を聞いた時、始めは何の音か分からなかった。


〈あの音は、法螺貝か・・・。三日月家は鐘を合図にしていて、法螺貝は無い。だとすると、鷹条軍が椎名軍にいよいよ襲い掛かったのか。〉


そう考えた寛流斎はいよいよ始まったかと血が沸き立つ思いがした。


だが、頭の片隅で何か違うと言う声がする。

衝動に突き動かされて行動した結果、痛い目にあったことを思い出し、必死で冷静になろうと努める。


寛流斎は自らを叱咤するように呟く。


「野句中様に使者を立てたが、未だに帰って来ておらんではないか。戻って来るにはもう十二分な時間が経っているはずだ・・・」


寛流斎は、何か見落としているのではないかと思いを巡らす。


〈そもそもだ。儂に何の知らせも無く、椎名軍への攻撃を行うはずがないのだ。ということは、儂の使者は野句中様のもとに辿り着かなかったのか・・・〉


「新兵衛、こちらへ参れ。」


隣の座敷で控えていた大島新兵衛が寛流斎のそばへ座った。


「城内のことを告げに来る者は、あれからいなかったか。」


寛流斎の質問に新兵衛は静かに答える。


「木下様が帰られてからは、一人もございません。」


「そうか・・・」


〈おかしい。なにかが変だ。〉

腕を組み、目をつぶり考え事を始めた寛流斎が次に何か言うまで新兵衛は身動き一つせず待つ。


こういう時に寛流斎に話しかけた者は、残らず屋敷からいなくなったことを新兵衛は良く知っているからだ。


新兵衛は一つ寛流斎に報告しなければいけないことがあったのだが、考え事を始めた寛流斎に告げる機会を完全に逸してしまった。

『本丸で赤い旗が振られていたことを見たと・・・』


実のところ、寛流斎に瓜生家や守備兵が続々と本丸に入って行ったことを知らせようとした者が数名いたのだが、お辰の機転により仁平の配下や瓜生家の者が搦手門から出ようとする者をすべて捕らえてしまっていた。


そんなこととは知らない寛流斎であるが、念には念を入れて来たと言うだけで、生き馬の目を抜くような時代を生き残って来た男ではない。

知らせを告げに来る者がぴたりと止まったこと、さらに響き渡った法螺貝の音と呟くと、寛流斎の勘が告げる。


『ここで動かねば負ける。慎重などと言っている場合ではない。』、と。

かっと目を見開いた寛流斎は気炎を上げる。


「新兵衛、すぐに出陣じゃ。」


「はっ。」


新兵衛は座敷を飛び出し、


「方々、出陣でござる。急ぎご用意を召されよ。」

と、大声で触れて回る。


寛流斎は甲冑を着け終わると、用意を終えた者たちの前に踊り出た。

ずらっと並んだ者たちを眺め、新兵衛に尋ねる。


「これだけか。」


「申し訳ございません。当家の者は全員いつでも出陣できるよう準備を整えておりましたが、他家の方々におかれましては、寛流斎様へのお目通りを終えた後、緊張の糸が切れたようにくつろいでいらっしゃる方が多いため、出陣には今しばらくお時間がかかるかと。」


〈やはり、頼りにならんか。橙どもめ。まぁ、何人かはいるようだな。儂が領主になった暁には重き地位位を用意してやろう。〉

余裕の笑みを浮かべた寛流斎は声を張り上げた。


「儂らだけで十分じゃ。武蔵を討って名を上げよ。」


寛流斎の自信に満ちた声に兵たちは雄叫びを上げる。


「大手門は避け、搦手門から一気に本丸を突く。武蔵が気づく前が勝負じゃ。者ども、全力で駆けよ!」


〈武蔵が謀反に気づこうと気づくまいと、儂の策に狂いはない。〉

不安を打ち消した寛流斎は直臣300と戦の準備を終えていた他家の者たち200と共に出撃した。

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