仁平
〈やっちゃった。どうしよう。ちょっと優しくされたからって、知らないおじさんたちにほいほいついて行くなんて、私の馬鹿、馬鹿。〉
沙魚丸は自分の間抜けさに泣きたくなった。
〈でも、さっきまで、優しいおじさんたちだったし・・・。そうよ、今日の私はかなり好調なんだから、大丈夫よ。〉
沙魚丸は自分があっさりと騙されたなんて認めたくなかった。
「おじさんたち、嘘ですよね。その冗談はあんまり笑えないから、早くやめませんか。」
沙魚丸にとって、この兵たちの役割は困っている白雪姫を助ける7人の小人のはずだった。さすがに自分を白雪姫と言うのはどうかと思うけれど・・・
だが、そんな沙魚丸の希望は、いとも簡単に瓦解する。
「俺は助けるなんて一言も言ってないぞ。護衛に会えるかもしれないと言ったら、お前が嬉々として俺たちについてきたのだろう。」
親玉がにやにやと沙魚丸に笑いかける。
歯茎までむき出しになった口に並ぶ黄ばんだ歯を見て、沙魚丸は無性に腹が立ってきた。
〈あぁ、やんなっちゃう。頭の先から足の先まで締まりのないおじさんに騙されるなんて。落ち込んでる場合じゃないわ、私のせいで源之進さんたちがピンチよ。何とかしなくっちゃ。〉
「あなたたち。さっきも言ったように、私たちは三日月様より偉い西蓮寺様の密使として鶴山城に来たのです。こんなことをしていたら、必ず後悔しますよ。」
沙魚丸は源之進たちを助けるべく憤然と叫ぶ。
〈さぁ、三日月様より偉いって言ったわよ。いい加減、分かるでしょ。〉
得意げな沙魚丸のおでこを指でつっつきながら、親玉がため息混じりに話す。
「坊主。お前たちがその何とか様の密使だろうと何だろうと、俺たちには怪しい者でしかないんだ。そして、俺たちのお役目は怪しい者を排除することだ。分かるか。分かるよなぁ。」
「排除って、何をするつもりですか。」
優しさをかなぐり捨てて野卑丸出しになった親玉は沙魚丸にとって恐怖しか覚えない存在だが、親玉をがんばって睨みつける。
残念ながら、親玉にまったく効果は無かったようで、鼻を鳴らした親玉が話す。
「そりゃぁ、ここから大人しく出て行ってもらうことだな。ただし・・・」
沙魚丸の背後に回り込んだ親玉は腕を沙魚丸の首に巻き付けた。
親玉の取った行動に源之進の目に怒りの炎が渦巻く。
沙魚丸の頭を撫でながら親玉は源之進に笑いかけた。
「通行料が必要になるけどな。」
その一言に兵たちがどっと沸く。
「無断侵入の件も上乗せしないとな。」
「小僧の怪我を治療してやったから、薬代も含めて随分と高くなっちまうぞ。」
「待て、待て。俺たちがこの二人の代わりに搦手門まで護衛してやったんだから護衛料をもらわないとダメだろう。」
兵たちが大爆笑する。
「これだけ笑わせてもらったんだ。お礼に小僧のおやつ代はおまけしといてやるか。」
好き勝手に沙魚丸たちをおちょくる兵たちの言葉を聞きながら、沙魚丸はがっくりとうなだれる。
〈やっぱり簡単に人を信じちゃダメね。色々と経験して来たはずなのに・・・〉
沙魚丸は過去に騙され涙したことを思い出し、目を閉じる。
親玉の腕の中で急に元気の無くなった沙魚丸に対して、
〈観念して大人しくなったか。〉
と、ニヤリと笑う。
さぁ、ダメ押しだとばかりに親玉は抜いた脇差の峰を沙魚丸の頬に当てる。
「お二人さん、どうする。金を払うか払わないのか教えてもらおうか。」
その横にずいっと別の兵が躍り出る。
「おっと、金の話の前にあんたたちが差している立派な刀を地面に置いてもらおうか。あんたたちが刀を抜いて、この小僧が怪我をするかもしれないからな。」
兵たちの笑う声に沙魚丸は、唇をかみしめる。
〈ごめんね。こんなモブなんて、あなたたちの前に立つ資格もないはずなのに、私のせいで・・・〉
「そうだぞ、こんなかわいい坊主がどうなってもいいのか。」
