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神輿

山から下りて来た村人たちは村の様子を見て胸をなでおろす。

想像していたよりもずっと軽微な被害だった。


ひとしきり村の様子を見回った村人たちは口々に言いあう。


「盗賊に襲われて、一人も()られてねぇどころか、傷すら負わなかったなんて初めてだな。」


「おうよ。家は荒らされたようだが、盗んだ物も村の外には持ち出せなかったようだ。」


田や畑の様子を見に行っていた村人が明るい顔をして戻って来た。


「あいつら、せっせと刈り取っていたようだが、全て積んであるぞ。」


おぉっ、と村人が喜声をあげた。


「てことは、盗賊たちが俺たちの代わりに、刈り取ってくれたってことか。」


「手間賃を払わなきゃいけねぇな。」


村人たちは大きく笑いあう。

笑いがおさまると、一人の村人がしみじみと語った。


「三太も助かって本当に良かったなぁ。」


「まったくだ。」


「あの小さな武将のおかげだな。会ったらお礼を言わないとな。」


「礼を言うなら勘九郎に一番を譲ってやろう。あいつ、山の上からずっと睨んでいたからな。」


「それがいい。ところで、あいつはどこに行ったんだ。」


「権太の小屋に行くと言ってたぞ。」


村人が会話に花を咲かせていると、誇らしげに胸を張って歩く三太の姿が見えた。

三太の元気な様子を見た村人たちは、会話を止め三太に手を振る。


「三太、・・・」


喉元まで出かかった言葉を慌てて飲み込み、すっと手を下ろす。


三太の後に続く武士の一団を見て、村人たちは誰もが言葉を失った。

木蓮や次五郎の強者然とした雰囲気に気後(きおく)れしたわけではない。


村人の多くも武士として生きてきた矜持がある。

御家再興のために勝ち目のない戦に身を投じるほどの者たちが、一人や二人の強者を見たぐらいで尻尾を巻くほど心弱いわけがない。


村人たちの目は吸い寄せられるように一人の武将の姿を追っていた。


盗賊を制圧する兵たちの旗印を見て椎名家であることは分かっていた。

だが、武将の名は分からない。

山の上から見ていた村人たちが見極めることができたのは、小さな武将が立派な鎧を着けていたことだけだ。


村人たちは、三太に対して盗賊が行った一部始終を見ていた。

踏みつけられ、苦しんでいる三太。

服を剝がされ、蹴り上げられうずくまる三太。

縄で縛られ力が抜けたように崩れ落ちた三太。


そんな光景を村人たちは、歯を食いしばり、息を殺し、じっと見ていた。

村の掟を破って助けに行けば、村を危険にさらしてしまう。

『大を生かすためには小を殺す。』

力なき者たちが被害を最小限にするための哀しい掟・・・


助けに行きたくても行けない村人たちは、いつものように自分たちの無力さを呪い、見捨てなければいけない三太に対して心の中で謝ることしかできなかった。


村を助ける者など誰もいない。

年貢を納めている鷹条の兵ですら助けに来ることなど一度もなかったのだから。


村人の忍耐は限界を迎えていた。

奪われ続けることに疲れ切った村人の前を返り血を浴びて艶やかさを増した鎧に身を包んだ沙魚丸が凛々しく歩いて行く。


沙魚丸の姿を見た村人たちは驚いた。

〈あれが三太を救った武将・・・。子供じゃないか・・・。信じられん。子供が一人で・・・。しかし、あの繰り出した槍の動きは素晴らしかった。〉


呆気にとられていた村人たちは、気がつくと沙魚丸に惹かれていた。

村人たちは沙魚丸の後を追い、ふらふらと歩き始めた。


沙魚丸は村人に全く気付いていなかった。

と言うより、気づく余裕すらなかった。


〈小次郎さん、もう勘弁してください。まぁ、確かに、男って忘れて笹屋さんをガン見した私が悪いです。そう言えば、前世では女でしたって、まだ言ってなかったわね。言うべきかしら・・・〉

