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小次郎の嘆願

沙魚丸の言葉は明らかに不用意だった。

初めてのおつかいを頼まれた幼児のように大役を任された沙魚丸も興奮しすぎていたのかもしれない。


「鶴山城へは三人で行くことになったから、小次郎さんとは少しの間お別れですね。」


鶴山城へ向かう沙魚丸の支度をテキパキと手伝っている小次郎の手がぴたっと止まる。


〈どうしたんだろう。お腹でも痛いのかな。〉

心配になった沙魚丸は小次郎の顔を覗き込むと、思わず、ひいっと情けない声を上げてしまう。


そこには、目をかっと見開いた(いか)れる小次郎がいた。

〈何、何、何。どうして怒ってるの。〉


うろたえる沙魚丸に小次郎がとても落ち着いた声で話す。


「沙魚丸様はぜんっぜん分かっていません。私がお供しなければ、無理です。沙魚丸様は絶対に何か余計なことをしでかすに決まっています。私が後始末しなければならないのです。」


拳を強く握りしめ断言する小次郎の迫力に沙魚丸は思わず後ずさる。


〈確かに。小次郎さんの言っていることは正しいわ。でも、ここまで信用のない主君がいるのも感動ものよね。しかも、余計なことって言われた・・・。だけど、私にも意地ってものがあるのよ。あなたより私はお姉さんなの。こうなれば、三人で行ってビシッと決めてあげようじゃない。〉


沙魚丸は自らのプライドにかけて小次郎を説得することに決めた。

小次郎ごとき幼き者を説得できなければ、三日月城主を味方にすることなど夢のまた夢よね、と考えながら・・・


「でもね、叔父上が三人で行けって言ってたでしょ。」


〈プライドをかける割には、情けない説得理由ね。自分でも笑っちゃうけど、思いつかないんだよね。〉

こんな理由でも小次郎ならきっと聞き分けてくれる、と沙魚丸は一縷の望みにかける。


「沙魚丸様はご存じないかもしれませんが、小姓と言うのは人数に数えないものなのです。ですので、当然、私はお供しなければならないのです。」


〈ふっ、やるわね。私が転生したばかりで知識のないところを突いて来るとは。あれ、でも、沙魚丸君の知識は私のものになっているから・・・〉


「それって、小次郎さんが今考えたんじゃないですよね。」


沙魚丸の疑うような声に小次郎は肩をおおげさにすくめる。


「何を仰るかと思えば。こんなことは当たり前すぎて、そのへんの子供ですら知っていることです。沙魚丸様が国に戻ったら、学問も武道も猛特訓が必要ですね。」


沙魚丸には小次郎が立ちはだかる大きな大きな巨人に見えて来た。

〈なんか、軽くあしらわれてる気がする。次よ。次の理由よ。〉


沙魚丸は必死で考え、考え、思いついた。


「小次郎さんは、お兄さんの小太郎さん亡き今、千鳥ヶ淵家の後継ぎですよね。だから、必ず生きて帰らなくてはいけません。小次郎さんに何かあったら千鳥ヶ淵家は絶えてしまうし、お母さんのお琴さんが悲しむんですよ。」


どうだとばかりに披露した説得理由にも小次郎は秒で返事をする。


「そんなことは百も承知で沙魚丸様のお供をしているのです。沙魚丸様に何かあって、私だけが国に戻れば、母はきっと私を許さないでしょう。それに、万が一の場合は親戚から養子を迎えることになっておりますから、心配いりません。」


小次郎の流れるような回答を聞いて沙魚丸はにっこり笑った。

とても爽やかな笑顔だった。


〈私の負けね。もう説得する材料がないわ。転生後ずっと順調に運んでいるから、私、調子に乗ってたのね。そうね、小次郎さんがいないとダメよね。うん、小次郎さんについて来てもらおう。〉


逆に言い負かされるという悲惨な結果に終わった沙魚丸は清々しい声で小次郎に言った。


「分かりました。小次郎さんの忠節、ありがたく受け取ります。一緒に三日月様が当家にお味方してくださるよう頑張りましょう。」


「はい。お任せください。」


沙魚丸と小次郎は感動のあまり、お互いの手をがしっと握る。


「何を馬鹿なことを言っているのだ、小次郎。」


こめかみを抑えた源之進と腹を抱えつつも笑いをこらえている様子の次五郎が近づいてきた。


「私がいないからと思って好き勝手に言いよって。」


源之進がため息をつく。


「小次郎殿。小姓を人数に数えないと言うのは考えましたな。実に傑作でした。沙魚丸様はすっかり騙されておいででしたぞ。」


次五郎が小次郎の肩を抱き、逆の手で小次郎のほっぺたをうりうりと突っつく。

小次郎は顔を真っ赤にして言った。


「父上。私もお供します。」


「ダメに決まっておろう。お前は雨情様のお供をすることが決まった。沙魚丸様からご許可をいただいてもお供が叶わないことぐらい分かっているのに、何を考えているのだ。」


天を仰いだ小次郎は膝から崩れ落ちた。


「沙魚丸様が私をどうしても必要だと言えば、お供が可能かと思ったのです。」


「なるほど。それはいい考えだ。しかし、私たちが来る前に終わらすべきだったな。」


苦笑した源之進が小次郎の頭を撫で、沙魚丸の顔を見た。


「では、沙魚丸様。時間もございません。出立いたしましょう。」


こくこくと頷いた沙魚丸は小次郎を見た。


〈やるわね、小次郎さん。お姉さん、すっかり騙されてしまったわ。十代に騙されるなんて、この世で生きて行くために猛特訓が必要ね。とにかく、ありがとう、小次郎さん。緊張がほぐれたわ。〉


