大船
お互いの利害が一致した寒山と中石川のそれからの動きは迅速であった。
「必ずこの手で椎名軍を討ち取ってやる。」
張り切った中石川は自ら先頭に立って兵を先陣へと移し、本陣には寒山と小松田が残された。
〈お二人が協調されたなら、私の出番は終わったようです。〉
二人の調整役と言うことで、形ばかりの軍目付を任された小松田は次にすべきことを俎上に載せることにした。
「寒山様。私は三日月様の元へ使者として参りたいと考えております。我が軍が急に陣替えをしたのですから、三日月様は疑いの目を当方へ向けておいでででしょう。ご許可いただけますか。」
「不要ではありませんか。海徳様から三日月殿に使者を送られたのですから、これ以上、三日月殿に申し上げることなど無いと思うのですが。」
「私共がここに布陣いたしました名目は、『敵軍の襲来に備え、鶴山城を守るための演習を行う。』となっております。三日月家の兵の制止を振り切り、半ば強引に当地に布陣しました。しかも、未だに三日月様に本来の目的を告げておりません。敵は椎名軍と伝え、助力を乞うべきではありませんか。」
寒山は切々と訴える小松田を見て煩わしくなってきた。
〈小松田様にも困ったものだ。三日月殿が兵を出せば、私の手柄が減るではないか。それに、鶴山城を攻めることになっているのに、戦支度などされては元も子もないではないか。もしかして、小松田様は聞かされていない・・・。〉
その考えに思い当たった寒山は優越感を抱き、小松田に諭すように言った。
「我らに服属を誓っている国衆の三日月殿に助力を頼むなど鷹条の直臣として恥ずべき行為です。」
〈国境にあって離反を繰り返す国衆を目下に思うのは変わりませんか・・・〉
小松田は鷹条家の中にはびこる直臣以外を蔑視する風潮を残念に思う数少ない家臣の一人であり、まだ年若い寒山が見下すような発言をしたことにため息をつく。
「中石川様が先に仰せのごとく、三日月様に背後を襲われる危険を考えるべきかと。」
不思議そうな顔をした寒山が小松田に断言する。
「なおさら、三日月殿に戦支度の口実を与えるべきではないでしょう。仮に三日月殿が血迷って我らの背後を突こうとも、軽く捻り潰せば良いだけです。念のため、背後に兵を置いておりますし、心配ご無用です。」
〈それでも、三日月家に説明をしに行くべきだ。〉
言おうか言うまいか悩んだ小松田だが、押し問答に終わるだけだと諦め微笑んだ。
「そう言うことでしたら、私は本来の役目である軍目付の仕事に戻ろうと思います。」
「小松田様が素晴らしいご報告を海徳様に行っていただけるよう、精励いたします。」
寒山が輝くような笑顔で言った。
◆◆◆
「叔父上。遅くなりました。」
今しがた散歩から帰ったようにひょっこりと現れた沙魚丸に雨情の雷が落ちる。
「馬鹿者、遅い。」
背筋が一直線に伸びるような怒鳴り声に、軍議に集まった者たちは沙魚丸に同情の眼差しを向けた。
〈俺たちも、さっき集まったところだけど・・・。ここは、沙魚丸様に雷避けになってもらうしかないか。くわばらくわばら。〉
奇しくも軍議に集まった者たち全員が同じことを思い、うんうんと頷き、雨情にぎりぎり聞こえそうな小声で言いあう。
「そうですな。沙魚丸様は少し到着が遅いですな。」
組頭たちの声に、それ見ろと言わんばかりの顔をした雨情が手を振り沙魚丸を招く。
「さぁ、軍議じゃ。さっさと座れ。」
「はい。」
〈こわっ。何なの。叔父上のご機嫌は最悪なのね。ちょっと会わないだけで、こんなに変わるってよっぽどのことがあったのかしら。発言に気をつけないと・・・。ところで、この人たちは、どうしてあたしに手を合わせてるのかしら。〉
心当たりがない沙魚丸は、何かあったかなと思い出そうとするが、雨情の爆弾発言がすべてを吹き飛ばす。
「前方に鷹条軍の待ち伏せを見つけた。海徳は、どうやら儂らを殺したいらしい。」
青天の霹靂に見舞われたかのように全員が押し黙る。
それはそうだろう。
三日月家が鷹条家を裏切ったから鷹条家の援軍として頼まれたから参陣したと言うのに、実は椎名軍が狙われていたと言うのだから。
雨情が話しを続ける。
「幸いなことに、儂らはこの山道を進軍しているので、鷹条に見つかっておらん。鷹条から渡されたこの地図通りに進軍していたら、今ごろこの地点で待ち伏せにあっていたであろう。敵数は千五百。我らの三倍を超えるので、まともに当たれば、全滅するところだったな。」
鷹条から渡されたしわくちゃの地図を掲げ、地図の一点を指し示した雨情が大声で笑い出すのと同時に、各組頭が笑い出した。
源之進どころか小次郎まで笑っている。
この場で笑っていないのは、沙魚丸のみ。