親玉がニタニタと下卑た笑いを浮かべた。
源之進は表情を消し、言われた通り脱刀し、刀を置いた。
その横で、次五郎が親玉の顔をじろじろと見ている。
「おい、そっちのごっついのは刀を置く気はないのか。」
苛立った兵の一人が叫ぶ。
「なぁ、お前、仁平じゃないのか。」
次五郎が親玉に言った。
〈おっとぉ、親玉さんは次五郎さんの知り合いなのかしら。〉
沙魚丸は興味津々で二人を観察し始めた。
「そこのお武家さんに俺の名を教えた覚えは無いんだがなぁ。」
親玉が訝し気に次五郎を見た。
「やはり、仁平か。お前、何でこんな追剥みたいなことをやっているのだ。お前は食うに困らない金をもらっているはずだが・・・」
右手を懐に入れ、左手であごひげをさする次五郎にカッとした仁平が食ってかかる。
「俺の名を知っているぐらいで、説教とは驚きだ。俺はお前のことなど知らん。さっさと腰の刀を置け。置く気がないなら・・・」
親玉が話しているのを遮って、次五郎が両手を広げた。
「何を言っているのだ、仁平。お前、俺を忘れたのか。ほら、よく見ろ。俺だ、五郎だ。俺を覚えていないとは、情の無いやつだな。俺は寂しいぞ、仁平。」
〈次五郎さん、これで勘違いだとすっごく恥ずかしいわよ。がんばって。〉
自信満々に語る次五郎を沙魚丸は心の中で応援する。
「けっ、五郎なんて名の野郎は天下に五万といるんだ。お前、頭おかしいだろ。」
悪態を吐かれるなんて微塵も想像していなかったのだろう、次五郎は少し悲し気な顔で答えた。
「瓜生羽蔵の子、五郎だ。これで、分かっただろう。」
「馬鹿を言うな。お前が五郎様な訳あるか。」
仁平は頭を小さく左右に振る。
〈親玉さんの語気が弱くなったわ。もしかしたら、いけるんじゃない。次五郎さん、行け、行けぇー。〉
沙魚丸の目が爛々と光る。
次五郎は首から下げた紐を取り出し、仁平に見える様に高くかざした。
〈何あれ。紐の先に何か付いているけど。真っ黒でよく分かんないわね。〉
沙魚丸が紐の先の物体の正体を看破できずに首を捻っていると、次五郎が懐かしそうに話し出す。
「このお守りは茄子家へ養子に行くことになった俺の安全を願い、お前が一生懸命彫ってくれた虎だ。これでもまだ俺のことが分からないか。」
仁平の顔が青くなったかと思うと赤くなっていく。
沙魚丸は必死で目を凝らす。
〈虎なの。あれが・・・。どうみても、黒いダンゴムシよね。もしかしたら、黒虎って言う想像上の動物を模して作ったのかしら。〉
想像の翼をあっちこっちへと広げる沙魚丸の体が急に軽くなった。
仁平が次五郎に近寄るため、沙魚丸から離れたのだ。
次五郎からお守りを受け取った仁平はお守りを優しく手の平に置き、じっと見つめる。
「確かに俺が五郎様に作ったものに見える。お前、これをどこで盗んだ。」
「おい、仁平。いい加減にしろ。こんな愛くるしい俺を盗人呼ばわりするとは。そろそろ俺の堪忍袋の緒が切れるぞ。」
仁平はお守りを握りしめた。
「自分を愛くるしいとか言う厚かましいところは、五郎様に思えるが・・・。ところで、こいつは俺が五郎様に渡したものとかなり形が変わっている。手も足も無くなっているし・・・」
〈厚かましいってところで、本人だと分かるなんて、次五郎さんって感じだわ。〉
沙魚丸は妙に納得する。
仁平は次五郎に疑いの目を向けると、次五郎は頬をかいて弁明するように言った。
「まぁ、何だ。戦とかで絶体絶命の時とかに思いっきり握りしめたりしていたら、いつのまにか、そんな形になっていたんだ。」
「なるほど。握りつぶしたと・・・。ところで、この色は・・・」
「汗とか血とか、泥とか様々だな。肌身離さず大事につけておったからな。いい色になったであろう。」
「一度も洗ったことが無いんですね。どうりで、何とも言えない臭いがします。これは、お返しいたします。」
