表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/177

決意

「沙魚丸様、ちゃんと聞いてますか。」


着替えのために身動きがとれない沙魚丸の鼻先に、お辰の孫娘のお勝がかわいい指をびしっと突きつけた。


〈10歳って言ってたけど、なんて圧をかけてくるの。これっぽっちも勝てる気がしないわ。でも、何かこう、どこかで経験したような・・・〉


「沙魚丸様!」


お勝の大きな声に驚いた沙魚丸は姿勢を正して答えた。


「はい、もちろん聞いてます。カブト虫の相撲大会のことですよね。」


むうっ、と顔を膨らませたお勝が腕を組んで沙魚丸の前に仁王立ちとなる。

〈フフッ、かわいい。おしゃまな女の子かと思ったけど、こうして見ると年相応かしら。〉


「そのお話は、もう終わりました。今年は残念ながら二回戦で負けてしまいましたので、どうやったら強いカブト虫を捕まえることができるかお聞きしているのですわ。」


「あぁ、そうなんですね。それなら、樹液が出ている(くぬぎ)を見つけることです。朝早く行けば、樹液にたくさん集まってますから、きっとお目当ての強いカブト虫を捕まえることができますよ。」


「それは、ダメですの。勝手にお城を抜け出すと、お父様に怒られてしまいますわ。」


しょげた様子で上目遣いに見て来るお勝に、あっという間に沙魚丸は降参した。

〈前言撤回よ。やるわね、この子。10歳なのに早くも男を手玉に取るスキルを身に着けているとは・・・。〉


「分かりました。今度、私が強いカブト虫をお持ちします。」


お勝の張りつめた顔がとろけそうなほど甘い笑顔に変わったのを見て、

〈まっ、可愛いからいいか。〉

と、沙魚丸は表情をやわらげた。


「絶対ですよ。約束ですからね。」


差し出された小指に、少し戸惑った後、沙魚丸は自らの小指をからませ指切りをした。


〈幼女にドキドキするなんて、私ったら何か変よ。でも、この子の既視感は、分かったわ。小次郎さんね。この子と小次郎さん、お似合いじゃないかしら・・・。って、私ったら、何をお節介な縁談おばさんみたいなこと考えているの。〉


脳裏に浮かんだ考えを慌てて否定しようとするが、実は名案かもしれない、と思い直したところで、お辰の声にハッと我に返る。


「ほら、お勝。沙魚丸様はお着替えのため、お忙しいのです。あっちへ行っていなさい。」


ここから追い出そうとするお辰に対して、お勝は肩をすくめて答えた。


「お婆様。それは違いますの。今の沙魚丸様は、どう見てもお婆様の着せ替え人形なので、見かねた私が沙魚丸様の相手をしてあげているのですわ。沙魚丸様は、私に感謝しているぐらいですよ。」


腰に手を当てたお勝は、沙魚丸にずいっと顔を近づける。


「ですよね、沙魚丸様。」


〈うん、否定できない。この子が私の相手をしてくれているから助かっているのは事実なのよね。昔から服に興味を持ったことが無いから、どれでもいいなんて言えないし・・・〉

沙魚丸はお勝に笑顔を向ける。


「はい、感謝しています。ありがとうございます。」


実際のところ、沙魚丸はお辰の着せ替え人形になっていた。

息子たちが子供の頃に着ていた着物をお辰は下女たちに運ばせると、沙魚丸にあーでもない、こーでもないと着物をあてがい、着せ替えを楽しんでいた。


そこへ、羽蔵が源之進と次五郎と共にどたどたとやって来た。


沙魚丸が着替えをしている間に奥で話し合いを進めていたのだが、いつまでたっても来ない沙魚丸にしびれを切らせた三人は様子を見に来たのだ。


「お辰、まだ着替え終わっていないのか。というか、これは、どういう状況なのだ。」


羽蔵が驚いたのも無理はない。

床一面に広がった着物と沙魚丸のやつれた顔、そして、場違いなのになぜか堂々としているお勝。

ちぐはぐな光景に羽蔵が嘆息すると、次五郎が笑った。


「母上も相変わらず、着物選びがお好きですな。どうですか、沙魚丸様に似合う着物はありましたか。」


初めて見た兄の次五郎が怖いのか、次五郎を見たお勝はさっと身をひるがえしお辰の後に隠れ、こっそりと顔をのぞかせる。


お勝の頭を撫でながら、お辰が思案顔で言う。


「やっぱり、これが一番似合うと思うのだけど、どうかしら。」


「そうですなぁ。その魚柄は、ハゼのようで何とも愛くるしくて良いと思いますよ。」


次五郎の物言いに何かこうイラっとするものを感じた沙魚丸だったが、

〈実の親の前で泣きべそをかかせるのも大人げないわね。〉

と思い、沙魚丸は次五郎に文句を言うのを我慢した。


「そうよね、これにしましょう。」


着物の選考がようやく終わったお辰のそれからの行動はてきぱきとして早かった。


「沙魚丸様、詳細を申し上げる時間がありませんので、私たちの話し合いで決まった要旨だけをお伝えいたしますから、そのままお聞きください。」


源之進が背筋をピンと伸ばした綺麗な正座で話し始めた。


「羽蔵様からお聞きしましたところ、椎名家の使者は鷹条家の代替わりより絶えて久しいとのことです。」


沙魚丸は思わず聞き返した。


「鷹条家の代替わりが何か関係があるのですか。椎名家には三日月家との取次がちゃんといますよね。」


「はい。三日月家への取次をお務めなさっているのは、一門衆の清柳様でございます。仔細は分かりませんが、椎名家と三日月家とはずっと前から断交していると考えていいでしょう。」


