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笹屋

「三太の墓に行ってこい。」

雨情から屋敷を追い出された沙魚丸は、屋敷の庭に出たところで男と立ち話をしている木蓮を見つけた。

沙魚丸に気づいた木蓮が沙魚丸に微笑み、音も無く近寄って来る。


〈沙魚丸君の記憶だと、木蓮さんが沙魚丸君に向ける表情はキング・オブ・無表情だったのに、随分と変わったわね・・・。〉


怪訝そうな視線を向ける沙魚丸の考えに気づいた木蓮は苦笑する。


〈気持ちが顔に出るのは、改めていただかないといけませんね。しかし、こんなにあからさまに顔に出るお方ではなかったと思いましたが・・・。〉

木蓮は微笑みの中に自らの考えを隠し、沙魚丸に話しかけた。


「沙魚丸様。紹介したい者がいるのですが、少々お時間をいただけますか。」


「はい。どうぞ。」


沙魚丸は愛想よく答える。


「この者は笹屋と申す商人でございます。戦になると、この者は調法いたしますよ。」


木蓮の隣に立っている男が、沙魚丸に軽く頭を下げた。


「笹屋の主、二代目傳兵衛(でんべえ)と申します。ご贔屓いただけますようお願いいたします。」


頭を上げた笹屋の目の前に、ぐわっと目を見開き笹屋を食い殺すように見つめる沙魚丸の迫力に笹屋は思わず悲鳴を上げそうになる。


〈この眼光、雨情様の甥だけのことはありますね・・・。まさか、私が声を上げそうになるとは。沙魚丸様を密かに観察しようとしていたのに、初手から失敗するとは。〉


笹屋は常盤木家の諜報活動を任されており、修羅場を幾度もくぐり抜けて来た経験もあることから多少のことに動じることはないと自負していた。


しかし、一瞬の内に笹屋の自負が壊された。

『沙魚丸様、侮りがたし。』と感じた笹屋に対し、沙魚丸が笹屋に感じたのはちょっと違っていた。


〈やばい。この人、ドストライクだわ。この世界に来てから、イケメンが多かったのは認めます。でもね、みんなたくましくて、筋肉すぎるの。私の推しは、すらっとしなやかな男なんです。そうよ、この人みたいな貴公子タイプを待ち望んでいたの。それにしても、音ゲーに出て来るスターみたいに綺麗な顔してるわね。スポットライトも無いのにきらりと光る白い歯。破壊力やばすぎ。常盤木家、まじで羨ましすぎるわ。何にしろ、眼福よね。うふうふうふ。〉