〈洗おうよ、次五郎さん。親玉さん、私が責任をもって必ず洗わせますから、そんなに悲しい顔しないで。でも、ずっと身につけるくらい大事にしてたのはナイスね。〉
沙魚丸の頬が緩む。
戻って来たお守りを再び身につける次五郎を仁平がぼんやりと見る。
「どうやら、本当に五郎様のようですね。あのかわいいらしいお顔をした五郎様が、こんなごっつくて毛むくじゃらの大男になるなんて・・・。」
仁平が悲し気に顔を横に振るのを見て沙魚丸は思った。
〈あら、まぁ。次五郎さんたら、やったじゃない。でも、親玉さんは、まだ次五郎さんって認めたくないみたいね。〉
「何かこう釈然としないが、まぁ、いいだろう。おい、お前たち、仁平が俺を五郎と認めたのだ。いい加減にお前たちも槍を向けるのをやめろ。」
次五郎が瓜生家の出身と分かった兵たちは、慌てて槍の構えを解いた。
仁平が次五郎をじろじろと見て、ものすごく嫌そうな顔で言う。
「五郎様。本当にお変わりになられて・・・。何と言いますか、時の流れは残酷ですね。とりあえず、ご立派になられましたこと、心よりお喜び申し上げます。」
「なんかひっかかる言い方だな。お前も元気すぎて、おいたが過ぎるようだな。」
「俺たちも生きるか死ぬかの瀬戸際で、仕方なく・・・」
「どういうことだ。理由次第では許してやろう。」
「実は、鷹条家のお殿様が代替わりとなって以来、当地へ度々演習とかで兵を駐留されるのです。そのたびに、三日月様に兵糧を出せと命じられ、物不足になっているのです。」
「そうなのか。俺は、鶴山城に来たことがないから知らないのだが、そんなに安く買い取られるのか。」
仁平は大袈裟に首を横に振った。
「とんでもありません。無料でございます。鷹条軍が鶴山城を守るための演習だから、本来なら金を取るべきところを特別に無料にしてやると仰せになったとのことです。」
仁平の言葉に次五郎は眉をしかめた。
「いや、いくらなんでもそれは無いだろう。鷹条は確かにケチだが、国衆から無料で挑発するような真似をすることなんて俺は聞いたことがないぞ。」
「いえ、野句中様とおっしゃる方の家臣が兵糧を陣中へ運び込むように命令されるので、確かでございます。」
「野句中ねぇ。そいつを見たことはあるのか。」
「一度だけございます。頭に毛が無くて、おでこがぐっと張り出してました。何かこう近寄りたくない雰囲気でございました。」
「なるほど。そいつは、野句中の父親だな。分かった。もう一つ、聞きたい。今いる鷹条の軍は何だ。」
「野句中様のお世継ぎが大将となり演習のために陣を張っていると聞いております。五郎様はご存じないのですか。」
「知るわけが無いだろう。俺は、守護職から沙魚丸様のお供をするよう直々に申し付かったのだ。あんな小僧とは格が違うのだ。」
高らかに笑う次五郎に仁平は嬉しそうに相槌を打つ。
次五郎は沙魚丸に顔を向け、にっこりと笑ってきたので、沙魚丸もよく分からないまま微笑んだ。
「よし。お前たちの話で、沙魚丸様は今までの不敬を許すと仰せだ。よかったな。」
〈なるほど。そういうことね。なんか、かっこいいわね。〉
沙魚丸は次五郎に対して心の中で拍手する。
「ありがとうございます。」
仁平と兵たちが一斉に頭を下げた。
神妙に頭を下げる仁平たちに次五郎がニヤリと笑う。
「仁平。身ぐるみ剝いだ俺たちを人気の無いところで殺そうとしていただろう。それも許してやるから、後で一働きしてもらうぞ。」
「げぇっ。」
絶句する仁平に次五郎が言う。
「これからは追剥みたいな真似は二度とするな。さて、父上のもとへ案内してくれ。」
「恐れ入りました。」
仁平は兵たちを搦手門脇の番所で待つように告げ、次五郎の父、瓜生羽蔵の屋敷へ沙魚丸たち三人を案内した。




