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草枕

「鶴山城は鶴山台地の先端に築かれた連郭式の平山城なのですよ。」


懐かしそうに語った次五郎だったが、搦手門をくぐり城に入るなり

「ここは、鶴山城だよな・・・」

と、言って首をかしげる。


「こいつは驚いた。どこもかしこも変わっていて、全く分からん。この変わりようは、何と言うか、そうだ、竜宮城から帰った浦島太郎ってとこだな。」


腕を組んだ次五郎が口笛を吹き、仁平の顔を見た。


「俺が城内の案内をしようと思っていたが、無理だ、無理。仁平、任せてよいか。」


「もちろんです。城内も色々と変わりましたのでご案内いたします。お父上の羽蔵様は二の丸のお屋敷にいらっしゃいますので、そちらへ向かえばよろしいですか。」


〈仁平さんたら、すっごい嬉しそうな声。でも、仁平さんの表情が全然変わらないのよね。凄いわ。〉

仁平の顔つきに感動している沙魚丸だが、仁平の言葉を聞いた次五郎が笑い出した。


「なんと、父上は二の丸に屋敷を拝領したのか。これまた驚いたな。」


高らかに笑う次五郎に仁平がすっかり呆れ顔となる。


「羽蔵様は、今では三番家老にお成りでございますよ。五郎様は本当に浦島太郎になってしまったのですねぇ。」


「だから、そう言ってるではないか。」


一行の案内をするはずだった仁平は、今や次五郎専属の案内役になり、二人は城内のあちこちを指さしながら思い出話に花を咲かせている。


そんな騒がしい二人を見て、沙魚丸は源之進に小声で話しかけることにした。


ここに至るまでに沙魚丸は人質になったことを城外で二人に謝っていたのだが、逆に沙魚丸を護衛できなかったことを二人から平謝りに謝られていたため、どうにも気になって仕方がなかったことを聞けていなかったのである。


〈仁平さんって、悪人渋オジなんだけどね。でも、どう見ても雑魚キャラなのよ。私が人質になっちゃったのが悪いんだけど、あのまま源之進さんたちは為す術(なすすべ)もなかったのかな・・・〉


沙魚丸としては、源之進が何か必殺技を繰り出す予定があったのではと期待していた。

狂戦士だとか色々と心の内で言ってはいるが、沙魚丸にとって源之進こそが一番のヒーローに違いないのだ。


「私が捕まった時、源之進さんは刀を置きましたよね。あそこから何か逆転の技とかあったんですか。」


「次五郎殿と仁平が旧知でなければ、身ぐるみ剥がされていましたね。」


淡々と語る源之進に、即座に沙魚丸は聞き返す。


「じゃぁ、仁平さんの狙い通りってことですか。何か、こう、奥の手があったとか・・・」


源之進が顔をほころばせる。


「沙魚丸様が捕まった時点で私たちができることは、ほぼありません。沙魚丸様のお命を危険にさらすような真似は決してできません。仮に捕まったのが沙魚丸様でなければ、賊は残らず成敗いたしますが・・・」


「捕まった人は、どうなるんですか。」


「運が良ければ、助かりますよ。」


事も無げに言う源之進に沙魚丸は二の句が継げなかった。

沙魚丸の様子を見た源之進はすぐに表情を改め、静かに話し始める。


「私たちにとって、沙魚丸様は特別な存在なのです。どうかお忘れなきようお願いいたします。」


沙魚丸がこくりと頷くと、源之進が人差し指を立てて、自らの口に当てた。


「お分かりいただけたようなので、特別にお教えいたしましょう。実は、針間が仁平たちの背後に潜んでおりました。私の合図で全員を倒すことになっていました。」


沙魚丸は思わず笑ってしまった。


「なんだ、ちゃんと奥の手があったんですね。皆さん、流石ですね。」


「ありがとうございます。仁平には悪いのですが、まぁ、彼らぐらいなら、針間一人で十分だったでしょう。」


源之進がさらりと言った。


〈みんな凄いのね。沙魚丸君のポテンシャルも凄そうだから、あとは私の努力次第かぁ。国に戻ったら、小次郎君の猛特訓が待ってるのよね。やれやれだわ、って、まだ生きて帰れるかも分からないのに、私ったら何を先走ってるの。集中よ、集中。〉