〈うーん、この状況で笑えるって言うのが凄いよねぇ。全滅する可能性は、まだ続いているんでしょ。ここで笑えって言われても、頬がぴくぴくするだけよ。〉
真顔の沙魚丸に目をやった雨情が沙魚丸を指さした。
「沙魚丸には軍神の加護があると木蓮が言っておったが、儂は疫病神ではないかと疑っておった。だが、儂は沙魚丸に詫びねばならん。」
雨情が頭を大きく下げると、組頭たちは雨情の言葉を固唾を呑んで待つ。
「沙魚丸が大木村を盗賊から救うと決断したおかげで、今こうして儂らは全滅を免れておる。それどころか、鷹条の鼻を明かす可能性までくれたのだ。間違いなく、沙魚丸には軍神の加護がついている。」
おおぉーっと組頭たちが喝采を上げ、負い目を消そうとするかのように沙魚丸を囃し立て始めた。
沙魚丸は、おだてられることに既に慣れ始めていた。
初々しく照れる段階は終わり、誰かから持ち上げられると、誇らしげに胸を張るようになっていた。
〈うふふ。そうよ、私のお陰なのだから、みんな感謝してね。〉
黒い笑みを浮かべた雨情が目に妖し気な光をたたえ、得意げな沙魚丸をじっと見つめる。
「そこでだ、沙魚丸。お前に簡単な頼みがある。」
〈あぁ、やばい。この目をした人を私は知ってる。着彩まで進行してるのに全部修正しろとか、三日かかる仕事を一日でやれとかって無茶苦茶なオーダーをする人はみんなこんな目をしてるのよ。やめて、叔父上。もう、口を開かないで・・・〉
沙魚丸の願いも虚しく雨情の口が開かれた。
「頼みの前に現状を整理しておこう。物見の報告では、鶴山城が本格的な戦支度をしていないことが分かった。三日月家は鷹条家に属しておる。であるなら、儂らを一緒に屠りに来なくてはいかん。だが、戦の準備をしていないようなのだ。おかしいと思わんか。」
「確かに変ですな。三日月家が鷹条を裏切っているなら、城の目の前に布陣させるのはあり得ません。ですが、戦支度をしていないということは、もしや我らを討つ気が無いと言うことなのでしょうか。」
弓組頭の紫香楽智努が丸太を思わせるような太首の上に乗った小顔を左右に傾げながら言った。
〈首、ふっとい。アメフトのディフェンスエンドもびっくりだわ。いやいや。違うから。この人の感想は一先ず置いておきましょうね、私。後で叔父受けから質問攻めで泣かされるパターンなので、みなさん、私が分かるように頑張ってください。〉
今度は、沙魚丸が組頭たちに手を合わせる。
悲壮感あふれる表情の沙魚丸を見て、困ったように笑った騎馬組頭の彩倉総悟がパンと大きく手を叩いた。
「殿、分かりましたぞ。鷹条は我らを討った後、鶴山城を攻略するつもりなのでしょう。どうやったかは分かりませんが、三日月殿を油断させ戦支度させていないのではありませんか。」
「どうした、総悟。理詰めのお前らしくもなく何をいきなり突拍子もないことを言いだすのだ。」
疑わし気な視線を向けた雨情だったが、人差し指を自分の額にあてた。
「いや、待て。現状からすると、総悟の考えが的を得ているかもしれんな。」
「そうなりますと、三日月家の裏切りが確実と仰せになった清柳様の言うことと違ってきますが。」
木蓮の淡々とした声に座が再び静まり返る。
頭を振った雨情が大きく息を吐いた。
「あいつのことは、国に戻ってからでよい。どうせ、尻尾は掴めん。儂らは総悟の考えに則って動くことにする。よいな。」
はっ、と全員が同意の声を上げた。
沙魚丸は、ちらっと総悟の顔を見た。
〈変な顔。得意満面って、こんな顔なのね。面白い。〉
思わす吹き出した沙魚丸を総悟が見て、微笑んだ。
目が合った瞬間、どきりとした沙魚丸だが、先程までと違い全身の力が抜けているのが分かる。
〈この人、私が緊張してると思って、変な顔してくれたのかな。もしかして、いい人なのかも。〉
沙魚丸がほっこりするのを許さないかのように雨情の命令が下された。
「という訳だ。沙魚丸、お前、ちょっと鶴山城に行って探ってこい。」
その辺で咲いてる花でも手折ってこいとでも言わんばかりの雨情の気軽な言葉に、沙魚丸は固まった。
〈何言ってんの、この人。ちょっとって何。遊びに来ましたぁってノリで行けるとこなの。さっき、叔父上はお願いって言ってたよね。断っていいのかな。〉
沙魚丸のほっこりは絶望へと変わっていく。
周囲では、なるほど、とか、それはいい考えだ、とか、雨情の提案というより命令に納得する声でざわついていた。
〈この雰囲気は、断ってはいけないやつだわ・・・〉
呆然とする沙魚丸を救うように、突然、笑い声が座に響いた。
「椎名家の軍議は楽しくていいですな。鷹条の軍議は湿っぽくて好きでは無かったのですが、あっけらかんとしていて実に心地いい。沙魚丸様、俺も鶴山城へお供しますから、大船に乗ったつもりで行きましょう。」




