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曇天

沙魚丸が大木村を出発した時へと話は遡る・・・



さっきまで青空だったのが嘘のように鉛色の雲で覆われていく。


ぽつり

ぽつり


雨が降り始めた。


小雨の中、人の背丈を超える草むらに身を隠し、周囲の様子を窺っている二人がいる。


「兄者。四葩は沙魚丸様に失礼なことをしておらんかのう。」


「どうだろうなぁ。沙魚丸様のお近くに侍することを申し渡されるや否や、嬉しさのあまり踊っておったぐらいだからなぁ・・・。まぁ、心配と言えば心配だな。」


「あいつ、沙魚丸様を見て、かわいいなどとほざきおった。俺は心配でならん。」


「もう、言うな。長の決めたことだ。仕方あるまい。」


ひそひそと小声で話す二人は、大木村で沙魚丸の家臣となった忍びである。

この二人に四葩を含めた三人は、実の兄妹(きょうだい)であり、村の中では、一郎、二郎、花と呼ばれていた。


花だけが新たに四葩と言う名を儀作からもらい沙魚丸の近くに仕えることになったことが、二人とも羨ましくてしょうがない。


「俺たちも活躍し、沙魚丸様より直々に名を頂戴するぞ。」


「応よ、兄者。俺もそのつもりだ。だが、その前に一刻も早く沙魚丸様にお会いし、俺たちのことを覚えてもらわなければいかんだろう。」


二郎の返事を聞いた一郎は、その通りだと頷き、草むらの中で大木村を出立する際のことを思い出す。

〈それにつけても、いまいましい。〉


儀作からお前たち二人は別行動だと告げられた時、反射的に、「くそじじい」と言ってしまった。


別行動が意味するところは、沙魚丸に主従の誓いをすることなくさっさと出発しろ、なのだ。

〈自分たちは、禊までしてウキウキ顔で直垂を蔵から引っ張り出してるくせに、俺たちだけ沙魚丸様に会えないとは・・・〉


いくら忍びだからと言ってそんな扱いは酷すぎると考えた一郎は、儀作に悪態をついたのも仕方がないし、謝るべきなのは儀作の方だ、と今でも頑なに思っている。


主君となった沙魚丸よりも先に雨情に挨拶を済ませた二人は、雨情の忍び頭である針間の指揮下に入り、追い出されるように村を出た。


そして、針間の配下と一緒に椎名軍の周囲に危険がないかを探っていたところ、正体不明の軍勢を発見したのである。



「あなたたちの意見を聞きましょう。」


茂みに隠れた針間が、一郎と二郎にあごをしゃくった。


「俺たちは二人で、あの軍勢に潜り込もうと考えている。」


一郎が淡々と答え、二郎が大きく頷く。


〈沙魚丸様のお供ができなかったことを拗ねているように見えましたが、思いのほか冷静ですね。それでは、お願いしてみましょうか。仮に、二人がここで死んだとしても、特に問題はないですしね。〉

針間は冷徹に判断し、二人に命じた。


「分かりました。あなたたちには潜入をお願いいたします。私たちは鶴山城を調べに参りますので、何かあっても自力で解決しなさい。」


一郎は針間の言いざまにせせら笑う。

〈何だこいつ、偉そうに。お前たちに助けてもらおうなどと最初から思っておらん。〉


「言わずもがなのことを言う。何か分かったら、雨情様へ直接知らせに行くが、よいか。」


「結構です。では、また会いましょう。」


そんなやり取りをして潜入を志願した二人は、今、目の前の旗指物も軍旗も見当たらない正体不明の軍を穴の開くほど見つめていた。


街道から見えないように陣取る軍のどこからか忍び込めないか、必死で探しているのだ。


そんな時、荷物を積んだ馬を引いた荷役の男たちが近づいてきたのに気づいた二人は、深く体を沈める。


「なぁ、兄者。一番後ろで馬をひいてるのって、十蔵じゃねぇか。」


ぼそぼそと告げて来る二郎に、一郎は後ろを歩く馬引に目をやった。

口角を上げた一郎は、二郎の肩を軽く叩く。


「よく気づいた。行くぞ。」


二人は草むらから飛び出し、十蔵と呼ばれた男の後に何食わぬ顔で歩き始めた。


「何かあったのか。」


十蔵。

村一番の怪力で、力士のような体型をした男。

穏やかな性格ではあるが、少々のことで動じない。


十蔵は一郎たちを見ることなく小声で尋ねると、一郎がかすれた声で答えた。


(かしら)の橋爪様のところへ急いで案内してくれ。緊急事態だ。」


◆◆◆


〈何やら儂らの行き先のような色をしておるな。〉

雨情は曇天の空を見ていた。


「じっと待つのは辛いな。」


「そろそろ、次の知らせがあると思うのですが・・・」


「暇だし、少し軍を動かしてみるか。」


少しばかり不機嫌さがこもった言葉を雨情が呟いた。

木蓮が静止しようとした時、前陣にいるはずの兵が縄で縛った農民らしき男を連れて来た。


「申し上げます。この者が、沙魚丸様の家臣と言い張り、殿にお伝えしたいことがあると言っております。連れて行かないと後悔すると大口を叩きますので、念のため、縛って連れて参りました。いかがいたしましょうか。」