気合を入れなおした沙魚丸は、ふと気づく。


「そう言えば、針間さんはどこにいるのですか。」


「針間でしたら、城外で私たちの合図を待っております。沙魚丸様が交渉に成功し、三日月殿を当方の味方にできれば、この布を振ります。針間はそれを雨情様にお知らせする段取りになっております。」


源之進が懐から赤い布をちらりとのぞかせた。


〈ここで、プレッシャーをかけてくるのね・・・。よっし、頑張ろう。それはそうと、その赤い布は、もしかして赤ふんじゃないよね。〉


疑念を抱いた沙魚丸だが、戦の命運をかけた一大事を知らせるのに、まさか赤ふんは無いだろうと沙魚丸は首を横に振った。


「もし、交渉が失敗したら、どうするんですか。」


〈次五郎さんのお父さんもいるし、すぐに殺されるってことは無さそうね。あっ、もしかして、叔父上は・・・〉


沙魚丸が雨情の考えに行き着いた時、源之進の声に沙魚丸の考えは遮られた。


「線香が燃え尽きれば、雨情様は退却いたします。私たちは別案を用意いたしておりますので、心配はご無用です。」


源之進がにっこり笑った。


〈この笑顔からすると、別案の内容を聞いても教えてくれなさそうね。まぁ、今は三日月様との交渉のことをしっかりと考えましょう。〉


不意に沙魚丸は、社長の知り合いであったシステム開発会社の社長が意気揚々と某国へ進出したことを思い出した。


〈あの後、提携した某国の会社に裏切られて、ノウハウを全て奪い取られて撤退するしかなかったって、会議室で泣いてたわね。お茶を持って行ったら、泣きながら、社長にお金貸してって言ってたっけ・・・〉


沙魚丸は抱いた懸念を口に出す。


「三日月様がお味方になると言うのは信じていいのでしょうか。」


「と、言いますと。」


「交渉が成功すると、三日月様が鷹条軍を攻めることになりますよね。ところが、それは三日月様の策略で、鷹条軍へ攻め寄せた叔父上を三日月様が襲うことは考えられないでしょうか。」


「その時は、血路を切り開いて逃げるしか無いでしょう。とは言いつつも、雨情様は三日月様が裏切るかもしれないと想定した動きをされるでしょうから心配はご無用です。」


全く動じることなく話す源之進の態度に沙魚丸はほっと胸をなでおろす。


「源之進さんは、三日月様をご存じなのですか。」


「はい。何度かお会いしたことがございます。爽やかなお方ですが、国境(くにざかい)のご領主だけあって、なかなかに権謀術数に優れた御方です。」


「爽やかと権謀術数とが同居するものなのですか。」


沙魚丸は驚いた。

沙魚丸の中では、二つの言葉は相反する言葉だったからである。


「孫子の兵法では、『兵は詭道なり』と教えております。」


源之進は言葉を切って、どう言えばよいか考え込んだ。

黙り込んだ源之進を見て、沙魚丸も思案を始める。


〈孫子がいるのね。この世界の過去に孫子が実在したのか、それとも孫子の兵法だけがこっちの世界にあるのか、どっちかしら。これは重要案件だわ。女神様に会った時に聞かないとね。織田信長がこの世界にもいるとしたら、どうしよう。安土城とか生で見れるのかしら・・・〉