全身を舐めまわすように見てくる沙魚丸に笹屋は困惑しつつも、沙魚丸の値踏みを行う。


〈悪寒が走るのは、なぜでしょうか・・・。〉

ぶるぶるっとふるえつつも笹屋は考えをまとめた。


〈少し変わった雰囲気をお持ちだが、ぼんくらではなさそうです。それに・・・。〉

笹屋は隣で微笑む木蓮を盗み見た。


〈木蓮様が笑顔を向ける相手など、雨情様以外に見たことがありません。それに、私の商人の勘も沙魚丸様に賭けるのがいいと告げておりますね。〉


商機と見た笹屋は、おもむろに小箱から何かを取り出し沙魚丸に差し出した。


「沙魚丸様、こちらをお持ちください。」


差し出されたものは麻素材の手拭いだった。


〈助かるわぁ。持っていたのは血だらけになっちゃったし。やっぱり、イケメンは気配り上手ね。でも、もらっていいのかしら?〉


木綿が全国に普及される前のこと。

ほとんどの物が手作りの時代に、丁寧に織られた美しい布はおいそれと手に入るものではない。


賄賂だったらどうしようと不安げな表情を浮かべる沙魚丸を見かねた木蓮が耳元にささやく。


「それぐらいの物でしたら、お受け取りいただいて問題ございません。雨情様には、私から申し上げておきます。」


木蓮の言葉に頷いた沙魚丸は手拭いを手に取り、笹屋に礼を言う。


「ありがとう。」


人懐っこい笑顔と共に告げられた言葉に笹屋は思わずどぎまぎしてしまう。

〈やれやれ。笑顔一つで、もってかれるとは驚きました。これは、木蓮様の目論見通りですかね。〉


木蓮をちらっと見た笹屋は、やっぱりなと思う。

笹屋と目が合った木蓮は、静かに笑ったのだ。


〈常盤木家が気にかけておいでの沙魚丸様か・・・。掘り出し物かもしれませんね。〉


笹屋の目の色が変わったのを見届けた木蓮は笹屋に告げた。


「では、この者たちの引き取りは貴方に任せました。」


「かしこまりました。今日は元気に歩いてくれる方たちが多いようなので助かります。少々、元気すぎる者もいるようですが・・・」


困った顔をした笹屋に木蓮も頷いた。


「帰りは、あなたの手勢だけで足りそうですか?」


ざっと盗賊の人数を数えた笹屋は、首を捻る。


「残念ながら、足りそうにありません。お願いがあるのですが・・・」


「大丈夫ですよ。何人か帰路の警護にまわしていただけるよう若様にお願いいたしましょう。その代わり、分かっておりますね。」


「もちろんでございます。」


ふふふ、とお互いを見て笑いあう二人を見て、沙魚丸は後ずさる。


〈これは、お代官様と越後屋のシーンじゃない。生で見れるとは思わなかったわ。なんて迫力なの。印籠ごときでどうにかなる笑顔ではないわ・・・。黒い、黒すぎる。〉


悪役認定した二人から沙魚丸は、かわいそうな盗賊たちに目を移した。


後ろ手に縛られた盗賊たちは、二つの集団に分けられている。


〈従順か反抗的かで分けているのね。〉


兵たちの命令に従い大人しく座っている盗賊たちは、すっかり諦めてしまった感がある。

一方、反抗的な盗賊たちは人数こそ少ないが全員が口を閉じるのが惜しいかのようにひたすら口汚く罵っている。


〈二十人弱ぐらいかしら。あんなに喚いたら逆効果よね。絶対に許さないってなると思うんだけど・・・。それにしても、よくもまぁ、あれだけ汚い言葉がずっと出て来るものね・・・。自分が正しいと思い込んでいる人って、あんな感じだったわね。〉


沙魚丸の脳裏には、自己主張を繰り返し、一度も謝らなかった人々の記憶がよみがえった。


あまりの醜悪さに沙魚丸が顔をしかめた盗賊たちは、助っ人として道犬に加わった別の盗賊頭の手下である。

村の家々を荒らしまわっていた彼らは、雨情の兵に手向かうか逃げようとし、運がいい者だけが生き残った。


道犬の手下はと言うと、雨情が攻撃を行った時、稲を刈っていた最中であり雨情の兵の強さに抵抗を諦め、大人しく縛についた。


そのため、雨情の兵たちに殺された盗賊たちは助っ人の者たちであり、道犬の手下には一人もいない。

ちなみに、一番酷い怪我を負ったのは、雨情の槍に殴られた道犬である。


「もう少し木蓮様とお話をしていたいのですが、そろそろ帰り支度を始めませんと本日中に帰れなくなりそうです。それと、申し付かった酒を村人に配ろうと思いますが、沙魚丸様のお名前でお配りすればよろしいのですね。」


「ええ、頼みましたよ。」


木蓮が笹屋に言い渡し、沙魚丸に軽く頭を下げた。


「お待たせして申し訳ございません。それでは、参りましょうか。」


「あぁ、はい。参りましょう。」


〈あら、木蓮様も一緒に行ってくれるのね。源之進さんがいないから少し不安だったけど、よかった。〉


沙魚丸が話を終わったのを見計らったかのように三太が走り寄って来た。


「沙魚丸様、戻ってまいりました。」


三太の顔には涙の後が少しついていたが、沙魚丸を見て明るく笑う。


〈この笑顔、癒されるわぁ。〉

沙魚丸は三太の頭を優しく撫でる。


「木蓮殿ではないですか、久しぶりですな。」


のそのそと歩いてきた次五郎が手を振っている。


「次五郎殿、お久しぶりです。ご加勢、感謝いたしております。」


「私は沙魚丸様の供回りですからな。当然です。」


胸を張る次五郎に木蓮が氷の微笑みを送る。


「源之進殿は、雨情様から沙魚丸様お一人で盗賊退治をされたことで、随分とお叱りを受けておりましたよ。」


「えっ、それは難儀ですな。あー、それもそうか。いや、考えてみたら当然ですな。傅役が主人を放置して盗賊退治を楽しんでいたら、怒られますな。私からも源之進殿に注意しておきましょう。」


はっはっは、と笑う次五郎は木蓮からの皮肉にびくともせず、反省する様子はこれっぽっちもない。


「そう言えば、源之進殿がためらいもなく盗賊を刺していくので、俺は注意したのですよ。生かして捕らえないといけませんよ、とね。」


ドヤ顔で語る次五郎に『はい、はい』と心の中で沙魚丸は頷いた。

〈ワイルドな男!って感じは、魅力的だけど・・・。部下としては扱いにくいだろうなぁ、この人。〉


ほんの少しだけ海徳の苦労が分かった気がして、唸り声を上げる沙魚丸だった。


「では、参りましょうか。三太殿、私たちはご両親の墓に仇を討ったことを報告に参ります。ご案内をいただけますか。」


孫に話しかけるような優し気な口調で木蓮が三太に話す。

ぱぁっと顔を明るくした三太が頷く。


「はい。こちらです。」


三太は誇らしげな様子で先頭を歩き出した。


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