小次郎に表情が変わることをくどくどと注意されている沙魚丸は、自身が女って言ったらお小言が減るかもと考える。


〈いや。それは無いな。逆に、女だからと言うのは甘えです、とか言われて余計に説教が厳しくなりそう。私の心が女って言うのは、もう少し様子を見てからね。〉


沙魚丸が違うことを考えていると悟った小次郎はもう一度説教を始める。


小次郎の説教が終わり、ほっとした沙魚丸が後ろからついてくる村人に気づいたのは、村人が二十人以上になった時だった。


〈えっ、何。怖いんだけど。みんな押し黙って・・・。それに、私を見てるのかしら。自意識過剰じゃなさそうね。睨んでるのかもしれない。〉


ついて来る村人の様子をちらちらと見る沙魚丸は、恐怖を感じる。

村人の数が三十人を超えた時、沙魚丸は隣を歩く小次郎に尋ねた。


「あの人たち、何でついて来てるの。」


「沙魚丸様の偉大さに引き寄せられているのでしょう。」


にこにこと笑い返事する小次郎に思わず懐疑の目を向けてしまう。

〈小次郎さん、何を言ってるのかしら。そんな明るい感じじゃなくて、ゾンビの群れっぽいのよ。〉


沙魚丸の視線を気にすることなく、小次郎は楽しそうに歩いて行く。

墓に着くと、三太がひざまずき仇を討ったことを興奮した口調で話し始めた。


「とうちゃん、かあちゃん。おいら、仇を討てたよ。おいらは捕まって何にもできなかったんだけど、沙魚丸様って言う戦神のご加護を授かった方がおいらの代わりに仇を討ってくれたんだ。」


〈はっ?戦神の加護って、何で三太君が知ってるの。十二天じゃないよって言ったのに、どこから、戦神がでてきたのよ。〉


驚く沙魚丸は、気づいた。

〈お前かぁ!〉


次五郎がにこにこと三太の様子を眺めていたが、沙魚丸が次五郎に顔を向けたことに気づき、親指を立ててドヤ顔をした。

〈何であなたが、サムズアップしてるのよ。三太君と二人っきりにするんじゃなかった。〉


戦神の加護を得たと周りの人たちがもてはやしてくれればくれるほど、沙魚丸はやめてと叫びたくなる。


〈目立たない作戦が、もうグダグダになってる気がする。〉

目立たない作戦とは、沙魚丸の命を危険にさらさないために源之進が立てた作戦だった。


戦場に降り立った源之進が、沙魚丸の想像以上に気持ちよさそうに活躍する姿を見て、沙魚丸は理解した。

〈作戦は実施者の性格を考慮して立てないとダメなのね。源之進さんて、平時はナイスミドルなのに、戦場では張飛っぽいのね。ハンドルを握ると性格が変わるのと同じなのかな。〉


天を仰いだ沙魚丸はぼそっと呟いた。


「小次郎さんに相談するか。」


小次郎ならいい考えがあるかもしれないと考えた沙魚丸だったが、その考えは遅かった。


小次郎に声をかけようとする前に、三太が両親に報告を終えようと最後の言葉を発した。


「おいら、沙魚丸様の家臣になって、とうちゃんとかあちゃんの仇を討ってくれたご恩返しするから、あの世から見守っていてね。」


〈えっ、それは、まだ決まってないでしょ。三太君。ちょっと気が早いわ。それに、村人さんも何だか様子が変だし、三太君の言葉ってまずくないかしら・・・〉

沙魚丸はこわごわと後ろを振り返ると、集まった村人は三太の言葉に静まり返っている。


〈もしかして、甘い言葉で三太君を連れ去るとかって思われてるのかな。どうしよう。〉

怯える沙魚丸の横に、木蓮がすっと立った。


「皆の者。聞くがよい。当地の守護であらせられる西蓮寺様が開戦にあたり『矢つかみの儀』という戦神に捧げる崇高な儀式を催された。その儀式で、沙魚丸様は戦神よりご加護を授かったのだ。お喜びになった西蓮寺様は沙魚丸様にお手ずから宝刀を渡され、当地の苦しむ者の救済を命じられた。」


言葉を切った木蓮は、村人の様子を確かめる。

〈どの村人も固唾を呑んで、私の言葉を待っているではありませんか。鷹条様の治政は想像以上に酷いようですね。〉


「沙魚丸様は盗賊よりそなたたちを救い、三太の父母の仇を自ら討ち取られた。かくも素晴らしきお方の従者として三太は身を捧げると言っている。そなたたちはいかがする。」


木蓮の横で沙魚丸は遠い目をしていた。

〈木蓮さんが、何か言ってる。なんか凄い持ち上げているのは分かるけど、私のことなんだよね。ほら、見て。あちらこちらで私を拝み始めたよ。これは考えちゃいけないやつね。〉