男の顔を見た木蓮が苦笑し、兵に言う。


「この者は、確かに沙魚丸様の手の者だ。早く縄を解いてやれ。」


「はっ、分かりました。」


兵は不承不承男の縄を解くと、男に一瞥を与え持ち場に戻って行った。


男は二郎だった。

地面に片膝をついた二郎に雨情が話しかける。


「お前は、大木村で沙魚丸に仕えた忍びであったな。扱いが雑ですまんな。」


「かまいませぬ。一言申し上げますと、あの縛り方では、すぐに縄ぬけができ苦労して捕らえた者にも逃げられてしまいます。」


二郎が微笑んで言った。


〈何だ、こいつ。怒っておるのか。〉

雨情が膝をたたき、笑った。


「それは、すまなかった。次回は、縄ぬけ出来ぬようしっかりと縛るので、楽しみにしておれ。」


「残念ながら、私が縛られる姿を二度とお見せすることはございません。今回は雨情様にお会いするために仕方なく、あの兵に縛られてやっただけです。」


感情を消すように笑顔で話す二郎を、雨情は気に入った。


「沙魚丸に仕える者は可愛げがありすぎて、ほとほと呆れるわい。名は、何と言う。」


少し言い淀んだ二郎が、うつむき答えた。


「沙魚丸様より名をもらっておりませんため、まだ、ございません。」


雨情は笑った。


「そうか。沙魚丸から良い名がもらえるとよいな。ところで、何を知らせに来た。」


「川向うの軍勢に潜り込みましたところ、鷹条家の軍と判明いたしました。」


「確かか。」


「荷運びとして動員された農民の中に大木村の者がおりましたので、確かでございます。」


雨情が少し唸った。


「ふん。それは、不幸中の幸いというやつべきか。では、詳しい話を聞こう。」


「大木村の者が十名おりました。十名ともに武士だった者にございます。沙魚丸様にお仕えすることが決まったことを伝えましたところ、喜び勇んだ様子で、戦に参加したいと申しておりました。」


「それは頼もしいな。」


雨情は身を乗り出し、続きを早く話すよう促した。


「鷹条軍は数日前から布陣を行い、何かを待ち伏せしているとのことです。将は野句中寒山以下、千五百。一部の傭兵が来ていないと言うことで、この戦が終わり次第、其の村に襲撃をかけると槍奉行から命令が出たそうです。」


二郎の言葉に雨情は、眉をしかめ木蓮に話しかける。


「数日前だと。西蓮寺様のもとに集まったのは、今日の朝のことだぞ。そもそも、鷹条は儂らとは反対側の左手から攻めるはずだったはずだ。布陣場所について何か知らせはあったのか。」


「そんな知らせは来ておりません。」


木蓮が返事をした後に、二郎が話を続けた。


「鷹条の布陣は、鶴山城に背を向けております。鶴山城を攻める意思は、まったく無いかと思われます。鷹条の兵に探りを入れたところ、街道を進んで来る椎名軍を叩きのめすと息巻いておりました。」


「儂らを叩きのめすとは、弱兵のくせに相変わらず口だけは達者ではないか。それはそうと、三日月家の軍は、近くに出張っておるのか。」


「申し訳ございません。三日月家の動きまでは把握できませんでした。」


二郎の言葉に雨情は大きく頷いた。


「報告、苦労であった。沙魚丸には伝えておく。」


「ありがとうございます。兄が鷹条の陣中に残り騒動を起こす準備を進めております。ご命令いただければ、すぐに戻り、兄と共に動きたいと思います。」


「大木村の者は、本当に沙魚丸には惜しい。お前は軍議が終わるまで、しばし、ここで待て。」


二郎は頷くと木々の間へ退いた。


「木蓮。決まりだな。海徳にすっかり騙されたようだ。」


暗い笑みを浮かべた雨情が、木蓮に嬉しそうに話した。


「私もすっかり騙されました。補佐としてあり得ない失敗、申し訳ございません。責任を取って、隠居したいと思います。」


木蓮が雨情と同じような暗い笑みを浮かべる。


「そんな演技をしている場合か。隠居の前に海徳の首を晒すのが先であろう。さっさと、組頭を集めよ、沙魚丸もいい加減、戻る頃だろう。使い番を後陣に送っておけ。」


何か言いたげな木蓮の視線に雨情が気づいた。


「あぁ、そうだな。次五郎にも活躍してもらうか。次五郎も軍議に参加するよう伝えてくれ。」


雨情の言葉に頷いた木蓮が各組頭へ使い番を送り始めた。

いつの間にか降り始めた雨の中で、雨情は独りごちる。


「海徳め。楽しませてくれるではないか。儂らの軍は四百五十。儂らのために千五百も用意するとは・・・。さて、生きるか死ぬかの大博打を始めるとするか。」


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