〈それって、やばくない。完全に敵地のど真ん中ってことよね。いや、まぁ、戦に来てるんだから、断交してるのはいいのよね。いや、なんか、こう前提がおかしくない・・・〉

顔色が変わった沙魚丸の背中を優しくお辰が叩いた。


「はい。お着替えは終わりました。どうぞ、お座りになってください。今、白湯を持ってきますね。」


お辰が一声かけてくれたおかげで沙魚丸は少し落ち着くことが出来た。

ちょこんと座った沙魚丸に源之進が話を進める。


「幸いにも羽蔵様が私たちに協力してくれることになりました。まず、羽蔵様が三日月様に私たちと会う段取りをつけてくれます。」


沙魚丸は頷いた、というより、頷くしかなかったのだが・・・


そこへ、お辰が白湯を持って来てくれたので、沙魚丸は一息つこうと木椀を口につける。


〈あったかくて沁みるわぁ。〉

ずずずーと白湯を啜る沙魚丸に源之進が告げる。


「沙魚丸様は、三日月様の奇貨とならなければなりません。ほとんどの交渉は私たちが行いますが、沙魚丸様にお願いしたい儀がございます。」


〈奇貨ねぇ・・・。私は、秦の王子子楚ってところかな。と言うことは、人質の価値がほぼ無い私が三日月様にとって価値ある者にならないといけないのね。さて、源之進さんが言う儀とは、何でしょう。私に任せなさい!呂不韋(りょふい)ならぬ三日月様に私を奇貨と認めさせてやるわ。〉


やる気に満ちた様子の沙魚丸に安堵した源之進が羽蔵に視線を向けると、羽蔵が軽く顎を引いた。


「我が(あるじ)、三日月武蔵様は、女々しい男子に対して拒絶反応を示されます。会談中は凛々しいお顔で堂々とおふるまい下さい。猫背は絶対にダメです。ぼそぼそ話すのもいけません。特に名乗りの際は、大きな声ではっきりとお願いいたします。」


沙魚丸の意欲は一瞬で吹き飛び、気が遠くなった。

羽蔵が言ったことは、全て前世の自分に当てはまるのだ。


〈沙魚丸君の体だから、心配ないと思うのだけど・・・。もしかしたら、私の魂に姿勢に関する情報が刻み込まれていたら、大変なことになるわ。〉


沙魚丸は前世でとっていた姿勢を思い出し、言い訳を始める。


〈領収証を紙に貼るのに、胸張ってするわけないじゃない。一日何時間も事務机に向かってたら、背中は丸まっちゃうの。小さな部屋で、みんなに聞こえるように大きい声で話すほど、私は自信家じゃないのよぉ・・・〉


ひとしきり心の中で喚くだけ喚いた沙魚丸は目を閉じ、腹式呼吸を行った。

覚悟を決めた沙魚丸は、土壇場に追い込まれた者が見せる笑顔を羽蔵に向ける。


「分かりました。ご期待に応えて見せましょう。」


沙魚丸の心はいさ知らず、源之進たちには沙魚丸の笑顔が意欲あふれるものに写った。

これなら大丈夫と力強く頷いた源之進は、(ふところ)の線香を取り出し沙魚丸に見せる。


「沙魚丸様、この通り時間がありませんので、すぐに参りましょう。」


事ここに至っては、のんきな沙魚丸も焦りを覚えた。


「分かりました。行きましょう。」


奮起した沙魚丸はすっくと立ちあがる。

気がつくと沙魚丸は源之進に米俵のように担がれ、運ばれていた。


時間が無いし、折角着替えたのに転んだらダメだからと源之進と次五郎に口をそろえて言われた時に、沙魚丸は一言も口答えできなかった。


〈鶴山城に来るまでに滑って着物を汚した前例があるものね・・・。ご迷惑をおかけして、本当にすいません。〉


謝りつつも、沙魚丸は源之進の肩の上で流れるように移り変わる城の景色を楽しんでいた。


〈本丸は、あそこの高いところよね。堀もあるけど、切岸(きりぎし)がえぐいわね。見るからにすべすべしていて、まず登れないわ。仮に登れたところで、土壁が待ってるし・・・。狭間(さま)が至る所に空いているから、力押ししたら被害甚大ね。何か攻城道具が必要よ。〉


沙魚丸は、山城ガールの癖ともなっている城攻めの方法をついつい考えてしまう。

二の丸から本丸へ入るための屈折した坂道を源之進が登って行く間にも妄想はぐんぐん広がる。


〈横の土塁の上から槍で突かれたら、どうしようもないわね。それにしても、源之進号の乗り心地は凄いわね。〉


源之進の大股走りは空中にいる時間が長いので、担がれている沙魚丸は何か地面を飛んでいる気分になる。


〈源之進さんも次五郎さんも背が高くて足が長いから坂道だと速くなるのね。可哀そうに羽蔵さんの足の回転数が酷いことになってるじゃない。〉


羽蔵は沙魚丸の同情混じりの視線に気づくと、嫌そうな顔をした。


〈さすが、戦国武将ね。勘が鋭いし、同情なんてされたくないのね。〉

沙魚丸はごまかすように笑った。


坂を登り切ったところに門があった。


〈これも木製の薬医門ね。今までと違うのは、横に小さいながらも櫓があることね。近代城郭みたいな櫓じゃないけど、いい!あぁ、撫でたい。〉


城好きの沙魚丸は源之進から脱出して櫓に登ろうと考えたが、源之進にがっしりと担がれていて脱け出すことなど無理だった。


〈仕方ないわね。交渉をさくっと終わらせて、ここに戻って来るわよ。アイルビーバックだったかしら。〉


沙魚丸に三日月との交渉を絶対に成功させる新たな理由が付け加わった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