木蓮が村人をたきつけ終わると、次五郎が沙魚丸を肩に乗せた。


「さぁ、師匠。景気よくお願いしますよ。」


〈次五郎さんは、良かれと思ってやってるのだろうけど、いやすぎる・・・〉

沙魚丸は顔を手で覆い、さめざめと泣きたくなった。


そんなことは許されるわけがない。

沙魚丸の前に村人たちはひざまずき、目を輝かせ沙魚丸の言葉を今や遅しと待ちわびているのだから。


「(三太君のことは)私に任せなさい。何も心配はいらない。」


やけくそで沙魚丸は叫んだ。

静寂が広がる。


〈ほらね。だから、嫌だったのよ。私が人前でしゃべるなんてできる訳がないでしょ。次五郎めぇ。もう、さんなんてつけてやんない。〉


半泣きの沙魚丸だが、村人の心は大きく揺さぶられていた。


村人には沙魚丸の言葉が、こう聞こえた。

()()()()()()()()()、私に任せなさい。何も心配はいらない。」


疲れ切った村人たちの心に沙魚丸の言葉は刺さってしまった。

そう。人とは得てして自分の都合のいいように解釈してしまうのだ。


「神輿だ。」


勢いよく立ち上がった村人が叫んだ。

よしきた!と次々と村人が立ち上がり、近くの家に怒涛の勢いで走って行った。


「師匠は、村人の心をつかんでしまいましたな。」


沙魚丸を肩に乗せたまま、次五郎が感心したように話す。


「そうですね。ここまで心を奪うとは思いませんでしたね。まさか、沙魚丸様を神様扱いするとは・・・。若様に塩辛を返さないといけませんかねぇ。」


村人の様子を眺めながら木蓮が困ったように笑っている。


〈あの人たち、何してるの。家を解体して・・・。うわぁー、あっという間に、輿ができたわ。ちょっと待って。嫌な予感しかしないのだけど・・・〉


沙魚丸の予感は当たっていた。

感動した村人は、沙魚丸を輿に乗せ、村を練り歩くことにしたのだ。


〈嫌です。乗りたくないです。お願いします。手すりも何も無いのよ。誰か助けて!〉

沙魚丸は涙目で救いの手を周りに求めた。


だが、木蓮も次五郎も、小次郎でさえ同じことを考えた。

〈この輿に乗れるのが、涙を流すほど嬉しいのか。〉


「皆の者、景気よく担いでくれ。」


沙魚丸の意を完全に取り違えた次五郎が、村人を大いにたきつける。

村人は沙魚丸を担ぐ。

三太や村の子供たちが神輿の周りで一緒に掛け声をあげる。


ワッショイ!

ワッショイ!


盗賊に攻められ荒らされた村は、神輿を担ぐかけ声とともに明るさを取り戻していく。

響くかけ声に何事かと集まって来た村人たちは、話を聞き笑顔となり、次々と神輿に参加する。


「おおきのもとに はー よいさよいさ ♪」


誰かが歌い始めると、村人が唱和し始める。


神輿に気づいた笹屋が素早く酒を配り始める。

村人の熱気があふれ、どんどん大きくなっていく。

今や、村人の顔はすっかり幸せな顔になった。


〈みんなが、幸せな顔になって私も幸せ。なんて、言わないわよ。危ない。落ちちゃうでしょ。気持ち悪いし、吐きそう。ちょっと、もうちょっと、加減して担いで。お願いします・・・〉


興奮した村人の担ぎ方は、かなり荒い。

たまに、沙魚丸が空中に浮かぶほど・・・

次五郎が横から囃したてるせいあるが・・・


屋敷に着いた次五郎は、調子に乗り過ぎたと思った。

雨情と源之進が屋敷から飛び出したのを見た瞬間、逃げなければと踵を返す。


「どちらに行かれるのですか。」


木蓮が静かに次五郎の腕をつかんでいた。


「えーっと。小便に行こうかなぁと。」


「これだけの騒ぎにしたのですから、雨情様に報告しないといけませんね。私も責任がありますので、一緒に行きましょう。」


「ですよね・・・」


次五郎はがっくりと肩を落とした。

村人は屋敷の真ん中で神輿を揉む。

満足しきった表情の村人は、静かに輿を置いた。


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