沙魚丸の妄想が始まりそうになった時、タイミングよく源之進が沙魚丸に声をかけた。


「大国同士の戦いというものは、一度でケリがつくというものではありません。幾度も戦う中で相手の戦い方や力量などを図り、お互いに戦力が均衡していきます。」


〈なんとなく分かります。上杉謙信と武田信玄の関係かしら。何回も戦ったけど、お互いに滅ぼせなかったものね。〉


うんうんと頷く沙魚丸を見て源之進が話を続ける。


「一方で、小国の戦は、一度負けると国が亡ぶほどです。ですので、小国は卑怯だろうと何だろうと負けられないのです。そのために、小国は政治や外交の力で戦わないよう努力します。ですが、その努力もむなしく開戦となると、国力を考えても何度も戦えません。そこで、相手を崩す技を幾手も繰り出し、最後に決め技を使います。」


〈なるほど。女性にいきなりプロポーズをしても断られるから、プレゼントとか食事とかで女性の心を傾かせてからってことね。うん、体験はないけど、初対面の男性からプロポーズされても、オッケーするわけないよね。〉


沙魚丸の表情がぱっと明るくなったのを見て、源之進は安堵の息をついた。

源之進も説明に自信がなかったので、理解してもらえたようだと喜んだ。

最後に、と源之進が付け足した。


「ですが、勝者の尻馬に乗るだけの者の生き方は武士として美しくありません。彼らは目先の利益でしか動いていないので生き方に一欠けらの美も感じません。」


そこまで言った源之進は目を閉じ何かを思い出しているようだった。

源之進の邪魔をしないように、沙魚丸は源之進の言った意味を自分なりに考える。


〈私の知識で行くと、赤座直保かしら。確かに美は感じないかな。でも、関ケ原以後も生き残った点では見習うべきなのかしら。うーん、山道を登りながら考えるには難しい問題よね。人の世はいつも大変ですわ。〉


やれやれと首を横に振った沙魚丸は源之進と目が合った。

どうやら、沙魚丸が考え込んでいるのを待っていてくれたらしい。

微笑んだ源之進が静かに話し始める。


「そんな輩は、世からは卑怯者の誹り(そしり)を受けた挙句、ろくな死に方をしません。仮にその者が一花咲かせたとしても、親の因果は子や孫に報います。」


口をぎゅっと結んだ源之進は、何かを思い出しているように見えた。


〈そうよね。卑怯者って言われるとねぇ。ちょっと生きづらいかも。まして、主君が卑怯者って呼ばれると家臣はもっと辛いよね。でも、生き残ったら歴史を書き換えたらいいんじゃないのかなぁ。だって、勝てば官軍って言うじゃない。〉


沙魚丸はニヤリと笑う。


沙魚丸の笑顔に気づいた源之進が何を勘違いしたのか照れたように笑う。


「申し訳ありません。私の考えは端武者の戯言(たわごと)と雨情様からは怒られるのです。領主の考えを持てと言われるのですが、雨情様のおっしゃることが難しくて困っております。」


沙魚丸は慌てて胸中に浮かんだ危険な考えを振り払い、ごまかすように思いついたことを言った。


「そうなのですか。源之進さんが苦労しているとなると、叔父上の教えはさぞ無理難題が多いのでしょうね。」


笑っている沙魚丸を見つめる源之進の瞳ににわかに同情の色が宿った。


〈何。その目は。待って。いやよ。聞きたくない。お願い。口を閉じたままにして。〉


頬が引き攣った沙魚丸に源之進がことさら優しく話す。


「お忘れのようなので、再度お伝えいたします。沙魚丸様は国に戻られましたら、雨情様から領主としての在り方を徹底的に仕込まれることになっております。さぞや厳しいものになるかと思われますが、応援しております、」


「源之進さん。断れないのかな。」


沙魚丸がポツリと呟いた。


「無理です。ご愁傷さまです。」


源之進は表情を消し、そっと答えた。


〈三日月様が優しそうだったら、このまま人質にいようかしら。〉


しとしとと降る小雨の中で沙魚丸はため息を漏らした。

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