別れ際に沙魚丸は小次郎にサムズアップをすると、小次郎が泣きそうな笑顔と共に親指をしっかりと突き上げた。


◆◆◆


軍を止めていた場所からは人が一人通れるぐらいの細い道を三人は早歩きで進む。


突然、次五郎が歩みを止めた。

次五郎にぶつかる前に踏みとどまった沙魚丸の横にすっと源之進が体を移動させる。


〈どうしたの、二人とも。そこの大木の上を見てるみたいだけど、何かあるのかな。〉


沙魚丸が二人と同じように視線を上げると、木の上に人が立っていた。

男と目があったと沙魚丸が思った瞬間、男は枝を蹴った。


重力を無視するかのようにふわりと地面に降り立つ男の姿に沙魚丸は瞬時に心を奪われる。

〈かっこいい。体操選手の着地みたい。〉


放心した様子の沙魚丸に男が近づき、膝まづく。


「初めまして、沙魚丸様。針間と申します。ここからは私が城までご案内いたします。」


「針間。その登場の仕方はどうなんだ。」


面白くなそうな顔をした源之進が沙魚丸の肩を抱き後ろへ下げると、沙魚丸と針間の間に割って入った。


「源之進。久しぶりに会ったと言うのに、つれない挨拶ですね。私は城の様子を見ていただけです。」


立ち上がって源之進をまじまじと見つめた針間が笑い出した。


「沙魚丸様が私に見惚れてしまったのが、悔しかったのですね。あなたが変わっていなくて安心しました。」


穏やかに笑う針間と赤面した源之進を見比べた沙魚丸が口を開く。


「二人は知り合いなのですか。」


沙魚丸の問いに針間が優しい声で答えた。


「私たちは竹馬の友でございます。私も源之進と共に酒井様にお仕えしておりましたが、故あって今は雨情様にお仕えしております。」


「了解です。では、よろしくお願いします。」


笑顔で答える沙魚丸を見た針間はわずかに悲しげな顔を見せた。

そんな針間の腹に源之進が見事な一発を見舞う。


「情けない顔を沙魚丸様に見せるな。さっさと案内しろ。」


腹を抑えた針間が顔を歪め、苦しそうな声を出す。


「本当にあなたは変わらないですね。では、参りますのでついて来て下さい。」


道を進もうと背を向けた針間に次五郎が慌てて話しかける。


「ちょっと待ってくれ。椎名家の者はどいつもこいつも俺の扱いが杜撰で困る。俺は茄子次五郎だ。よろしく頼む。」


「次五郎様のことはよく存じております。沙魚丸様の家臣となられたそうでおめでとうございます。ご活躍を祈っております。」


何者をも寄せ付けない微笑みを浮かべた針間に次五郎は黙って頷くとぼそぼそと呟いた。


「どういうことだ。俺、嫌われているのか。初対面のはずだよな。」


「さぁ、早く参りましょう。」


何事も無かったように源之進が一行を急かせた。



しばらくの間、黙々と進んでいると針間がくるりと振り返り手を上げた。


「ここからは、こちらを進みます。」


針間が示す方には人よりも背の高いススキが生い茂っている。


「このまま木々の間を行く方がいいのではないのか。そうすれば、城の裏口である搦手門に出るはずだ。大手門より人の少ない搦手門の方が私の父を呼びやすいと思うのだが。」


「次五郎様のおっしゃる通り、搦手門へ向かいます。鶴山城は大手門と搦手門の位置を変更しました。つまり、昔の搦手門が大手門となっており、このまま進みますと大勢の兵に守られた大手門へ向かってしまいます。」


衝撃を受けた次五郎がよろめく。


「そうだったのか。知らなかったとはいえ、余計なことを言ってすまなかった。」


次五郎が頭を下げたの見て、沙魚丸は心の中で次五郎の点数をぐっと引き上げる。


〈自分の誤りをきちんと認めて、素直にごめんなさいって言える大人だったのね。脳筋ゴリラなんて思ってごめんなさい。次五郎さんへの採点が厳しかったのは好みじゃないから、なんてお馬鹿な理由じゃないからね。〉


「いえいえ。ご存じないのも仕方ありません。常盤木家の忍びも鶴山城を探ったことはありませんでしたので、城下に行って噂を集めて参りました。三日月様が何か思うところがあったのでしょう。椎名家を仮想敵と決め大手門を椎名家の方に向けたのだ、とまことしやかに噂されておりました。」


「その噂が確かであれば、三日月殿を味方にするのは厳しいか。」


源之進の言葉に針間は首を横に振る。


「所詮、噂でございます。ただし、椎名軍に備えて防備を固めると言う理由で、この辺りに生えていた木々をすべて伐採されたようです。」


「この辺りの木が無くなったのはそういう理由か。ここを全部と言うと、相当の量になるな。」


次五郎が感心したような声を上げた。


「城下を拡張するのにも使われたようですから、全ての材木を城に使った訳では無いようです。一つ疑問なのは、城下を発展させようとしているのに、三日月様が城下を巻き込んだ戦を望まれているのか、ということです。」


「なるほど。少しは交渉の余地がありそうということだな。」


針間の憶測に対して源之進が安堵した声を出した。


「では、参りましょう。沙魚丸様、雨のせいで地面が滑りやすくなっておりますからお気をつけ下さい。」


「ありがとうございます。気をつけます。」


針間の優しい声に頷いた沙魚丸は気を引き締めた。

〈絶対にフラグだわ・・・〉



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